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死の都市  作者: LION
第五章 
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第四十五話 決断

 こうして道路の端に皆で固まって気を張り巡らせて、どのくらい時間が経ったのだろう。背後には建物の壁、正面には目的地である公民館が暗闇の中佇んでいる。別に大量のゾンビが私たちの行く手を遮っているわけではない。今にでも行くには行けるの、だが。


「おい、ゾンビに変化するのは噛まれてからどんくらいなんだ?」


 こちらへ徐々に歩み寄ってきていたキャップをかぶった中年男性ゾンビが進行方向を変えたところで、須藤くんが口を開いた。誰もが凛太郎くんの状態について直接触れようとしない中、須藤くんの直球な言い様にどきりとした。でも彼がこうして話を切りだしたのも状況が好転しているからに他ならない。


 凛太郎くんが噛まれてからもうだいぶ時間が経っていた。噛まれた時は痛みと精神的なショックで汗と身体の震えが止まらなかった凛太郎くんだが、今は落ち着いて平然としているようにも見えた。街灯の下を通る時ちらと様子を伺ったのだが、顔色もよい。佐伯くんが噛まれてすぐ傷口を洗い流して傷口から上部を布で縛って血流を止めたこともあり、もしかすると凛太郎くんは感染を免れたのかもしれない。


「インターネットや高校で耳に挟んだ情報によると発症までの時間は人によってまちまちらしいが……噛まれた部位によるところが大きいらしい。脳や心臓に近い部位を噛まれれば発症が早いということだ。あとどれだけ血管を深く傷つけてやつらの体液が混入したか、だな」


「凛太郎くんが噛まれたのは二の腕ってことは……感染してたら発症は結構早いはずだよね?」


「……俺、助かるかもしれないんですか?」


 希望のある状況だからか、思ったことをはっきりと口に出してしまった。ちょっとまずかったかなと後悔が頭をよぎったが、直後に発せられた凛太郎くんの希望を含んだ声に安心した。


「そうっすよ……! 凛太郎、今はぴんぴんしてますよ。助かりますよね……?」


 その可能性も十分ある、と僅かに口角を上げた佐伯くんに、誠と凛太郎くんが顔をほころばせる。


「だったらなんだ、調子に乗るな。未知の事態に希望的観測を持ち込むなんて迷惑な死に方をする馬鹿がやることだ。甘ったれた思考は捨てろ」


 温かくなりかけた空気が凍った。なんでこの人はいつもこうなんだろう。皆の表情が曇り、しばらく沈黙が続いた。


「でも、まじで助かるかも。……優子は……ゾンビになって死んじゃった娘は……足首を噛まれて10分もたたないうちにだったから……」


 奈美さんがそっと凛太郎くんの近くに寄って、励ますように言う。確かにゾンビ化しかけていた優子さんは尋常ではない状態だった。血色は悪かったし、身体は震え、目の焦点があっていなかった。それを考えるとやはり普段と変わらない様子の凛太郎くんはかなり希望があるのではと思う。

 

「噛まれた場合、な……」


 隣の須藤くんが呟いた。他の人が聞いたら何気ない言葉だろうが、私には重く感じた。


「……どちらにせよ考えても仕方のないことだ。万が一の可能性がある限り、警戒を緩めてはいけないだろう。今判断すべきことは――」


 佐伯くんの視線の先をたどると、そこには公民館の二階部分へ続く幅の広い階段。そして何より目をひくのが階段を遮断するように鎮座する、暗闇においても圧倒的な存在感を放つ巨大な何か。


「すごいなぁあれ……装甲車、だよね?」


 抑えめに言う相田くんの声には興奮が混じっていた。私はそれに見覚えがあった。佐伯くんのアパートでニュースを見た時、自衛隊が管理する避難所にこの装甲車がとまっていた。


「……あれがここにあるってことは、中に自衛隊がいるんだよね」


「だろうね。あんなの一般人は操縦できなそうだし。ここは避難所には指定されていないはずだけど、壊滅しちゃって移転したってのもあり得る話でしょ」


「じゃあ、やっぱ早く受け入れてもらえばいいんじゃないすか?」


「だから、ゾンビ予備軍のそいつがいる限り難しいっていってんだろ」


 割って入ってきた倉本さんを奈美さんと誠がきっと睨みつける。だが、なかなか次の行動に移せないでいるのはまさにそこにあった。ゾンビに噛まれた凛太郎くんを引き連れた私たちを果たして公民館の中にいる人々が受け入れてくれるかどうかは怪しい。高校に着いた時向けられた銃口を思い出す。


「だがよ、そいつの噛み傷が痕なく完治するのなんて待ってらんねぇぜ?」


 須藤くんが小石を拾い上げ遠くへ投げた。小石は元主婦らしきゾンビの側頭部に当たり、そのまま落下して地面に転がった。


「別の場所、探します? 誰もいなさそうなところ……。それなら……」


「いや、行こう」


 佐伯くんが加世ちゃんの言葉を遮って言った。皆の視線が佐伯くんへ向いた。疲労しきった顔に期待を滲ませた人もいれば疑問を浮かべる人もいる。


「……俺がまず先に行く。そこで話をつけよう」


「ああ、それがいいかもな」


「で、でも……」


 思わず漏らしてしまったその場の流れを引き止める言葉に自分でも戸惑いを覚える。私は何を言おうとしているのだろう。自分でもわからなくなってしまって口籠る私に佐伯くんが話を促すような視線を送る。佐伯くんの肩越しに須藤くんの横顔が見えた。


「いや、何でもない……ごめんね。気をつけて、ね」


 佐伯くんが頷いて背を向ける。ゾンビから距離をとりながら慎重にゆっくりと装甲車のある階段の方へ進んでいく。


 これが一番望ましい選択なのだと思う。このような深夜に大人数で移動するのは限りなく危険なことだ。それに皆身体も心も限界に近い。私たちだけで行動する選択肢もあっただろうが、いつまでも佐伯くんや須藤くんの戦力に頼るわけにはいかない。ゾンビの数は多い。今この瞬間も増え続けているだろう。そして何より相田くんのお屋敷や高校で見たような未知の化け物もいる。佐伯くんがこの決断を下したのはこれが大きいのではないかと思う。自衛隊の協力とこの装甲車があればあの化け物相手にどうにかなるかもしれない。


 でも、公民館に受け入れられたとしたら――それは須藤くんの秘密が皆に暴露されてしまうことを意味する。公民館を仕切る自衛隊員たちは必ず私たちの身体検査を行うだろう。そうなったとき、須藤くんはどうするのだろう。あの化け物のことを包み隠さず言うのだろうか。


 考えている間に佐伯くんが装甲車のすぐそばに着いたようだ。だがその場からそれ以上動こうとしない。何かあったのかと不安になっていると、装甲車の上部からひょっこりと人が姿を現した。どうやら装甲車の中にずっといたらしい。目を凝らすと迷彩服を着ている。自衛隊員のようだ。その人の合図とともに佐伯くんが装甲車の上に乗り上げた。少しの間何か話し合っていたようだが良い方向へ進んでくれたようで、佐伯くんは装甲車のある階段から先へと向かった。


 階段を上る佐伯くんの後姿から自衛隊員は私たちへと視線を移した。少し遠くにある街灯で僅かに照らされたその人は、若い男の人だった。彼は私たちを見ると笑ったように見えた。


「なに、あの人。ずっとあそこにいたのならこっちにだって気づいてたでしょうに」


 奈美さんが唇を尖らせる。でも、たしかにそうだ。私たちはあまり歓迎されていないのかもしれない。


 しばらくして佐伯くんが公民館の二階部分から再び姿を現した。別の自衛隊員らしき人を連れている。交渉に成功したのだろうか。二人は階段を下りてくると、装甲車の男性隊員となにか話を始めた。そしてすぐに佐伯くんがこちらに向けて手招きのジェスチャーをした。


「僕たち受け入れられたみたいだね」


「そう考えるのはまだ早いぜ。あの男が抱えるモノを見ろよ」


 二階から降りてきた隊員が手にしているのは銃だった。もちろん私たちが警戒されている存在だんていうことは十分想定していた。だけれども。平和だったとき、私たちが唯一銃を見ることができるのはテレビ画面の中だった。その中で銃口を向けられるのは悪いことをするマフィアか、恐ろしい異星人か、それこそゾンビだとかのバケモノだったわけで。でも今は……現実の日本で人間相手に銃の引き金を引くのはもはや普通だ。そう考えて思わず口内に溜まった唾をごくりと飲み込んだ。


 須藤くんを先頭に、装甲車へと近づく。見上げると張り詰めた表情の佐伯くんと、険しい顔をした壮年の男性隊員、そしてずっと装甲車に乗っていた若い男性隊員がいた。


「……とりあえず中へ招待しよう。少しでも怪しい行動をとれば容赦なく撃つ。いいな」


 この公民館のリーダーらしき壮年の自衛官の棘のある声に、重苦しい空気が広がった。佐伯くんがここへ受け入れてもらうことにしたということは、少なくとも問答無用で凛太郎くんが殺されることはないだろう。でも、須藤くんのことがばれてしまったならば、その時は一体どうなってしまうのだろうか。

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