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エスケープ  作者: 星宮
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1.監獄

ゴッドシティ―――約20年前までは経済的にも繁栄していた孤島の大都市だった。

だが闇社会に生きる貴族たちが目を付け、意図的に破滅に追いやった。

その後、貴族たちは大都市を数十メートルにも及ぶ外壁で塗り固め、監獄を造った。

その理由は狂っていた。

一般市民を拉致し、大都市の面影を残す監獄に収容し、娯楽のために観覧するためだ。

監獄から出る方法はただ1つ。

人体実験によって造られた人間を喰らう化け物<羅刹>を殺すことだった―――――


監獄では貴族たちが<駒>と呼ぶ拉致された人間たちの断末魔が毎日のように轟いている。

そして今日、この監獄にまたしても新入りが収容された。


「放せっ!

ぶん殴るぞ!!」


「頼むから勘弁してくれって~」


武装集団に連行されて来た長身で20代後半の男2人組。

後頭部中心で括った金髪に碧眼の端正な顔立ちのリュウセイ。

灰色の短髪に栗色の瞳の一重瞼、無精髭で屈強な体格のガウ。

2人は激しく抵抗を見せるものの、その甲斐もなく、無情にも監獄に押し入れられてしまった。

重厚な扉が閉まる。

2人の手元には、武装集団に無理矢理持たされた銃器や剣などの武器だけが大量に残された。


「はあ……最悪だ」


リュウセイは頭を抱え、盛大な溜息を吐いた。


「なんでこんなことに……」


ガウが力なく呟く。

2人の脳裏に昨夜の出来事がフラッシュバックする。

2人はこの孤島の最寄りの国に住んでいた。

闇社会に生きる貴族たちが住む高級住宅街。

一見裕福そうに見えるが、治安は最悪。

闇社会の貴族たちが生きるその街では殺人が日常茶飯事だった。

2人はストリートチルドレンとして生きてきた。

大人になって低い給料の職に就き、貧しいながらも充実した生活を送っていた。

しかし昨夜、前触れもなく貴族が金で雇った武装集団が2人を拉致し、この孤島に否応なしに連行された。

この監獄の噂は耳にしていた。

拉致された人間が約2万人収容され、1度入ったら2度と出られないとも言われている地獄。

どこか他人事のように思っていた。

まさか自分たちが誰もが恐れる地獄のような場所に入れられることになるとは夢にも思わず、2人は動揺を隠せずにいる。


「ここから生きて出るには羅刹を殺すしかない、か……」


リュウセイは思案するように眉間に皺を刻み、武装集団に持たされた剣を見つめ呟いた。

その双眸には確固たる決意が燃えたぎっている。


「羅刹を殺しに行くぞ。

生きてここから出るんだ」


「……うん、そうだな」


気が進まないながらも、ガウはリュウセイの提案に賛成する。

他に選択肢がないからだ。

2人は足元に散乱する武器を手に、監獄の奥へと進んで行った。


―――――戦地の跡のような瓦礫の情景が広がる。

大地はひび割れ、建造物は原型を残さぬほど全壊しているものもある。

監獄の至る所に監視カメラが設置されているのは、いかれた貴族たちが監獄内を観覧するためだ。


リュウセイとガウが羅刹捜しを開始してから2時間が経過した。

案の定羅刹の影も見えない。

擦れ違うのは2人と同様にここに拉致されて来た駒たちだけ。

当然と言えば当然だ。

この広大な監獄に存在する羅刹は20人にも満たない。

砂漠の中に紛れる砂金粒を探し当てるようなものだ。

2人は精神的ストレスからくる疲労で深い溜息を吐いた。


「俺……ここでやってく自信ない」


「そう言うな。

俺まで自信なくす」


「すまん」


「……こんなとこで死んだら、あのいかれた貴族共を喜ばせるだけだ。

何がなんでもここから脱出するぞ」


「……そうだな。

頼りにしてるぞ隊長!」


「誰が隊長だ」


少しだが前向きに状況を捉えることが出来た2人は、軽口を叩きながら監獄内を歩む。

半壊したビルを見上げながら曲がり角に差し掛かった時―――2人は目を見張った。

2人の視線の先にいる生物、一見ライオンのように見える。

だが毛色は浅黒く、剥き出しの牙と爪はサイの角のように太く長い。

双眸は正気をなくし赤く光り、3メートルもの巨体をしている。

そしてその生物の口元からは赤い液体が滴っていた。

足元の転がる物体は死んだ人間。

この未知の生物が今まさに喰らっている人間だ。

くちゃくちゃと耳を塞ぎたくなるようなおぞましい音律が2人を襲う。

胃の底から急激に湧き上がってくる吐き気に2人は青褪めた。


「―――なんだよあれ……?

あんなのいるなんて聞いてないぞ」


「な、なあ、逃げねぇとやばいんじゃ―――」


ガウがそう言おうとした瞬間―――生物の視線が2人に向いた。

狂気を孕んだ威圧的な双眸に睨まれ、2人は身を強張らせる。

喰われる―――

2人は直感でそう悟り、元来た道を全速力でダッシュした。

生物はライオンのような咆哮を上げ、2人を追い掛ける。


「やっぱ追い掛けて来てんじゃんか!

どうすんの!?」


「どうするって逃げるしかないだろ!

止まったら喰われるぞ!」


「そりゃそうだけどさ―――うわあっ!!」


2人は背後から猛突進して来た生物を紙一重で回避する。

急停止出来なかった生物は瓦礫に突っ込んだが、再び2人に向き直り攻撃の機会を窺う。

ぼたぼたと汚らしくよだれを垂らす生物を前に、リュウセイは嫌悪感を覚え、拳銃を構えた。

ドン、と銃声が大気を揺るがし、生物の額に命中する。

鮮血が迸る。

しかし絶命したかと思われた生物は平然と立っていた。

それどころか双眸に宿した狂気を一層色濃く滲ませ、2人との距離を縮めて来るではないか。

その様子に2人は愕然とした面持ちで後ずさる。


「な、なんで死なねぇんだよ!?」


「俺が知るか!

なんなんだこの化け物はっ……」


リュウセイが再度拳銃を構え発砲しようとトリガーに指を掛け―――銃声が轟く。

しかしリュウセイが発砲したわけではない。

だが生物は確かに悲鳴を上げ悶え苦しんでいる。

2人が背後を振り返ると―――1人の少女がいた。

肩まで付く漆黒の髪に深紅の双眸。

その華奢な手には拳銃が握られている。

少女は無情な双眸で生物を見据えると、臆することもなく発砲した。

1発、2発、3発と断続的に発砲された銃弾は生物の額や左胸を確実に捉えていく。

耳をつんざくような悲鳴が響き渡るが、生物はなおも立ち続けた。

殺意に冒された双眸が少女に向けられたかと思うと、生物は怒声とも取れる咆哮を上げ少女に飛び掛かった。

押し迫る鋭利な牙と爪。

少女はそれを眉1つ微動だにさせず見据えると黒刀を抜刀し、生物を斬り捨てた。

生物の頭と胴体が分裂し、無造作に崩れ落ちる。

噴出した鮮血が少女を妖しく彩った。


「……なんだ、あの女……」


リュウセイが呆然と呟く横で、ガウがあることに気付く。


「おいリュウセイ、あの子の左手首……」


ガウの言葉にリュウセイが少女の左手首に目をやる。

その瞬間リュウセイの瞳が見開かれた。

そこには羅刹の証である血の色の腕輪がはめられていたからだ。


「あんな子供が羅刹……?」


「外見に惑わされるな。

羅刹は年を食わない。

俺たちよりずっと長く生きてる場合だってある。

しかし初日から羅刹と遭遇するなんて俺たちは運がいいな。

とっとと終わらせてここから出るぞ」


銃口を少女に向けるリュウセイに触発され、ガウも拳銃を手に取る。

想像していた羅刹像よりも幼い姿の羅刹を前にガウは動揺した。

だが監獄から出るためには羅刹の命が必須。

正直かなり気が引けたが、ガウは心を鬼にし少女を殺す決意をした。


「ごめんな……」


ガウが辛そうに呟くと同時に、銃声が鳴り響いた。

銃弾が少女の頭部を貫通し、少女が倒れ込む。

だが2人が発砲したわけではなかった。


「イエーイ!

羅刹を仕留めたぜー!」


「これで監獄から出られますね!」


「収容されて1週間。

随分早く片が付いたな」


物陰から姿を現したのは人相の悪い3人の男。

彼らが少女を撃ったのだ。

突然の出来事にリュウセイとガウが呆気に取られていると、男3人は少女に近付き、無情にもすでに絶命した少女に発砲する。

何発も何発も、少女の身体に銃痕が残されていく。

そのあまりの仕打ちにさすがのリュウセイも黙っていられず、3人を一喝してやろうと一歩踏み出した。

その瞬間、空ろだった少女の瞳が見開かれた。


「なっ、なんだこいつ!?

生きてやがる!」


うろたえる男たちに少女の視線が注がれた直後―――少女が手にする黒刀は残酷にも男たちを斬り裂いた。

絶命した男たちに微塵も興味を示さず、少女の視線がリュウセイとガウに向く。

人形のように生気のない眼差しに芽生える恐怖から2人は息を呑んだ。


「―――私を殺したい?」


唐突に紡がれた言葉。

抑揚がない突飛な清音に2人は呆然とし少女を見つめた。

言葉の意味が理解出来なかった。

しかし少女は2人に構わず言葉を続ける。


「答えて。

私を殺したい?」


少女の言葉に2人は顔を見合わせた。

リュウセイは少女に怪訝な眼差しを向けたまま答える。


「当然だろ」


「……そう。

だけど今のままじゃ私を殺せない」


「?

どういう意味だ?」


「羅刹は元は人間、人体実験によって不死身の身体になった。

不死身になるために投与した毒を消滅させ、人間に戻る必要がある」


「ええっ?

そんなの聞いてないよね?」


少女の言葉に困惑するリュウセイとガウ。

少女はなおも言葉を続ける。


「監獄に収容されたばかりの駒は知らない人も多い。

だけど安心して。

監獄のどこかに隠されているワクチンを羅刹に投与すれば、羅刹を人間に戻せる。

君たちの望み通り、羅刹を殺せる」


「……なんで羅刹の不利になるようなことを教える?」


不信感を抱く2人を前に、少女は睫毛を伏せた。

深紅の瞳に影を落とす少女の姿が太陽に焦がされて灰塵と化してしまいそうなほど儚く見える。


「―――羅刹でいることに疲れた」


少女は睫毛を伏せたまま消え入りそうな声で紡ぐ。

その瞳の奥で揺らめくのは哀しみだろうか……

リュウセイはその感情がなんなのか探ろうと少女を見つめるものの、明確なものは何も分からなかった。

不意に少女の視線が2人に向けられる。


「私は誰かに私を殺して欲しい。

君たちは羅刹を殺したい。

だったら私と一緒に行動しない?」


「でも羅刹は人間を喰うんでしょ?

俺らを安心させておいてガブッと喰われるなんてことは……」


「飢餓状態に陥る前に他の駒を食べるから君たちに危害は加えない。

だから私と一緒にワクチンを探して欲しい。

この広大な監獄内で1人で小さなワクチンを探すのは困難だから。

私と一緒に行動すれば、私が人間に戻った時、他の駒に私の命を横取りされる心配もなく私を殺せる」


「つまり、お互いの望みを叶えるためにお互いを利用しようってか」


リュウセイの言葉に少女は頷く。

もとよりせっかく出会えた羅刹を逃がすつもりなどない。

だからこの状況は2人にとって願ってもない好機だった。

2人は視線を交わし合いほくそ笑む。


「いいだろう。

俺たちはお前と行動を共にする。

俺の名はリュウセイ」


「俺はガウ。

あんたは?」


「―――クオン」

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