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エスケープ  作者: 星宮
9/22

9.クエスト2

「み、見つけたー!!」


集合住宅の一端、一軒の家屋で歓喜の声を上げるガウは嬉しさのあまり、今にも泣き出してしまいそうだ。

その理由は、ワクチンを発見したからだ。

まだワクチンと結論付けるには早いが、ガウの頭の中ではワクチンで完結している。

手放しで喜べない3人はガウの手の中にある赤い液体を疑念に満ちた眼差しで見つめた。


「本当にワクチンなのか?」


「あったりまえだろ!?

ワクチンに決まってる!

是非ワクチンであって欲しい!」


「……それはお前の願望だろ」


リュウセイは呆れた面差しで溜息をつく。

そんなリュウセイにお構いなしに、ガウは爛々と瞳を輝かせながら液体を見つめている―――と、注射器の中で液体がうねうねとスライムのように蠢き出したではないか。

ガウは女々しい悲鳴を上げると、反射的に注射器を放り投げた。


「なななな、なんなんだ!?

ワクチンが生きてる!!」


「……それ、無食獣かも」


「無食獣!?」


「うん。

ワクチンに似た無食獣がいるって聞いたことがある。

実際に見るのは初めてだけど」


「そ、そんなぁ……」


がっくりと肩を落としうなだれるガウ。

そんなガウの背を押しながら、4人は家屋をあとにした。


空は黒雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだ。

雨の気配漂う空をいつものように飛行するヘリコプターが不意に下降し、モニターに人が映る。

監獄中の駒たちが一様にモニターを見上げると、そこには仮面を装着した女の姿がある。

女は赤い唇に妖艶な笑みを乗せながら仮面の奥のアイスブルーの瞳を輝かせている。


『ごきげんよう、駒の皆さん。

今日は私が考案したクエストを実行してもらおうと思ってこの場を借りたの。

これからモニターに映し出される7名の男性は、クエストに参加してもらうわ』


モニターに次々と男の姿が映し出されていく。

そしてその全員が容姿端麗な男で、7人目にはリュウセイの姿まで。

自分の姿を目にしたリュウセイは愕然とし、言葉を失った。


『以上の7名は最後の1人になるまで競い合ってもらうわ。

内容としては1人に1個ずつ配給するバングルを相手から奪い、7個全てを集めること。

奪う方法としては相手を殺しても構わないわ、私を楽しませてくれればね。

優勝者にはご褒美をあげるわ。

楽しみにしていて。

クエストは監獄内の廃墟の屋敷で行うわ。

武装集団に案内させるから。

それじゃあ待っているわ』


モニターが切れる。

リュウセイはふつふつと湧き上がってくる怒りに打ち震えた。


「……貴族共はどこまでもふざけてやがるな」


リュウセイはわななく唇で低く呟く。

だがここでクエストへの不参加を表明すれば、間違いなく殺される。

リュウセイに選択肢などない。

リュウセイは双眸に揺るぎない決意を秘めると、真っ直ぐに前を見据えた。


―――監獄の一端に佇むおどろおどろしい雰囲気が漂う広大な屋敷。

何年も放置していたせいか、屋敷には草花が根付き荒れ果てている。

ヘリコプターに乗り、リュウセイたちが屋敷に到着した頃、他の参加者はすでに顔を揃えていた。

そこには参加者のチームメートと見られる駒の姿もちらほらとある。

参加者は皆容姿端麗だが、年齢は20代~40代と幅広い。

だがこれからクエストに強制参加させられることを思ってか、その顔は浮かなかった。


「なあリュウセイ、お前優勝を狙う気か?」


「まさか。

優勝者には褒美をやるとか言ってるが、ろくでもないものに決まってる。

手抜きはしないが、優勝する気もない。

だが、他の参加者も優勝は狙わないだろうな」


「だよな……」


リュウセイとガウが難しい顔で言葉を交わしていると、屋敷のドアが軋みながら開かれた。

そこに立っていたのは、ウエーブの掛かった長い黒髪に、仮面の奥から覗くアイスブルーの瞳の小柄な女。

モニターに映っていた貴族だ。

女の背後には黒スーツとサングラスを掛けた屈強な男が4人従えている。

おそらく女のSPだろう。

女はフリルとリボンがふんだんにあしらわれた桃色のドレスをたくし上げ、参加者の眼前まで歩み寄った。


「ごきげんよう。

私がクエストの主催者シェリーよ。

さっきも言った通り、クエストのルールとしてはこれから渡すバングルを奪い合い、7つ全てを集めること。

どんな方法でも構わないわ。

奪い合いは屋敷内だったらどこで行ってもいいわ。

私が開始の合図をしたら、7人は10分以内に屋敷のどこかに隠れること。

10分後、銃声を合図にクエスト開始よ。

優勝者にはご褒美を与えるけど、内容はあとで告げるわ。

参加者のチームメイトは、屋敷内の一室で私と一緒にクエストを観覧をしてもらうから」


妖艶な笑みを浮かべながらシェリーが言うと、武装集団が参加者に色違いのバングルを配給する。

リュウセイに配給されたバングルは青だ。


「それじゃあ早速始めましょう。

よーい、スタート!」


シェリーが手を叩くのを合図に、参加者は一目散に散って行く。


「リュウセイ、気を付けて」


クオンの言葉にリュウセイは僅かに笑みを刻むと、屋敷内へと走り去って行った。


「さて、じゃあ私たちも移動しましょうか。

付いて来て」


シェリーにしぶしぶ付いて行く駒たちが案内されたのは最上階の5階の一室。

特に荒れ果てているわけではないが、若干埃っぽいのが気になるところだ。

室内にはいくつものモニターと1人掛けのソファがある。

シェリーがソファに悠然と腰掛けると、その背後にSPが付いた。

モニターには屋敷内に身を隠す参加者たちが映し出されている。


「どうやら準備は整ったようね」


シェリーはSPに目配せすると、そのうちの1人が窓を開け、拳銃を取り出し銃口を空に向けた。

ドン、と腹の底に響くような銃声が鳴り響く。

クエスト開始の合図だ。


「さあ、誰が優勝するのかしら。

楽しみね」


シェリーはクスクスと喉を鳴らし、モニター上で動く参加者の姿を愉悦に浸りながら見つめた。


―――広い浴室に身を潜めていたリュウセイ。

銃声を聞き届けた直後、すぐさま行動を開始した。

拳銃を手に、壁面に張り付きながら参加者を捜す。

屋敷内に設置された監視カメラが煩わしく、リュウセイは監視カメラの向こうにいるシェリーを睨み付けてやる。

向こうで嘲笑っているんだと思うと、憎くてたまらない。

リュウセイは胸中に寄生虫のように巣食う憎しみを抱え、老朽化の進んだ屋敷内を徘徊する。

しばらくして、屋敷内のどこかから銃声が聴こえてきた。

参加者たちが争っているのだろう。

リュウセイがどこか他人事のように銃声に耳を澄ましていると、背後から鼻にピアスをした男が現れた。

一見チャラチャラしているように見える。

傷だらけの腕にはオレンジ色のバングルが揺れ、マシンガンを抱えている。


「見っけ」


男は不敵に微笑むと、唐突にマシンガンを乱射する。

リュウセイは咄嗟に手近な部屋に身を隠しドアを施錠したが、男は狂ったようにドアに乱射を続け、やがて静寂が満ちる。


「おーい、開けろって。

俺と遊ぼうぜえ」


「誰がっ……

お前は優勝を狙ってんのか!?」


「まさか。

俺は優勝目前で負けるつもりだって。

それまではこの状況を楽しもうと思ってさ。

だからここを開けろって」


「開けたら殺す気だろ」


「正解っ」


ドア越しに男は声を弾ませ、再度ドアに乱射する。

銃声に入り混じり微かに鼻歌まで聴こえてくるではないか。

ただ殺戮を楽しんでいるだけのように見える男の様は、貴族とさして変わらないようにも見えた。

この状況を打破する術を求め、リュウセイがぐるりと周囲を見回すと、天井から多種多様な武器が吊り下がっている。

他に室内にあるものと言ったら全身ミラーとクローゼットやベッドなどの生活品。

抽象的な部屋に思わず突っ込みを入れたくなる衝動を呑み込むと、リュウセイの思考に自我自賛するほどの名案が浮かんだ。

あの武器を利用し……

そして―――

蜂の巣のように脆くなったドアを男が蹴破る。

埃が舞う室内にリュウセイの姿はない。


「かくれんぼか?

おーい、どこだ~?」


男は笑みを洩らしながら室内を徘徊する。

ふと、男の目に付いたのは人が隠れるには充分すぎるほどのクローゼット。


「そこかぁ?」


男は卑しく唇を歪め―――クローゼットを開け放った。

だが、そこにリュウセイの姿はなく、古ぼけた衣類がぶら下がっているだけだ。

男は肩を竦め、再度室内を徘徊し始める。

ふと、全身ミラーの前で足を止める。

何か気になる物でも見つけたのかと思っていたら、男は身だしなみを整え始めたではないか。

しまいには決め顔まで作り出した。

こいつは筋金入りのナルシストだ……と、リュウセイはベッドの陰で呆れ顔を浮かべると、拳銃を構え、天井から吊り下げられた武器を支えるロープに照準を定め発砲した。

銃弾はロープを見事に捕える。

支えがなくなった武器、鋭利な剣は一直線に落下を開始する。

標的は真下にいる男。

男が上を見上げ事態を把握した時、すでに全てが遅く、回避することは叶わなかった。

剣の切っ先は残酷にも男の顔面に突き立てられ、微弱なうめき声だけを残し崩れ落ちた。

男の顔面は潰れ、最早元の顔立ちの見る影もなかった。

ベッドの陰から出たリュウセイは微動だにしない男を蒼白い顔で見下ろす。

生まれて初めて殺人を犯した。

生きるためとは言え、気持ちのいいものではなかった。

むしろ気持ち悪い。

監獄に収容された際に殺人を犯す心構えだけはしていたつもりだったが、現実に突き付けられるとひどく憔悴してしまう。

きっとこれから先もこの監獄にいる限りは殺人を犯す状況に陥るだろう。

リュウセイは自分が殺した男を見つめ、今抱く不快な気持ちを忘れぬようしっかりと男の姿を目に焼き付けた。


―――リュウセイをモニタリングしていたシェリーは妖艶に笑みを洩らす。


「また1人死んだわね。

さあ、次は誰が死ぬのかしら。

愉快なこと」


静寂に反響するシェリーの笑い声に駒たちが粟立つ。

人の死を前に愉悦に浸るシェリーは異常者だ、と駒たちは思った。


「……ふざけやがってっ……」


駒の1人がうなるように吐き捨てると、怒りを湛え大股でシェリーの側へと歩み寄って行き、銃口をシェリーの額に突き付けた。


「今死んだ男は俺の仲間だった。

てめぇら貴族のくだらねぇ娯楽のせいで死んだっ……」


「だから?」


「だからっ、てめぇを殺すっ!!」


「……好きにしたら?

最も、出来たらの話だけど」


シェリーが冷笑した直後、SPが発砲した銃弾によって駒が倒れた。

銃弾は左から右の頭部を貫通し、駒は即死だった。


「馬鹿なことね。

歯向かわなければ死なずに済んだのに。

安っぽい友情なんかを守ろうとするからよ」


シェリーは不快感を滲ませ、ハイヒールの靴先で死んだ駒をぞんざいに蹴り上げた。

その残酷な仕打ちを無表情な顔で傍観するクオンに、おもむろにシェリーの視線が向けられたかと思うと、クオンの側に歩み寄った。


「何か言いたそうね、クオン。

言い分があるなら聞いてあげてもよくてよ?」


「……何もない」


「嘘おっしゃい」


シェリーの細い手がクオンの顎を乱雑に掴み、顔を背けようとするクオンを無理矢理自分に向かせる。

クオンより少し背の低いシェリーのアイスブルーの双眸が仮面の奥からクオンを見上げる。


「言い分があるから私をじっと見つめていたんでしょう?

伝わってきたわよ、あなたの情熱的な視線が。

殺意とも取れる強い視線がね。

思ったことを言いなさい。

あなたの仲間に手を出したりしないわ」


「……人は羅刹を化け物と呼び恐れるけど、人の死を娯楽の一環としてしか見ていない君たち貴族のほうが羅刹よりよっぽど化け物に近い」


「そう、面白い言い分ね」


シェリーはクオンから手を放すともう何度目か分からない笑みを洩らす。


「ねえクオン、あなたには毎回楽しませてもらってるわ。

ワクチンを探す様があまりに滑稽で、笑いが止まらないもの。

無駄だというのに」


「……どういう意味?」


「あなたは特別な存在だもの。

だって――――あらいけない、この先は禁句だったわ。

忘れて頂戴」


「待ってっ―――」


クオンが踵を返すシェリーを引き留めようと手を伸ばした時、4人のSPが一斉にクオンに銃口を向けた。

少しでもおかしな行動を取れば発砲されることだろう。


「……私が死なないの知ってるでしょう?」


「ええ。

だからあなたがおかしな真似をしたらこうするわ」


シェリーがSPに目配せをすると、銃口はガウとニコラスに定まる。

不死身の羅刹ではなく、生身の人間である2人を殺す気だ。

命の危機に固唾を呑むガウの服の裾を脅えた様子でニコラスが握り締める。


「2人を失いたくなかったら大人しくモニタリングすることね。

失ってもいいなら話は別だけど」


ほくそ笑むシェリーを前に、クオンは言い返すことも出来ず口をつぐむ。

先刻のシェリーの言葉がぐるぐると思考を駆け巡る中、釈然としない面持ちで壁面に寄り掛かった。


「賢明な判断ね」


シェリーの嘲笑を合図に、ガウとニコラスに向けられていた拳銃が下ろされ、シェリーは再度ソファに腰掛けた。


「さあ、誰が優勝するのかしらね」


モニターを見つめるシェリーの双眸はどこまでも冷徹で、爛々と輝いていた。


―――僅か1時間で残りの参加者はリュウセイを含め2人になり、他の参加者は死んでいた。

リュウセイの腕で揺れ動く青、オレンジ、白の3つの腕輪。

当人のリュウセイは残りの参加者が自分を含め2人しかいないことを知る由もなく、降りしきる雨の庭園を徘徊していた。

濡れた髪や衣服が肌に張り付き、リュウセイに不快感と同時に肌寒さを与える。

風邪でも引いてしまいそうな勢いだ。

かつては色彩豊かな花々が咲き誇っていたであろう今は荒れ果てた庭園を歩いていると、不意に背後から羽交い絞めにされ、首筋に剣を押し当てられた。

リュウセイが抵抗しようと身をよじると、耳元に掠れた柔和な声が囁かれる。


「抵抗しないで、このまま僕の話を聞いて下さい」


敵意が微塵も感じられない声音に、強張っていた肩から自ずと力が抜け、リュウセイは耳をすました。


「どうやら参加者は僕たちだけになったようです。

僕は優勝目前で負けるつもりでしたが、あなたはどうなんです?」


「俺も優勝するつもりはない」


「そうですか……

でも、僕たちのどちらかが優勝しなければなりません。

僕は優勝したくありません。

あなたが優勝してはくれませんか?」


「冗談だろ」


「……では、戦いで勝敗を決めなければなりませんよ。

僕は手加減が出来ない。

あなたを殺してしまうかもしれない」


「それでいい。

俺も本気で戦う」


リュウセイの決意を聞き届けた青年は浅く息を吐き出すと、リュウセイを解放した。

改めて青年と向き合うと、ようやくその顔を拝むことが出来た。

リュウセイと同じ金髪碧眼の容貌、だけどリュウセイの瞳よりも一層鮮やかで優しい瞳をしており、4つのバングルを身に着けている。

戦いたくないのか、青年は俯き加減で悲しげな顔をしていた。

リュウセイは剣を手にし青年と対峙し―――剣を振るった。

かち合う金属音が何度も何度も大気を震わせる。

青年の剣技は舞でも舞っているかのように優雅な動作で、髪から滴る雨水がなんとも色っぽい雰囲気を醸していた。

対するリュウセイは少々粗暴で、力任せに剣を振るっているように見える。

降りしきる雨の影響で視界が悪い戦況の中、両者1歩も引く気配がない。

―――どれくらいそうしていただろう。

気付けば2人の息は上がり、気を抜けば今にも倒れてしまいそうなほど疲弊感が滲み出ていた。

剣を振るう腕も限界で、ぶるぶると震えている。

次の1手が最後―――2人は同時に地を蹴った。

しかしぬかるみに足を取られたリュウセイはバランスを崩し転倒すると、その反動で剣が手から逃れてしまった。

リュウセイの手が地面に転がる剣に伸ばされた時、青年の剣がリュウセイの首筋に突き付けられた。


「僕の勝ちですね。

死にたくなかったら僕の持つバングルを受け取り、優勝してください」


「優勝していかれた貴族のいかれた褒美を受け取れってか?

死んでも御免だな」


「……そうですか。

ではやはり、こうするしかない」


青年は拳銃を取り出すと、銃口をリュウセイに向ける―――かと思われたが、何を思ったのか青年は自分自身のこめかみに銃口を宛がった。

奇怪な行動にリュウセイは愕然とし、青年を見上げた。


「あなたには仲間がいる。

あなたが死んだらきっと悲しむ。

そんなあなたを殺すことは出来ません。

あなたを追い詰め命の危機に直面すれば屈するかと思ったのですが、どうやら甘かったようですね」


「だからお前が死ぬってのか?

なんでそんな結論に至る?

お前が俺のバングルを受け取れば済む話だろ?」


「言ったでしょう。

僕は優勝したくない。

あなたと同じ、貴族のいかれた褒美なんて欲しくないんですよ。

それに……ここでの生活に疲れました」


青年は泣き出しそうな微笑を浮かべると、トリガーに掛かる指に力を込める。


「あなたに全てを押し付ける形になってしまい、ごめんなさい」


その呟きと共に銃声が響き渡った。

リュウセイの眼前で赤い飛沫が迸り、脱力した青年がリュウセイの上に倒れ込む。

青年のこめかみからとめどなく溢れ出る鮮血がリュウセイを赤く濡らしていく。


「……馬鹿野郎……」


悲愴なまでの声音が雨音にかき消されていく。

リュウセイはまだ温かい青年の身体に身を委ねたまま両手で自分の目を覆った。

泣いているのかもしれない……

激しさを増していく雨音が、リュウセイの耳にやけに鮮明に焼き付いた。


鮮血と泥まみれでシェリーがいる室内に通されたリュウセイ、その腕には7つ全てのバングルが揺らめいている。

青年を死なせてしまったショックからか、その瞳は空ろなものだった。

クオンやガウが懸念の眼差しを送る最中、シェリーは微笑を浮かべリュウセイを見据えた。


「優勝おめでとう。

あなたの勇姿を讃え、褒美を与えるわ。

リュウセイ、あなたには私の愛人になってもらうわ」


シェリーに一言に、まるでこの場の時が止まったかのように駒たちが停止する。

空ろだったリュウセイの瞳がみるみる見開かれ、シェリーを怪訝に見据えた。


「……それが褒美か?」


「ええ、そうよ。

私はね、強くて綺麗な男性が好きなの。

皮肉にも現在愛人と言った類の存在はいないし、人肌が恋しくて寂しいのよ。

言い寄ってくる男性はたくさんいるけれど、容姿はよくても弱いんじゃ話にならないでしょう?

どうせ愛人を決めるなら一風変わった方法で決めようと思ったの。

そこで思い付いたのが今回のクエストよ。

自分好みの男性を物色し、強さも推し量れる最適な方法だと思ったの。

その上、私自身も楽しめるしね」


「……そんなくだらないことのために、俺たちを利用したのか」


「あなたたちは駒だもの。

駒は私たち貴族にチェス駒のように利用されていればいいのよ。

さしずめこの監獄はチェス盤と言ったところかしら?」


人間を人間とも思わない侮辱の言葉に、リュウセイのこめかみに青筋が浮き立ち、怒りから爪が食い込むほど拳を握り締めた。


「私の愛人になればこんな汚い監獄から出られるし、綺麗なお洋服に身を包み、豪華な食事を食べて贅沢な暮らしが出来るのよ。

もし万が一私があなたに飽きたとしても殺しはしないで、元の生活に戻れるよう配慮してあげる。

嬉しいでしょう?

さあ、私と来るのよ」


シェリーがリュウセイの頬を撫でると、その仕草がよほど不快だったのかリュウセイは乱雑に払いのけた。

バチッ、と乾いた音が鳴り響く。

睨み付けてくるリュウセイを見つめ、シェリーは愉悦の笑みを零した。


「反抗的な態度も嫌いじゃないけど、私に従ったほうがいいんじゃなくて?

あなたの仲間に危害が出る前に」


シェリーが尻目に見た先には、クオンやガウ、ニコラスがいる。

リュウセイが反抗すれば3人が無事では済まないということだろう。

どこまでも非情でいかれたシェリーを睨み付けるリュウセイは、胸奥から湧き上がってくるどす黒い殺意を呑み込むように奥歯を噛み締めた。


「……分かった」


リュウセイの呟きがやけに鮮明に静寂に響くと、その返答にシェリーは満足げに唇に笑みを乗せる。

ずっと監獄から出たいと願っていたリュウセイだが、こんな形は望んでいなかった。

仲間を残し、1人だけ安全地帯でのうのうと暮らしていくなんて耐えられるはずがなかった。

リュウセイの返答を聞いたガウやニコラスはどんな顔をしているのだろう。

何を思うのだろう。

そう考えると怖くて目を合わせることが出来ず、リュウセイは深く俯くしかなかった―――――

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