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RPG?

作者:

 ――ここは物語の世界。


「お早う、サト!」

「……ああ、オハヨウゴザイマス、勇者サマ。それではオヤスミナサイ」

「こらこら、寝るなって。起きるんだよ」


 ぬくぬくと温かい毛布を剥ぎ取られ、肩を押されて俺はベッドから落下した。鈍い音と衝撃に、漸く視界が鮮明になる。うあー、と小さく呻いていると、上の方で金髪が可笑しそうに笑った。恨むぞ。


「今日も良い天気だな」

「んー。まあ、そうねー。ここはこういう国だからねー」

「……ああ」


 俺はちらりと頭上を見上げた。年齢にしては少々幼い(と言われている)顔が、微かに陰りを帯びている。なーに暗い顔してんだか。ばしばしと瞬きを繰り返しながら俺はため息を吐く。こいつ、こういうとこ面倒臭いんだよなー。

 あんたにはそんなの似あわないんだよ、アカ。ルイが心配すんでしょ、止めろよ。


「何か言ったか? ――わっ。ちょっと待て、しれっとした顔してお前、叩くなよ。……はいはいって。お前、いつも適当だよな」

「ぶつぶつ言ってないで、どいたどいた。今日はギルドに行くんでしょーよ」


 下手な格好じゃ、この間みたいに筋肉ムキムキのおっちゃん達に舐められる。あれはうざかった。こっちがちびだとか、それがどうしたんだよ。実力にはかんけーないだろーよ。東洋人は若く見られがちなんだよ。俺の所為じゃねー。


「ああ、そうだ。そうだよ、皆サトが起きるの待ってたんだよ。本当に寝汚いなあ」

「ほっとけバカ勇者。お前が童顔とかそれで童顔とか信じらんないわ本当にもう」

「皆にサトが起きたって言ってくる。さっさと身支度しろよ!」


 無駄に素早く身を翻して部屋から出て行く姿を見送り、俺はがしがしと頭を掻いた。ふわりと欠伸が漏れる。涙で滲んだ視界一面に、広がるのは燦々と降り注ぐ太陽光。


 にしてもなー、常套句が常套句として成立しないってどういうことよ。『今日は良い天気ですね』っていうのは、会話を続けるための一種の繋ぎで、どちらかというとそこから得られるのはプラスの感情なはずで。それをこの国の人達は、絶望した表情で言うんだから困る。『今日も良い天気なのかよ』って、何デスカその表現。浮かべた笑みも凍りつくわ。

 まあ、気持ちは分からないでもないんだけどさ。寧ろ同情に値するとは思っているんだけどさ。


 俺は綺麗に晴れ渡った空を見上げた。うん、本当に、良い天気。

 今俺達が滞在しているこの国は、ひたすら晴れが続く国。雨も曇りもなく、ただただ晴れだけの国。


 ……それでもついこの前までいた雨の国に比べたら、ちょっとはましだと思うんだけど、その辺りはどーなんでしょーかね。


 ずるずる長いフードを被って階下に降りてきた俺に、方々から挨拶の声が掛かる。俺はひらひらと手を振って、適当な皿からパン切れを摘む。フレンチトーストに似た味。うん、旨い。けどな、そろそろ米と味噌汁が恋しいんだよ。塩味効いた鮭食べたい。あ、よだれ出てきた。


「あ、ちょっと、それあたしの!」

「良いじゃん、別に。あんた朝から食べすぎなんだから、寧ろ感謝して欲しいくらいなんデスヨ? 太ったら困るのあんたでしょ」

「おい、こら、この野郎。誰が太ってるって?」


 きゃんきゃんと吠える小柄な少女をいなしながら、俺は改めて皆に挨拶をする。


「お早う、皆サマ。今日も一日頑張るぞー、おー」


 ほんわり笑って挨拶を返してくれる可愛い女の子は『神官』のルイ。言い方が軽いのよ! とさっきから喚き通しなのは『拳闘士』のシナ。生真面目に礼をするのっぽの男前は『騎士』のイツ。にやりと笑った三つ編みさんは『盗賊』のザン。

 それから、晴れやかに笑う金髪少年が『勇者』のアカ。

 これが俺の仲間達。ギルドにも登録されている、歴としたパーティだ。


 そんでもって、パーティの中に『勇者』がいるってことは、俺達は自動的に世界を正すため動いている一団だということになるわけで。そう、俺、勇者ご一行様の一員なんだよね。

 いやあ、もう、本当にねー、笑いたくナリマセン?




 この『世界』について、俺が分かってることは少ない。『世界』の名前すら分からない。ただ、まあ、実際考えてみても欲しいんだよね。「貴方の世界の名称は何ですか?」なんて、馬鹿げた質問、誰もしないっつーの。俺自身、あの世界――俺の世界だったはずの世界、俺の生まれたはずの世界――の名称なんて分からないんだから(チキュウ? それともワールドとでも呼べば良いんだろうか)。


 世界の名前なんてもの、その世界に生きる人達には必要ないわけよ。よくある異世界ものとかでさ、登場人物が「この世界の名前は○○……」とか語ってることあるけど、あんなの全然現実に即してないんだってことがよーく分かりマシタヨ。平行世界の概念があるところならまた別なんだろうけどさ。


 とにかく、この『世界』の話だ。この『世界』初心者の俺でも、確実に分かってることがある。物凄くありがちな話なんだが、何と、この『世界』は滅亡に瀕しているらしい。どうよ、これ。どうよ。この設定だよ。王道っつーか何つーか。


 何でも、この『世界』には、世界の天秤を保つとか何とかいう役目を持った精霊が何人かいて、そいつらが順々に、定期的に世界を巡ることで世界のバランスを取ってたらしいのな。まあ、神殿のおっちゃん達はくちゃくちゃ言ってたけど、要約すればそんな感じなわけ。で、だ。ここでお約束に『魔王』が現れて、その精霊達を宝玉に封じてどこぞに隠してしまった。どこぞって結構分かりやすいんだけどな。だってあからさまにさ、晴ればっかりの国、雨ばっかりの国、曇りばっかりの国、雪ばっかりの国、大風ばっかりの国、と分かれてるんだから。つまり、その国に隠された精霊の系統によって、そこの天候が確定しちゃってるんだよな。


 今はまだそこまででもないけど、この状態が続くと、晴れは干魃を呼び、雨は洪水を呼び……とどんどん悪化して、どの国も人間が住めない状況まで追い込まれるらしい。曇りの国は一番被害少ないんじゃないかと最初俺は思ったんだけど、実は曇りってのは魔物が一番活動しやすい天気なんだとかいうんだよ。ってなわけで、今曇りの国に人間はいない。生き残りは皆、他の国に逃げてきて、難民になってる。


 まあ、ここまでされて黙ってるわけにはいかないよな。ということで、腕に覚えのある人間達はこぞって『勇者』を名乗り、魔王退治に乗り出した。しっかしまたこれが強いんだよな。魔王だけじゃない。魔王から全権委任されてそれぞれの国を支配している魔族の長達も、馬鹿かってくらいに強い。強い戦士達がどんどん破れていった、らしい。


 と、ここで現れるのがアカ、我らが『勇者』なんだ。


 勇者を名乗る人間ってのは世界中にたくさんいる。そんでその皆が皆、魔王を倒すべく研鑽を積んでいる。そいつらに比べたら、まだ少年って呼んで良いくらいのアカはいかにも頼りない。ギルドに行っても、最初の頃は散々馬鹿にされた。今だって「家に帰りな、坊主」だとか「これはおままごとじゃないんだ」だとか、言われることはしょっちゅうだ。


 でもアカは、伝説の剣を抜いた。着々と仲間を集めてもいる。それも、どのパーティにも入らないと言われてきたような偏屈ばっかりだ。一人一人が相当強い。ついでに言うと大体皆、基本的には集団行動が出来ない。そんな彼らが纏まっているのは、『勇者』が他の誰でもない、アカだからだ。


 俺は知ってる。分かってるんじゃない、知ってるんだよ。

 この『世界』の――『物語』の、主人公はアカなんだ。


 ってなわけで、俺は何の因果かこの『世界』の中で、主人公の一人目の仲間に選ばれ、『魔法使い』なんてものをやってんだ。

 結構、楽しいぞ?



 ギルドに行くことにしたのは、単純に言うとお金がなかったからだ。「行くことにした」というよりは、「行かざるを得なかった」というのが正しい。俺達にはギルド受託の手っ取り早く稼げる仕事が必要だったんだ……。お金ないって切ない。世の中って世知辛い。

 あとは、まあ、新しい街に入ったらギルドに入るのは鉄則だから、宝玉についての情報収集のため、っていうのもあるけどな。でも本音は金だよな! って道の真ん中で叫んだらシナにどつかれた。痛い。


 とりあえず。俺達はギルドに行きました。そんでもって適当な仕事を引き受けました。宝玉の手がかりでもないかとおっちゃん達に話も聞きました。仕事は上手く行った! 宝玉も見つかった!

 ――そんな風に、単純に済めば嬉しかったんだけどなあ。


「サト! 何戦闘中に意識飛ばしてんのよ!」

「……うあーい」


 いやー、何と言いましょーかねー。我らが勇者サマのトラブル招来体質、傍から見てる分には楽しいけど巻き込まれるのはごめんだね。ギルドに行ったら乱闘起こってるわ、頑張って仲裁して何とか平穏そうな仕事受けたのにその仕事には裏があるわ、魔族面倒臭いわ、七面倒くさい謎解きしなきゃなんないわ、挙げ句の果てには乱闘騒ぎの逆恨み野郎が大事なところで掴みかかってきてつーかあいつずっと俺達のこと尾けてたのかストーカーか結局そこで伸びてるだけじゃねーか邪魔だってのああもう――。


「あ、やべ」


 殺意満々な爪がいつの間にか目の前に迫っていて、俺は慌てて呪文を唱える。回避、回避、防御。いや、もうやだ。こいつやだ。空飛ぶし火吐くし鱗堅いししっぽに毒針持ってるし。怖いって。弱点どこだよ。


 何が何だか分からないうちに、それでもしかし『勇者』は導かれていたらしく、俺達は今、紅い宝玉を守る魔族長との戦闘中だ。


 仲間達は、大分よくやってると思うんだ。攪乱にアカとシナ。その隙を縫い、今んとこ実力トップのイツがぐいぐい攻撃を叩きつけてる。後衛で皆の回復をしてるルイ、ルイの身に危害が及ばないよう攻撃をいなしてるザン。俺は前衛組のフォローに回りつつ弱点解析中。


 ……やっぱりあれかな。オーソドックスに、目か口か狙うしかないみたいだ。でも皆そんなことは分かってるんだよ。でもこんだけやっても隙がないんだよ!

 これ以上続けてもこっちの体力が削れていくだけだ。何かもっと良い策はないのかね。いやでもな、考えてる間に時間が過ぎるんだよ。とにかく出来ることをやるべきか。


 呪文。タイミングを計る。忌々しいあの翼を拘束したい。さっきから何度もやってるんだけど、上手く行かない。タイミングが重要、焦るな、落ち着くこと。失敗は出来ない。最後のスペルを口の中に詰める。間合いを見極める。シナが拳を振るう。アカが、イツが、剣を振り上げる。

 単語が口から流れ出た。どうだ? 早かったか? 長虫がもがいている。少し高い位置。


「長くは無理! 無理! 早く!」


 呪文を唱えるの、やっぱり早すぎたみたいだ。ぎりぎりと圧力が掛かる。削られていく己を感じる。でも、ここを逃したらチャンスはもう殆どない。


 炎が吐き出される。オレンジが視界を覆う。その時、シナの手を踏み台に身の軽いアカが飛んだ。炎の後の一瞬の空白。アカは迷いなく、その喉奥に剣を突き入れた。

 地に伏せる長虫。


「うっわあ……やっぱ、何度見てもえぐいわあ……」


 俺はごく小さく呟く。距離のある仲間達には聞こえない。力が抜ける。イツが片羽を切り落とし、とどめとばかりに喉を貫く。


「ルイ! ザン!」


 今にもへたり込まんとする俺の耳に、シナの悲壮な声が飛び込んでくる。何だ? 視線を上げる。映像はスローモーション。身体が重い。まるでゼリーの海を泳いでいるような感覚にぼんやり感動することで俺は現実逃避して。落ちてくる長い尾。ルイの身体を支えていたザンが綺麗に吹っ飛ばされる。光る毒針。ルイ。金色の残像。


 そして、呼吸が、音が、戻ってきた。身体の重さは変わらないけど。


「アカ!」


 ルイの悲鳴。

 アカは彼女を安心させるように笑う。そして腕に刺さった毒針を引き抜き、崩れ落ちる。

 ああ、そう。そうだ。そういう奴だよ、あんたは。






 ギルドで知りあった腕利きの医師にアカを診せる。毒抜きには森奥にしか生えない希少な薬草が必要だということだった。期限は夜明けまで。成る程? 左様デスカ。

 装備を確認し、イツとザンが慌ただしく出て行く。消耗しきっている俺、ルイ、シナはお留守番。


 知ってる。知ってるさ。どんなに珍しい薬草だって、どんなに状況が絶望的に見えたって、きっと間に合う。夜明けまでに、きっとぎりぎりにはなるんだろうけど、出て行った彼らは帰ってくる。ぎりぎりの量ではあるんだろうけど、きっと薬草を持って帰ってくる。間に合う。知ってる。主人公はストーリー半ばでは死なない。これは鉄則だ。

 知ってる。知ってる。知ってる、けど。


 回収してきた宝玉が暗闇にぼうと浮かんでいる。






 何というか、酷く単純だな、と思う。


 勿論それなりに複雑ではある。人間は人間だし、感情の行く先は相変わらず見えない。『こちら』でも――『あちら』でも。見えたら困るし。他人の思いなんかそんなの抱えたくないし。

 それでも、でも、やっぱり単純だよな、と思うんだ。『ここ』は。この『世界』は。結局のところ、これはご都合主義の『物語』に過ぎないから。


 俺は自分が何故『ここ』にいるのか分からない。覚えていない。俺の記憶は途切れている。気づいたら、人混みの中に座っていた。ざわざわとした広場。走っていく金色の影。


 『あちら』での俺は死んだのかな、と時々考える。その可能性が高いだろうな、とも。別にだからといって大して感情は動かない。『あちら』でいつもそうだったように。『あちら』で、俺には現実感がなかった。別に社会不適応だったわけじゃないぞ。でも現実は、現実なのに、俺に現実感を与えてくれなかった。ただ流れていくだけだった。


 単純だな、単純な世界だな、単純な物語だな。俺はことある毎にそう思っている。アカに出会った時、最初の魔物に遭遇した時、ギルドに行った時、宝玉を手にした時、仲間が増えた時。でも単純な分、それらは鮮烈で、肌に食い込んで主張する。


 『ここ』は虚構だ。俺はそれを知ってる。空想。妄想。何でも良い。

 そうだな。ここは俺の世界、なんだろうな、と思う。


 ただ、それでも自分が『主人公』でなかったのには、流石に苦笑したけどなー。






「ルイ」


 微かな声に、目が覚めた。

 さあさあと、気怠い音がする。暗いけど、夜の暗さじゃない。ぼやけた視界に、金髪と神官服の白。あ、欠伸出た。


「呑気な奴だな。ぐっすり寝込んでんじゃねーよ、このお子様が」


 呆れた声がして、ザンに後頭部を小突かれた。結構痛い。つーか誰がお子様なの、誰が。

 視線の先には、医師に支えられながら上体を起こしている彼と、目を真っ赤にした少女がいた。ルイの口が震えるように動き、アカ、と声なくその名前を呼ぶ。


「イツ。シナ。ザン」


 掠れた小さな声。それが漸く、普段は元気があり余って満ち満ちているような彼の声と一致する。


「サト」


 金髪がにこりと笑っている。あ、そっか。


「ありがとう。心配、させたよな」


 そうか、間に合ったのか、そっか。間に合ったのねー。峠越したのねー。おお、まじか。やるな。さっすが勇者サマ。


 ――良かった。本当に、良かったよ。


 わあっとルイがアカにしがみついて泣き出した。シナは彼に口先だけの文句を言い、イツは目を伏せてほっとしたようなため息を吐く。ひたすら泣き続ける少女に慌てるアカをザンが楽しそうにからかう。


 俺は笑っていた。皆笑っていた。

 さあさあと雨が降っていた。外から、人々の歓声が聞こえていた。






 ありふれた、単純な筋書き。虚構。空想。物語。

 まあね、でもそんなこと、どうでも良いと思うんだ。ほら、俺って単純だから。単純で良いんだよ。それで生きていけるなら、万々歳ってな。


 ん、そう。俺ってここで生きてるわけよ。生きてるんだ。ここでなら生きてると思えるんだ。それが重要。それで良い。全て世界はつつがなく。


「サト、早くしろよ!」

「はいはーい」


 とりあえず、おれはこの『物語』の結末までを見届けようと思う。いやー、何かこいつら放っとけないしさ。義理もつきあいもありますし? それに何より、俺が面白いから。


 勇者と魔王の物語。勇者の冒険の物語。そして、勇者と仲間達の物語。折角登場人物の一人として動いてるんだから、せいぜい楽しまないとなー。


 ん? 『物語』が終わった後、どうするかって?

 そこら辺は、さあねえ、どうしましょーかねえ……。


ラノベだよ! って嬉々としてサークルに出してみたら、「ラノベじゃねーよ」と一刀両断された曰くつきの作品。帰ってネットに上げました。

キャラ小説の道のりは遠いぜ。

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