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死の都市  作者: LION
第四章 
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第三十二話 約束

 しばらく渡部くんへの自責の念も、早く誠に会わなきゃという気持ちも忘れて、茫然と可愛らしい顔立ちの彼女を見ていた。


佐伯くんが紗莉南ちゃんを守る。


 そうだ。避難所に向かうという当初の目的は今さっき達成されたし、家族の安否が取れなければ協力してくれると言ったことも、お母さんの無事が確認できたことで不要になった。あとはここでゆっくり過ごして自衛隊が安全な地まで運んでくれるのを待つだけだ。もう佐伯くんは私と一緒にいる必要はない。この先どうしようとと彼の自由だ。


 ――いや、佐伯くんだけじゃない。須藤くんも、今隣にいる奈美さんも、相田くんも。でも折角出会った仲間だし、特に親密な人が他にいるわけでもないので、当然このまま一緒にいるものだと勝手に思っていたし何も考えていなかった。だが今の紗莉南ちゃんの言い方は二人は別行動すると言っているようにも聞こえる。


「へぇぇ~。短い間に随分仲良くなったんだねぇ」

「…………」


 ぴりぴりとした嫌な雰囲気が広がった。私自身は自己主張が弱く他の人と対立することを避ける性質なため、こういった険悪なムードの時どうすればいいのかわからずいつもあたふたするだけだ。しかし今はあたふたする元気もなかった。ただただ、悲しかった。


 佐伯くんは私たちに話すこともなく、紗莉南ちゃんと行動を共にすることを決めてしまったのか。会って一週間にも満たないとはいえ、少し間違えれば死んでしまうくらい厳しい苦難の時を共有してきて……たくさんのことを話した。いろんなことを分かち合って結構仲良くなれたと思った。なのに。私が思っていたほど強い結びつきではなかったのか。それともさっきのことが原因なのか。そう思うとなんだか苦しい。


「皐月ちゃん?」


 奈美さんが心配して声をかけてきてくれた。


「……奈美さんは、これからも私と一緒にいてくれる?」


 何も考えず、反射的にぽんと出た言葉だった。私は何を言っているのだろう。こんなことを聞いて優しい彼女の自由を奪うのか。言ったことに後悔しつつも恐る恐る隣に座る彼女の顔を見る。


「いるよ」


 奈美さんは明るい響きの声ではっきりと言った。


「……え、もしかしてこれで解散? あたしはそのまま一緒にいるのが当たり前だと思ってた。まぁ確かに家族とか彼氏とかすごい仲良かった友達とかいたら、ちょっと抜けるかもしれないけどさ。でももうそんな簡単に離れる間柄じゃないと思うんだよね、あたしたち」


 私が今一番聞きたかった言葉だった。こんな私に奈美さんは迷うことなく言いきってくれた。目から熱いものが急激にこみ上げる。奈美さんはそんな私を正面から抱きしめてくれた。


「ううぅぅ……奈美さんっ……ありがとっ……」

「よしよし。皐月は泣き虫だね」


 頭を優しくぽんぽんと叩かれる。怖かった。奈美さんの中に自分の存在がないことも、先程の出来事で憎しみや非難の対象になることも。でもこうして受け止めてくれる人がいて、本当にうれしかった。


「……バカみたい」


 そう小さな声が聞こえた気がした。泣き腫らした目でその方向を向くと紗莉南ちゃんはそこにいなかった。見回すと椅子から立ち上がりドアへと向かう彼女の後姿が目に入った。


「止まりなさい! 許可なく立ち上がったら撃つと言ったはずよ!」

「もう許可がでるはずですけど」


 彼女が横目で見る方を向くと白衣姿の研究員らしき男が書類を抱えて立っていた。彼ははっと我に返ると私たちに向けて告げた。


「全員非感染者でした」

「……そう。御苦労さま。出ていいわよ」


 ようやく許可が下り私は痺れた足で立ち上がった。紗莉南ちゃんはもう部屋にいなかった。私は後悔した。年下の、あんな惨劇を目の当たりにしたばかりの女の子の気も遣えないどころか取り乱したりして。それもその惨劇には私が関わっているのに。……情けない。佐伯くんはきっとそんな私に呆れたんだ。紗莉南ちゃんの方がよほど芯がしっかりしている。


 部屋の外に出ると須藤くんと相田くんが椅子に腰かけ私たちを待っていた。佐伯くんは――いない。


「あれ、佐伯はどうしたの?」

「大宮連れてどっか行っちまった」

「はぁ? ちょっと、これから避難所入るっていうのに何してんのっ!」


 奈美さんは声を荒げご立腹のようだ。須藤くん曰く佐伯くんたちはすぐ戻ってくるから少しの間検問所の前で待っていてくれと言っていた――そうだ。


 私たちは検問所を出てすぐ近くの綺麗に刈り込まれた芝生の上に腰を下ろした。少し先にさっき私たちが通ってきた校門が見える。武装した自衛隊員が常に数人そこに待機しているようだ。私は校舎へと目を移した。暗いベージュ色に統一された校舎は五階建てで、ところどころガラス張りだったり、窓に装飾が施されていたりと私立らしくかなりお洒落な造りだ。そして本館のほかにも別館がいくつかあるようだ。


「あの娘、ちょっとおかしいよ。何て言うかさ、みょー……に、ふてぶてしいんだよね。そりゃあ、あんなことがあったんだから……気持ちはわかるけど……でもそれにしては彼のこと全然気にしてなさそうだし」

「またそんなことを……まだ高校生なんだからさ、しょうがないって」

「はっ。男にはわかんないでしょーけどっ!」


 また奈美さんと相田くんがさっきと似たようなやりとりを始めた。須藤くんはそんなことどうでもよさげに芝生に寝転がり居眠りをしている。そして私は誠のことに思いを巡らせていた。この高校は広い。この付近に住む人を全て受け入れているのだったら、きっと部屋にすし詰めになっているのだろう。すぐに見つかればいいのだけれど。――それは生きてここにいると仮定した時の話だが。


「待たせてしまってすまない」


 今一番聞きたくて、でも聞くのが怖い人の声が聞こえた。見上げると佐伯くんが少し疲れた顔をして立っていた。


「ちょっと、何してたわけ!? 頼まれてもいないのにあの娘に振り回されるのなんてあたしはゴメンだからね!」

「な、奈美……声でかいって。それにその紗莉南ちゃんの姿が見えないけど?」


 見ると確かに彼女の姿がない。佐伯くんはふっと軽く溜め息をつくと話を始めた。


「高校の友達を探すとかで一緒に付いて行ったんだが……」

「……あぁそういうこと。じゃあもうこれでサヨナラってわけね。全く、あたしたちにも少しは世話になったんだから礼くらい言えばいいのに。躾がなってない娘」

「奈美~……」

「いや、また合流するそうだ。場所が決まったら後で迎えに行くことになってる」

「はー!? 何でよー!」


 佐伯くんはすごい勢いで詰め寄る奈美さんに数歩後ずさり困ったように頭を掻いていたが、体勢を立て直すと落ち着いた声で言った。


「相性が合う合わないもあるとは思うが……こんなときだ。人類が一人でも多く生き延びるために協力しなくちゃいけない」

「そりゃそーだけどさ……」


 奈美さんが納得しきれないように言う。確かに……自分の通う高校に来たのだから当然避難民にも仲の良いクラスメートが多く含まれるはず。それなのに何故出会って数時間にも満たない私たちといようと思えるのだろうか――いや、厳密にいえば佐伯くんと、か。私はこんなときに出会ったから第一印象は薄いが、凛と整った彼の容姿や男性らしく落ち着いた人間性に惹かれたのだろうか。だとしたら彼らの関係に口を出す資格など私にはない。


「皐月、いくよ?」


 奈美さんの声で我に返る。皆はもう既に歩きだしていた。私は何を考えていたんだろう。他の人のこれからなど私がくよくよ考えることじゃない。いずれわかることだ。それに紗莉南ちゃんだってあんなことがあったんだから温かく迎えてあげなければいけないのに、自分の冷たく醜い人間性が恥ずかしく感じる。今私がすべきことは、誠を探すこと、それだけ。しかしそう考えようとしても私の胸に渦巻く複雑な感情は消えることなく自己主張を続けている。


「で、どこ行くんだよ?」

「確認したところ、職員室などがある本館は自衛隊の本拠地になっているそうだ。避難民は他の2つの別館か体育館のどこを使ってもいいとのことだ」

「じゃあそこにある東館をまず見てみない?」


 私たちの正面には三階建ての校舎が長く続いている。標識を見るとどうやら東館はクラスの教室が集まった棟のようだ。――誠は自分のクラスにいるかもしれない。


「…………」


 前を歩く佐伯くんに声をかけようとするが、思うように声がでない。言葉が喉の奥でつっかえてしまっている。諦めて隣の奈美さんに伝えてもらおうと思った矢先、佐伯くんが立ち止まった。そしてこちらを振り向く。


 心臓が一際大きく鼓動した。私の目を見て戸惑いながらも何かを言い出そうとする佐伯くんに言おうとしていたことも忘れ頭が真っ白になる。彼は何を言おうとしているのだろう。やはり彼と沙莉南ちゃんとのこれからのことだろうか?


「……ええと、皐月、さん?」

「……はい」


 すごく長い時間があった気がする。一体何を言われるのか、怖い。どぎまぎしていると、佐伯くんの隣の須藤くんが盛大に噴き出した。


「お前よぉ……、名前呼ぶくらいで恥じらってんじゃねぇよ! どんだけ時間とってんだ。しかも皐月さんって昭和かよ!」


 そういえば今、皐月って初めて名前で呼んでくれた。凍えて麻痺してしまっていた心がぽっと温かくなりほぐれていくのを感じる。奈美さんと相田くんも可笑しそうに笑い出す。頬を赤く染めた佐伯くんがそれを振り切り話を続ける。


「ともかくだ! 俺が言いたいのはだな……。皐月さん、弟くんのクラスはどこなんだ? そこに弟くんがいる可能性が高いと……俺は思うんだけれども」


 ちょっと良い意味で拍子抜けしてしまった。てっきり嫌われてしまって別行動を告げられると思ったから。


「私もそう考えてたんだ。誠のクラスは2年D組だよ。だから……二階かな。学年で階が分けられてるから」

「そうか。じゃあその教室に行こう」


 あまりにもいつも通りの佐伯くんの態度に少し戸惑いつつも安堵する。彼女を守ると約束したとしても私たちから離れることはないのかもしれない。須藤くんも、奈美さんも、相田くんも、皆と離れたくないし一緒にいたい。でも佐伯くんに対する気持ちは皆とほんのちょっとだけ違うような気がする。一番最初に出会ったということもあるだろうけれど。


 

 東館内に足を踏み入れると空気ががらりと変わった。どんよりと暗く――節電で照明が消えて薄暗いということだけじゃない――息苦しい。人々の暗い感情がこの建物の中に充満している。ふと正面のベンチに座る人の姿が目についた。その男性は乾いて黒く変色した血がこびり付いたシャツを着て、力なくうなだれている。その姿は輪郭がぼんやりとしていて影のようだった。


 廊下には誰もいない。時々人の声が部屋から漏れ出てくるが、多くの人が収容されているにしてはやけに静かだ。二階へ上がる階段の前に立つ。この先に誠がいるかもしれない。一刻も早く会いたいという期待と知らない方がいいのではという不安な気持ちが交錯する。――現実をみなきゃ。私は自分を奮い立たせると誠へと続くかもしれない階段の一歩を踏み出した。

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