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ジラッフ  作者: 路傍の石
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情報屋 2

「ジラッフの仕事のやり口は知っているな? 依頼主と依頼人の双方を始末するってやつだ。それ以外にもジラッフの名を語るものは容赦なく殺す。自分の情報が漏れることを極端に嫌う。だがおかしいとは思わないか?」


 男は鼻をすすりながらしきりに鼻の下を指でこすった。


「依頼主と依頼人を殺せばそれは自分の仕事だと証拠を残しているようなもんさ。矛盾しているよな。その足跡を辿ればジラッフにたどり着くはず、だが誰もいないんだぜ? 誰一人だ」


 男は一呼吸置くと大げさに顔を近づけながら言った。


「ジラッフは一人じゃない。どんな超人だって一日に数千キロの距離を移動するのは不可能だ。だが奴はそれをやってのける、時にはその日のうちに複数の仕事が行われることもある」

「証拠はあるのか?」

「やつの一番最近の仕事を知っているか?」

「神父が殺された件か?」


 男は口を大きく開けながら乾いた笑い声を上げた。


「そいつはもう2ヶ月も前だぜ? 旦那。起きているんだよ、毎日のようにな」

「……」

「ジラッフの事件について騒がれなくなったのは政府の方針さ。ジラッフが今も現役で活動していると知ればそれを利用しようとする人間も増える。奴が消えたほうが世の中のためってわけさ」

「なぜお前はその事実を知っている?」

「詳しくは言えないが信用できる筋からの情報だ」


 男は空ジョッキの底でテーブルを叩きながらウェイターに酒を催促した。


「知り合いに埋葬屋がいてな、ジラッフの仕事と思われる死体を何体も見せてもらった。奴のやり口は決まっている、喉をかっきってから心臓を一突き。あまりの早さで血は外に出ず、体内に残る。慎重に運ばないと破裂したように血が飛び出るんだ、ひどいもんだぜ」


 男は話がそれたな、と言いながら片手を上げた。


「同じような死体は各地にある。だがよく見ると少しずつ違ったところがあるんだよ」

「違ったところ?」

「同時期に出た2つの死体、確かに同じ手口でやられているんだが違うのは喉の傷だ。美しい直線を描いたものもあれば、歪んだ曲線を描いたものもある。ほんの少しの違いだが生きた相手に浴びせる第一刀だ、実力が出ちまうんだよ。切り口の違う死体は対象者が互いに離れた場所にいればいる程現れる」

「ジラッフは最低でも2人、もしくはそれ以上というわけか」


 ジンドの言葉に男は不適に微笑む。唇の隙間から金歯がちらりと見えた。


「そういうこった。まああくまで俺の推測にすぎないがな」

「……」


 確かにこの話には何の証拠もなかった。ジラッフも人間ならば仕事に失敗し切り口が荒れることもあるだろう。そもそもそれが本当にジラッフの仕業なのかすらもわからない。ただ同時に出た2つの死体という部分がジンドには引っかかった。


 切り口だけならまだしも心臓への一撃まで手口が同じ、しかも血液を体内に残したままとなれば並みの腕では不可能な業だ。情報屋という仕事はその信憑性がなによりのステイタスである。ジンドには今目の前にいる鋭い眼光を持った男がまるで出鱈目の情報を話すような、プロとしての自覚に欠ける人間であるとは思えなかった。


「まだ納得いかないって顔だな。安心しな、とっておきの情報をやろう。近々ジラッフが王都で仕事をするって噂だ」


 ジンドは思索にふけるあまり、下げていた視線を男に戻した。


「今の王であるレオンハルト三世にはジェシーという名の弟がいる。好色な上に頭も悪くてどうしようもない奴だ。こいつはいわば王の目の上のたんこぶ、他国の奴らもこいつが馬鹿なのを良いことに政治の裏取引に利用しようと虎視眈々だ。そこで側近であるフェルナンド卿は考えた。問題を起こされる前にこちらで始末しちまえばいいとな」

「フェルナンド卿と言えば王の右腕といわれる人物だ。そんな人間がジラッフに依頼をしたというのか?」

「フェルナンド卿はレオンハルト2世の頃から側近として手腕を振るってきたが、もう隠居しても良い歳だ。まさに王家に人生を捧げてきたってもんさ。最後は命をかけて王の役に立とうと思ったんだろう。幸いフェルナンド卿もジェシーも人前には滅多に姿を現すことはない。同時に死んだとしても王がその事実を公にはしないだろう」

「その情報も信用できる筋とやらからか?」


 男の前に再び酒が運ばれてきた。


「そういうこった。ただ、具体的な日にちはわからん。2日後にパレードがある。この時はフェルナンド卿も民衆の前に姿をさらさなくてはならない。事が起こるとしたらその後だろう。俺の情報はこれで終わりだ、役に立ったかい?」

「ああ、助かった」

「一つ忠告しておいてやろう」


 男は、立ち上がり背を向けたジンドを呼び止めた。


「俺はこれまで数え切れない人間にジラッフの情報を渡した。いずれも腕に自信のある連中だったが、そいつら全員死んだよ。奴はもはや人間じゃない、死神さ」


 酒をあおる男の指がわずかに震えている。それが酔いによるものか、底知れぬ恐怖から来るものなのかはわからなかった。


「死神ならば尚更狩らねばならない」


 ジンドは振り返らずにリューイの座るテーブルへと歩を進めた。世界の均衡を保つ、そんな漠然とした大義名分をリューイに語ったジンドであったが、実際に自身を動かすのが個人的な感情にあることはわかりきっていた。ジンドはナイフが無くなり軽くなった右側のポケットをさすった後、小さくすまないと呟いた。


「遅かったわね。収穫は?」

「あった」

「そう……飲みなおす?」

「いや、宿を探そう」

「わかった」


 静かに光るジンドの青い瞳を少しの間見つめてから、リューイはグラスに残ったワインを口に運んで立ち上がった。決して感情を表に出さないジンドだったが、その透明な瞳の奥に揺れる炎だけは隠すことができなかった。

怒り、悲しみ、憎しみ、歓喜、興奮、相入れない様々な思いが交錯する色をリューイは見た気がした。


「綺麗な目」


 2人が酒場を出る頃には夜の帳が空の片隅でうごめき始めていた。リューイが手のひらに灯した炎が汚れを払うように路地の暗がりを照らし出す。風に揺れて散った火の粉からはほんの少し鉄の臭いがした。

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