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エスケープ  作者: 星宮
13/22

13.切願が叶った先には

クオン、リュウセイ、ニコラスが監獄から出されて1週間が経つ。

3人はヘルシティの死体置き場を管理するリュウセイの知人、ボリスの自宅に身を寄せていた。

その理由の1つとして、身寄りのない死体を違法行為と認知していながらクオンに与えるため。

監獄にいた時と状況は変わり、無差別に人を襲い殺人事件を頻繁に起こせばこれから先満足に行動することも叶わない。

クオンにはまだ、自分が何者なのか知る必要があるのだから。


スタジアムで肉食獣と戦闘に陥った際に負傷したリュウセイ。

身体の傷は癒えつつあるが、心に負った深すぎる傷は簡単には癒えてくれそうにない。

ボリスの自宅の一室、リュウセイがベッドに横たわり流れゆく雲を虚ろに見上げていると、クオンが入室して来た。


「調子はどう?」


「もう動けるまでに回復した。

ニコラスは完全に回復するまで寝てろって言うけどな。

それより、何か用事か?」


「……うん。

そろそろクロフォード家に行こうと思って。

だから君やニコラスとはお別れ」


「……1人で行くつもりか」


「……監獄から出たいという君たちの願いは叶った。

これ以上私に関わる必要はないよ。

あとは私が自分自身のことを知り、元の身体を取り戻すだけ。

ジゼルが拓いてくれた未来に向かって歩かなくちゃ。

ジゼルの想いを無駄にしないためにも。

どんな未来が待ってても受け入れる覚悟は出来てるよ」


「クロフォード家には俺も行く」


突飛な発言にクオンは愕然とした。

リュウセイは絶句し鮮やかな瞳を見開くクオンを真摯に見つめ開口する。


「俺たちはもう仲間だろ?

お前が泣きたい時は俺が泣き場所になってやるから、そうやって1人で強がるな」


「……ありがとう」


本来ならここで頑なに断るべきだとクオンも分かっていたが、出来なかった。

断りたくなかった。

ここで断り、別れてしまったらリュウセイやニコラスとの一筋の繋がりが断ち切れ、もう2度と会えない気がしたから。

それに、仲間だと言ってくれたことが嬉しかった。

甘えてもいいのだろうか、なんて考えが浮かんだ途端、クオンの口から自ずと言葉が零れ出ていた。

クオンの言葉を受け取ったリュウセイは静かに笑みを湛えた。


ヘルシティは13区域に分かれ、ボリスが居を構える区域は第2地区、グラディスの屋敷は隣の第1地区にある。

クオンとリュウセイはグラディスに会うべく列車で第1地区に向かった。

これ以上危険な目に遭わせまいと、ニコラスのことはボリスに託してきた。

1人置いてけぼりを食うニコラス、ニコラスの性格上てっきり喚き散らすのかと思っていたクオンとリュウセイだが、すんなり2人を見送ってくれたことには意表を突かれた。

去り際、ニコラスはクオンとリュウセイに約束をさせた。

絶対に帰って来て、と。

即答するリュウセイとは対照的にクオンは曖昧な返答しか返せなかった。

この先自分がどうなるか思い描くことさえ出来ないのだ、下手なことを言い、ニコラスを絶望させたくなかった。

クオンが悶々と思考をフル回転させていると、いつしかクロフォード家に辿り着いていて、執務室に通されていた。

どうやってここまで来たのか、正直考え事をしていたクオンはよく覚えていない。

本棚に古い書物が所狭しと並ぶ室内を見回しながら、2人はメイドに促され弾力性のあるソファに着座した。

テーブルに2つ置かれた紅茶に口付けることなく、グラディスを待つ。

待つこと数分、漆黒のサーコートを着用したグラディスが颯爽と現れた。

2人を見るやいなや、グラディスは唇に弧を描き、2人の正面のソファに着座した。


「よく来たな。

早速だが本題に入ろう。

クオン、お前は自分自身を知るためにここに来たのだろう?」


「うん。

何故ワクチンを投与したのに元の身体に戻れなかったのか、その理由が知りたい」


「お前は他の羅刹とは明らかに違う特別な存在だ。

その答えを知りたければ、第4、第9、第13地区にそれぞれある廃墟の屋敷を訪れるといい。

うち2か所はお前に関係のある場所だ。

所在地を記した地図を授けよう。

これは最後のクエストと思ってくれていい」


「クエスト……?

てめぇ、この期に及んでまだクエストなんてふざけたことぬかすのか」


「我々貴族は娯楽にふけるが好きなんだ。

なんの価値もない人の命など取るに足らないものだ」


リュウセイのこめかみに青筋が浮き立つ。

グラディスの言葉1つ1つに苛立つ、余裕めいた微笑に憤りを感じる、こんないかれた男と同じ人間だということが気に喰わない。

リュウセイは爆発しそうになる感情を拳をきつく握り締めることで抑止し、グラディスを睨み付けた。


「クエストをクリアすることが出来れば、監獄を廃止しよう。

駒を解放し、これ以上駒となる人間を拉致するようなこともしない。

自分自身のことも知ることが出来、監獄も廃止出来る、まさに一石二鳥のチャンスだ。

どうだ、受ける気になったか?」


「もちろん受ける。

だけど、もし監獄の廃止や私自身のことについて何か1つでも嘘があった場合、君を殺す」


「いいだろう。

では、ルールを説明する―――」


―――世界がオレンジ色に染色されていく夕暮れの中、歩道に伸びた2つの影を見つめがらクオンとリュウセイは駅に向かっていた。

グラディスから提示されたクエストのルールとは、3か所の廃墟の屋敷へ赴き、羅刹について記載されている古文書と、すでに死去しているクオンの母の遺体を捜すこと。

そこにクオンが求める答えがあるという。

クオンが自分自身のことを知ることが出来た暁には、監獄の廃止を約束した。

そしてもう1つのルールとして、貴族たちが2人を狩るために様々な仕掛けを施すということ。

今さら引き返すことは出来ない。

ただ真っ直ぐに歩いて行こう。

クオンは失った大切な人たちを脳裏に思い浮かべながら自分自身にそう誓った―――

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