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エスケープ  作者: 星宮
3/22

3.変異

肉食獣に襲われかけたところを1人の少女によって助けられた3人。

顔の輪郭が綺麗に強調される金髪ショートに、つり目で緑色の瞳をした少女。

彼女の姿を目にしたクオンは僅かに目を見開いた。


「ジゼル……」


「久しぶりだねクオン!

元気にしてたかい!?」


ジゼルと呼ばれた少女は心底嬉しげにクオンに抱き付く。

華奢な身体からは想像もつかない怪力がクオンの身体を締め付け、クオンはうめき声を洩らした。

突然の謎の人物の登場にリュウセイとガウは戸惑いを見せる。


「……ジゼル、苦しいから放して」


「ああ、ごめんごめん。

久しぶりの再会だから嬉しくてつい……」


ジゼルは苦笑してクオンを解放すると、不意にリュウセイとガウに目を向けた。

頭のてっぺんから爪先まで、品定めをするかのような粘着質な視線が2人に絡み付く。

その居心地の悪さに2人は頬を引きつらせた。


「ふーん。

今回の同伴者は随分と間抜け面してるねぇ。

クオン、こんな奴らを選んじまって大丈夫なのかい?」


「……おい、女」


「あたしの名前はジゼルだ」


「名前なんかどうでもいい。

随分俺たちを馬鹿にしてくれたな」


「あたしは本当のことを言っただけだ。

何か不満でも?」


「……こいつ、ぶん殴る!」


「リュウセイっ、よせって!

クオンも黙って見てねぇで止めてくれっ!」


今にも殴り掛かりそうな勢いのリュウセイをガウが羽交い絞めにする。

懇願するガウが哀れに見えたのか、クオンは浅く溜息を吐いた。


「ジゼル、おちょくるのはその辺にして」


「はいはい」


クオンの言葉にジゼルが適当に返答する。

ガウがリュウセイを解放した後も、リュウセイはジゼルに対する怒りが収まらないようで鋭い眼光で睨み付けていた。

険悪な空気が漂う渦中で、ガウがジゼルに向き直る。


「え~っと、あんたはなんなの?」


「あたしはクオンと同じ羅刹だよ」


衝撃発言にリュウセイとガウが愕然とする。

その証拠にと言わんばかりにジゼルが左手首をちらつかせる。

細い手首でゆらゆらと赤い腕輪が揺れ動いた。


「あたしとクオンは羅刹になった時からの付き合いなんだよ。

この辺をうろついてたら偶然クオンの姿が見えたもんだから近付いたんだけど、前回と違う駒を同伴してるもんだから驚いたよ」


「前回って?」


「クオンと同伴してるってことは話は聞いたんだろ?」


「ワクチンを見つけたら殺して欲しいってやつか?」


「そっ。

クオンはワクチンを探すために今まで何人も駒を同伴させてきた。

あんたらはそのうちの一部に過ぎない。

今回で何人目だっけ?」


「20年分を計算すると今回で291組、通算517人」


クオンから紡がれるその膨大な人数に、リュウセイとガウはただただ驚くばかりだ。


「……ちなみに、今までの奴らは―――」


「―――死んだ」


抑揚のない言葉、無感情な双眸。

自分の身の回りで5百人以上も死んだと言うのに、クオンはなんとも思わないのだろうか……

リュウセイとガウにそんな疑問が浮かぶ。


「さて、じゃああたしはこれで失礼するよ。

こっちはこっちでワクチンを探さないとね」


「うん。

またね、ジゼル」


「今回の駒は長持ちするといいけどね」


ジゼルはリュウセイとガウに嘲笑を向けると、颯爽と立ち去って行った。

リュウセイはジゼルの態度に頬を引きつらせながら舌打ちをする。

何の気なしにガウが視線を送ったクオンはどこか寂しげにジゼルの背中を見つめていた。


―――思わず日向ぼっこしたくなるほどの晴天。

目的もなしに地面に寝転がって、流れゆく白雲を眺めていられたらいいのに……

クオンの思考でそんな淡い夢が生まれる。

だが現実は甘くない。

この監獄内では一時たりとも気が休まる瞬間などないのだ。

現に今がそうだ。

何故なら……ライオンのような肉食獣に追い掛けられているのだから。


「なんでっ、追い掛けて来るんだよー!!」


「腹が減ってんじゃん?

食いしん坊だなー」


「呑気なこと言ってる場合かボケー!!」


「お腹が空いてるわけじゃない。

肉食獣は人間を見れば見境なく襲ってるだけだから」


「お前も何呑気に解説してんだっ!!」


呑気なクオンとガウを走りながら一喝するリュウセイ。

全力疾走してる最中に余計な体力を使ってしまったせいで、リュウセイの息も絶え絶えだ。

ふと、ガウの視界にあるものが入る。

走行先に落とし穴のように空洞が口を開けていたのだ。


「2人共、空洞を飛び越えろ!」


ガウの一声に2人は機敏に反応し、高く飛躍した。

空洞の大きさから見て、飛び越えるには助走をつけてもギリギリだろう。

だが運動神経のいい3人はそれを軽々やってのける……かと思われた。

クオンとガウは無事飛び越えることに成功したが、問題はリュウセイ。

向こう側にあと1歩届かず、空洞縁に手を付き、宙ぶらりんになってしまったのだ。

肉食獣はガウの思惑通り空洞に落下させることに成功。

あとは宙ぶらりんのリュウセイを救助するだけだ。


「いい光景だなリュウセイ。

イカすぜっ」


「……っ早く引き上げろっ。

もう腕がもたんっ」


「はいはーい」


全体重を両手だけで支えるリュウセイの雄姿を堪能したガウは、リュウセイを引き上げようと手を伸ばす。

だがしかし、とっくに腕の筋力が限界に達していたリュウセイは、ガウの救助を待つ前に落下してしまった。

空洞下では肉食獣が狙っている。

リュウセイが絶望感に苛まれた瞬間―――数発の銃声が轟いた。

クオンが肉食獣を撃ったのだ。

空洞下では肉食獣の大口にすっぽりと収まったリュウセイの姿。

肉食獣はすでに絶命している。

クオンの迅速な対応のお蔭でリュウセイは命拾いした。


「クオンに貸し1だなーリュウセイ」


「…………」


カラカラと陽気に笑ってみせるガウを見上げ、リュウセイは2人に引き上げられた。

その直後―――


「うわああああっ!!」


「逃げろー!!」


悲鳴と共に駒たちが逃げ惑う姿が見えた。

3人はただならぬ様子の駒たちに駆け寄り、そのうちの1人に聞きただす。


「おい、何があったんだ?」


「羅刹にワクチンを打ったら化け物に変異してっ……

いくら撃っても死なないんだっ!」


「そんなはず……」


クオンはひどく動揺した面差しで呟くと、羅刹がいる方向へと駆け出した。


「おい!

1人で動くな!」


リュウセイの制止もクオンには届いていなかった。

リュウセイとガウがクオンを追う。


―――クオンが目にしたのは壮絶な光景だった。

何十人もの駒が無惨に死んでいた。

殺した張本人は全身に緑色の鱗を纏い、額からは2本の角が生え、爪は鋭利に伸び、剥き出しの牙が駒を引き裂いている。

左手首には羅刹の証である血色の腕輪が確認出来るが、その異形な姿は羅刹とは言いがたいものだ。

こまの1人が言っていた「死なない」という言葉がクオンの脳裏をよぎり、クオンはその事実を確かめるために発砲した。

銃弾は確かに羅刹の額を直撃したが、羅刹は悲鳴を上げるばかりで倒れもしない。


「……何故?

ワクチンを投与したはずなのに、何故死なないの……」


クオンが困惑していると、羅刹の殺意に満ちた金色の双眸がクオンを睨む。

鋭利な爪を武器に、クオンとの距離を1歩1歩詰めていく。

纏わり付く殺意を払拭するようにクオンが拳銃を構えると、羅刹は目にも留まらぬ速さでクオンに詰め寄った。

空を斬り裂く快音が聴こえたかと思うと、クオンの右腕を激痛が走った。


「あ゛っ……あ゛あ゛ああぁっ!!」


クオンの悲鳴が辺りに反響する。

そこに遅れてリュウセイとガウが駆け付けた。

そして、変異した羅刹と血の海と化した眼前を目の当たりにし、2人は絶句する。

続いて目の当たりにするクオンの姿に2人は更に絶句することになる。

クオンの肘から下の右腕がごっそり斬り落とされていたのだから。


「うっ……ぐぅっ……」


苦悶に満ちた表情でうめき声を洩らすクオン。

クオンは無造作に転がる片腕の側に両膝を着く。

切断部分から大量の鮮血が溢れ落ち、地面を汚した。

羅刹はそんなクオンを無情に見下ろし、とどめを刺そうと爪を振りかざす。

ガウがマシンガンを発砲することで何とか押し留めることに成功したが、殺意の矛先はガウへと向けられることとなった。

正気を失い見開かれた瞳孔を前に、ガウは思わず怯む。


「あー、この状況やっべーかも……」


「実際やばいだろ。

死なないんじゃ戦いようがない……」


成す術がない状況にガウとリュウセイはうなだれるしかない。

リュウセイは一応形だけでも剣を構えるものの、戦う気力などなかった。

羅刹は目の前にある命を本能に従い貪り喰うだけ。

口端からよだれを垂らし、2人に歩み寄って行く。

2人が立ちすくんでいると、クオンが背後から羅刹の左胸を黒刀で突き刺した。

甲高い悲鳴が轟く。


「君の相手は私」


荒く呼吸を繰り返し、右腕の激痛に耐えるクオン。

再度クオンに殺意が向けられたその時―――監獄上空にいくつものヘリコプターが飛来した。

そのどれもがモニターを掲げている。

1機のヘリコプターが降下すると、武装集団の1人が羅刹に麻酔銃を発砲した。

麻酔針は羅刹の肩口に命中。

即効性の麻酔が効き始め、羅刹は前のめりに倒れた。

その隙にヘリコプターが着陸し、数人の武装集団が羅刹を取り囲む。

武装集団は注射器を羅刹の腕に射し込んだ。

透明感のある赤い液体―――ワクチンだ。

ワクチンを注入された羅刹にすぐに効果が表れ始め、緑色の鱗は削ぎ落とされたように剥がれ落ち、人間の姿を取り戻していった。

クオンと年端の変わらないような少年の姿が現れる。

人間としての身体を取り戻した少年。

だが先刻の争いごとで負った傷により、すでに死んでいた。

突飛な展開にクオンたち3人は呆然とするばかりだ。


『駒の皆さんこんにちは。

ご機嫌いかがかな?』


不意に頭上から降り注いだ声に3人が空を仰ぐと、全ヘリコプターが掲げるモニターに、仮面の男が映し出されていた。

闇社会の貴族だ。

このいかれた監獄に収容された駒たちの苦しむ姿を、娯楽として楽観する存在。

監獄の至る所に散りばめられたヘリコプターのモニターを、駒たちが一様に見上げる。


『今回我々貴族は素晴らしい物を開発した。

本日はその報告を駒の皆さんにしようと思ってね。

皆さんもご存じの通り、羅刹を造った毒薬<ブラッド・アルファ>。

我々はその上を行く毒薬を新たに開発したのだ。

ブラッド・アルファとブラッド・ベータの毒薬を混合して生成したのが<ブラッド・オメガ>。

ブラッド・オメガは羅刹に投与するとたちまち化け物に変異し、自我を失い、人間を襲うようになる。

試しにブラッド・オメガを監獄内に隠し観察していたんだが、どうやら出来栄えは良好だったようだね』


男が言う出来栄えとは、今まさにクオンたちの眼前で変異していた羅刹のことだろう。

新たな毒薬の存在に駒たちの顔が強張る。


『変異した羅刹を元の状態に戻すにはワクチンを打てばいい。

ワクチンを打てばただの人間に戻り、殺すことも可能だ。

ああそうそう、ブラッド・オメガはワクチンと見分けがつかない仕上がりになっているから、ワクチンと誤って羅刹に打ってしまったら駒の皆さんの命の保証は出来ないよ。

明日までに監獄内にたくさんブラッド・オメガを隠しておくから、気を付けるようにね。

それでは諸君、健闘を祈る。

―――せいぜい我々を楽しませてくれ』


男の不敵な笑みを最後に、映像は切れた。

駒たちが一斉にざわつき出す。

監獄内が震撼する。

ここから逃げ出したいが、逃げ出すにはやはり羅刹との接触は避けられない。

もしワクチンと誤りブラッド・オメガを羅刹に注入してしまったら……

そう思うと、怖くてたまらない。


クオンは斬り落とされた自身の右腕を拾うと、おぼつかない足取りで立ち上がる。

ふらつくクオンにガウが手を差し伸べ、心配げに見つめた。


「おい、無理するな」


「……平気。

羅刹はたとえ首を斬り落とされたって死なないから。

それに、切断部分に腕を押し当てていればじきに結合する」


クオンの言葉に、リュウセイは羅刹が人間とはかけ離れた存在なのだと改めて突き付けられた気分でいた。

リュウセイの複雑な眼差しがクオンに注がれる。

クオンのことはいつか殺さなければならない。

そのために行動を共にしている。

クオンが悪人だったら、いっそ嫌いになれたら殺すことだって躊躇わないだろう。

だが、殺すにはクオンは純粋すぎた。

リュウセイはさざ波のように揺らめく感情を抱え、クオンから目を逸らした。

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