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死の都市  作者: LION
第四章 
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第三十三話 希望

 窓から差し込む日の光を反射し湖の水面のようにピカピカと輝く廊下を、処刑台に一歩一歩近付くような気持ちで進む。2年B組、2年C組……、次だ。無意識に塞き止めていた息を吐き出す。――2年D組。避難してきた人々が話す声が中から少し漏れ出てきている。この声に誠のものは含まれているのだろうか。


 先頭を歩く佐伯くんがスライド式のドアの前で立ち止まり私にそっと目配せする。私はそれに応えるように前に進み出てドアに手を掛けた。ドアを開くことが躊躇われた――手が動かない。この先に待ち構える現実を知った時、私はどんな気持ちになるのだろうか。誠が生きているにしてもこの教室に絶対いるという確証などないが、ここにいなかった場合生き延びている可能性がぐんと低くなるだろう。


「……皐月?」

「大丈夫」


 動作の途中で固まってしまった私を心配して声をかけてきた奈美さんにはっきりと言葉を返す。もう後戻りなどできない。立ち止まることもできない。いかに残酷な現実が待っていようとも、前に進むしかない。自身を奮い立たせるようにドアに掛けた手とは逆の拳にぐっと力を込めると、震える手でゆっくりとドアを横にスライドさせた。


 教室はいくつかの机と椅子が端に積み重ねて寄せられており、十数人の人々が床に直に腰を下ろしていた。私がドアを開けると教室は水を打ったようにしんと静かになった。視線が私に一斉に注がれる。晃東の生徒も数人いるが、ほとんどが近隣に暮らしていたと思われる人々だ。私がおどおどと軽く会釈すると人々はサッと視線を逸らした。皆顔が憔悴しきっている。想像もつかないような凄惨な出来事を経て命からがらここまで逃げてきたのだろう。


「おい。どうだ、いるか?」


 須藤くんが後ろから声をかけてくる。私は十数人の顔を一通り確認すると小さな声で応えた。


「……いない、みたい」


 震えが止まらない。胸に何か固いものがぎっしり詰まってるようで、重く息苦しい。後ろの須藤くんたちが私に何かかける言葉を探して困惑しているのが背中から伝わってくる。


「義崇さん」


 血の気が引き、ふらりと頭が後ろに引っ張られるような感覚がしたその時、重く淀んだ教室の空気に光がさしたかのように明るく可愛らしい声が響いた。紗莉南ちゃんだ。さっき視界に認めた数人の制服を着た生徒たちと一緒にいたのかもしれないが、気付かなかった。彼女はパタパタと小走りで真っ先に佐伯くんの方へ近寄る。


「もう大丈夫ですから、これからは一緒にいさせてください」

「友達といなくていいのか?」

「はい」


 彼女と一緒にいた男子生徒が何か言おうと口を開いたが、紗莉南ちゃんが佐伯くんにべったりなのを見ると諦めたように口をつぐんだ。


「大宮さん。皐月さん……伊東皐月さんの弟くんを……誠くんを見なかったか?」

「……いえ、見てませんけど。来てないんじゃないですか?」


 さらっと言う紗莉南ちゃんに胸がズキンと痛む。やっぱり、誠は来てないんだ。まだ可能性はあるけど、でも……。眉間にキュッと力が入り、そこから熱が込み上げる。頭が締め付けられるように痛い。


「ゴメン、ちょっと回り見てくるね。皆はここにいて。すぐ帰ってくるから」


 私は矢継ぎ早にそう言うと教室を飛び出した。(せき )を切ったように涙が溢れだしてきた。ぼろぼろと零れ落ち止まらない。後ろで皆の声が聞こえたが足を止めることはできなかった。


 片っ端から教室を覗いた。その都度人々の視線が私の身体に突き刺さる。力なく一点を見つめる、今にも閉じてしまいそうな目。彼らの姿を見ていると心の中がどんどん冷え込んでいくのを感じる。希望があった場所に次々と諦めが置き換えられていく。


 気付けば校舎の外に出ていた。門のある右手から茶髪の女性が一人、おぼつかない足取りでこちらに歩いてくる。血を大量に被ったのだろう、どす黒い赤で染まったワンピースを着ている。その顔に生気は感じられない。ただ一人身体だけ生き残ってしまった――全てを失った絶望が彼女の全身から伝わってきて、彼女を見送るまで身体が動かなかった。


 あんなになっても生き延びてここへやってくる人がいる。ゾンビの目が見えないことを知っていれば長い期間持ちこたえられるかもしれない。まだ諦めるのは早い。この高校の隅から隅まで何回も探して、それでも会えなかったらその時初めて諦めればいい。そう自身に言い聞かせるように心の中で唱えるが、自分でもわざとらしく無理矢理だと思う。私はそんなに意志が強くないし、根性もない。ダメならダメでもう何もかも忘れて眠ってしまいたい。これが飾り立てた偽りのない、私の本心なんだ……。


「……あ」


 門とは逆の方向、体育館の方から女子生徒が早足で近付いてくる。半袖のセーラー服から覗く色白の華奢な身体はこの世界で生きていくにはあまりにも頼りないが、綺麗な天使の輪が浮かぶ短く切り揃えたおかっぱ頭を揺らして大股で歩くその姿は健康的で強い生命力が感じられた。私は彼女に見覚えがあった。確かプリント類をカバンの底にくしゃくしゃにして溜め込む誠に文句を言いながらも整理してあげた時、彼女の顔写真がふと目に入ったのだ。


『あ、この子が生徒会長さん?』

『ああ……そうだよ、そう』

『へぇー、可愛いねぇ……あ、なんか顔赤いんじゃない? も~しかして~』

『ち、ちげーって! そんなんじゃないからっ』


 あの時の誠の顔。あれ絶対片想いだな……。

 

 そう考えていると自然と足が彼女の方へ向かっていた。目の前で歩みを止めた私に彼女の方も立ち止まる。ぱっちりとした目を瞬かせ、不思議そうな顔で私を見つめてくる。


「あの、私に何か……?」

「生徒会長さん、だよね?」

「あ、はい。3年A組、小峰加世(こみね かよ )といいます。生徒会長だった、の方が適切かもですが」


 彼女は目を伏せ悲しげな笑顔を見せた。透明感のある声、雰囲気。学年は違うけれど、誠が好きになるのがすごくわかる。


「えっと、2年生の伊東誠の姉で、伊東皐月です。……あ、誠のこと知ってるかな?」

「あ、はい! 知ってますよ。誠くん体育委員で、一緒に体育大会の準備したりして……」


 このような事態の中、自分を見失わず落ち着いている――いや、落ち着いている風を装える彼女を見て、自分がいかに平凡な人間か思い知らされた。こういう人をカリスマっていうんだ。 


「お姉さんなんですか……。誠くんに似てますね、目元とか」

「そ、そうかな?」

「そっくりです」


 状況を考慮してか控えめだが、真っ直ぐな笑顔が眩しい。加世ちゃんはこの世に絶望を感じていないのだろうか。


「……誠くんのこと、探してるんですよね?」


 加世ちゃんの声で我に返る。そうだ、私は何をぼんやりしてるのだろう。しっかりしなくちゃ。


「そうなの。加世ちゃん、誠を見なかった?」

「……私は見てないです。お役に立てずごめんなさい」

「そっか……ありがとう」


 本当に申し訳なさそうに言う加世ちゃんに胸が痛む。誠が好きだった女の子と今話してる。でもその誠はもうこの世にいないかもしれない……。年下の女の子の前で虚勢を張る元気も意地もなく、どんより沈んでしまった私に加世ちゃんが「あ、えっと……」と何か言おうとしてくれているのが何とも情けない。


「……あ、でも、藤井くんなら見ました。確か同じサッカー部で誠くんと仲いいんです。あの時も……この世界にゾンビが現れたあの日も、私、藤井くんと数人のサッカー部メンバーで帰って行くの見ましたから、もしかしたら誠くんも一緒にいるかもしれないです」

「そ、その藤井くんは今どこにいるの?」

「さっきは体育館にいましたけど」

「ありがとう! 行ってみるね」


 加世ちゃんが言い終わらないうちに私は走り出していた。もしかしたら誠がいるかもしれない。心臓がこれまでにないくらい高鳴っていた。どこからこんな力が湧いてくるんだろう、というくらいの全速力。といっても他の人から見たらジョギング程度かもしれない。


「……はぁ、待って、くださ……い!」

「……? 加世ちゃん」


 走る速度を緩めて後ろを振り返ると加世ちゃんが私の後を追って走ってきていた。


「ど、どうしたの?」

「皐月さん、藤井くんのこと知りませんよね? だから私が一緒に付いて行こうと思って」

「あ……」


 広い体育館で顔もしらない人を探すなんて。私は一体どうするつもりだったのだろう。自分の馬鹿さ加減にほとほと呆れた。


「ありがとう……」

「いえいえそんな。困った時はお互い様です。行きましょう」


 さっき初めて会った人のために嫌な顔をせず手を差し伸べてくれる。疲れた心に温かいものがじんわりと広がるのを感じた。


「加世ちゃんは、今誰かと一緒にいるの?」

「お祖母ちゃんと一緒にいます。お祖母ちゃんの家ここから近くて、あの時も家に寄っていたんです。それから割とすぐにここに避難しました。お父さんとお母さんとは電話で安否の確認ができたんですけど、会えるとしても当分先だろうし、もしかしたら……あ、すみません。いらないことをぺちゃくちゃと……」


 くるくると表情を変えて喋る彼女を見ていて、とてもさっき初めて会ったなんて思えなかった。そしてそうこうしているうちに体育館の開け放たれた扉の前に来ていた。中は歩くスペースは十分にあるもののやはり人で埋め尽くされている。すいすいと人を避けながら進む加世ちゃんの後ろを付いて行くと、すぐに足を止めた。


「あそこの……あの人です」


 彼女がそっと指差す先には壁にもたれて項垂れる男子生徒の姿があった。瞬間、悟った。誠はここにはいない。一向に動こうとしない私を加世ちゃんが心配そうに見てくる。


「そういえば、加世ちゃんはどうしてここに?」

「……仲良しの友達を探しに来たんです。でも、いませんでした」

「そっか……」


 暗い空気が私たちの間に流れる。


「お祖母ちゃん、心配してるんじゃない?」

「あ、いや……」

「もう大丈夫。後は頑張って探すね。本当にありがとう」


 突き放した言い方になっていないだろうか。でも加世ちゃんとはここでお別れしなきゃいけない。彼女の目の前で回復の見込みがないほど悲嘆にくれる自信があった。真っ直ぐで優しい彼女にそんな姿を見せたくない。


「私、3年A組の教室にいるので……お力になれることがあればいつでもいらしてください」


 彼女は私の気持ちがわかったようで優しい声でそう言うと「では」と一礼して静かに去って行った。しばらくして未だ俯いたままの藤井くんに向き直るとゆっくりと彼に近付く。そして少しばかり勇気を出して声をかけた。


「藤井くん?」


 反応がなかったのでもう一度声をかけようとした時、すっと藤井くんが顔を上げた。思わず声をあげそうになった。血の気のない青白い顔に不自然に浮き出るような赤く腫れあがった彼の目。表情はトロンとして何を考えているのかわからない。


「伊東の……姉貴、ですよね?」


 そう力ない声で呟く藤井くんに少しばかり驚く。何故私のことを知っているのだろう。


「うん。私のこと知ってるの?」

「あいつ……伊東が、よく話してましたから。写真は見たことなかったけど、イメージにぴったりだし、伊東に似てる。……あいつ、シスコンですよね……」


 藤井君はそう言って弱々しい笑みを見せた。誠、私のこと友達に話してたんだ。涙腺が緩み、今にも情けない顔で泣きそうになる。


「誠、今どこにいるか……わかる?」


 遠い目をして斜め上を見上げる藤井くんに恐る恐る尋ねる。彼はこちらにゆっくり顔を向けると泣きそうな顔を見せた。


「一緒に逃げてたんです……でも、後ろから悲鳴が聞こえて。振り返ったらあいつももう一人も血塗れで。噛まれたら助からないの知ってたから……俺……」

「わかった……」


 不思議と私は冷静だった。感情に任せて恐怖と後悔に震える藤井くんを責めることなんて思いもつかなかったし、すっと諦めることができた気がする。


「……あいつを見捨てて逃げた俺のことが、憎いですよね」

「ううん、私も同じようなことたくさんしてるもの。……ついさっきもね。あの、もし世界がまた元通りになったら……誠のこと思い出してあげてね」


 私は静かに立ち上がると藤井くんにさよならを言い、体育館を出た。背中越しに聞こえた藤井くんの嗚咽がいつまでも耳から離れなかった。

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