エピソード10 反撃
Episode10
登場人物
加地 伊織:主人公
伊織は見知らぬ部屋で目を覚ました。
まだ起きるには早すぎる時間だ。
どうやら俺は泣いていたらしかった。
激しい戦いだったから、未だに胸が震えている。
見ると窓の外に優美が立っていた。
また眠れないのだろうか。
そう言えば、コインの片割れをレイチェルの屋敷の庭に落っことして来たままだった。
後で拾いにいかなければならないな。
背中で添い寝する涼子を起こさない様にそうっと起き上がろうとした。
しかし、どうしてだか上手く起き上がれない。
そうだ、俺の右手は山猫との戦いで切り落とされて無くなっていたのだ。
優美が伊織に気がついて振り返る。
左目だけになってしまったが、今もその美しさは変わらない。
誰かが遠くで怒鳴っている?
いや叫んでいるみたいだ。
悲痛な叫び声だ。
涼子が目を覚ましたらどうするのだ。
眠っている涼子を振り返る。
涼子は目を開けたままあれ以来ずっとブツブツ呟いていた。
耳の中で香澄の声がする。
そう言えば、まだ通信機が使えるって言ってたな。
叫び声がうるさくて香澄の声がよく聞こえない。
じっと、必死に耳を済ませる。
香澄:「伊織、反撃するわよ。」
我に返る迄に何秒逝っていたのだろうか。 再び心臓が鼓動を開始し、頭に血がめぐる。膝が震えている
傍らで、碧が正気を保つ為に叫び続けている
伊織はイアンが嘲る様に嗤うのを見た
怒りで恐怖がふきとばされる。 愛しいその女の名前を絶叫する!
伊織:「香澄!」
下半身を潰された香澄の血の海から黄龍が立ち上がる。 砂嵐が巻き起こり辺り一面のモノを無差別に切り刻み、削りとり始める。
四人のかつて人間で今は人間ではなくなってしまったモノ達の肉体も、庭の木立も、屋敷の壁も、全てが黄龍の砂嵐の中にどんどん切削されて行く
黄龍のビジョンの咆哮!
それに随うかの様に傷だらけの優美が立ち上がる。 かろうじて皮膚で繋ぎ止めてあった左腕が千切れ落ち、破れた腹から腸がこぼれ出す。
優美が残った右腕を差し上げて構えると、辺り一面に膨大なエネルギーを帯びた無数の球雷が発生する! 続いて衝撃波と轟音が炸裂した!
4体の精霊たちは、一旦はその肉のほとんどを吹き飛ばされるが、見る間に欠損が修復され始める。
電流の衝撃は涼子を目覚めさせる。 手足を失った激痛の中ですらその口元は哂っているように見える。 首に巻きついたままの黒い影のような蛇のビジョンが闇を増し、纏わり憑くような湿り気が形を取り戻しつつあった4体の聖霊の肉体を溶かしていく。 聖獣の水溶液は地に足れて土に混ざり、やがて純水が結晶化して真夏の庭を霜柱で埋め尽くして行った。
今や全ての肉を溶かされ虚無となったはずの空間に、今度は4体の輝く陽炎のような人形が現れていた。 一体は牡牛のような顔を持ち、一体は獅子のような顔を持ち、一体は鷲のような顔をもち、一体は人のような顔を持っている。
そして、大気は陽炎の元に吸い寄せられて、肉を再構築し始める。
すでに玄武の放った湿り気は碧の全身を包み込んでいた。 叫び疲れ、膝をついて地面に崩れ落ちた碧の足元に、青龍のビジョンが現れている。 細やかなミストを浴びて心地よさそうに目を閉じるトカゲのビジョンから、たちまち暖炉の熱の様に生命が芽噴き出す。
玄武の仕掛けた霜柱は緑の植物へと変化し、見る見る内にその茎を伸ばし幹を太らせ枝をはわせていく。 4体の光の陽炎は急速に成長する植物に取り込まれて、再生する間を与えられずその姿を巨大なヒヤシンスの根への変化させられていく。
そして焼け焦げた炭と血の塊に見えるものが起き上がる。 その全身からは青龍の放った種子が芽吹き始め、かさぶたが崩れ落ちて新たな体液が流れ出す。 朱雀は、その血を吸ってより紅く輝き、放たれた6000度の高熱は青龍が出現させた森を一瞬で焼き払って灰にした。
朱雀の炎は人のように立ち上がった黄龍への到達し、こびりついた不純物を炙り燃やし尽くしていく。
今や5体のビジョンは光の輪によって一つにつながれていた。
伊織:「これが、完全相生…!」
香澄:「思い知ったか、」
やがて輝きは去り、辺りはようやく訪れた夜の闇に包まれていく。
碧が地に伏せて吐いていた。
伊織は碧に駆け寄り、
伊織:「碧、皆を…青龍の力で助けて。」
同時に何かが碧の額を貫いた。
頭蓋骨を貫通し前頭葉を破壊したのは、親指ほどの大きさの 雹
碧、そのまま伊織の目の前に倒れ…沈黙
伊織:「な、」
振り返るとそこに、4体の輝きが復活していた。
やがて周囲の灰と土塊と大気から人形の肉体が再生されてその輝きを包み込んでいく。
そこに、美しい四人の人に似せたモノが復活する。
イアン:「無駄だよ、完全体となった聖霊を破壊することはできない。」
伊織、目を見開き口から血の泡を吐く碧を抱き寄せる
イアン:「殺してはいない、今殺せば熟しきっていない聖霊の幼生は完全体に成長できなくなってしまうからね。」
イアン:「イオリ、これは提案だ。 アズマがしたのと同じ様にここにいる他の人間達にも再生の肉体と記憶を与え、開放してやってはどうだろうか。」
イアン:「ここで傷ついたこの者達の肉体もいずれ聖霊が熟せば復活はたやすい。 それまでの間、ヨリマシは聖霊の苗床として私達が管理しておいてあげる。」
イアン:「それが聖獣とヨリマシの新たなる共存の形だとは思わないかい。」
伊織:「…」
イアン:「ただしイオリには我々の元に来てもらうよ。 イオリは五行の聖獣をつなぎとめるトモガラだからね。」
伊織は朽ち果てた聖獣のヨリマシ達の姿を見回していった。 香澄、涼子、瑠奈、優美、碧 誰一人として無事な者は居ない。 皆狂うような痛みと後悔の中に居るに違いなかった。
この女たちを見捨てて、ただ聖獣に精神を食い尽くされるまで痛みと辱めに耐えながら生きさらばえる事を見逃してそれでいいのか。 碧に約束したのではなかったのか。
…どんな事をしてでも助けると。 言ったじゃないか。
伊織:考えろ! 考えろ! 考えろ! 一体俺に何ができる!
伊織:シンプルだ、とてもシンプルだ、俺には何もできない。 なら、誰かに頼るしかない!
伊織:俺を助けてくれる奴らは誰だ、俺の言うことに耳を傾けてくれる奴らは誰だ!
伊織:その為に俺が差し出せるものは何だ。 やつらが欲しがる物は何だ!!
伊織は碧の体を床に横たえると、力なく立ち上がった。
天井を仰ぎ、深呼吸する。
そして…覚悟を決め高らかに宣言する!
伊織:「五行の聖獣ども! 加地伊織の名の下に命令する! お前たちのヨリマシを助けろ!」
伊織:「そうすれば俺がお前たちと一緒に戦ってやる! この命お前たちにくれてやる!」
伊織の目の瞳孔が全開放する。
伊織:「まずは…ここに居る4体の聖霊から叩きのめすぞ。」