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死の都市  作者: LION
第三章 
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第二十八話 廃ビル

 男が相田くんの頭にボウガンを構えた――その時。


「おい、糞野郎ォ! こっちだ!」


 私と佐伯くんの少し前を走る須藤くんが声を張り上げた。男たちが驚いたように動きを止め一斉にこちらを見る。私たちが近付いて来るのに気付いていなかったようだ。


「あぁ~、なんだぁ?」

「戻ってきやがったのか! 馬鹿な奴らめ」

「まだ女いるじゃんか! ひひっ、残りは打ち殺そうぜ!」


 男たちがボウガンの照準を相田くんからこちらに移す。それと同時に私は頭を力強く押さえ込まれ、かけられた重みでコンクリートの地面に身体を伏せる形になった。佐伯くんの腕が私の頭を抱えるようにして抑えつけていた。暫くして頭上を矢が数本通り過ぎていく気配を感じた。


「伊東さん、大丈夫か!?」

「へ……平気。須藤くんは?」


 すぐ耳元で佐伯くんの声が聞こえた。須藤くんはどうなったのだろうか? 早鐘を打つように騒ぐ胸で大きく一回呼吸し、腕の隙間から正面の様子を覗う。


 須藤くんは無事だった。低姿勢で前進し、私たちとはもう大分離れ男たちの目前まで迫っていた。男たちもこの異常事態の最中手に入れたであろうボウガンにまだ慣れぬ様子で――だから須藤くんも真正面から駈け出したのだろうが――連続して矢を放つことは困難なようだ。そうしてる間にも須藤くんが彼らのもとへと辿り着き、斧を向けた。須藤くんの手にした凶器に気付き男たちが情けない悲鳴をあげる。


「…………!」


 斧を振り上げたまま須藤くんは固まっていた。そうだ、相手は根が腐っていようが生きている人間。ゾンビとは――今までとは違う。


 男たちは皆怯み自分を庇うようにして腕で頭を覆っていたが、須藤くんが何もしようとしないのに気付くと態度を急変させた。強者には腰が低く立ち向かう勇気もなく無抵抗で、弱者にはふんぞり返って力で制そうとする――どうしようもない人間たちだ。


「へへっ、根性なしめ!」


 両手で斧を握っているためガード無しの状態の須藤くんの腹部を、短い髪に切れ込みを入れた男が思い切り蹴りあげる。


「……くっ!」


 須藤くんは少しよろめき二三歩後退したが、次の瞬間ほぼ反射的に腕を降り下ろした。


「ぎゃあああああっ」


 男の叫びがゴーストタウンと化した街に木霊する。須藤くんを蹴った男の腕が肩から切り落とされ、おびただしい量の血が滴り落ちていた。男はそのまま地面に倒れ、痛みでひぃひぃ言いながら転げ回る。


「行こう。伊東さんは俺の後ろに」


 私と佐伯くんは顔を見合せ頷くと走り出した。武器を持っているとはいえ相手は三人――いや、一人は地面に伏したままか。それでも相手が知恵を持ち素早い分劣勢に変わりはない。


 須藤くんは新鮮な血が伝う斧の刃の部分をじっと見つめていた。男たちは皆怯え、後退りし始めている。手の拘束から逃れた奈美さんは相田くんに駆け寄ると彼に肩を貸し、男たちからゆっくりと距離を置いた。須藤くんはまだ動かない……と、何を思ったか須藤くんが斧を後ろに放った。


「!?」


 途端男たちがニヤリと下品に笑い、須藤くんにじわじわと近付き始めた。


「甘っちょろいな、てめー。そんなんじゃこの世界を生き延びんのは到底無理だろーな。やつらに食い殺されるより今俺たちに殺られた方が楽だぜっ!」


 二人が一斉に須藤くんに殴りかかる。手には鈍く光る金属がはめられている――メリケンサックだ! 危ない。彼らまであと数メートル――それまでどうにか須藤くんが持ちこたえてくれれば。


 一瞬の出来事だった。男がスローモーションで宙を掻くように見えた。一人はバランスを崩し大きく前のめりになり、もう一人は顔を醜く歪ませ、進行方向の斜め後ろに飛んだ。須藤くんが二人の男の攻撃をかわし、目にも止まらぬ速さで男の頬を殴ったのだった。


「いでえぇぇっ……舌が、舌があぁぁっ」


 中を噛みきったらしく口から血を垂れ流しながら男がしゃがみこみ悶える。そうする間に私たちは須藤くんたちのもとに着いた。


「須藤くん、大丈夫?」

「俺は平気だ。問題は相田だな」

「逃げるぞ!」


 佐伯くんが声を張り上げた。はっとして回りを見る。痛みにのたうち回る二人の男と、それを見捨てて逃げようとする男の奥に、黒い人影を捉えた。


「…………っ!」


 驚きと恐怖で声にならない声をあげる。ゾンビ。今、この世界を支配する者たちだ。彼らの存在を忘れてはいけなかった。忘れて油断したときこそ死が訪れる時だ。そしてそれは今のことかもしれない。


 ゾンビの奥にもまたゾンビ。数十、いや、百を超えているかもしれない――ゾンビの大群が押し寄せてきていた。前も後ろも。周囲は建物で囲まれている。八方塞がりだ。


「う、うそでしょ……? 何、あの数……」


 相田くんを支える奈美さんが驚愕の表情を浮かべ呟いた。相田くんも痛みと戦いながらもおびえた目でゾンビをじっと凝視している。


「武器を持って、落ち着くんだ。抜け道を探そう」


 努めて冷静に振る舞おうとする佐伯くんに、絶望の文字が頭を過った私も気を持ち直す。


「そうだぜ、ビビってんじゃねぇぞ。抜け道はある。こっちへ来い」


 そう言う須藤くんは平静を装ってはいたが吐く息は荒く、顔は少し蒼ざめていた。地面に転がる斧を拾い上げ、私たちを誘導する。彼が入っていくのは、すぐ傍にある色とりどりの看板を掲げた雑居ビルの一つだった。私はビルに一歩足を踏み入れたところで後ろを振り返った。


 二人の男がか細い悲鳴をあげながら大量のゾンビに集られ、喰われていた。無傷だった一人は逃げようとするが、極度の恐怖で足がもつれうまく走れていない。やがて両側からゾンビが押しかけ――。


「あ゛ぁぁぁーー!!」


 野太い悲痛な叫びが甲高い断末魔の悲鳴に変わる。


「伊東さん」


 佐伯くんの声で我に返る。最後尾の佐伯くんは私がいつまで経っても中に入らないため足止めをくらっていたのだ。


「あっ、ごめんなさい……」


 あわてて謝罪して先へ進もうとする私の頬を、彼の長い指が撫でる。突然のことに面喰らってはっと見上げると、彼は私を痛々しいものをみるような目で見下ろしていた。今気付いた。私は泣いていたのだった。


「あ、あははっ。なんか、同じ人間なのに、こんな状況で大切な仲間なのに、傷付けあうなんて、変だなって思って。ごめん、行こ」


 よくわからない悲しみでうまく喋れない。佐伯くんはそんな私をじっと見据えると労わるように微笑み私を先へ促した。


 佐伯くんに引かれてようやくビルの中に入ると三人が息を押し殺して壁に張り付いていた。


「中にいる……」


 眉を顰めて奈美さんがひそひそ声で言う。そっと壁の端から覗くと小さな服屋や雑貨屋が並ぶこのフロアに結構な数のゾンビがいることがわかった。


「ど、どうする? このまま突破するつもりなのか?」

「……いや、こっちだ。この階段を降りるとひっそりとした地下街があってよ……まぁ、いわゆるワル御用達の店があるんだが。そこを抜ければ向こう側の地上に出れる。普段あまり人がいねぇから大丈夫なはずだ」

「ホント危なっかしいんだから」


 すぐそこの角にある目立たない階段を指差す須藤くんを呆れたように奈美さんが見る。


 薄暗い階段を下ると派手な柄の暖簾がかかっていた。危険な雰囲気がプンプン漂っている。普通の人はまず引き返すだろう……。


「おし、予想通りだ。」


 暖簾の隙間から中の様子を伺った須藤くんがOKサインを出す。中はやはり怪しげな店がごちゃごちゃと並んでいた。大きなピアスや刺青のデザインが並ぶ木の棚、様々なナイフが飾られたショーウィンドー。きっとこのようなことになる前はいかついお兄さんやド派手なお姉さんの姿をちらほら見ることができただろう。


 私たちは店と店の間を足早に進んだ。店の奥から時々呻き声が聞こえたが、私たちが音を出さないよう細心の注意を払っていれば大丈夫なはずだ。


 登り階段が見えてきた。その手前で、須藤くんがピタリと立ち止まった。


「どうした須藤」

「ちょっといいか?」


 そう言うと須藤くんは一つの店に入り、そして一分もしないうちに出てきた。手には先程目にした鈍く光る金属――メリケンサックがはめられていた。


「対人用の武器に、な。サイコパスどもはこれで叩きのめす」


 そう言ってにやりと笑うと須藤くんが再び先頭に立ち歩き始めた。メリケンサックをはめた拳は、爪が掌に食い込むほど強く握られていた――。


 外に出てゾンビの少ない道を暫く歩き私たちは古いビルの前にやって来た。


「きったないビルだね~……」

「ここが例の廃ビルだ」


 さらりと言ってのける須藤くんに奈美さんが露骨に顔をしかめる。


「どうする、寄るか? 幸い中には誰も入ってねぇようだぜ」

「え、どうしてわかるの?」


 須藤くんが汚れて曇った硝子扉をコンコンと軽く叩く。


「この扉も窓も全部がたついて開かねぇんだよ。入るには割るなりしねぇと」

「あぁ~なるほど。ゾンビが侵入してきても音でわかっていいね」

「……あの、迷ってるとこ悪いけど……お願いです、休ませて……」


 相田くんの消え入りそうな声が割り込んできて私も須藤くんもびっくりして後ずさる。


「あっ、ごめんね駿! 忘れてたよ!」

「……ゾンビかと思ったぜ」

「寄ると決まれば急ごう」


 佐伯くんに促され、須藤くんはこの廃ビルと隣の建物の間の狭い道に入っていった。私たちもその後を追う。


「うぅ……早くしてくれないかな? 意識が遠退いてきた」

「あともう少し堪えろ」


 そこには廃ビルの外壁に沿うようにして倉庫が置かれていた。須藤くんは胸元に手を突っ込むと、シルバーのネックレスを取り出した。先に小さな鍵がついている。


「へぇ、いけてるね」


 感心したように言う奈美さんに、須藤くんは振り向いてニッと笑う。倉庫の扉を開くと、中は空っぽだった。そして廃ビルに接する部分は大きくくりぬかれており、廃ビルのコンクリートの壁にはぽっかりと人一人が通れるほどの穴があいていた。


「ここから先は俺の家みてぇなもんだ。構造は全て把握してる……当分は安心だぜ。行くぞ」


 私たちは一列になって廃ビルの中へ入っていった。その時はまだ私たちを見つめる2つの影に気付く由もなかった。

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