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死の都市  作者: LION
第六章 
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第五十四話 蹂躙

 装甲車が公民館を発って間もなく急激に雨脚が強くなってきた。激しい雨が鋼鉄の車体を打ち鳴らし、低く唸るようなエンジン音とともに車内に響き渡る。


「好都合だよ。これだけざあざあ降ってくれればゾンビの耳もきかなくなる」


 ここからでは様子が見えない操縦席の方から加賀谷さんの楽しそうな声が聞こえた。加賀谷さんは前方の操縦席にいるため、今装甲車の後部の座席には私と佐伯くん、倉本さんと永田さんと近藤さんの五人が向かい合わせに座っている。出発直後は永田さんが持ち前のトークで場を和ませてくれていたが、他の四人は(私も含め)揃いも揃って口下手なタイプだ――すぐに会話は途切れ、この先に待ち受ける危険な任務への緊張感が漂っていた。


 どうにも落ち着かず誰かと喋りたい気分だったが、隣の佐伯くんは私のたまに送る視線にも気付かず険しい顔をしているし、永田さんも我ここにあらずといった様子だ。仕方ないので正面でずっと俯いている近藤さんの肩越しに小さな車窓から外の景色を眺めるも、雨で街並みがけぶって見えた。


 車体が一回強く揺れて、ずっと耳に纏わりついていたエンジン音が止んだ。緩やかに移り変わる外の景色をぼうっと眺めていたら(雨のせいでほぼ変わり映えはしないのだが)結構時間が過ぎていたようだった。


「さあ、着いたよ。あそこが目的地の大型スーパーだ」


 加賀谷さんが操縦席から出てきて、私たちの頭上、天井部分に取り付けられたハッチを開けた。ゾンビが上からなだれ込んでくる恐ろしい展開が浮かんで思わず身構えたが、雨がぼとぼとと車内に降り注いだこと以外は特に何も起きなかった。加賀谷さんに促されるままおそるおそるハッチから身を乗り出す。


 大通りに面する広い駐車場の奥に大きな建物があった。建物の上部に掲げられた鮮やかな赤色の看板は買い物客でにぎわう以前の活気を感じさせたが、今はどんよりとした暗い空に荒れた天候もあって死を連想させるどす黒い血の色に見えた。


駐車場にはたくさんの車が列をなして並んでいた。通路上にも逃亡を試みて失敗したのだろう、車が乱雑に放置されている。その中のいくつもが互いに衝突して破損し、血が付着しているのは言うまでもない。そして車と車の間を縫うようにして多数のゾンビが徘徊していた。


 目的地を視認してひとまずハッチを閉め中に戻る。少しの間ではあったが冷たい雨に打たれて身ぶるいする。……さて、どうするか。しばしの沈黙のあと近藤さんが溜め息をつき、重い空気が広がる。


「休日だったからか車が所狭しと並んでいますね」


「ですねぇ……。こんなんじゃあ車に乗ったまま店に近付けませんよね。いっそのことおりますか、なんて……」


「馬鹿野郎、それは危険だろ。荷物を車まで運んでいる間に襲われたらどうするんだ。リスクが大きすぎる」


「もちろんそんな危険なことする必要なんてないさ。少し揺れるからみんな気をつけてね」


 ニコニコ笑いながら黙って私たちの会話を聞いていた加賀谷さんはそう言うと操縦席についた。ゴオン、と一回揺れて装甲車が再び動き出す。車は右折して駐車場に向かうのかと思いきや、そのまま道路に沿って直進を再開した。


「えっと、どこへ行くんですか」


「んー、こっちから入ろうと思って」


 側面の窓から見えたのは駐輪場だった。これまたたくさんの自転車があったが、そのほとんどが倒されており車どころか人一人通るのも苦労しそうな状況だ。食い荒らされ破損した死体もあたりにごろごろと転がっていた。見ていると感覚が麻痺してくるような光景だ。


 と、車が駐輪場に向かって大きくカーブした。そのまま止まることなく直進する。装甲車が何かに乗り上げて小刻みに揺れ、金属のひしゃげるゴリゴリという音が足元から聞こえる。張り出した装甲車のフロント部分に辛うじて立っていた自転車が次々となぎ倒され、車輪の下敷きになっているようだった。中には当然人間の死体もあるわけで、一緒になって車輪の下で押しつぶされているはずだ――見るも無残な血みどろな光景が当たり前になってしまったとはいえ、想像するだけでぞっとする。手っ取り早く一番安全な方法だろうが、こんなの嫌だ。皆も苦々しい顔をしている。


 駐輪場を突破したらしく車の揺れが止まった。と思ったところで再び足元で何かを巻き込む感じがした。先ほどに比べれば軽い感触に思えたが、しかし何かが確実に車輪の下で破壊された。


「ははは、おまけにゾンビも数体撤去できたみたいだね」


 楽しげに言う加賀谷さんに引いてしまった。彼の感覚がこの世界では正しい、といえば正しいのかもしれないが。


「さて、スーパーの正面まで来たよ」


「正面から突入するのですか」


「うん。逆側にも入口はあるけど状況はだいたい同じさ。ああ、もちろん馬鹿みたいに真正面から突入するわけじゃないから、そこは安心して」


 加賀谷さんの言葉を聞き終わる間もなく、急に装甲車のスピードが上がった。反動で身体が飛ばされそうになり、咄嗟に隣の佐伯くんの服をつかむ。


「強い衝撃が走ると思うけどしっかりつかまっててね……あんま掴みやすいところないかもしれないけど」


 慌てて発した佐伯くんへの弁解の言葉は加賀谷さんの声と走行音にかき消された。装甲車というとゴロゴロゆっくり走っている勝手なイメージを持っていたが、大きな車体でここまで早く走れるのか。一般道路を走る乗用車よりずっと早い気がする。正面の様子はよくわからないので何の衝撃が来るのかわからないまま身構える。


 軽い破壊音がして、周囲の音響が変わった。窓からは煙が立ち上り埃が舞ってはいたが外の様子がうっすらと見える。どうやら硝子の自動扉に思い切り突っ込み店内に入り込んだようだった。しかしすぐに装甲車はバックする。


 またもやよろけそうになったのを佐伯くんが支えてくれた。


「ありがとう。……加賀谷さん、何する気なのかな」


「自動ドアはゾンビの相手をしながら運搬するのに邪魔になりそうではあるが……。しかしこんな派手に壊しては音につられて大勢集まってくるだろうな。ここであらかた始末するつもりなのかもしれない」


「その通り。自動ドアはここから狙撃するのに障害物になるからね」


 加賀谷さんが公民館の時も持っていた銃を脇に抱えて上部ハッチに手をかけた。私たちが出入りした時に使った後部のハッチとは違う、前方の小さめのハッチだ。


「……うん、来てる来てる。じゃあね、君は後ろのハッチを開けて変なのが近付いてこないか見張っていてくれるかい。で、君は弾が切れたらこれを僕に渡してくれるかな」


 変なの、とは変異体のことだろうか。やはり加賀谷さんたち自衛隊員はあの存在を知っていて警戒しているのだ。近藤さんは怪訝な顔をしながらも黙って後部ハッチを開けた。永田さんは渡された袋から細長い形状の黒い塊をいくつか取り出して興味深そうに眺めている。中には金色の物体がたくさん詰まっていた。


「うわぁ、これが弾倉……マガジンってやつですね」


 永田さんは弾の補給係、というところだろうか。永田さんと一緒に弾倉を手にとって見ていると、外からこの事態が起きてから幾度となく耳にした音が聞こえた。何の合図もなしに唐突に戦闘が開始されたのだ。


 佐伯くんが近藤さんの使っている方とは別のハッチを開け、私も彼に続いて身を乗り出す。


 加賀谷さんは前方のハッチから上半身をのぞかせて銃を構えていた。スーパーの入り口を出たところで既に一体のゾンビが仰向けに倒れこと切れていた。頭から流れ出る血の多さに目を奪われていると、奴らが店内から次々に姿を現し始めた。先頭を歩く一体が倒れたゾンビの位置を越えたところで弾けるような、しかし胸にずっしりと響く重厚感のある音が連続して鳴る。それぞれがゾンビの身体に着弾し、容赦なく奴らの生命を奪い去っていく。


 大粒の雨に打たれるのも気にならないほど見いってしまった。しかし銃の威力に感嘆するも束の間、正面の割れたガラスの向こう側から黒い塊が迫ってきていた。


「ああ、もう、あいつら動きがトロすぎる。待つのは面倒だ、一気にいこうか」


 焦っているような加賀谷さんの声からはいつもの余裕は失われていた。しかしこれは緊張やゾンビへの恐怖からではない。弱者を蹂躙する喜びからくる興奮だった。





「こんなものかな」


 加賀谷さんが満足げに銃を下ろす。ゾンビの大群にやたらと打ち込んでいるように見えたが、銃弾は的確に一体一体の急所を貫いていた。その証拠に夥しい数の動かなくなった屍が転がっていた。


「一件落着……と思ったけど。うーん、これじゃゾンビの死体が邪魔で運搬ができないよね。逆の入り口からはいろうか、一階の残りの奴らもこっち側に向かってきてるだろうし向こうはきっとスカスカさ。好都合だよ」


 加賀谷さんは色々と作戦を考えているかと思いきや結構行き当たりばったりだ。しかしそんな状況をも楽しんでいるように思える。


 これだけの銃撃戦(一方的な)を繰り広げたのだからゾンビが集まってきているかと思ったが、広い駐車場のおかげで周囲のゾンビはそこまでスーパーに近付いてきていない。装甲車はスーパーのまわりをぐるりとまわって逆側の入り口にたどり着いた。


「96は馬鹿で丸腰のゾンビ相手には役立つね」


 96、とはこの装甲車のことだろうか。途中数体のゾンビを轢き殺しながら自動ドアをさっきと同じように破壊すると、スーパーの入口にぴったり車体の後部をくっつけるようにして駐車した。上部のハッチを閉め、ずっと閉じたままだった車体後部の乗り降り用らしきドアを開く。


 ドアが開いた瞬間入り込んできた空気に、車内にいた誰もが思わず呻き声を漏らした。吐き気が込み上げるのを必死で耐える。襲ってきたのは強烈な臭気。腐臭だ。ゾンビの発生から日数が経ち、死体や食物が腐ってきているのだ。街中ではまだあまり意識されないが、こういった建物内となると酷い。


 鼻と口元を押さえながら周囲を見渡す。荒れた店内には物が散乱している。ゾンビは加賀谷さんの言っていたとおりさっきまで私たちがいた正面入り口方面に向かって行ったのか、姿が見えない。

 

「ここに常に一人待機して車にゾンビが入ってこないよう見張っておかなきゃね。そうだな、一階は食材品売り場だから大量に運搬しなきゃだし、男手が必要だ。女の子はここで待機ね」


 私はここに待機、らしい。入り口部分を車でふさいでいるので外からゾンビの襲撃を受ける心配はないが、怖くないと言えば嘘になる。しかし自衛隊がついている重要な任務だ……甘ったれたことなど言っていられない。有無を言わさないような加賀谷さんのギラギラした視線を受け、小さく頷く。


「そんな、伊東さん一人ここに置いてくのは危険じゃないですか」


 私の弱弱しい反応を見たのか永田さんが異議を唱える。


「作業中でも装甲車から目を離さないようにするさ。ゾンビに乗っ取られちゃ厄介だからね。ほら、早く行こう。ここのカートを使おうか」


 永田さんはカートの運び役に任命され、否応なしに奥に連れ出されていく。仕方ない、頑張ろう。決意を固め自分を鼓舞していると、倉本さんたちと一緒に装甲車を出て最後尾についた佐伯くんが歩みを止めてこちらを振り返った。


「自己の安全を第一に考えて、危なくなったら逃げてくれ。俺もそっちに注意を向けるようにするが……助けることができないときもあるかもしれない。気をつけて」


「……ありがとう。義崇くんも気をつけてね」


 再び歩き始めた佐伯くんの後ろ姿を見届ける。あとは無事に一階の物資の運搬が終わることを祈るばかりだ。 


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