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ジラッフ  作者: 路傍の石
12/24

情報屋

 城を見上げる場所に建つ一軒の酒場、中では老若男女様々な人間が一日の疲れを癒しに丸いテーブルを囲っていた。デスフィースの酒場とはまた違った活気と空気が流れている。注文を聞きにきた若いウェイターにジンドがビール、リューイは赤ワインを頼んだ。店内のほぼ中心あたりのテーブルに2人は向き合って座っていた。


「王都の赤ワインは絶品よ? 飲まないの?」

「ワインの良さはわからん」

「つまらない男ね」


 リューイが帽子をぬぐと甘い香水の匂いがふわりと舞い上がった。


「ねえ、気付いてる?」

「ああ、見られているな。それも1人じゃない」


 普通の客とは明らかに違う、ねばりつくような視線が2人の四方から集まってきている。


「その内向こうからやってくる」

「どういうこと?」


 小声で話している2人の元へ中年の男が寄ってきた。酒場にいるというのにその体からは少しも酒の香がしない、小綺麗なジャケットを羽織った紳士だった。


「あんたたち旅人かい? 見ない顔だ」

「ハンターだ」

「ほう」


 男は嬉しそうに短く整った顎髭を手のひらで撫でた。


「何が欲しい?」

「人を捜している」


 リューイは2人のやりとりを黙って眺めていたが、男がその視線に気が付いて軽く会釈した。大抵初めてリューイの目を見た人間は多少なりとも反応を見せるが、男の動作は極めておだやかだった。


「知り合いなの?」


 男は少しだけ口角を上げてから言った。


「俺は情報屋さ、何かわけありそうな連中に声をかけて情報を売る。知り合いじゃないがハンター連中とは切っても切れない仲だ」

「へえ」


 リューイは興味無さそうに呟くと、テーブルまで運ばれてきたワイングラスに口をつけた。


「それで、相手は?」

「ジラッフだ」


 ジンドの言葉に男がぴくりと反応する。


「伝説のアサシンの?」

「ああ」

「本気で言っているのか?」


 茶化すでもなくとがめるでもなく、感情の感じられない声でそう言うと男はジンドの瞳を凝視した。


「そうだ」

「……ジラッフか。久しぶりに聞いたよ。右側の一番端のテーブルに黒いジャケットの男が居る、そいつに聞くといい」


 赤いジャケットの男は元居たテーブルまで戻ると腕組みをしてどかりと座った。男が言った右側のテーブルを視界にとらえると、確かに黒いジャケットを着た若い男の姿があった。


「回りくどい奴らね」

「これが習わしだ。それぞれに特化した情報を持った者たちが徒党を組む、どんな客にも対応できるようにな。売り上げは山分けをする。そうやって成り立っていくんだ」

「へえ、私にはとても無理そうな商売だわ。行けば? ここで待ってるから」

「ああ」


 ジンドはゆっくり立ち上がると黒いジャケットの男のもとへ歩いた。2人掛けのテーブルに1人で座る男、近付くにつれて燭台の灯りが暗くなっていくような気がした。男の周りのテーブルには人の姿が無い、直感的に避けたくなるような鋭い雰囲気が男にはあった。


「珍しいな、俺のところに回って来るとは」

「座っても?」


ああ、と言いながら男はテーブルの上に散乱していた空のジョッキを隅に寄せた。その作業の合間で眼球を素早く動かしながら、ジンドの全身をくまなく観察しているようだった。


「ハンターだな、それもかなりの腕だ」


 男は流れるような動作で煙草を口に運び、火をつけた。


「誰の情報が欲しい?」

「ジラッフだ」

「ジラッフ……」


 男がふーっと息を吐くと白い煙が蛇のように渦を巻いた。若いが特徴の無い顔立ちをした男だった。


「高いぞ」

「金はある」

「金? そんなものはいらん。あんたの武器1つ、貰おうか」


 男の視線はジンドの腰に下がったベルトの中へと注がれていた。


「武器か」

「ああ。俺は客の必要な情報を渡す、客は自分に必要なものを渡す。俺は他の情報屋とは違っていつ死んでもおかしくない。金なんぞ貯めたってつまらねえ、今そいつに価値のあるものを集めてるんだよ」

「有益な情報か?」

「俺もプロだ、後悔はさせねえ。ただ、情報を聞いた後に俺を殺そうなんざ思わないこった。情報屋の連絡網ってのは世界中に広がってるからな」


 テーブルに運ばれてきた新しいジョッキを乱暴に掴むと、男は口元から零れることもいとわずに喉を鳴らせて一気に飲み干した。


「どうする?」


 少しの沈黙が流れた後、ジンドは魔宮虫のナイフと妖精銀のナイフをベルトから取り出し、テーブルの上に並べた。


「ほう、こいつは上物だ」


 男は妖精銀の放つ薄黄色い輝きを眼の表面に反射させた。


「こいつを貰おうか、そっちの錆びたナイフはいらねえよ」


 男が足元に置いてあった、くたびれた黒い皮の鞄から染み一つない白い布きれを取り出すと馴れた手つきで妖精銀のナイフに巻きつけた。


「情報を聞こう」


 ナイフをしまい、ジンドと向き直った男は既にプロの眼光へと変化していた。



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