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死の都市  作者: LION
第六章 
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第五十七話 亀裂

 調達班全員が乗った装甲車が公民館に帰還したのは夕暮れ時だった。全員が生還し、物資も必要最低限に指定されていたものを十分に集められたということで、一応は任務成功だ。北山さんたちに報告しに行くと、温かい言葉で労わってもらえた。


「本当によかった……! お疲れ様」


 部屋に戻ると奈美さんたちが出迎えてくれた。皆の顔を見たら安心して一気に疲れが押し寄せてきた。奈美さんに促されて座布団の上に腰を下ろす。何も考える気になれなくて、壁に背を預けてぼーっとしていると、誠が近付いてきた。心なしか瞳が潤んでいる。


「姉ちゃんよく生きて帰ってこれたな」

「……なぁに、死ぬと思ってたの? そんな簡単には死なないよ」


 そこではっとする。私は危うく死ぬところだったんだった。向かいで沙莉南ちゃんと話している佐伯くんが視界に入り、思慮の浅い発言を後悔する。


「……生徒会長のは?」

「あ……も、もちろん、とってきたよ。柴崎さんに渡しておいたから、加世ちゃんの看病に使ってくれるはず」

「よかった」


 誠は僅かに笑みを浮かべ、しかしすぐに顔を曇らせた。前にも同じようなことがあった。きっとお母さんのことだ。


「どうしたの?」

「いや……」

「言って」

「……今の時点ではまだ心配するほどじゃないかもしれないけど、母ちゃんと連絡がとれないんだ」


 ひゅう、と冷たい風が身体の中を通り抜けた。


「今、何時だっけ」

「5時45分」

「じゃあまだ判断するにははやいよ」

「そ、そうだよな。母ちゃんだいたい4時にはメールくれるっていうから少し心配だったんだけど、今日は忙しいのかな」


 ゾンビ避難民にとっての忙しい、とはどういった状況をさすのか。同じことが考え至ったらしい誠も顔を強張らせたまま押し黙ってしまった。


「ふたりでお話中悪いんだけど」


 棘のある声に、私も誠も前方を向く。


 あたりには緊迫した空気が漂っていた。並んで座る佐伯くんと沙莉南ちゃんの正面に奈美さんと相田くんが立っていた。


「どうした」

「佐伯さ、何かあたしたちに隠してることあるんじゃないの」

「何のことを言っているんだ」


 一行に口を開かない佐伯くんに、しびれを切らして奈美さんが切り出した。


「須藤のこと……本当は何か知ってるんじゃないの? なんで急にいなくなったのか……納得できない」

「……家族のいる自分の家に帰った、という理由では納得できないか」

「できるわけないでしょ。そんな馬鹿なことするやつじゃないことくらい、会って数日のあたしだってわかる。てかなんなの、馬鹿にしてるの?」

「奈美、落ち着いて。……でも佐伯、隠し事はよくないよ。君のことだから皆を気遣ってのことだろうけど、ここは僕らを信用して話して。信頼関係が大事だろ?」


 佐伯くんが立ちあがった。怒りを露わにする奈美さんを静かにみる。


「須藤は変異体に傷をつけられた」

「……なんだって? そ、そうか、あの時……」


 二人が動揺する。佐伯くんは淡々と話を続ける。


「そう、高校から脱出する時だ。あの時やられた。噛まれたわけではなく引っ掻き傷だったこともあり、幸いすぐにゾンビ化はしなかったようだが、須藤の身体に徐々に変化が現れてきていた。須藤と話して、一度俺たちから離れて一人で過ごして様子をみようという結論に至った。なにせ変異体という未だ情報の少ない謎の生物から受けた傷だ。このまま不安定な須藤をここにいさせるわけにはいかなかった。俺たちは自衛隊に守ってもらっている。混乱を起こすわけにはいかない。……守ってもらう側にも責任があるからな」

「だからって一人外へ追い出したっていうの? 信じられない! 責任とか、一人を犠牲にして果たすものじゃないでしょ!? 佐伯、あんたがそんなやつだったとはね! ……はぁ、須藤、今頃何してるだろう。絶対やばいって……」

「さ、佐伯の言うことにも一理あるよ。ただ、僕らにも相談してくれたってよかったんじゃないかな。そうしたらなにかいい案が思い浮かんだかも」

「甘っちょろい考えだな」


 横槍を入れてきたのは倉本さん。調達から帰ってしばらく姿を見ていなかったが、いつの間にやら部屋に戻ってきていた。


「そんな危ない情報、共有する人間が多ければ多いほど余計な事態を招く。信頼とか馬鹿なこと言ってないで、もっと合理的にものを考えろ。何か捨てなきゃ生きていけねぇんだよ。気楽な学生風情には難しいか?」

「あんたには関係ないでしょ! そもそもあんたなんなのよ、いつも人に不快な思いさせて!」

「ぎゃあぎゃあ喚くな、ヒステリー女が。関係あるから口を挟んでるんだ。くだらない仲間ごっこで他の避難民の命を危険に晒すようなことはやめろって言ってるんだ。言ってることがわかるか? 馬鹿女」

「……おい!」


 奈美さんのことを言われた途端に相田くんが声を荒げる。どちらの側につくこともできない私は、最悪な気分なときにこれまで見たことのなかった取り乱した皆の姿を見て思わず泣きそうになった。その時、奈美さんがこちらを見た。すごく憔悴しきった顔をしていた。見たことのない奈美さんの様子に心配になったが、言葉をかける間もなく、彼女は前へ向き直った。


「……いいよ、ごめんね、駿」

「奈美」

「うん、わかってる、わかってるよ……感情的な理想論じゃ生きていけないなんてくらい。でも、これじゃあさ、誰も信じれなくなるよ……」


 最後は涙声だった。いつでも凛として強い彼女が、皆の前ではじめて涙を流した。そしてそのまま奈美さんは走って部屋を出て行ってしまった。高校で聞いた電話での会話が思い出される。この世界では、普段気丈に振舞っている人ほど脆さと紙一重だ。私は立ち上がり、奈美さんの後を追おうとしたが、相田くんにそっと肩を掴まれた。


「待って皐月ちゃん。僕が行くよ」

「……うん、わかった」

 

 部屋を出る相田くんを見送って、再び誠の隣に腰を下ろした。ここは相田くんに任せる他ないと思った。私と相田くんとは奈美さんと一緒にいる時間も関係の深さも違う。





 夕食の時間も二人は戻ってこなかった。二人の分の配給を誠に預かってもらって、私は一人館内をぶらつくことにした。一人になりたかったのだ。誠に不安な顔を見せるわけにはいかない。しかし、今私は余裕がなかった。


 階段で2階に降りる。物資調達班で待ち合わせた椅子の並んだスペースを抜けて、電気の点いていない薄暗い廊下を歩く。避難民の部屋もなく、どうやら何にも使われていないゾーンのようだ。ここなら一人誰の目も気にすることなく思い悩むことができると思った。 


 廊下の分岐点に出ると、右に続く廊下のつきあたりに電気が点いているスペースがあった。自動販売機が並んでいるのが見える。暗いのも怖いし、あそこで過ごすことにしよう。と、その方向に歩き始めてすぐ、人の気配があることに気付いた。人の話し声が聞こえてくる。奈美さんと相田くんかと思ったが、違うようだ。囁くような甘い声。人がいるのなら別の場所を探すまでだが、声が気になって、少しだけ近付くことにした。


「……義崇さんは間違ってないです。須藤さんのことがバレたら、藤井くんみたいなことになりかねなかったですし。須藤さんにとっても余計悪い状況になったと思います」


 沙莉南ちゃんと佐伯くん、と気付いて身体が固まってしまった。盗み聞きなんて趣味が悪いし引き返さなきゃと思うが、どうしても佐伯くんに対して複雑な感情を抱いてしまっている今、色々と彼のことを知りたいという気持ちもあった。


「俺は自分の考えが絶対正しいだなんて思ってないよ。須藤一人に苦難を強いるようなことをして、本当に悪いと思っている」

「そんな、義崇さん一人が決めた事じゃないでしょう。それにあの場には伊東くんのお姉さんだっていたって……あの人もそうなることで同意したってことじゃないですか」


 私のことが話に出てきてドキッとした。鼓動が早まり息苦しい。思わず胸に手を当てた。


「まぁ、周囲に秘密が漏れて変に混乱を招く前に、出ていくか、北山さんに話をするか、どちらにするかは最終的に本人が決断したことだ。出ていくという選択肢をはっきり示したのは俺だが、別にそのことで後悔はしていない。だから……俺のことを気にかけてくれるのは嬉しいが、大宮さんは大宮さんのことを考えてくれ。家族と連絡がとれないんだろう」

「……別にいいんです、そんなこと。家族なんてもう二度と会えなくていい。義崇さんがいてくれればそれで……」


 急に熱っぽい雰囲気になった。沙莉南ちゃんは佐伯くんに心のうちを打ち明けている。ここから先は私は絶対聞いてはいけないところだ。しかし、足が動かない。


「私はいつだって義崇さんを信じてます。守ってもらってばかりだけど、私にできることがあれば……」

「大宮さん」


 沙莉南ちゃんの影が近付いて行った。二つの影が重なったのを見て、私は背を向け廊下を引き返した。これ以上はたえられなかった。





「姉ちゃんどこいってたの……ってすごい顔してるけど」


  結局一人思い悩む余裕もないまま、まっすぐ部屋に戻った。どうやらすごい顔をしているらしいが、こんなときに失恋したとも言えず、適当にごまかすことにした。


「ちょっと……トイレにね」

「あーでかい方? 姉ちゃんいつも便秘気味だもんな」

「……うん」


 倉本さんのいる前で大の方で苦しんでいたことになってしまったが、別にどうでもいいや。


「疲れてるんだろ、もう寝ようぜ」


 そう言って誠は私の分まで毛布を広げてくれた。弟に逆に気をつかってもらうなんて。情けなくて泣きそうだ。


「……結局母ちゃんから連絡こなかったけど、明日にはくるよな」


 自分に言い聞かせるように誠が呟く。本当に小さな声だったので反応しづらく、口籠っていると、誠は打って変わって明るい声を出した。


「そうそう、会長、熱も下がりはじめて順調に快方に向かってるって」

「ほんとに! よかったぁ~」


 純粋に喜べる報告だ。加世ちゃんが元気になれば、私も誠も少しは明るい気分になれる気がする。


「あれ、まだ起きてたの。昼間は大変だったんだから、はやく寝なきゃ」

「奈美さん! 大丈夫?」


 部屋に入ってきた奈美さんは髪を濡らしていた。


「さっきはごめんね……気が立っちゃって」

「ううん……こっちこそ、隠しててごめんね」

「隠してたことはいいの。あたしも秘密にしてた方がよかったと思うし。ただ、佐伯は……最初は頼れるいい奴だと思ってたんだけど、なんかちょっと信用ならないなって。冷酷というか、こんな世界じゃそれが必要なのかもだけど、なんだかあまり価値観が合わないみたいね」


 奈美さんも同じように感じていたことに少しほっとした。ただ、これ以上仲間内で溝を作りたくないとは思うけれど。


「あ、そうそう。ここのシャワー使えるんだって。皐月ちゃん真っ先に入りたいだろうに、お先しちゃってごめんね」

「ううん! ゆっくり休んでたとこだったし。でもそうだね……入ってこようかな」

「俺も行く」


 誠と一緒にシャワールームに向かう。お互い何かを誤魔化すような変なテンションで、冗談を言い合って歩いた。


 シャワーの水はちょっと冷たかったが、余計な悩みも感情も洗い流してくれた。あとはゆっくり寝て、辛いことはリセットしよう。道はだんだん険しくなっていくが、この先に楽園があると信じて。


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[気になる点] 最後まで読ませて頂きましたが主人公がストレスフルすぎる ゾンビ禍で最前線に立ってゾンビを沢山殺して主人公を救い続けてきた佐伯を 一日二日前に出会った顔見知りの死を心から嘆き悲しめないと…
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