21.救済
翌日、グラディスが投与した薬の影響で依然目覚めないクオンとニコラス、シーザーを残し、リュウセイとキャンディスはトワが眠る13地区郊外の山岳地帯を訪れていた。
山岳地帯の岩肌にぽっかりと空いた洞窟の最奥の石段の上にトワは綺麗な死に顔を浮かべ眠っていた。
双子というだけあってクオンと瓜二つだ。
きっとその瞼の下の瞳もクオンと同じ深紅の色をしていることだろう。
キャンディスは慈しむようにトワの頬を撫でると軽々と抱き上げ、クオンが待つボリス宅への帰途を辿った。
―――2日後、すでに陽も落ちた頃ボリス宅に戻ったリュウセイとキャンディス。
一目散に寝室に駆け付けると、クオンはベッドに腰掛けすでに目覚めていた。
「2人共おかえりっす。
クオンさんは今朝目覚めたんすよ」
「聞いたよ、イノセントのこと。
戦争が起こるって」
「ああ」
「来いよクオン。
隣の部屋にトワがいる、会ってやれ」
キャンディスに促され隣の部屋に入り、ベッドの側まで歩み寄ったクオンの瞳に映るのは、自分と酷似した姿の少年。
クオンの指先がトワの頬に掛かる漆黒の髪を払うと、切なげな微笑を浮かべた。
「ここまで似てるとは思わなかった。
本当に私にそっくりだね。
……1度話してみたかったな、トワ……」
額と額を合わせ、クオンがもう2度と目覚めぬトワに語り掛けると、キャンディスが神妙な面持ちでクオンを見つめた。
「クオン、トワの血液を投与する前に言っておくことがある。
プラス血液を投与された羅刹が瞬時に死ぬのに対して、マイナス血液を投与された羅刹は死ねる身体を手に入れるって話はしたろ?
けど投与したら1年以内には必ず死んじまう」
「必ず?」
「そうだ。
自殺なんかしなくてもな。
けど投与したあと24時間以内に人間を喰えば人間みてぇに数十年は生きられる。
お前は投与してすぐ死ぬ気だったんだろ?
投与したあと、自分の命が1年しかないって知ってどういう決断をする?」
「……私は―――」
「僕はやだ!」
思案しようとするクオンを遮り、ニコラスの叫びが狭い室内にこだまする。
見ればニコラスは目に涙を零れ落ちそうなほど溜め、クオンを見つめているではないか。
「やっぱり僕はクオンが死ぬなんてやだ!
絶対やだっ……
いやだっ……
生きてよ、クオン……」
「ニコラス……」
零れ落ちてしまった涙を掬うようにクオンが濡れたニコラスの頬を撫でる。
死ねる方法がやっと見つかったのに何故素直に喜べないのだろう。
何故キャンディスの問いに即答出来なかったのだろう。
今まで気持ちが揺らぐことなんかなかったのに、心のどこかで生きたいと思っている自分がいる。
生きたいと思えるだけの理由が……大切な人たちが出来てしまった。
だけど、死にたいと思っているのも事実。
この矛盾した気持ちをどうしたらいいか持て余していると、不意にリュウセイと目が合う。
クオンの記憶の奥底に沈んでいたいつかリュウセイが言った言葉が思い起こされる。
“幸せになって死ね”。
その言葉を思い出した途端クオンははっとし、床に膝を着き、ニコラスと目線を合わせた。
「ごめんねニコラス。
私やっぱり自分の気持ちは曲げられない。
人を食べてまで生きたくないの。
でも……私はまだ幸せになってない。
だからあと1年、君やリュウセイが私を幸せにしてくれる?
あと1年、私と生きて」
「―――僕がクオンを幸せにしてあげられる?」
「君じゃなきゃ駄目なんだよ」
「……っ」
ニコラスの目から、清らかな涙がとめどなく溢れていくのを見届けたクオンは真っ直ぐキャンディスを見つめた。
「キャンディス、お願い」
「……ああ」
キャンディスは注射器を取り出すとトワの腕に針を突き刺し、鮮血を採取すると、クオンに向き直った。
「本当にいいんだな」
「―――うん」
揺るぎないクオンの決意を受け止めたキャンディスは双眸に哀しみを滲ませながら頷き、クオンの腕に注射器を突き刺した。
「クオン」
不意にリュウセイがクオンの名を呼んだ。
クオンが振り向けばリュウセイはとても悲痛な面差しで見つめている。
リュウセイが抱く哀しみと懸念が伝わったのか、クオンは安堵させるように笑ってみせた。
「大丈夫だよリュウセイ。
私幸せになるから」
幸せになって死んでいくから―――
心の中でそう呟いたクオンは、自身の中に流れ込んでいくトワの血液を全身で感じながら目を閉じ、幸せな未来を瞼の裏に思い描いた―――――




