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死の都市  作者: LION
第二章 
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第十八話 後悔

 頭がずっしりと重く、意識だけが宙に浮いて波に揺られ漂う感じがする。苦しいような、心地よいような。私は死んでしまったのだろうか? ――いや、そんなこと認めない。お母さんと誠に会わなきゃ。そう強く思うとぼんやりとした意識が大きく揺さぶられ、微かに音が聞こえるようになってきた。遠くの方で誰か話す声がする。集中させると段々と感覚が戻ってきて、意識が鮮明になっていく。


「…………」


 薄く開いた目に映ったのは真っ白な空間。どこかの天井だろうか? 体を包むふかふかとした感触。どうやら私はベッドに寝ているらしい。


「……あ、痛っ」


 起き上がろうとして初めて頭部の鈍い痛みに気付いた。ずきずきと頭が疼く。そうだ、私は佐伯くんのアパートに向かっていて、それで……。


「伊東さん?」


 少し離れたところで声がした。佐伯くんの声だ。痛みを堪えて頭をその方向に傾ける。白い壁の殺風景な部屋、開かれたドアのところに佐伯くんが立っていた。


「意識が戻ったのか!……良かった」


 心の底から安心した様子でこちらに近寄ってくる。そして私の額にそっと手の平を乗せると傷が痛むか聞いてきた。目を覆う手には包帯が巻かれている。そうだ……清見さんが噛みついたのだ。


「まだちょっと痛む……かな。……二人は?」


 二人、とは須藤くんと清見さんのことだ。あの時清見さんがパニックを起こして竹刀で思いきり私の頭を叩いたのだ。それからの記憶は……ない。


 佐伯くんの表情が曇った。まさか。――いや、そうだろうな。これから知らされるであろう現実を信じたくなかったが、早くも諦めが私の心を満たしていた。彼は開こうとした口をまた閉じ、そして意を決したように話し始めた。


「須藤は向こうの部屋にいる。……清見さんは」

「……だめだったんだ」


 佐伯くんは否定しなかった。悲しそうな目をして俯いている。予想していた現実なのに、こうもはっきりと突き付けられると理性に感情がついていけない。冗談であってほしい。二人で手を取り合って、頑張って生き延びようと励まし合ったのはついさっきのことだったはずだ。あんなにも力強く生気に満ちた目をしていた彼女が。呆気がなさ過ぎて、現実は残酷というよりも私たちに興味がないんだな、とぼんやり思った。


 佐伯くんはゆっくりとあの後のことを話し始めた。


 清見さんは私を打ち、私はその場に倒れた。そして須藤くんの方に向かって行ったらしい。須藤くんは彼女を止めようと斧とバッグを地面に置き向かい合った。リーチの長い清見さんは須藤くんの腕を打ったが彼は怯まず突進し、彼女の腹部に一撃を食らわせた。そして意図通り気絶したと思われた彼女を横たわらせ、斧を拾って先にゾンビを始末しようとした。しかし彼女は気絶していなかった。痛む腹部を押さえながら執念で立ち上がると全速力で駆け出した。最愛の家族の名前を叫びながら。


「須藤は伊東さんを背負って、俺は手を借りながら、ここまでやっとの思いで来たんだ」


 それまでまだぼんやりしていた頭で冷静を保っていたのに、急に何かが勢いよくこみあげてきた。喉の奥のあたりできゅっと詰まって、苦しい。一緒に生き残ろうと約束したのに、私だけ生き残って彼女は死んでしまった。そのシンプルな事実がやっと受け入れられたと同時に、目頭が熱くなり、嗚咽が込み上げる。


「最後はずっと俺たちに助けを求めていた……彼女も自分の精神がおかしくなっていることはわかっていたんだ。ただ、壊れずには生きていけなかったんだろうな」

「…………」


 止めどなく涙が流れる。なぜ、なぜこんなことになってしまったんだろう。私の心の中を見通したかのように佐伯くんが再び口を開いた。


「伊東さんが須藤に水を持って行ってくれた時、寺崎が思い出したようにスマートフォンを取り出したんだ。電話は通じなかったが……最新型のはディスプレイにタイムリーなニュースが流れるだろう? それで気付いてしまった」


 真実を知るのがもう少し遅ければ――彼らは今も生きていたかもしれなかったのに。真っ白な頭にそれだけが浮かび、何気なくベッドに接する窓の外を見ると、もう空は真っ暗だった。しばらく外の闇を遮断する窓ガラスに映る自分の顔を見ていた。力が抜けてだらしない顔だ。そういえばあの時からずっと化粧を直していない。そんなどうでもいいことを考えていると大きな声が耳に飛び込んできた。


「おい、伊東はどう――ってもう起きてるじゃねぇか! 言えよ……ったく」


 目を覚ました私を見るやいなや須藤くんはベッドのすぐ側までずかずかと歩いてきた。荒々しい口調で叫ばれ頭がキーンと痛んだが、その表情から本当に心配してくれていたのがわかり胸が温かくなるのを感じた。


「須藤くんも佐伯くんもありがとう……。ごめんね、大変な時にっ、足手まといになっちゃって……」


 様々な感情が込み上げ、みっともない涙声になってしまった。きっと眉間に皺が寄り、口周りの筋肉が強張ってひどい顔をしているだろう。しかし感情の爆発は止まらない。


「前にも言っただろう、こんな時にそんなこと気にするな」

「うっ……ぐ……だって私、二人には迷惑かけちゃうしっ。パニック起こした寺崎くんを落ち着かせるどころか……」

「それを言うなら俺の責任だ」


 佐伯くんの声が急に大きくなる。驚いて涙で霞んだ目で見上げると、口をきつく結び、普段は落ち着いた様子で細められた目を見開いて、小刻みに震える佐伯くんの姿があった。


「俺があの時、寺崎に食って掛かるような口調で言ったから。あそこでもう少し穏便にあいつを執り成していれば二人とも今頃生きていたはずだ」


 声はいつもの平静なはっきりした調子だったが、佐伯くんの切れ長の目は暗い影を宿していた。確かにあの時の彼は彼らしくなかったようにも思う。極度の疲れが彼の平常心を奪ったのかもしれない。これほどの非常事態となれば一人の人間、ましてや若い学生なのだからやむをえないことだろう。むしろあれだけで抑え、自暴自棄にならずにここまで来たのだ。佐伯くんはすごい。そう伝えたかったが、言葉が上手く出てこない。


「お前らさ、あんまり自分を責めるなよ……」


 悲嘆にくれる私たちに須藤くんがぽつりと言う。


「俺だってあいつらが死ぬ要因を作ったぜ。後悔してもしきれねぇくらいだ。だがよ、ここでいちいち立ち止まってどうする? こんな状況でゾンビ以外の人間もおかしくならないわけねぇだろ。些細な言動が誰かの破滅を招く。理不尽なことだってあるだろう。でも俺たちは聖人でも何でもないんだ、それを全部救えるはずがない……。俺たちはただ、生き残るためにその時最善と思うことをすりゃいいんじゃねぇのか?」

「……須藤くん」


 彼の声はかすかに震えていた。いつも気丈に振る舞う彼の弱い一面。でもその言葉や彼の姿は私の心に深く染み渡り、少しずつ気力が蘇るのを感じた。


 しばらくして佐伯くんが静かに顔を上げた。その表情は何かを決心したように力強く、目は強い光を放っていた。


「須藤……その通りだ。俺たちは聖人でも超人でもなんでもない。自分への憤りは拭えないが、ずっと引き摺るわけにはいかない」


 佐伯くんが立ち上がり、窓の外を見ながら言う。


「今回のことだが、俺は今でもあの時の自分の考えは間違ってなかったと思っている。いや、正しいも間違いもありはしない……。あるのはそれによって導き出される結果だけ。これからは、ただ生きることだけを考えるんだ。そして無事生き抜くことができたときは――その時は、寺崎や清見さんを思い出そう。俺は自分の行動を一生かけて後悔する」


 私と須藤くんは「うん」と同時に声をあげこくりと頷き、顔を見合わせた。いつも突っ張った態度の須藤くんが随分と素直な返事をしたものだ。


「あははっ……」


 自然に笑いがこぼれた。つられるように須藤くん、佐伯くんが声をあげて笑う。何かが吹っ切れたようだった。というよりみんな心が疲れていたんだ。やっと安心できる時がきた。


「まぁこれから辛いこともあるかもしれねーけどよ、乗り越えて行こうぜ」

「うん」

「そうだな」


 少しの間沈黙が続く。それさえも可笑しく感じ、私はくっくっと忍び笑いをする。ただの怪しい人だ。


「そうだ!!」

「えぇ?!」

「どうした!」


 突然叫んだ須藤くんに私も佐伯くんも驚いて応じる。


「おい伊東、携帯見てみろよ。お前をおぶって歩いてた時しばらくの間バイブが鳴ってたんだよな。ゾンビを避けるので精いっぱいだったから確認はできなかったんだけどよ……もしかしたら家族からの連絡じゃねぇか?」


 携帯……? 急激に気持ちが高揚した。きょろきょろとあたりを見渡すと佐伯くんがすっと私に緑色の何かを差し出した。携帯だ。私はお礼を言うのも忘れ、胸がドキドキするのを抑えて静かに携帯を開く。


――不在着信一件


「お母さんだ……!」


 画面には『お母さん』の文字が大きく映し出されていた。瞬く間に自分の顔に笑顔が広がるのを感じる。お母さんが生きている! また生きて会えるんだ!

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