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ジラッフ  作者: 路傍の石
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狂気の魔女

 古い酒場に一人の若い男が居た。歳の頃は30前後だろうか、中背だが皮のシャツからのぞく前腕には内から盛り上がる筋肉で影が落ち、深く浮き出る鎖骨とぴんと張り詰めた首筋から、ただの旅人ではないことがうかがえる。


 白い短髪と青い瞳が不思議な雰囲気を醸し出しており、銀の胸当てとグリーブは見えるのだが武器らしきものは腰に巻かれたベルトに収まった、小さなナイフ2本だけだった。


 酒場の中はアルコールと汗と香辛料の匂いで満たされ、気分が悪くなったものは無数に壁に空いた小さい穴からの隙間風に当たりながら、いつまでも冷たい銀のコップに額をこすり付けている。品の無い笑い声と薄い木の壁を揺らすほどの怒号が入り乱れ、慣れない者にとっては一時も耐えられないであろう悪夢のような光景が広がっている。

しかしそんな酒場が数十年も前から多くの客に恵まれているのは、ここにしかない特異な空気感に魅了された荒くれ者たちが後を絶たないせいでもある。


 青い瞳の男は目の前に置かれた樽ジョッキをぐいと一飲みして周囲を見渡した。


「誰も来ないか」


 男の名はジンド、バウンティハンターを生業としている。生活に足りる分だけの賞金首を狩ってはしばらく表舞台から影をひそめるので、その名前を知る者はほとんどいないが、受けた仕事は決して失敗しない腕利きのハンターである。

ジンドは数日前、酒場の掲示板に共に賞金首を狩るための一時的なパートナーの募集を掛けた。


 これまで全ての仕事を一人でこなしてきたジンドが仲間を求めたのには、今回の賞金首が普通の相手ではないことが大きく起因した。ジラッフ、バウンティハンターの間でその名を知らぬ者は居ないアサシンだった。

ジラッフという名は勿論本名ではなく、その姿を実際に目撃した人間も居ない。


 ジラッフは殺害を依頼した者、された者の両方を必ず始末する。それを了承した人間だけがジラッフに仕事を依頼することができるのだ。仮に権力者が自分の部下に命を捨てる覚悟でジラッフに仕事を依頼させたとしてもジラッフは断った。本当に殺したい人間と本当に殺してやりたい人間、その2つが明確に重なった時のみジラッフはその刃を振り下ろす。


 自分の命を捨ててまで仕事を依頼する人間が存在するのか、答えはイエスだった。ジラッフの仕事は素早く的確、誰かが死ねば必ずその少し離れた場所で別の誰かが死んだ。需要と供給は奇怪な螺旋を描きながら淡々と回り続けた。


 そんなジラッフに恐怖を抱く者も多く、これまでに何人ものバウンティハンターや遊歴の戦士などが高額な賞金に釣られてその首を狙ったが、一人として体の一部分でも戻って来た者は居なかった。いつからかジラッフという存在自体が伝説となり、ジラッフの弟子やジラッフの家族、果ては自分がジラッフだと名乗る人間も現れたがそういった者たちはことごとく翌日には姿をくらませた。


 今でもジラッフの首を求める依頼は後を絶たないが、受けるものが皆無なため、掲示板にすら貼り出されることは無くなった。ジラッフは本当に人間なのか、それすらも謎に包まれていた。


「いらっしゃい」


 つばの広い帽子を被った黒装束の女が酒場に入ってきた。入り口付近の男たちが口を閉じてその姿を眺める。柔らかい曲線を描く背中、妖艶な腰つき、豊満な胸、長く白い指先、この酒場にはとても似つかわしくない美しい女だった。


「おい姉ちゃん、店を間違っちゃいないか」


 どっと笑い声が上がる。体格の良い一人の男が女に前に立ちはだかった。


「こいつは良い女だ、一緒に一杯やらねえか」


 男はそれなりに名の知れたハンターだったが、女が無視して通り過ぎようとするとその肩を大きい両の手で捕まえた。


「つれねえじゃねえか、俺の顔を知らねえわけじゃ」


 くっと顎をつまみ上げて女の顔を見下ろした途端、男はうっと息を呑んで慌ててその手を離した。女の肩が揺れ、小さな笑い声が漏れた。


「気味悪い女だ、変なものに触っちまった」


 男は捨て台詞のように呟くと傍で飲んでいた仲間たちを立たせ、足早に酒場の入り口から出ていった。目の前で起こった不可思議な光景に他の客たちの目の色も変わった。女は一直線に、カウンターに座るジンドの隣へ滑るように近付いた。


「お隣、座っても?」

「ああ」


 女の声は透き通っていて、聞いているとなんともいえない安心感があったが、どこかに反響した音を聞いているかのように現実味がなかった。ジンドは隣に座った女の分の酒を注文した。座っていてもジンドより背が高く、その広い帽子のつばがジンドの手元に薄い円の影を落とした。

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