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死の都市  作者: LION
第三章 
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第二十四話 真実

 奈美さんと相田くん、立花さんは立星大学のイベントサークル所属で、七夕の日のライブイベントの企画を担当していたそうだ。しかし会場のセッティングやビラ配り、肝心のバンド募集など短期間でやるべきことがたくさんあり、金曜日の授業後からずっとこの相田くんの家に籠っていたという。テレビも見ることなくひたすら準備、準備だったそうだから周囲の異変に気付くことはなかったのだ。そして今日、午前の授業がある三人は寝坊してしまい、相田くんの家の車で大学へ向かうことにし――そしてあんなことが起きてしまったというわけだった。


 奈美さんたちの状況は掴めた。あとは彼女たちが真実を知る番だ。どう切り出すべきか悩んでいると、少しして佐伯くんが口を開いた。


「……親から電話はなかったのか?」

「いや、別になかったけど……あぁそういえば優子に親から電話あったかな。優子んち厳しいからメールだけして許可もらわずに出てきちゃったみたいで。何度もしつこいからって優子電源切ってたけど……どうして?」

「今起きていることが……世界の秩序が全て無に帰すくらい深刻なことだからだ」


 佐伯くんは淡々と真実を話し始めた。出来る限り彼らを刺激しないようにしているのだろう。二人は身動き一つせずじっと話を聞いている。


「……ということだ。君たちはどうする?」

「はは、ちょっと待って。まだ頭の中整理できてないよ……」


 奈美さんが乾いた笑い声をあげた。目は正面の佐伯くんを見てはいるが、黒目がちな瞳は僅かに揺れ、壁を透かしてずっと遠くを眺めているような遠い目をしている。


「世界中で、起きてる……」


 相田くんが真っ青な顔をして呟いた。


「…………!」


 二人は思い出したようにほぼ同時にスマートフォンをポケットから取り出すと手慣れた動作でタッチパネルに指を滑らせ耳に当てた。


「うそっ……出ない!」


 回線の混雑はないようだが電話に出ないということは……今電話に出れない状態か、もう一生出ることはないか、だ。


「俺たちも同じような状態だ。電話は通じたが会いに行くことはできないし、今はどうなっているかわからない」

「今俺たちに出来ることは安全な場所に逃げる方法を探りながら家族からの連絡を待つことくれぇだな」

「そんな……」


 無意識に前へ乗り出していた上半身から力が抜け、相田くんがソファにボスンともたれかける。


「今から俺たちは避難所に指定されている私立晃東高校に行く。自衛隊が管理してくれていて、一週間以内に安全な場所へ連れていってくれるそうだ。君たちの親御さんももう既に避難しているかもしれないぞ」

「そっか……そうだね」


 奈美さんがすっと立ち上がった。須藤くんが床についた足に力を入れたのがわかった。消防署でのことを思い出しているんだ……。


「でももうちょっと考えさせて。頭の中がごちゃごちゃだからさ」

「ああ。高岡さんも相田さんも、辛い状況にあると思うが……今はどうか、自分たちのことだけを考えるようにしてくれ。避難所に着いて落ち着けるまでは……」


 彼女は無理をして笑みを浮かべるとゆっくりとドアとは反対の方――窓際まで歩いて行った。


「……で、俺たちはこれからどうすんだ?」


 須藤くんが腕を頭上に持ち上げ伸びをしながら言った。


「今日はもう動かない方がいいかな? 奈美さんたちも気持ちの整理がつかないだろうし」

「……そうだな。日没まで時間はまだ十分にあるが、まだ二人ともゾンビどもに向き合える状況じゃないだろう。幸いここは籠るにはうってつけの要塞だ。いつまでも籠るわけにもいかないが、明日までの無事は約束されるだろう」


 議論するまでもなく私たちの中で奈美さんたちと一緒に行動することに決まっていた。二人をここに置いていくわけにはいかない。何か事情があってこれから向かうのが同じ目的地ではないにしても、せめて戦い方を学んでもらうまでは、一緒にいなければ。


 ゾンビとの戦いについて考えていて、ふと私は自分の武器がないのに気付いた。そういえばコンビニで手に入れたモップや長箒は早々になくしてしまったのだった。ここに武器になりそうなものは何かないだろうか……。


「ごめんなさい……ちょっといいですか?」


 私は真実を告げられてからずっと物思いに耽っている相田くんに申し訳ないと思いつつも声をかけた。


「うん……大丈夫」

「ここになにか、武器になるものなんてあるかなぁと思って」

「あっ、うん、あるよ」


 一拍あけてすぐに相田くんが答えた。あまりの応答の早さに面食らっていると、彼は「少し目立つ家ですからね。泥棒対策だって父が備えているんです」と付け加えた。


 相田くんは少し待つように伝えると廊下に出て行った。お金持ちだからすごいのが出てくるかもしれない。それからしばらくして彼が短い棒状のものを片手に戻ってきた。



「特殊警棒っていうんだ。伸縮式で、こうすると……」


 シュッという音をたて二十センチ足らずだったそれが二倍以上の長さに伸びた。手渡され質感を確かめると思っていた以上に硬い。


「わぁ……すごい」

「どうぞ……」

「えっ、いや、こんないいもの……相田さんは使わなくていいの?」


 まだ戦うもなにも全ての決心がついていないというのに愚問かと思ったが、彼は首を横にふった。


「ぼ、僕は別のがあるから。奈美にもぴったりのが確か向こうに……」


 そう言うと相田くんはこの部屋の奥にあるドアを開け、中に入っていった。もう一つ部屋があったんだ。確かにこの部屋にはベッドも机もない――寝室を兼ねたプライベートな部屋が別にあるのだろう。


「あたしにぴったりのって…金棒とか鞭とか持ってくるんじゃないでしょーね」


 窓の外を見ていた奈美さんがこちらを振り向き軽く溜め息をつく。するとすぐに相田くんが部屋から出てきた。彼は窓際に奈美さんの姿を見つけると方向を変えて近付き彼女に金属バットを差し出した。


「僕、小中高と野球部だったんだ。宝物だったけどあげるよ」

「え、あ……ありがと」


 奈美さんが金属バットを手に取り、パシパシと先端で掌を叩く。それから何を思ったか軽く素振りをし始めた。


「えっと、相田さんの武器は?」

「僕はこれ」


 相田くんの手にはY字型の物体が握られていた。二つに分かれた先端は太いゴム紐でつながっている。


「パチンコ?」

「うん、スリングショットっていうんだ。これでよく趣味で狩猟をしてた」


 そう言って袋から鉛玉を取り出し掌の上で転がしてみせる。狩猟って、なんだかヨーロッパの貴族みたい。やっぱりお金持ちの考えることは違う。


「相田さん、高岡さん、この近辺……晃東高校までの間の地理に詳しくないか?」


 先程から地図をずっと見つめていた佐伯くんが二人に尋ねた。


「悪いけどあたし、駿の家に用あるときくらいしかここらへん来ないんだよね。駿は知ってるんじゃない?」

「あぁー……うーん、どうだろ。向こうは和泉商店街くらいしか行ったことないかも」

「……和泉商店街だって?」


 相田くんの声を遮って須藤くんが口を開いた。


「須藤くん知ってるの?」

「あぁ、中高生の時はお世話になったぜ。通ってたボクシングジムもあったしな」


 なんて奇遇だろう。誠へと続く道が綺麗な一直線で繋がっているようで、私は嬉しさを隠しきれずにいた。


ガシャアァァン……ッ


 須藤くんに言葉を返そうとしたその矢先、鋭い音が部屋中に響いた。


 音がした方に目を向けると金属バットを手に粉々に砕け散った窓ガラスを気にすることなく呆然と立ち尽くす奈美さんがいた。その白い腕にはガラスの欠片が刺さり、血が赤い筋となって床に垂れ落ちている。


「奈美さんっ大丈夫ですかっ!?」

「あーあーもう、何やってるんだよー。また元の日常に戻ったら弁償してもらうからな」


 奈美さんに駆け寄った私は穴の空いた窓ガラスに目を向けて愕然とした。相田くんも「金持ちのくせにケチくさいっ」とか突っ込みを予期していたらしく、不思議そうな顔でこちらを見ている。


 私たちの様子が変なのに気付いた佐伯くんが近付いてきて私の後ろから外を覗いた。


「……なんてことだ」


 割れた窓ガラス越しに見えたのは――屋敷内に流れるように入り込むおびただしい数のゾンビだった。

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