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死の都市  作者: LION
第六章 
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第五十三話 発車

 公民館のロビーには既に何人か人が集まっていた。いかにも公共施設の椅子と言ったかんじのいくつか連なった青い椅子に避難民らしき男の人が三人座っている。そのうち一人は倉本さんだ。人嫌いぽい彼らしく、他の二人から距離をおいて腕組みして座っている。三人の近くで銃を手に立っているのは加賀谷さんだ。こちらに気付くともとから細い目をさらに細め声をかけてきた。


「来た来た。佐伯くんと伊東さんね。座って」


 加賀谷さんに促され、私と佐伯くんは二人の男性の正面に座った。やはり調達班に選抜されただけあって体格がいい人たちだった。少し強面のごつい感じの男性は俯いてじっと自分の膝あたりを見たきり動かない。じろじろ見るのは失礼だと思いつつ隣のもう一人に視線を移すと、対照的に柔らかい表情をした穏和そうなその男性と目があう。気まずい感じがして目を逸らそうとすると彼はにっこり笑いかけてきた。


「どうもはじめまして。永田といいます。今日はどうぞよろしくお願いしますね」

「佐伯です。こちらこそよろしくお願いします」

「あ、えと、私は伊東といいます。よろしくお願いします」


 思いがけずはきはきとした口調で名乗った彼、永田さんに緊張も少し解け挨拶をかえす。隣の強面の男性は眉を寄せてちらとこちらを見てきたが、そのまままた俯いてしまった。


「ああ、こいつは私の同僚の近藤です。事件発生当時から一緒にいてね。こんなときですから元からの無愛想に磨きがかかっていますが悪い奴じゃあないです。信用してやってください。大変な任務ですし、助け合っていかないとね!」

「お前はもっと静かにできないのか……」


 やっと声を発した近藤さんは永田さんを小さく肘でどつく。同僚というだけでなく特別仲がいい間柄のようだ。それにしても土曜も同僚と一緒に避難してきたということは、仕事があったのだろうか。無意識に不思議そうな顔をしていたらしく、永田さんがははっと笑う。


「あ、別に休日出勤を強いられるようなブラック企業じゃあないですよー。ただこの近くに会社の独身寮がありまして、私も近藤もそこに住んでいたものでね。それでここに避難してきたってかんじです」

 

 さすがは社会の荒波に揉まれたサラリーマン! 読心術もお手の物だ。しかしつとめて明るい調子で話す永田さんではあるが、その表情にはどこか影があった。会社の独身寮に暮らしていたということは……ここに来る道中同僚たちに遭遇しなかったとはとても思えない。毎日のように顔を合わせ、苦渋を共にし、時には呑みに行ったりなんかして楽しい時間を過ごした人々の成れの果てに。


「さて、これで全員かな?」


 加賀谷さんが待ちくたびれた様子で声を張り上げる。私たちは話をやめ加賀谷さんの方に身体を向ける。


「いや、まだじゃないですかね。確かあと2人ほど来る話だったと思いますよ。私が聞いてる集合時間まであと20分ほどありますし、もう少し待てば揃うんじゃないでしょうか」

「ふーん、まぁいいよ。もう行こうか」


 あまりに自衛隊員らしくない発言に耳を疑ってしまった。しかしどうやら聞き間違えではないようだ。さすがのサラリーマン永田さんも加賀谷さんの思わぬ言動に驚きを隠せなかったようで目をぱちくりさせている。


「で、でもですね、加賀谷さん……」

「北山さんから聞いてるよね。君たちは必要な物資を車内に運搬してくれればいい。近付くゾンビは僕が皆殺しにするからさ。じゃあ行こうか」


 そう言って加賀谷さんはうーんと背伸びをし、銃と重そうな鞄を抱え出入り口へ向かう。びっくりして固まってしまっていたがすぐにはっとし気を取り直す。本当にこれでいいのだろうか。加賀谷さんに聞きたくても聞けずにいると、(廊下でのことから加賀谷さんに対して苦手意識をもってしまったみたいだ)それまで黙っていた近藤さんが口を開いた。


「おい」

「ん? 何か質問でもあるのかな」

「気分で簡単に方針を変えて……あんた勝手すぎやしないか。あと二人必要と言うのが上官の判断だろう」

「ああ!」


 怖い顔で詰め寄る近藤さんに加賀谷さんはなにかを思い出したように素っ頓狂な声を上げる。そして鞄を椅子に乱暴に置くと中をがさごそと漁り始める。一体何をし始めたのかと身を乗り出すと、彼はマジックを取り出してテーブルに何かを書き始めた。


「調達班は、出発しました……もう君たちは、こなくていいよ……っと。せっかく来たのに誰もいなかったんじゃびっくりしちゃうもんね」


 どうやら後から来るだろう調達班メンバーの2人にあてた伝言のようだ。しかし加賀谷さんの行動は的外れなものだと言わざるを得ない。近藤さんは奇妙なものを見る目で加賀谷さんを見ていた。


「加賀谷さん……この人数で本当に十分なのですか」


 しびれを切らした佐伯くんが改めて尋ねる。


「あー、平気平気。リーダーは念には念をってタイプだからさ。ていうかさ、一般人二人増えたところで戦力はそんな変わらないだろうし、運搬する人手と危険を生むリスクとでトントンだと思うんだよね。まあ、君たちを殺させないのも命令のうちだから安心してよ」


 加賀谷さんは息つく間もなく早口でまくしたてるとその間に準備を終えたのか再び出入り口に歩き始めた。近藤さんが部屋に戻って人を呼んでこようとしたが、永田さんが止めた。そうしている間に加賀谷さんは残りのメンバーだけで行ってしまうだろう。もう止めることはできない。


「こうなったら行くしかないだろ」


 そうぼそっと呟いて倉本さんが歩きだす。近藤さんも不服そうな顔をしながらも後に続く。加賀谷さん以外はしこりが残る嫌な感じの出発になってしまった。


 公民館の二階部分の出入り口から外に出る。先頭を行くのは銃を抱えた加賀谷さん。その後をぞろぞろと男性陣が続く。階段を下りた先には装甲車が止まっている。装甲車をはさんだ向こうには朝にはいなかった中年ゾンビが一体突っ立っていたが、装甲車は公民館を外から遮断する壁の役割を果たしており、接触することなく中に乗りこめるようになっていた。


 その時頬に冷たい感触が走った。驚いて階段を下りる足を止めると、前を歩く佐伯くんがこちらに気付いて振り返る。彼は私を見てから、空を見上げた。


「雨が降ってきたようだ」


 気付けば濃い灰色の厚い雨雲が空を覆っていた。これは結構降りそうだ。そういえば今は六月――梅雨の時期だ。休日も平日も関係なくなった今カレンダーなんてもう意味を持たないが、変わらず梅雨も来れば台風も来る。いっそのこと大雪が降ってくれればゾンビの足止めもできるのに。


 そんなことを考えていると前方から気配を感じた。加賀谷さんが早く来いと怒ってきたのかと思ったが柴崎さんだった。どうやら私たちが来るまで見張りをしていたようだ。彼は須藤くんのことがあったからか申し訳なさそうに顔を伏せ、私も軽く会釈をして通り過ぎる。


「あの……今少しいいですか」


 思いがけず呼び止められ戸惑うも、装甲車の前にはまだ永田さんたちが並んでおりまだ時間がかかりそうに思えた。


「はい。どうしたんですか?」

「ええと……ですね。余計なことかもしれないので軽く聞いてもらえればいいんですが。ううん……どうしよう……言うべきなのか……」


 言いづらいのか煮え切らない態度の柴崎さんに私もどうしようと思っていると、柴崎さんは一層声を小さくして話しはじめた。


「加賀谷さんには気を付けてください……」

「え?」

「あ、いえ。言い過ぎました。そこまで深刻に受け取らないでもいいのですが」


 いやいや、深刻なことだと思います。まだ何も聞いてませんがこれからその彼とゾンビに立ち向かう私たちはどうすればいいのでしょうか。おそらく顔を思いきり強張らせた私に柴崎さんは慌てて撤回する。


「あの……彼は少し特殊な人間でして。悪意を持っているとは思わないのですが時々危険なことをしでかすことがあるんです」


 覚えがありすぎて頭がくらくらしてきた。本当にこれからどうすればいいのでしょう。ショッピングセンターに置いてきぼりなんてこともありうるんじゃないだろうか。現実逃避したいあまり意識が明後日の方向を向き始めたところで柴崎さんが何やら差しだしてきた。折りたたみ式の携帯電話だ。すぐしまうようにジェスチャーで伝えられ、とりあえずワンピースのポケットに入れる。


「危ないと思ったらとりあえず装甲車の中や安全な場所に避難して、それで公民館に連絡ください。加賀谷さんももちろん公式な連絡手段を持っているんですけど、一応。あ、これが電話番号です。それじゃ」


 そう言い残し押しつけるように紙を渡して柴崎さんはそそくさと上にあがって行ってしまった。装甲車の方を見ると既に全員乗り終わったらしく、加賀谷さんが手招きしていた。


 装甲車は成人男性の身長よりも少し高く、既に上に上がった加賀谷さんの手を借りて車の上部に乗り込むことができた。車の真ん中あたりと後部にそれぞれ車内に入る扉があり、今は後部の扉が観音開きに外側に開いていた。


「じゃ、この後ろ側のハッチから中に乗って」

「はい」

「あ、ねえねえ」


 中に乗り込もうとしたところで今度は加賀谷さんに呼び止められる。


「さっき、柴崎さんと何話してたの?」

「え? あ、いや何も……雨が降ってきたから気をつけなさいってことです……」

「紙もらってたよね」

 

 ニコニコ顔で指摘され思い切りギクッとする。こうして話していると悪い人ではなさそうなんだけれども、加賀谷さんはなぜだか怖い。さっき結局近藤さんたちが反抗しきれなかったように、加賀谷さんは一見柔らかな物腰だが有無を言わさないところがある。逆らったらどうなるかわからない。そう思わせる何かがある。


 特別に連絡手段をもらったとか言ったら嫌な気がするだろうし、なんと答えればいいのだろう。聞かれているのに何も答えられず目を泳がせていると、加賀谷さんはくすくす笑い出した。


「わかってるわかってる。口説かれたんでしょ。電話番号渡すとか柴崎さん古い手使うよねー。いまどきラインだとかツイッターとかのID渡すんでしょ? 僕やったことないからわからないけどさ。あ、ごめん引きとめて。行っていいよ」


 加賀谷さんが面白い勘違いをしてくれたので、半笑いでこくこく頷いてやり過ごすことができた。安心しきったのか、入口の縁に手をかけ内部に降りようとしていた手が滑ってしまう。


「あああっ?!」


 そんなに高さはなかったのだが着地が乱れ、座っていた誰かの足を踏みつけた。そのままバランスを崩してぺたんとその誰かの膝の上に座ってしまった。謝ろうと振り向くとこともあろうに倉本さんだ。すっごく嫌そうな顔をされた。


「……すみません」

「早くおりろ」


 慌てて飛びのきまわりを見渡す。装甲車の内部は高さがあまりなく、車体後方にも出入り口があったが屈んで出入りしなければいけなさそうだった。少々窮屈だが乗員数は小型バスくらいはあるのだろうか。5、6人は座れるベンチシートが左右に向かい合わせに並んでいる。今日の調達メンバーは五人と操縦席に加賀谷さんなので、あと倍の人数は乗れそうだ。


 とりあえず佐伯くんの隣に座ると、加賀谷さんがすとんと上から降りてきた。

 

「よし、じゃあ行こうか。詳しい作戦は状況にもよるしまた近くまで行ったら説明するから。あ、非常時は無線が操縦席にあるから遠慮なく使ってね」


 私の顔を見て無線のことを告げられちょっぴりドキッとするも、加賀谷さんはすぐに操縦席の方へ移動してしまった。


「すごいですね……これに乗ってればゾンビに突破される心配もなさそうだし、ずっと籠っていたいなぁ」


 感心したように永田さんが呟く。その時、車体が轟くような大きな音を立て揺れた。金属が擦れるような耳障りな音がしばらく続き、装甲車がゆっくりと動き出す。こんな音をたててはゾンビが寄ってきそうではあるが、今は国の軍事力を味方につけているという安心感があった。不安がないと言えば嘘になるが、やるしかない。大型スーパーに向けて出発だ。

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