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死の都市  作者: LION
第三章 
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第二十九話 思い

「うぐぅぅぅっ……!」


 朽ち果てた椅子、錆び付いた机。薄暗がりの中、窓からは傾いた日の光が差し込み、埃が黄金色の光を帯びて大量に舞う。そんな幻想的でもあり幽霊が出そうな雰囲気でもある部屋に弱々しい呻き声が響いた。


「駿、男でしょ。我慢してっ」


 私たちは須藤くんに導かれ廃ビルの二階に上がり、そこで相田くんの荒治療を開始した。奈美さんが真剣な顔をして相田くんの二の腕に刺さった矢を引き抜こうと力んでいる。


「矢尻が肉に食い込んでいるからな……痛いだろう。可哀想に」


 佐伯くんが哀れみを込めた目で相田くんを見る。


「か、可哀想だと思うならっ……こいつにもっと優しくするよう言ってよっ、ああああーっ!」

「はあっ、やっと抜けた!」


 血にまみれた矢尻が現れ、私は想像を絶する痛みを我慢した相田くんに称賛の気持ちを込めて何となく拍手する。矢が刺さっていた場所は肉がくり貫かれ赤黒い血が込み上げており、かなり痛々しい。


「おいっ。お前らもっと静かにできねぇのか? ちょっと外に出ればゾンビがうようよ彷徨いてるんだぜ」


 見回りに行っていた須藤くんが帰ってきた。呆れた様子でこちらを見てくる。


「……すまない。でももう大丈夫そうだ」

「うげっ、相田の奴哀れだな」


 不慣れな手付きで奈美さんが傷口を包帯で巻いていき、相田くんの片方の二の腕はアメコミのセーラー服を着た某キャラクターのように不自然に膨らんでしまっていた――いやあれは肘から下か。


「はいっ、おしまい!」

「……ありがとうございます、一応」

「そういえばその包帯誰が持ってたんだよ? もしかしてこのビルに放置されてたの使ったんじゃねぇだろーな?」


 相田くんがひぃぃと悲痛な声を出す。確かにそれは……ヤバいかも。


「そこまであたしは非常識じゃないって。佐伯がくれたの」

「ああ。俺の鞄にはパソコンの他にも簡単な救急道具が入ってる。剣道の練習があるし念のために持ち歩いてるんだ。……そういえば伊東さんも頬を怪我していたな。今手当てしよう」

「えっ、あ、ありがとう! 流石佐伯くんだね!」


 あまりのデキる男ぶりに称賛の声を送る。


「さて、駿と皐月ちゃんの傷の手当ても終わったし……この後はどうするの?」

「まずは明日のルートの確認をしよう。いざという時すぐ行動できるようにだ。その後は情報収集するなり……いや、ゆっくり休んだ方がいい。特に二人はゾンビと遭遇してまだ1日も経っていないのだから」


 それを聞くと奈美さんと相田くんは急に真顔になり押し黙ってしまった。佐伯くんのアパートの前で出会ってからずっと、いつ死ぬかもわからない状況で必死にここまでやってきたのだから、ゆっくり自分のことに思いを巡らす時間などなかったのだ。


「……明日の確認の前に、もうちょっと休憩しない?」


 余計なお世話かとも思ったが、私は思い切って皆に提案した。すぐにみんな同意してくれ、奈美さんと相田くんはスマートフォンを手に真っ先に廊下へと出て行った。やはり二人とも普段通りに振る舞っていても(彼らの普段を私は知らないが)家族の安否が心配だったんだ。当たり前だ。私も夜になったらお母さんに真っ先に連絡しなくちゃいけない。もうすぐ誠の高校に着くよって……。


「ちっ、また連絡寄越しやがった……あのクソ親父」


 スマートフォンをチェックしていた須藤くんが憎悪を前面に押し出したような凶悪な顔で呟いた。


「お父さんから? なんて?」

「近所の公民館に避難してるから可能なら来いだとよ。てめぇが迎えにこいってんだ。来たところで追い返してやるけどな」


 須藤くんは避けた布から綿が飛び出たボロボロのソファーに勢いよく腰かけると、乱暴にスマートフォンを向かいのテーブルに放った。ソファーはダニとか得体のしれない何かが大量発生してそうで正直座りたくない。痒くなりそう……。しかし須藤くんは意に介さないようで平然とした表情でまだスペースに余裕のあるソファーをぽんぽんと叩いた。


「佐伯と伊東も座るか?」

「遠慮しておく」

「私も……いいや」


 しばし何とも言えない微妙な空気が流れ、気まずくなってさっきの話題に戻すことにした。


「お、お父さんもさ、何だかんだ言って心配してるんだよ。当たり前じゃない、血の繋がった自分の息子だよ?」

「はっ。奴らは自分たちを守る盾がほしいだけだ。俺のこと血に飢えた獣扱いしてやがったからな。親父は外面だけはよかったが……あの女に限っては着飾ること以外、礼節も教養もなってねぇのに人のこと獣だとか言えんのかってんだよ。俺はよ、奴らを見返してやりたくてロクデナシの道から足を洗ったようなもんだ」


 あの女って、もしかしてお母さんのことなのかな。気になるところだが一気に捲し立てる須藤くんに何も口を挟むことができず、軽く相槌を打ちながらおろおろしてしまう。これだから私は……。でもこんな時だからこそ何か言わなきゃ。恥ずかしがったらダメだ。


「わ、私は須藤くんのこと本当に信頼してる。強くて逞しいし頭もきれるし、えっと、言葉はちょっと乱暴だけど実は優しいし。そんな須藤くんだから、私は家庭の事情なんて何も知らないけど……大切な存在だと思うんだ……よね」


「…………」


 須藤くんが真顔で固まってしまった。……あああ、恥ずかしい! 佐伯くんが微笑ましいな、とでも言いたげな生暖かい視線を送ってくる。


「……ったく、つくづくお人よしだな、お前」


 もういっそのこと謝ろうかと思った矢先、ボソッと須藤くんが呟いた。


「え?」

「別に慰めてくれなくていいんだぜ、俺は他人の評価なんざ気にしねぇんだ。……ああ、でもまぁ……悪い気はしなかった……サンキュな」


 あの須藤くんが仄かに頬を染めている。これはかの有名なツンデレというやつでしょうか? 私は心の中の萌えメーターが振りきれるのを感じた。


「須藤くん可愛い……」

「……あぁ!?」


 何とも言えない温かい感情が込み上げ、須藤くんのごつごつと骨ばった大きな手を両手で力強く握ると、真っ赤な顔をした須藤くんがいつもの余裕を浮かべた表情を崩して大きな声をあげた。


「なんか私、今すごく幸せ! 須藤くんっ、ずっと仲良くしようねっ!」


 今自分は感情が爆発していて、疲れているせいもありとても変なことを言っている。しかし自覚はあるけど止められない。


「な、なんだよいきなり気味悪ぃな! ほらっ、佐伯が羨ましそうに見てるぜ。大丈夫だ佐伯、伊東は取らねーよ」

「なんで俺に話をふる?」


 いきなり話が回ってきて驚いた様子の佐伯くんを見て、須藤くんはニッと笑うとくるりと後ろを向いた。


「……俺は、お前らといれて本当に良かったと思ってる。絶対生き残ろうぜ、全員な」

「須藤、それは俺も同じだ。こんな絶望的な状況下でここにいる皆と巡りあえたことに感謝している。皆で生き残るためなら……俺は相手が何であっても剣を振ろう」

「ぶふっ、武士かよお前……」


 笑いがおこり、私たちの間に温かい空気が流れた。同じ気持ちを共有している――すごく安心する。


「……ねえねえ」

「どうしたんだ?」

「なんだよ」


 いい雰囲気になったところで調子に乗った私はある提案を持ちかけることにした。


「こんな死線を一緒に乗り越えてきた仲間なんだからさ、いつまでも名字で呼ぶのはおかしいよ。名前とかあだ名で呼びあいたいなぁ~なんて……」

「……お前、中学生かよ」

「うぐ、やっぱだめかぁ」


 呆れたような須藤くんのつっこみに、少し落ち込む。


「いや、まぁいいんじゃねぇの? なぁ、佐伯」

「ん、ああ……俺はどちらでも構わない」

「ほんと? やったあ。えっと……あだ名なら何がいいかな。二人とも普段あだ名で呼ばれてたりした?」

「そんなんねぇよ」

「ああ、俺もない」

「そっかぁ」


 早くも詰まってしまう。いや、自分から持ちかけたんだから何かしら提案しなくては……という変な義務感が芽生える。


「……じゃあさ、スドゥーとサエッキーなんてどう?」

 

 沈黙。……すみませんでした。


「お前、生き抜く気あんの?」

「あります。じゃあ、英雄くんと……義崇くんね」


 名前を呼んでみて、自分で言い出した癖になんだかドキドキしてしまった。須藤くんはともかく、佐伯くんを名前で呼ぶのは緊張する。なんでだろう。


「まぁ悪い気はしねぇか。じゃあお前は皐月な。……男同士は気持ち悪ぃから現状維持で」

「そんな、男同士名前呼びもいいと思うんだけど……」


 それじゃあ試しに、と須藤くんと佐伯くんがお互いを名前で呼び合ってみたが――しっくりこなかったのかやはり名字のままにするらしい。なんだかわがまま言ったみたいで申し訳なかったが、楽しくなって二人の名前を交互に何度も復唱する。……少しして二人とも反応に困っているようだったので止めた。


「で、佐伯は?」

「なんだ」

「佐伯も試しに呼んでみろよ、皐月って」

「いや……別に今はいい」


 また佐伯くん――心の中では今まで通り二人は佐伯くん、須藤くんと呼ぶことにする――をからかうようなやり取りをし始めたが、ちょうど奈美さんたちが帰ってきた。


「ダメだった……通じないよ」

「僕は災害時伝言サービスで両親からのメッセージを確認したけど……今は無理だ、通じない」


 奈美さんも相田くんもこの少しの時間の間に疲れはてた顔に変わってしまっていた。二人が今味わっている家族と連絡がつかない恐怖を思うと私も胸が苦しくなる。何も言えずにいる私たちを見て奈美さんがソファーに腰掛けふっと息を吐く。


「いいよ、あたしたちのことは気にしないで。明日のルート確認しよ」

「……電源が切れたとか逃げている間に携帯を落としたとか可能性はいくらでも考えられる。少なくとも自分たちの安全を確保するまでは悲観的になってはだめだ」

「わかってるよ!!」


 奈美さんが大声を張り上げる。苦しい気持ちがじんじん伝わってくる……。佐伯くんは心底申し訳なさそうに俯くと再び口を開いた。


「すまない。余計なことを言ったな……」

「……いや、こちらこそごめん。皆にはほんとお世話になってるのにね。でもあたし、今は冷静になれないみたい」


 奈美さんが憔悴しきった様子で言った。どうにかして安心させたいけど、私には何もできないのが悔しい。


「なぁ、悪いけど道案内は任せていいか? はぐれないよう力を尽くすからさ。僕たちは今とにかく休みたいんだ……ごめん」

「ああ。ならこれ使えよ」


 須藤くんが部屋に備え付けてあるロッカーから毛布と寝袋を取り出し、それを二人に投げる。


「安心しろ。つい最近まで俺が綺麗に使ってたやつだ。ロッカーには虫食い予防もしてある」

「でも、皐月ちゃんたちの分は?」

「私は平気平気! 鞄に自分の入ってるから。奈美さんも相田くんも、ゆっくり休んでね」


 もちろん自分のなんてない。ただ二人には何も気にせずゆっくり休んでほしい。嘘をつくときはいつもどこか不自然ですぐばれてしまう私だが、今回はうまくごまかせている気がする。


「ありがとう」


 奈美さんは疲れた顔で微笑んで相田くんと部屋の端に移動していった。


「さて、ここはうるさいから隣に移動するか」


 奈美さんと相田くんを残して私たちは隣の部屋へ移動した。そこで佐伯くんの持ってきた地図を広げ現在位置を確認する。


「あ、あともう少しだ。結構ここから近いんだね」

「ああ。こっから住宅街を通って……順調にいけば一時間もしないうちに着くぜ」

「ただ何かあったらのことを考えればここに寄ったのは賢明だった。下手をすれば途中で夜になってしまったかもしれないからな」


 簡単にルートを確認してまだ夕方の6時だったが私たちはもう寝ることにした。アパートを出てから戦闘続き。改めて意識するまでもなく身体も心も疲れきっていた。


 やはり不安なので見張りは一人ずつたてることにしたが、佐伯くんが念のためアラームを朝5時にセットた。お母さんに連絡しなくてはいけないので、私が最初の見張りをすることにした。私は二人の安らかな寝息を聞きながら襲いかかる眠気に必死で耐えた。

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