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死の都市  作者: LION
第四章 
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第三十九話 急襲

「なあ佐伯、急にどうしたっていうんだ!?」

「ゾンビ? ゾンビがこの学校の門を突破したっていうの?」

「どうなるかはわからない! だが嫌な予感がする……!」


 私たちは鞄に支給された物資を急いで詰め込むと、武器を手にまだ夜の闇に包まれ真っ暗な廊下を走った。皆を起こして身支度を整えているとき、最初は微かに聞こえてきていた単発の銃声がだんだん大きくなり、今では機関銃の連射音や爆発音が頻繁に聞こえるようになっていた。他の避難民たちも目を覚ましてきたようで、教室の中から騒ぎ声が漏れ出てきている。


「何で校舎から出るの? バリケードを築いて閉じこもればいいじゃない。塀で囲まれてる中に侵入されたら、外に出るのはかえって危険じゃ……」

「それで諦めてくれるんじゃ、どの避難所も壊滅するこたねーだろ! それにゾンビが学園内に入ってくるなんてことがあったら……それは自衛隊が殺られたってことだ。バリケードが崩されてみろ、皆奴等の餌食だ!」


 全速力に近い速度で走りながら、私の前にいる奈美さんと須藤くんが息も絶え絶えに怒鳴るように話す。佐伯くんは少し後ろで寝起きでふらふらする紗莉南ちゃんを支えながら走っているようだ。そういえば誠の声がしない。凛太郎くんもだ。ちゃんと付いてきているのだろうか。


「誠、いる!?」


 大きな声を出すのは苦手だが、ひっくり返るのも構わずありったけの大声で後ろに問いかける。


「大丈夫、二人とも付いてきてる!」


 少し遅れて後ろを走る相田くんが誠と藤井くんが無事付いてきていることを教えてくれた。


「そもそも、ここの自衛隊が壊滅することなんてあり得るのかな?」


 開けた口をそのままに、続けて相田くんが爆発音に消されないよう大声で尋ねる。確かにここは軍備が整っているし、力が強いとはいえ生身のゾンビたちが最新の兵器に敵うとも思えない。


「俺もそんな事態はなかなか考えられないと思ったが……万が一でも何かあったらおしまいだ。最悪の事態に備えて困ることはないだろう」


 佐伯くんがそう答える間に下り階段に差し掛かった。階段を一段駆け下りる度に頭がぐらんぐらんと揺れる。耳には絶えず戦場の音が飛び込んでくる。極度の緊張で心臓が爆発しそうだ。

 

「急ごう! この校舎は門に近い上に出口が少ない。ゾンビの襲撃にあえば危機に陥るのは目に見え――」


 佐伯くんの話の最後の部分は外からの大きな爆発音に遮られた。その轟くような爆発音に一階へ向かう踊り場部分にいた私は足がすくんでしまった。せっかく手にした平和が早くも崩れ去った――その現実が受け入れ難くて、心も身体もついていけていない。


「皐月、しっかり!」


 奈美さんに抱き留められ、また再び走り出す。出口まで一直線に続く一階の廊下へ出た時、両側の教室の扉がほぼ同時に開かれた。


 うわあぁぁっ! 早く、早く! 奴らが来るっ! 奴らが……いやだああぁぁ……!


 廊下に人々の怯えた叫び声が木霊する。ただでさえゾンビによって辛い思いをしてきた避難民たちだ――皆必死の形相で上り階段や出口を目指し始めた。人が激しく入り乱れ、目の前でお年寄りが突き飛ばされ倒れ込んだ。しかし皆そんなのお構い無しにお年寄りを蹴飛ばし走り去っていく。――地獄だ。人として生きることが難しい世界になってしまった。


「まずいよっ……はぐれないように気をつけてっ」


 こちらに向かってくる避難民を見て、緊張にひきつった顔で奈美さんが叫ぶ。背後の上り階段からも騒がしい音が聞こえてくる。二階三階の人たちが降りてきたのだ。一人の男子学生が階段から転げ落ちてきた。変な場所を打ったのか、起き上がろうとしない彼に駆け寄ろうとしたその時、階段から人々の大群が現れた。止まることなく階段を駆け降りる人々に男子学生は容赦なく踏まれていく。悲鳴が廊下のあちこちからあがる。前からも後ろからも迫ってくる人の波に、どうしようもなく立ち往生していると、あっという間に人々が押し寄せてきた。――飲まれる。


 もみくちゃにされること覚悟で身を固くして目を閉じる――と、ぐいと腕が強く引っ張られた。


 ピシャンと教室の扉が閉められた。扉の向こうでは人々のけたたましい足音と怒号が飛び交っている。いつの間にか床に座り込んでいて、騒音を扉を隔てて聞きながら呆然としていた。


「やべぇな……佐伯たちとはぐれちまった。くそっ」


 声の方に顔を向けると顔を歪ませて扉を睨む須藤くんがいた。どうやら彼が助けてくれたらしかった。こんな事態の中、佐伯くんたちとはぐれてしまった――もう二度と会えないかもしれない。そんな不吉な考えが頭を巡り、体が急激に冷えていくのを感じた。そしてもうひとつ。誠はどこにいるのだろう。もしかして人々に飲まれてしまったのか。先ほどの光景が頭を過る。踏みつけられ骨が折れる音、悲鳴。背筋が凍った。


「ま、誠……は……」


 掠れた声で須藤くんに問いかける。


「……ここにいるよ」


 すぐ近くから弱々しい声が聞こえ、驚きに声を飲み込む。もしやと思い背後を振り替えると、少し疲れた顔をした誠と凛太郎くんがいた。思わずさっと抱き締める。小柄な弟の身体が発する温かな体温を感じ、一気に緊張が抜けた。凛太郎くんの目もあり「やめろよ姉ちゃん」と恥ずかしそうにする誠が可愛くてくすりと笑ってしまう。束の間の休息だった。身体を離すとすぐに佐伯くんたちのことを思い出し、私は立ち上がった。


「皐月、待て」


 教室の扉を開けようとした私を須藤くんが引き留める。彼の私を遮る手とは逆の手が手にしたものを見て、人が入り乱れる地獄と化した廊下に飛び込むという馬鹿な考えは失せた。


「……佐伯? おいっ、大丈夫かよ?」


 電話から僅かに佐伯くんの声が漏れ出てくる。が、騒音に紛れて何を言ってるのかまでは聞き取れない。


「外か……ああ、わかった。こっちも落ち着いたら向かう。校舎裏の倉庫な。ああ、わかるぜ。じゃあまた後でな」


 通話を終えた須藤くんに早く内容を教えてほしくて詰め寄ると、彼はぼーっとしていたのか至近距離に私の顔があるのに気付いて小さく声をあげ後ずさった。あいた距離を詰めると須藤くんは少し苦笑いをして話し始めた。


「佐伯たちは無事だ。校舎の外へ押し出されたが幸運にも合流できたらしい。今は奥の別の校舎に入って様子をみているそうだ」

「学校の外はどうなってるの? 自衛隊は……?」

「自衛隊は機能してるってよ。んでもって相手は推定数1万のゾンビの大群だと」


「「「1万!?」」」


 私の声に誠と凛太郎くんの声が重なった。信じられない数だった。なぜそこまでの数のゾンビがここに終結したのか。やはり屋敷で見たあの異形の仕業だろうか。


「あの、これからどうします?」


 黙り込んでしまった私と誠にかわり、凛太郎くんが須藤くんに尋ねる。


「とりあえずこっから出て本館の校舎裏の倉庫で佐伯たちと合流する。倉庫の屋根に上ればロープを使って塀を越えて脱出できるようだ。脱出するかどうかは状況次第だけどな」


 校舎裏の倉庫というのは誠を見つけた場所のことみたいだ。確かにあの四角い倉庫の上にあがれば塀の縁に届きそうだった。きっとこうなる時のことを考えて佐伯くんが脱出経路を探していたのだろう。誠に再会したあの時を思い浮かべながら、何となく脱出することになるような予感がした。


「……そろそろ静かになってきたな」


 須藤くんが廊下と私たちを隔てる扉をちらりと見て呟いた。人々の叫び声はもう聞こえなかった――射撃音や爆音は未だ変わらずだが。もう逃げる人は逃げたのだろう。どう見ても正気ではない、混乱状態に陥った人々がどこへ行ったのかはわからない。


「……行こうか?」


 静かに問いかけると三人は小さく頷いた。廊下の向こうではどんなに危険なことが起きているかわからないが、行くしかない。

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