番外編 高校到着前
どうやら晃東の生徒らしい渡部くんと紗莉南ちゃんが加わり、私たち七人は順調に高校へと進んでいた。少し大きめな一戸建てが建ち並ぶ通りにゾンビは少なく、みんな比較的リラックスしている。
ゾンビを誘き寄せないよう一言も喋ることができないため、暇も相まって周囲を見渡しながら通りを歩いていたとき、民家に紛れて小さなブティックが目についた。普段からあまり客が入らないのだろう、中に何者かがいるような気配はない。
(あっ……!)
エスニックとでもいうのか、色とりどりの妙な柄の服が並ぶショーウィンドーに映し出された自分の姿――そのあまりの酷さに愕然とする。目に痛いショッキングピンクのシャツに裾を折り曲げたダボダボのジーパン。髪は例のごとくボサボサで……。
「ちょ、ちょっといいかな」
「……どうした?」
先頭の佐伯くんにそっと耳打ちすると彼は私が危険を察知したのだと思ったらしい――緊張感を伴った声色で返してきた。
「あっ、別にたいしたことじゃあないよっ。ただ……その……」
一刻も早くと高校へ向かう中――それも私の要望で、だ――こんな我が儘を本当に言っていいのかと店を横目に捉えながらも口ごもっていると、思いがけなく後ろから声がかけられた。
「いいよ、そこ寄ろうよ。それじゃ歩きずらいでしょ」
後ろを振り返ると奈美さんがニコッとこちらに微笑みかけていた。どうやら言葉にするまでもなく私の言わんとすることを察してくれたようだ。
「ああ、そういえば服を見ると言う約束だったな。すっかり忘れるところだった……すまない」
「いやいやそんなそんなっ、別にこれでもいいんだ。渡部くんたちも早く着きたいだろうし」
ちらと渡部くんたちに目を移すと、寄り道をすることはさして気にしてない様子だ。
「いや、構いませんけど。紗莉南もいいだろ?」
「……うん」
「でも……悪いなぁ」
「行くぞ」
なんだか申し訳なくなって諦めかけたその時、反論は許さぬと言わんばかりの強い口調で須藤くんが言い放った。元々目付きの悪い目は不機嫌に細められ、全身から威圧感を漂わせている。(これじゃあ紗莉南ちゃんも怯えちゃうよね……)
「俺も着替えてぇんだよ。こいつらには有無言わせねぇぞ」
そう言ってスタスタと入り口へ向かう須藤くんの背中は汗だくで、鮮やかな黄緑色のタンクトップに大きな濃い染みを作っていた。
*
「うーん……なんというか……」
「微妙だね」
折角付き合ってもらっているのだからと言い出しずらかった言葉をまたしても奈美さんが代弁してくれた。そうなのだ。何となく入る前から予感はしていたが、ここはいわゆるおばちゃん御用達のお店。やけにヒラヒラした薄手の生地に幾何学模様。どことなく熱帯林の虫たちを思い起こさせる色の選択。大学生の小娘にはちょっと……早すぎるかもしれない。
「やっぱりそれ、皐月ちゃんの服じゃなかったんだね。サイズも大きいし、趣味悪いし」
少し離れたところで服を探してくれていた佐伯くんが大きく身体を揺らして反応する。彼の手には見ていて目が回りそうな奇妙な柄の服。……血は争えない、かもしれない。
「なんて言いますか、ここの服からはセンスが微塵も感じられませんね」
渡部くんが涼しげな顔で気持ちいいくらいズバッと言い切ってくれた。
「んー、まぁ、これでいいかな」
それでも早く決めねばと焦る心でずらりと並んでかけられたワンピースの中からまあまあいいかなと思う色合いのものを手に取る。四角とか三角が規則正しく配置されたやはり妙な柄のそれはゆったりし過ぎていたがまあ見れるかもしれない。
着替えを終え出ようとした時、須藤くんの姿がないことに気付いた。
「あれ、須藤くんは?」
「試着するってさ。ここ婦人服なのに大丈夫なのかなぁ」
相田くんが苦笑い混じりに答える。確かに……ここには須藤くん好みの服なんてない気がする。その時、シャッと勢いよく試着室のカーテンが開かれた。
「まぁ、こんなもんかな」
得意気な笑みを浮かべて出てきた須藤くんは元々着ていたジーンズにピッチリしたヒョウ柄のTシャツ姿だった。うん。意外と似合うかもしれない。……うん。
「どうだ佐伯。お前の服より数倍マシだろ」
「ああ、いいと思うぞ」
「こいつら似た者同士ね」
「おしっ、行くぜ!」
呆れたように呟く奈美さんの言葉は耳に入らないのか、ズカズカと出口に向かう須藤くんの背中を見て目を疑った。
「ヒョウがいる……」
ヒョウ柄の中にヒョウがドンと丸ごと一匹描かれていた。須藤くんに似た目でこちらを睨んでくる。須藤くんとおそらく佐伯くんを除く私たち数人の間に何とも言えない空気が流れる。
「趣味わるっ」
誰もが思っていたことだろう。またしても全員の気持ちを代弁した奈美さんの一言が無人のブティックに虚しく響いた……。