交差する街
騎士との戦いから2日経ち、ジンドとリューイはオアシスから50キロほど離れた場所にある、レオンハルト城の城下町まで来ていた。
「あと3、4日かかるそうよ」
砂漠の涙を使った杖の注文を終え、店を離れながらリューイが言った。広大な敷地面積に反し、街中を走る通りは全て直線を描いているため、滅多なことでは迷う心配も無い。
元は現在の王であるレオンハルト3世の祖父、レオンハルト1世がこの城下町を作る際、方向音痴な自分でも道に迷わないようにという理由から提案したものだったが、時が経つにつれて網目状の街並みは「決して迷うことなく自分の道を突き進む、レオンハルト王に似つかわしい」と美談化されていった。
「そうか。ジラッフに関する情報も特にない、しばらくはこの王都で活動する」
大通りの露店から賑やかな声が響いてくる。店頭に置かれたどぎつい原色のフルーツがジンドの視界の隅で踊っていた。
「雲を掴むような話ね。実在するかどうかもわからないプロのアサシンを、何の手がかりもなく探すだなんて正気とは思えない」
黄色いターバンをかぶった小太りの商人がリューイの前にぬっと顔を出すと、真っ赤な小箱からガラスで出来た透明なイヤリングをつまみあげた。
「背が高くて綺麗なお嬢さん、このイヤリングはいかがです? こうして日の光を透かしてみると虹色に光るんでさ。旦那、プレゼントに買ってやりなよ。今なら銀貨一枚でお買い得だよ」
リューイはイヤリングを商人から受け取ると、長い帽子のつばの影でにやりと笑った。
「素敵なイヤリングね。でもまって、中に不純物が浮いてるわ」
どこですか? そう言った商人の目の前でガラス玉の中からぽつぽつと黒い斑点が浮かび上がり、次の瞬間内側から破裂した。サラサラとした細かい破片が輝きながら地面に落ちる。
「あらあら、虫でも入っていたのかしら」
金具だけになったイヤリングを呆然と眺める商人に向けて、リューイは指先で帽子のつばをくいっと上げた。
「ガラス玉なんて私には似合わない。そう、ルビーが良いわ。この目と同じ真っ赤な色を湛えたルビー」
商人はリューイの瞳を見て一瞬言葉を失ったが、恐怖の色を顔に浮かべることは無く、赤い小箱を腹巻の下に引っかけると身なりを正して向き直った。
「あんた魔女だろ? 俺はあんたと同じような目を見たことがある。魔法が使えるんだろ? 頼みがあるんだ」
拍子抜けした様子のリューイは面倒そうに帽子を目深にかぶり直し、商人の横を通り抜けようとしたが、ぐっと手首を捕まれた瞬間反射的に商人を地面に叩きつけていた。
「うっ」
背中から地面に落ち、呼吸ができなくなった商人が苦しそうに声を上げる。周囲の人々の視線が集まってきた。
「大丈夫か?」
ジンドが商人を立たせ、背中を擦る。リューイはすぐそばで両腕を組んだまま立っていた。帽子の下の表情は確認できない。
「ああ、すまん……あんた、急に掴んだりして悪かった。話だけでも聞いてはくれないか?」
商人は相変わらず鬼気迫った表情でリューイに語りかけた。
「リューイ、お前が駄目にした商品代金の分だ。話を聞いてやれ」
「はあ? 私に命令する気?」
「当たり前だ、お前の命は俺が預かっている」
澄んだジンドの瞳、リューイはぐっと言葉を飲み込んだ。この男は戦闘においてとてつもない才能と能力を持っている。そしてそれ以上に奇妙なのは精神面の方だ。何を考えているのか、脳の中でどんな駆け引きが行われているのか、それがリューイの想像の及ばない場所にあるような気がした。
「魔法使いが関わっているのだろう? イレギュラーな事態はジラッフにも繋がる可能性がある。聞くだけならタダだ」
ジンドの言葉にリューイは返事をしなかったが、どことなく軽くなった空気が2人の間を漂い始めた。商人がここぞとばかりに口を開き、語り始める。
「俺は宝石商として各地を回っているんだが、あれは魔術師の都フラーモに行った時だった」
フラーモ、その単語を聞いてリューイの指先がぴくりと動く。リューイやその兄シュリが産まれ、魔術師としての修業を積んだ場所、魔法都市として古くから繁栄してきた歴史ある町の名だ。