表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エスケープ  作者: 星宮
2/22

2.監獄生活

監獄には毎朝ヘリコプターでいくつものコンテナが運ばれて来る。

その中には食料や衣料、武器などが収容されている。

駒たちのために用意されたものだ。

監獄では時々貴族たちの発案によるクエストが催される。

難易度は簡単なものから難しいものまで様々だ。

指定された駒は強制参加しなければならない。

拒否した場合無慈悲に殺される運命にある。

人の命をゲーム感覚でしか見ていない貴族たちはどこまでも腐っていた。


昨日リュウセイとガウを襲った生物は生体実験によって造られたもの。

羅刹を造る時と同様の毒を直接生体組織に注入したら狂暴化し、突然変異を起こしたのだ。

突然変異を起こした生物には人を喰らう肉食獣と、絶食で生きていける無食獣の2種類がいる。

昨日の生物は肉食獣に該当する。


一夜明け、半壊した家屋で休眠を取った3人。

固いコンクリートに毛布を敷いて寝たせいで、リュウセイとガウの身体はギシギシと軋んでいた。


「あれ?

クオンはどこに行った?」


「さあ?

散歩でも行ったんじゃない?」


寝ぼけ眼で目を擦りながら周囲を見回し、クオンの姿がないことに気付いた2人はクオンを捜しに屋外へ出た。

だが捜すまでもなくクオンの姿はあっさり見つかる。

家屋を出てすぐ、陽光を一身に浴びるクオン。

だが声を掛けることは出来なかった。

いや、正確には声を掛けることさえ忘れていた。

人間を喰らっていたから。

羅刹は人間を餌に生きる。

そんな常識は誰しもが知っていることだ。

だが実際にその光景を目の当たりにするのは初めてのことだった。

人間の肉を引き千切り、手や口を鮮血で赤く染めるその光景はあまりにも衝撃的で、悲惨なもの。

血の海に沈む人間の剥き出しになった臓器がリュウセイとガウの吐き気を誘った。

呆気に取られて立ちすくむ2人におもむろにクオンの視線が注がれる。

クオンの白い肌を染色する鮮血と同じ色彩の瞳が2人を見つめる。

そのクオンの異様な姿から2人は恐怖から肌が粟立つのを感じた。


「……血を洗い流して来る」


クオンは端的に言うと、近くの溜め池に向かう。

2人は無惨に殺された人間を一瞥すると、吐き気を押さえながらその場を離れた。


鮮血を綺麗に洗い流したクオンを伴ってリュウセイとガウが監獄内を歩く。

誰も先刻クオンが人間を喰らったことに関して触れようとはしない。

だがあの残酷な光景がリュウセイとガウの脳裏に鮮明に焼き付いて離れてくれない。

クオンは2人に危害を加えないと言っていたが、あんな光景を見せられてしまった以上完全に信頼することは出来ないだろう。

リュウセイとガウはクオンに対する警戒心を怠らないようにと自分自身に喝を入れ、ワクチンを探すために手近にそびえ立つ建物に踏み入った。


建物に踏み入って一番最初に目に付いたのは、壊れたテーブルや椅子。

床には割れた食器やフォークなどが散乱していた。

ここが飲食店だったと察しが付く。

3人は手分けをしながら事細かにワクチンを探す。

テーブルの下やレジの裏など、1か所1か所見落とすことがないよう丁寧に。

だがここにワクチンはない。

3人は肩を落としながらも厨房へ向かった。


厨房にはすでに先客がいた。

2人のまだ若い男女だ。

年端はリュウセイやガウと同じくらいだろう。

男女は3人に気付くと歩み寄って来る。

クオンは自身が羅刹だと悟られぬよう反射的に腕輪がはめられた左手首を自身の背に隠した。

面倒事は避けたかったからだ。


「あんたたちもワクチンを探しに来たの?

ここはあたしたちが探したけど、それらしき物は見つからなかったわよ」


「そういうこと。

もう俺らはここに用がねぇから、あとは好きに探せよ。

まっ、頑張れ」


男女は軽快な口調で言いたいだけ言うと、厨房をあとにする。

その見下すような態度が気に食わなかったリュウセイは、男女の背中を冷ややかに見つめ舌打ちをした。


「念のため探すだけ探そうぜ」


「……ああ」


ガウの言葉にリュウセイが短く返事をすると、3人は早速作業に取り掛かった。

だが次の瞬間―――


「きゃあああああっ!!」


悲鳴が響き渡った。

何事かと3人が厨房から顔を覗かせ店内を見回すと―――先刻の男女が肉食獣に喰われていた。

痩せ細った犬のように細い姿の肉食獣が4体。

すでに絶命した男女を4体で仲良く貪り合っている。

骨を砕く音律、血溜まりと化した光景からリュウセイとガウは顔を背けた。


「おい、どうすんだよ?

逃げようにも出口にはあいつらがいるじゃん……

このまま喰われるなんて御免だぜ」


「彼らは無差別に人間を襲う。

食べられたくなかったら、このまま隠れてやり過ごすのが一番」


「よっしゃ!

その提案に乗った!」


「なんでテンション上がってんだ、この馬鹿」


何故か異様に意気揚々とするガウをリュウセイが呆れ顔で一瞥する。

3人は肉食獣に気付かれないようコソコソと厨房の物陰にそれぞれ隠れた。

……じっと息を潜める。

店内から人間を喰らうおぞましい音律だけがやけに鮮明に聴こえる。

3人は早くどこかに行けと胸中で祈り続けた。


―――数分後、静かになった。

ガウは肉食獣が立ち去ったのだと推測し、物陰から身を乗り出す。

厨房内に肉食獣はいない。

そのことに安堵したガウは物陰から出た。

だがその拍子に壁面に掛けられたフライパンに肩がぶつかり、床に落としてしまった。

静寂に金属音が反響する。

しまった、という顔をするガウにリュウセイとクオンの視線が向けられた。

ガウが2人に苦笑してみせると、厨房に接近する蹄のような足音が聴こえた。

悪い予感が3人を襲う。

そしてそれは現実のものになる。

立ち去ったと思われた4体の肉食獣のうち3体が3人の前に現れたのだ。


「はは……2人共、悪ぃ」


「謝罪はいいからあいつらをなんとかするぞ!」


引きつった笑みを浮かべるガウにリュウセイが言い放つ。

1体の肉食獣がクオンに飛び掛かる。

肉食獣の鋭角な爪が肌に到達する寸前、クオンは発砲。

しかし銃弾は肉食獣の頬を掠めただけだ。

肉食獣に押し倒されるクオン。

倒れた拍子に拳銃がクオンの手から逃れ、鍋やらフライパンやらが散乱した。

クオンにのし掛かり、首筋に噛み付こうとする肉食獣をクオンが必死に両手で押さえ付ける。

血の匂いが混合した唾液がぼたぼたとクオンの頬に落ち、クオンは煩わしげに眉を寄せた。

すかさずリュウセイがクオンを押し倒す肉食獣に拳銃を向ける。

クオンに気を取られていたせいで残りの肉食獣への注意がおろそかになっていたリュウセイ。

1体がリュウセイに飛び掛かり―――ガウが発砲した銃弾が肉食獣の心臓を捉え、倒れた。


「貸し1な。

監獄から出たらなんか奢ってくれよ~?」


ガウがほくそ笑んだ瞬間、背後から忍び寄っていた肉食獣がガウの腕に噛み付いた。


「ぐわっ!!」


ガウが悲鳴を上げると同時に銃声が鳴り響き、腕に噛み付いていた肉食獣が崩れ落ちた。

リュウセイが発砲したのだ。


「これで貸し無しな」


リュウセイが口端をつり上げる。

そんなリュウセイを前にガウは鮮血が滴る腕を押さえ、苦悶の表情を浮かべながらも鼻で笑ってみせた。

一方のクオンは依然肉食獣にのし掛かられた状態。

見かけによらない力の強さに、肉食獣を押さえるクオンの腕もしびれ出していた。

この状況を打破する策はないかとクオンが周囲を見回すと、顔の真横に錆びた果物ナイフが転がっているのに気付く。

クオンが渾身の力で肉食獣の腹部を蹴り上げると、肉食獣は悲鳴を上げクオンから飛び退いた。

身体に自由が戻った一瞬の隙を突き、クオンは果物ナイフを拾い上げる。

肉食獣の殺意を孕んだ双眸がクオンに向けられた直後、肉食獣が再びクオンに襲い掛かった。

クオンは迫り来る肉食獣を見据え―――果物ナイフを肉食獣の左胸に突き刺した。

肉食獣は断末魔を上げ、クオンにもたれ掛り絶命した。

クオンは肉食獣を乱雑にどかし立ち上がると、頬に付着した唾液や返り血を拭いながら1つ息を吐き出す。


「いやー、危なかったなぁ。

もう少しで喰われるとこだった。

噛まれただけでよかったよかった」


「お前のせいだろ。

自業自得だ」


「冷てぇなぁリュウセイは。

そう思わないか? クオン」


「……早くここから出よう」


クオンはガウの問いに答えることなく、毅然とした足取りで厨房から立ち去った。

皮肉な笑みをガウに送ったリュウセイもクオンに続く。


「2人共冷てぇ……」


ガウは寂しそうに呟き、2人のあとを追った。


血生臭い料理店から屋外へ出て、3人は新鮮な空気を吸う。

澄み渡った青空の下、柔和な陽光を浴びていると、つい先刻までの血生臭い光景が一掃されるようだ。

一時的な気休めでしかないが。

3人が次なるワクチン探しへ出ようと歩み出した時、不穏な気配に気付かなかった。

3人の背後から忍び寄る1体の肉食獣。

じりじりと3人との距離を詰めていく。

あと1歩というところで肉食獣がクオンを喰らおうと牙を剥き―――直後、銃声が轟いた。

3人がひどく驚いた面差しで背後を振り返ると、肉食獣が血反吐を吐き倒れていた。


「注意力散漫なんじゃないのかい? クオン」


嘲笑を含んだ声音がどこからともなく降り注ぐ。

ビルの陰から姿を現したのは、少女だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ