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エスケープ  作者: 星宮
20/22

20.陰謀

キャンディスと出会い、羅刹が死ぬ方法をようやく知ることが出来たその翌日のこと。

死ぬには絶対必須な弟トワの血液を入手するためクオン、リュウセイ、イノセント、キャンディスがボリス宅を出ようとした時のことだ。

リュウセイがもつ携帯電話が前触れもなく着信を告げた。

液晶画面に表示された番号に見覚えがなく、怪訝に思いながらもリュウセイが電話に出ると、聞いただけでも戦慄するような冷たい声が響いてきた。


『皆息災のようで何よりだな』


「お前っ、クロフォード公爵か!?

なんの用だ!」


『そんなに毛嫌いしてくれるな。

クオンに用があるのだ、代わってくれ』


有無を言わせぬ声音にリュウセイがしぶしぶクオンに携帯を渡す。


「何か用?」


『これから私の屋敷に来い』


「どういうこと?」


『お前に重大な話がある。

ヘリをやるから1人で来い、いいな』


一方的に電話を切られたあと、クオンは屋敷に行くことを決めた。

断ってしまえば仲間に危害が加えられるに決まっているからだ。

そのことをリュウセイたちに話したクオンは当然制止されたが、クオンは頑として聞かず1人で屋敷に向かった。


そして夜、ヘリコプターに揺られ到着したグラディスの屋敷。

もう2度と訪れることはないと思っていたクオンだが、こんな形で再来することは予想外だったため僅かに動揺していた。

その動揺を悟られぬように背筋をしゃんと伸ばし、毅然と振る舞うクオンはメイドに案内され、グラディスがいる応接室に通された。

お香を焚いているせいか、室内には甘い芳香が漂っていた。

ソファに座り、優雅に紅茶を啜るその姿は相変わらず気品と冷徹さが混同している。

クオンはグラディスの真正面に着座すると、神妙な面持ちで彼を見つめた。


「話って何?」


「そうだな、どこから話すか……」


グラディスはコーヒーカップをテーブルに置くと、一泊置き、氷のような瞳でクオンを見つめた。


「お前は自分の血液が毒薬だと知ったのだろう?」


「……うん」


「ならば話は早い。

実はな、最近ヘルシティの地下にあるものを建設したのだ」


「あるもの?

それは何?」


「羅刹の収容所だ」


「……今度は何を企んでいるの」


「羅刹を劇的に増やし、ヘブン帝国に戦争を仕掛けようと考えている」


「戦争……?

なんのために……」


「娯楽の一環だ。

それ以外に理由などない。

だが羅刹を造るには血液が足りぬのだ」


「だから私に血を差し出せと?」


「そうだ」


「……帰る」


馬鹿げた計画に一切手を貸す気がないクオンが立ち上がった瞬間、血の気が引いていくような感覚とめまいが襲った。

脱力し、意思とは関係なく床に座り込むクオン。

指先が痺れ、意識ははっきりしているのに身体が思うように動いてくれない。


「案ずるな。

香の匂いに当てられただけだ。

あの香を嗅いだ者は一時的に身体が麻痺するらしいからな。

ただし、女子供に限るが」


「…………」


「何か物言いたげだが、麻痺して口もきけぬか。

まあいい、騒がれたら面倒だからな」


グラディスは懐から注射器を取り出すとクオンの腕に突き刺し、得体の知れない透明な液体を投与した。


「ただの睡眠薬だ。

血液の摂取が終わるまで眠っててもらう」


即効性があるのか、投与した直後からクオンは激しい眠気に襲われ―――意識を暗闇の中に沈めた。


クオンがグラディスの屋敷に行ってから3日が経過した。

その間なんの音沙汰もなく、クオンの行方は分からない。

クオンの居場所がグラディスの元だということは明白だが、何度となく屋敷に電話を入れグラディスを問いただしたが、彼の答えはいつも決まって「帰った」の一言だった。

ボリス宅でクオンの帰りを無力に待つしかないリュウセイ、ニコラス、シーザー、キャンディス。

その上イノセントは3日前クオンが屋敷に行ったあと、何も告げずに姿をくらましていた。

暗い面差しのまま、不意にニコラスが呟く。


「……クオン、帰って来るよな。

無事だよな」


「ニコラス……

大丈夫、あいつは必ず帰って来る」


不安がるニコラスをリュウセイの温もりがそっと包み込むのを尻目に、キャンディスの掠れ声が響き渡る。


「クオンのことは心配だが、こんなとこでぼやっとしてられねぇ。

あたしらはあたしらで行動しようぜ。

血液の採取に行く」


「……そうだな」


リュウセイが同意を示したその時、外が騒々しさに包まれ室内に白銀の鎧兜を纏った十数人の騎士がなだれ込んできた。

剣を突き付ける騎士を4人が唖然としながら見上げていた時、騎士の垣根を掻き分け白銀の鎧兜に深紅のマントを羽織った階級の高そうな騎士が4人の眼前に立った。


「剣を降ろせ」


兜の奥から低い声が命じると、騎士たちは一様に剣を降ろす。

すると、騎士たちの突然の来訪に憤りを感じたリュウセイは食って掛かるような勢いで眼前の騎士を睨み付けた。


「その鎧に彫られた鷹の紋様、お前たち隣のヘブン帝国の騎士だろ。

こんなとこになんの用だ」


リュウセイの問い掛けにマントを羽織った騎士が兜を取り去り、顔が露わになった時、4人は愕然とした。

兜の下に隠された顔が―――イノセントだったからだ。


「クオンはどこです?

まだクロフォード家から戻っていないのですか?」


「戻ってないっすよ……

つーか、なんで―――」


「質問はあとにして下さい。

―――クロフォード家に向かった騎士たちに突入命令を下せ」


「御意!」


―――十数分後、クロフォード家に突入を果たしたヘブン帝国騎士はベッドに拘束された状態で眠るクオンの保護に成功し、ヘリコプターでこちらに輸送中だ。

その報告を携帯電話越しに受けたイノセントが電話を切った直後、溜まりに溜まった疑問をついに吐き出した。


「イノセント、どういうことなのか説明しろ」


不信感を募らせたリュウセイの眼差しを一身に浴び、イノセントは小さく溜息を吐いた。


「俺はヘブン帝国国王直属の騎士です。

ヘルシティの貴族たちの悪行をこの目で見て、国王様に報告する任務と並列させ、羅刹を監視する任務を担っていました。

あなた方に接触したのは貴族に接触するためでもありました」


「……親友が羅刹になって死んだっていうのは嘘だったのか」


「いいえ、事実です。

本当はもっと早く俺の素性をあなた方に言うべきでした。

でも言うわけにはいかなかった。

任務を成功させるためには、俺の素性を隠す必要があったからです。

その甲斐あって、貴族の……グラディス・クロフォードの陰謀を知ることが出来ました」


「陰謀?」


「戦争です。

クロフォード公爵は羅刹の軍隊を造り、ヘブン帝国に戦争を仕掛ける気です」


「せん、そう……」


あまりに壮大すぎる陰謀にリュウセイの思考が追い付かない。

まだ幼いニコラスにとってはリュウセイ以上に難しい話だろう。


「今回クロフォード公爵がクオンを呼び寄せたのは羅刹の軍隊を造るための血液が必要だったからです。

情報ではすでに1万を超える羅刹が作られているという話です。

最近、ヘルシティの地下に建設されたものをご存知ですか?」


「それって何かの収容所のことっすか?」


「はい。

その収容所には羅刹を収容する予定のようです。

おそらく、すでにその1万の羅刹が収容されているはずです。

本来ならクオンの保護と並列させ、公爵の拘束もする予定でしたが屋敷には不在でした。

事態を察し、地下に隠れたものと思われます」


「居場所が分かってんならなんで捕まえねぇんだよ?」


「地下には1万の羅刹が潜んでいます。

迂闊に手は出せません。

それと、今まで疑問に思ったことはありませんか?

何故貴族があれだけの悪行をこなしていながら国がなんの対応もしてこなかったのか。

グラディス・クロフォードとこの国、イース帝国国王が繋がっていたからです」


「国王がっすか!?」


「はい。

貴族と共にいかれた娯楽にふけっていたようです。

我が国ヘブン帝国国王と他国国王の書状によりイース帝国国王と、今まで事件に関与してきた貴族は逮捕しました」


「クロフォード公爵はどうする?」


「……先ほど我が国王に指示を仰いだ結果、開戦の準備を整えよ、とのことでした」


「戦争っすか……」


戦争……

あまりの事態の重さに思考が麻痺してしまったみたいにイノセントを除く4人が沈黙する。

居心地の悪い沈黙が流れる中、パラパラ、とヘリコプターの騒音が聞こえ、眠るクオンを抱える騎士が現れた。


「クオンっ!」


思わずクオンに駆け寄るニコラス。

騎士が壊れ物を扱うよな動作でクオンをベッドに横たわらせると、ニコラスがクオンの顔を覗き込んだ。

血色の悪い白い肌、死んだように眠るクオンを見つめ、ニコラスは不安に駆られる。


「クオン、そのうち起きるよな?」


「大丈夫ですよ。

薬の影響で眠っているだけのようなので、じきに目覚めます」


「よかった……」


イノセントの言葉にニコラスは心底から安堵し、笑みを零した。


「じゃあ、俺は戦争に向けて準備をしなければなりませんので1度ヘブン帝国に戻ります。

念のためクロフォード公爵対策用としてこの家に数人の騎士を配備しておきます。

すでに国中に避難勧告が発令されていますので、皆さんも早めに避難して下さい」


イノセントは淡々と告げると言葉通り数人の騎士だけを残しその場から立ち去って行った。

室内に残されたのはイノセントの“戦争”という残響だけ。

今現実として身に降り掛かろうとしている出来事の渦中に自分たちがいるとはとても思えなくて、室内には沈黙ばかりが流れていた―――――

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