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死の都市  作者: LION
第三章 
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第二十一話 殺戮 

 足がもつれそうになりながらも、前を進む佐伯くんたちを追って階段を駆け降りる。幸いこのアパートの階段にはゾンビはいないようだ。各階の廊下に何体か彷徨いているのが見えたが、あれが気付くのより早く私達の姿が階下に消えるため問題はなかった。


「……この家ともお別れだな」


 アパート前の通りに出た時佐伯くんがそっと呟いた。そうか、もうここに戻ってくることはないかもしれないんだ。こう言ってしまうと再び元の日常が訪れることはないと認めているようで辛いが――。


 さっき見えた通りはこちらの反対側だったはずだ。私達はゾンビが角から飛び出してこないよう十分注意しながら車のある通りへ続く細い道を抜けた。


「……あっ!」


 思わず声に出してしまった。シルバーのメタリックカラーの車を囲むゾンビの群れ。車の中が見えないくらい密集している。ほんの少しの間微かに見えたフロントガラスは蜘蛛の巣のように細かくひび割れており、突破されてしまうのはもう時間の問題のように見えた。籠った悲鳴が断続的に聞こえる。外でさえこれなのだから中は絶叫が響きすごいことになっているだろう。


「通りの向こうからゾンビが集まってきている! 伊東さん、頼んだ!」

「うん!」


 私はスポーツバッグから空き缶を幾つか取り出すとありったけの力を込めて通りの奥に投げた。反対の方向にも同じように投げる。周辺でうろうろしていたゾンビが何体か音にひきつけられて離れて行った。しかし悲鳴が止まないため、何度か繰り返して近付かせないようにしなきゃいけない。


 とりあえずこれでしばらくの間はゾンビの接近は防げるだろう――二人の状況が気になり振り返って車の様子を確認する。


……ガシュッッ!!


 硬質な音をたてて佐伯くんの木刀がゾンビの頭を強打した。頭蓋骨がパックリ割られたゾンビが脳髄を撒き散らしながら倒れる。確かに竹刀とは比べ物にならないほどの殺傷力だ。……というか竹刀であれだけのことをやってきた佐伯くんがいい意味で異常なのかもしれない。


 車を挟んで反対側では須藤くんが斧でゾンビの額を叩き割っていた。既に二人の足元には何体もの死骸が転がっていた。ふとそれらの手に目が留まる。指が折れ全体が腫れ上がり、紫色に変色している。手の骨が粉々に砕けるまで窓ガラスを叩き続けていたのだ。その執念深さに背筋がぞっと凍りつく。


「おらああぁぁぁっ!」


 須藤くんが大きな叫び声をあげて車にへばりつくゾンビの頭を粉砕した。内容物が窓ガラスにビシャアッと付着する。


「おい須藤、落ち着け」


 叫び声につられて私達の方に寄ってきた一体の首に突きを食らわせながら佐伯くんが言う。木刀での突きは相手を確実に死に追いやる程の威力があるようで、ゾンビは一瞬のうちに命を絶たれその場に崩れ落ちた。


「うるせえ、こうでもしなきゃやってられるかっ!」


 須藤くんがそう叫びながら一体の顔面に斧の刃を打ち込んだ時、もう既に周囲にゾンビは一体も動いていなかった。ゾンビの動きが鈍いのが私達が生き残るにあたっての唯一の救いだ。夥しい血を流す死体の中で息を切らす須藤くんに、佐伯くんは厳しい面持ちで近づく。


「やり過ぎだ」

「……お前みたいに冷静に殺れるほど俺は器用じゃねぇんだよ」

「…………」


 佐伯くんは僅かにピクリと眉を動かしたきり黙り込んでしまった。ちょっと危ない展開かもしれない……。どうするべきかと二人の顔に視線を何度も往復させていると、少しして須藤くんが気まずそうな顔で渋々といったように口を開いた。


「……悪ぃ。少しでも平穏な時間を取り戻しちまったせいか……また急に気が昂りやがった」

「大声を出すことがどんなに危険かお前も十分理解しているはずだ。今後は気を付けろ。早く慣れることだ」


 二人の会話に集中していたがはっとして慌てて周囲の様子を覗う。……よかった。転がった缶を追いかけて行ったのか、ずっと向こうの方でゆらゆらと揺れる数体のゾンビが確認できた。


……バタンッ


「ひっ!」


 突然近くで聞こえた物音に心臓が波打つように大きく鼓動し、体ごと跳び跳ねる。他の二人も危険を感じて咄嗟に身構えた。


 音をたてたのはゾンビではなかった。車のドアが開かれ――赤茶色に染めた髪を肩につく程度に切り揃えたスラリとした女の子が血の海の中に立っていた。大人っぽい顔立ちの美人さんで、猫のようなアーモンド型の目を見開きこちらに射るような視線を向けている。


「……奈美、よくそんなとこに立てるなぁ」


 中からもう一人が顔を覗かせた。癖のある黒髪の眼鏡をかけた少年だ。血溜まりを避けるようにしてそっと地面に降り立ち、こちらを恐る恐る見てくる。


「大丈夫か?」


 少しの沈黙の後、佐伯くんが彼女らに声をかけた。


「……ええ、助けてくれてありがとう。でももう少しで死ぬところだった……のよね」


 奈美と呼ばれた女の子は口元にひきつった笑みを浮かべて礼を言うと、周囲を見渡した。かつては閑静な住宅街だったその通りは惨たらしい殺戮死体が無数に転がる地獄と化している。奈美さんは口をきゅっと結び気丈に振る舞ってはいるが、ショートパンツから覗く長い足を微かに震えていた。


「……この人たちは何者?」

「はっ、人だあ? 何言ってんだお前」


 須藤くんが素っ頓狂な声をあげる。それに気を悪くしたのか奈美さんは綺麗な顔をムッと不機嫌に歪ませた。確かにゾンビが発生して三日目なのに事態を把握できていないのは少しおかしいとは思うけれど……須藤くんたらデリカシーがなさすぎる。


「言葉の通りだけど? 車で学校に向かっていたらこの人たちが近づいてきたの。危ないと思って車を止めたらたくさん群がってきてこの通り襲われたってわけ。で、何なの、この人たちは。とても正気の沙汰とは思えないんだけど。……あなたたち躊躇せずこんなことして、何か知ってるんでしょ?」


 彼女が須藤くんに負けず劣らずの饒舌ぶりを見せる。彼女もその後ろの少年も私たちに対して警戒しているようだった。


「君たちは今起きてることを何も知らないのか?」

「……ええ」


 こりゃ厄介なのを助けちまったな~とぼやき始めた須藤くんの口を慌てて押さえる。


「……なぁ、いくらこの人たちがおかしかったとはいえさ……この殺し方は普通じゃないって」


 少年が奈美さんに耳打ちをする。ゾンビを倒した私達に心底怯えているようだ。元々目つきの悪い須藤くんと目が合うと少年はひぃっと短い悲鳴を上げて後ずさった。


 須藤くんは怯える少年を面白がるようにわざと鋭い目で睨みつけていたが、少しして呆れたように言った。


「この『人』じゃあない、これは『化け物』だ。そう割り切らなきゃお前ら早死にするぜ?」


 二人はもう一度足元の死体に目を向け――傷だらけの体、内臓が飛び出た腹、膜を張ったように白く濁った目――化け物と形容するのに相応しいそれらをしばらくじっと眺めていた。


「うげえぇぇーっっ」


 突然少年が横を向き足元の血溜まりに嘔吐した。酸っぱい臭いが辺りに立ち込める。


「確かに見れば見るほど……化け物、だね。あなたたちの方がまともだってことは誰が見てもわかる。まぁ優子が噛みつかれた時点でこいつらが異常だとは思ったけど」

「噛まれた……だって?」

「ええ。最初は一人ふらふらと近付いてきたもんだから病人かと思ってさ、ドアを開けて声をかけたわけ。そしたら急にそいつ優子に襲いかかってきて。変質者だと思って殴り倒したんだけど地面に這いつくばって優子の足首に思い切り噛みついたんだよ! それから優子ショックでパニック起こしちゃって……今はだいぶ落ち着いているけど。……ったく、ほんと何だっていうの!?」


 すごく嫌な予感がした。ゾンビに一回でも噛まれたら――ゾンビになる。仲の良い友達が急にゾンビになったら。何も知らないこの人たちは殺すことなんて絶対できない。


 その時、少年の背後で何かが動いた。

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