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テスト掌編<夏の終わりに届いたメール>

作者: 時計塔

 着信を知らせるクラシックの曲が流れる。

 浮き立つような耳触りの良いメロディーが途切れるのを待って件名を確認。


 『あけましておめでとうございます』


 本文、なし。

 流れる汗は、暑さとそれ以外の何か。

 もうすぐ秋になるとはいえ、今は北半球的夏だぞ。

 差出人を確認してみる。


 a.cherry-endlesssummer@xxx…


 名前で出てこないのは登録していないからか。なんだろう? ただのイタズラか?

 いや、そうと決め付けるのも早いか。アドレスから取っ掛かりが掴めないだろうか。

 aってのはよくわからない。チェリーは……桜? さくら、佐倉、桜ちゃん。ダメだ。身に覚えのある名前が出てこない。

 エンドレスサマー……終わらない夏か。

 ふと本棚へ目をやった瞬間、記憶が連鎖を始めた。

 『シェークスピア全集 真夏の夜の夢』。

 今度演る舞台のために買ってきた本だった。

 小学生の頃の俺は本を読まないガキで、それは今も読書家とは縁遠いのは変わらないが、その頃はといえば、図書室というのは良くできた拷問器具であるとさえ思っていたものだ。

 あれは読書感想文という名の責め苦に耐えかね、一行も書けずににらめっこしてた本を返却しに行った時のことだった。

 図書委員なのだろう、受付の席に女の子が座っていた。メガネを掛けた、地味なタイプだったのだが、本を読んで微笑んでいる顔に吸い寄せらた。

 俺が大嫌いで大嫌いで仕方のない本と同じものを読んでいるのが信じられない程に、その――楽しそうな表情だったのだ。まあ、同じ本を読んでいるわけではないのは当然なのだが。

「それ、なんて本?」

「え?」

 女の子は水泳をテーマにしたタイトルを反射的に口にした。悲鳴に近い声で。俺がそこにいるのにも気付かない没頭っぷりだったらしい。それがまた興味をそそった。

「俺も読みたい」

 終わったら貸して、という意味合いだったと思うのだが、女の子はすぐさまビッとハードカバーを突き出してきた。数秒の硬直の後、勘違いに気付いたようだが、自分は何度も読んだ本だからと、伸ばした腕を引っ込めようとはしなかった。

 何度も読み返すなんてまったく未知の領域だった俺はどこが面白いのかと聞いてみた。そしたら、女の子は嬉しそうに、そして未読の俺にも十分にその本の魅力が伝わるように話してくれた。そんな面白い本を譲ってもらったら申し訳ないと思って俺は自分が持ってきた本と交換してやった。


「面白かった。他にも貸してくれ」

 俺が本を返しに行ったのは翌日のことで、あいつはメガネの奥の目を丸くしていた。

 それからは毎日のようにあいつが紹介した本を俺が読んでとそんなやりとりが続いた。ある時、読んだ本について法則があることにふと気が付いた。

「お前が薦めてくれた本ってさ、全部季節が夏じゃないか?」

「え? ああ、そうなのかも。わたし、夏――好きだから。……もしかして嫌だった?」

「ははっ、そんなことねえよ。面白いじゃん。どこまで続けられるかやってみようぜ。“終わらない夏(エンドレスサマー)”をさ」

 まあ、翌年小学校を卒業するとともに終わってしまったのだが。それでも我ながらよく読み続けたものだと思う。本に集中しすぎて女の子のことなんて気にもかけなかったぐらいだ。そいつとは、中学に上がって図書室という接点がなくなり、結果疎遠になってしまった。

 もう二年以上にもなる。

 名前はなんて言ったっけかな。千秋だったか。名字はクラスが同じにならなかったこともあってよく覚えていないが確か……ああ、なるほど。

 これはあ行の名前+名字じゃなくて――a.chery→ASAKURA。あさくらなのか。字は確か朝の倉。

朝倉千秋――それが差出人の名前か。しかし、それにしてもこのメールはなんなんだろう。冬の定番挨拶に始まって、終わらない夏に、桜で連想されるのは春。……自分の名前の秋が入ってねえじゃねえか。捻りすぎなんだよ。

 それにしてもなんだってこんなもん送りつけてきやがったんだろう。年賀メールって、今何月だと思ってるんだ。

 まあ、出そうと思ってたメールを誤操作で送信してしまったとかそんなオチだろうけど。

 意外と惚けたとこのある千秋の顔を思い出そうとすると止め処なく思い出が湧き上がってくる。本というフィルターを外したら、気になる異性がいて。今までと同じには付き合えずに距離を取っている内に時間だけが流れていった。案外同じ気持ちだったのだろうか。

 俺もアドレス教えてないはずなんだが、そんなもんどうとでもなるだろう。それが逆に躊躇いへと繋がってしまった可能性もあるか。このくらいのメール、なんも考えないで勢いで送っちまえばいいものを。まあ、あいつらしいのかもしれないけど。

 このまま、来年元旦まで待って、帳尻合わせてしまおうか。パニクったまま四ヶ月ほど過ごしていてもらうのも一興だろう。そんないたずら心が芽生えた。

 いや、夏を――一度は終わってしまった夏をもう終わらせないためにもすぐにでも返事を出そう。二年分、たっぷりと。

 渡辺夏生(なつお)――俺の名前覚えてればいいけど。

かなり前に電撃リトルリーグ用に書いた作品です。

元は2000字制限ですがちょっと改稿してます。

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