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死の都市  作者: LION
第四章 
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第三十六話 安全地

「皐月!」


 教室のドアを開けると真っ先に奈美さんに出迎えられた。後ろに立つ誠の姿をみとめると感極まった様子で私を優しく抱擁してくれた。かなり心配してくれていたようだ。


「弟くん見つかったんだ……本当によかったね」


 そう言って鼻をすする奈美さんはほんのり涙目で心から喜んでくれているのがわかった。こんな仲間に出会えて本当に私は幸運だ。


 それからとりあえず教室の端に円の形に向かい合って腰を下ろした。やはりまだ皆疲れが抜け切れていないように思える。それもそのはず、つい先ほどまでゾンビに血肉目当てに追いかけまわされていたわけで、高校に到着してからまだ半日も経っていないのだ。


 体育座りで緊張した様子の誠に優しく声をかけ上着を被せる相田くん(誠はあれから上半身裸だった)、「歓迎会しましょ」と鞄からお菓子を取り出し手際よく開封していく奈美さん、その様子を胡坐をかいて気だるげに見る須藤くん――そうやって何気なく一人一人を見渡していると佐伯くんの姿がないことに気付いた。紗莉南ちゃんもいない。


「あれ、義崇くんは?」

「佐伯なら須藤と同時に皐月ちゃんを探しに出て行ったままだけど……会わなかったのか? 大宮さんも一緒だったと思う」


 きっとまだ私を探してくれているのだろう。しかしまた行き違いになってしまう可能性が高いのでここで待つ他ない。それから誠を交えて各々が自己紹介を始めゆったりと時間が過ぎていった。


 自己紹介が終わって少しして教室のドアが開く音が聞こえた。


「皐月さん」


 急ぎ足でこちらに向かってきた佐伯くんはすぐに誠の存在に気付いたようで、深く安堵の溜め息をついた。


「誠くんだね? 俺は佐伯義嵩。君のお姉さんと同じ大学の学生だった。生きていてくれて本当に良かった」

「どうも……姉ちゃんがお世話になってます」


 背の高い佐伯くんに見下ろされ、誠がおずおずと頭を下げる。その時佐伯くんの後ろに付き添う紗莉南ちゃんに気付いたようだ。


「あれっ……大宮?」

「…………」


 少し二人の間になにやら気まずい時間が流れたように思えたが、特に会話を交わすこともなく二人の再会の時間は終わった。クラスメートだったはずだが、何かあったのだろうか。渡部くんのこともありどうも紗莉南ちゃんに対する複雑な感情が拭えない私は誠にこっそり彼女のことを聞こうと思ったが、相田くんが話し始めたことでそんな気も失せてしまった。


「で、これからどうなるんだ? 自衛隊がヘリで安全地帯まで移送してくれるとかいう話だったけど……本当なのかな?」

「その話だが」


 すぐに反応した佐伯くんは表情がいつにも増して重苦しく、これから話す内容がよい内容ではないことが伺えた。彼は周囲を見渡し、少し考えてから言った。


「戻る途中、誰もいない空き教室があった。スピーカーもあったしここからそう離れていないから何かあったらわかると思う。人数も増えたことだし移動しないか?」



 私たちは同じ階にある別の教室に移動した。本棚には現代文や古文・漢文のテキスト、資料集……どうやらここは国語科の職員室のようだ。デスクを音を立てないよう慎重に脇へどかしスペースを作る。皆が腰をおろすと彼はなおも回りに聞こえないよう声を潜めて話し始めた。


「偶然隊員同士の話を立ち聞きしたんだが……安全地帯とされていた北海道の一部地域にも感染者が、ゾンビが侵入したらしい。また安全を確保するまで当分時間がかかるそうだ」

「北海道に……安全地帯?」

「そうだ。山間の中規模の町で、早くから安全が確認されていたようだ。広範囲を有刺鉄線や頑丈なバリケードで囲まれ、もう既に避難民を受け入れていたらしい」


 ゾンビがいない地域なんてあったのか。あの日、普通の人間が突如人を襲うゾンビと化し、恐るべきスピードでその数を増やしていった。その安全地帯にはあの最初の変化が一人も訪れなかったということになる。そんなことあるのだろうか。


 ……それはともかく。安全地帯への避難民移送は見送られてしまった。


「ま、ここでゆっくりして修復を待てばいいんだろ。そんな深刻な面するなよ、気楽にいこうぜ」

「家族の無事が確認できてないあたしらは気楽になんかできそうもないけどね」


 奈美さんの言葉には須藤くんを非難するような色は込もっておらず、軽い冗談のようにもとれる明るさが感じられた。いつもの調子の須藤くんに佐伯くんは僅かに眉をひそめるもすぐに「そうだな」と表情を緩めた。


 自分たちがピリピリしてもどうにもならないことを皆わかっているのだ。自衛隊に任せるしかない。それに自衛隊の保護下にいる今、特に問題はないように思われた。食料の問題などはあるだろうが、今まで味わってきた危険に比べれば数倍安全だ。自衛隊の活躍を見守っていればそれでよいのだから。


 ――そう思う反面。どうしても嫌な予感が頭から離れなかった。相田くんの屋敷で見た影。知恵のないゾンビを屋敷に招き入れたかもしれない存在。新たな脅威。あれがまたよからぬ事態を引き起こすかもしれない。もしかすると北海道の安全地帯を襲ったのも……。不吉な想像は止まらない。


「皐月さん」

「え!? な、何、義崇くん」


 自分の世界から急に引きずり出され情けない声をあげてしまう。佐伯くんはそんな私に僅かに笑みをこぼすと真剣な表情に戻り話を続けた。


「今から少し付き合ってくれないか?」

「あ、うん。いいよ……」


 反射的に承諾してしまったが、何の用事だろう。佐伯くんに個人的な対応をされるのはかなり久しぶりな気がする。意味もなくドキドキしてしまう。


「ねーちゃん?」

「えぇっ? なに、誠」


 さっきから挙動不審すぎる。変なところで鋭い誠が何を言い出すのかと内心ビクビクしていると、誠は少し楽しそうな声で話し始めた。


「佐伯さんと姉ちゃんてもしかして付き合ってたの?」

「なっなな、何言ってるんだか。そんなわけないでしょ。こんなときにやめて」

「何か焦ってるし。まぁ片思いか」

「なに、その哀れむような目は。……あ、ごめんね、義崇くん」


 恥ずかしくて頭に血が上り、周囲の反応が目に入らない。きっと須藤くん(誰かさん)あたりはニヤニヤしているんだろう。当の佐伯くんをチラリと見ると案の定困った顔をしていた。


「誠くん、安心してくれ。君のお姉さんとは……そんなのじゃない。ただ、ちょっと確認したいことがあるんだ」

「あ、いいっすよ。連れ回しちゃってください。ついでに彼女にでもしてやってくださいよ。まだ彼氏できたことないんだから俺不安で……」

「誠っ!」


 「やるなぁ弟!」と楽しそうな須藤くんたちに囲まれていつの間にか普段の憎まれ口を発するようになった誠に安堵しつつ、気まずくて早くこの場から立ち去りたい気持ちで一杯でいると、それを察してくれたのか佐伯くんが私に行こうと促した。


「義崇さん、行っちゃうんですか?」


 教室を出ようとすると少し不機嫌そうな紗莉南ちゃんに呼び止められた。


「怖いんです。ずっと一緒にいるって言ってくれたじゃないですか」

「皆がいるから大丈夫だ。誠くんとはクラスメートだろう?」

「義崇さんがいなきゃ……嫌です」


 上目遣いで佐伯くんを見る紗莉南ちゃんと優しい目で、声で応える佐伯くん。震える彼女は誰もが守ってあげたくなるほど愛らしくて、佐伯くんもそう思っていると思うと胸の奥が微かに痛んだ。


「すぐ戻ってくるから。さっきから歩き通しだっただろう。ゆっくり休んだ方がいい」


 そう言って佐伯くんは彼女の頭を撫でた。


「わ、私。先出てるね」


 堪えられなかった。咄嗟に体が動き、逃げ出すように部屋の外へ出た。少し涼しい廊下の空気に触れると、キューと締め付けられるようだった心臓から徐々に緊張が抜けていくのがわかった。


「すまない」

「ううん。……で、どうしたの?」


 後から出てきた佐伯くんに不自然に冷たい対応をしてしまった気がする。佐伯くんはそれを感じとったのか気まずそうにすっと形のよい鼻先を指の側面で擦ると、姿勢を正し真っ直ぐな視線を向けてきた。


「これから自衛隊員と話をしに行こうと思う」

「話……? 自衛隊員と?」

「そうだ。相田さんの屋敷で見た……あの得体の知れない生き物の存在を彼らが認識しているか、それを確かめにいく。俺たちの見間違いの可能性もあるが、人類の存続を脅かす危険性を含む情報は伝えるべきだと思う。それに……俺は嫌な予感がしてならないんだ」


 しばらく呆然と聞いていた。佐伯くんも全く同じことを考えていたのだ。それを何とも嬉しく思った。


「私も同じことを考えてたんだ。ゾンビなんか出てくる世の中だもの、これから何が出てきてもおかしくないよね」


 佐伯くんは私の答えに安心したようで力強く頷いた。


 そして私たちは自衛隊の駐在する本館へ向かった。 

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