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死の都市  作者: LION
第二章 
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第十三話 仲間

 通りには食い散らかされた死体が細切れとなってそこらじゅうに散乱している。本当に悪夢のような光景だ。そんな中をゾンビに接近しないよう小走りで移動する。大学を出てだいぶ走っているような気がするが、佐伯くんも須藤くんも全く疲れたそぶりを見せない。一方日頃そんなに走らない私は息が上がってきていた。


「おいっ、前見ろよ。何体かうろついてるぜ」


 足元の血溜まりや肉片に気をとられていた私ははっと顔を上げる。真っ直ぐ続く大通り、十メートル以上離れたところに数体のゾンビがいた。


「本当だ、どうしよ……あっ、そこに道があるよ」


 立ち並ぶ民家の間に細い道を見つけた。どうやらこの大通りと平行に通る向こう側の通りにつながっているらしい。ここで別の通りに出て駅方面に折り返せるかもしれないと思い、佐伯くんの意見を待つ。


「……少し狭すぎるな。挟み撃ちをされたら危険だ。もう少し先に大きな十字路がある。そこを右に曲がってから向こう側の通りに出て駅に向かおうと思っているんだが」

「そっか。じゃああのゾンビをどうにかしなきゃ……」

「オーケィ、強硬突破だな」


 須藤くんが目をぎらつかせる。殺る気のようだ。


 ゾンビに近付いてきた。広い道路のあちこちで生者の血肉を求め徘徊している。須藤くんが血のこびりついた鉄パイプを構えると、佐伯くんがそれを制止した。


「なんだよ?」

「立ちふさがるものは何でもかんでも殺せばいいってものじゃあない。奴らは目がほとんど見えないんだ。多少近くても静かに通り過ぎれば無駄な体力を消費せずに済む」

「……まぁ、ごもっともだな」


 須藤くんは意外にも素直に納得したようで静かに鉄パイプを下ろした。私達はゾンビと出来る限り距離を置きながらその場を通過した。もしかするとゾンビはそんなに恐るべき存在ではないのかもしれない。習性を理解していれば熊などの野生動物相手よりずっとやりやすいのではないか。


 ゾンビが闊歩する通りの奥に十字路が見えてきた。数台の車が放置されており、そのうちいくつかの窓ガラスが血飛沫で汚れていた。車が衝突したのか、民家を囲むブロック塀の一部が崩れ落ちている。


 私達は歩いてきた大通りに交差する比較的細い車道を右に曲がり、この大通りと平行に走る道に出て私達が来た駅の方向に戻るつもりでいた。


 車の中に注意を払い、慎重に交差点の中央に出る。右の方向を見やると、やはり何体かのゾンビがうろついていたが通ることはできそうだ。今通ってきた大通りと比べ細いため、囲まれないよう気を付けなければいけない。


 私は通りに沿って並ぶ建物の中に見知った看板を見つけた。


「あれは……コンビニだね」

「奴らがいる可能性は高いが……まぁ大丈夫だろう。様子を見て慎重に進もう」


 こちらを振り向いた佐伯くんに頷き返し、コンビニのある方に向けて歩き始めた。通りはそんなに広くはないため、一度ゾンビに気付かれたらその息の根を止めるか動きを封じるかしなければ安心して前に進めない。私達は極力ゾンビの目を掻い潜りながら歩いていったが、あまりに接近すると目の悪いあれも流石にこちらの存在に気付くため、一歩一歩慎重に、時にはゾンビの息の根を止めながら進む必要があった。


 コンクリートに打ちつけて音をたてないよう気をつけながらゾンビの首を狙い打つ。元から散乱していた人間の体の破片に、私達が殺したゾンビのグロテスクな死骸が加わる。気持ちが悪い道だ……。腐ったら悪臭がひどいだろう、夏じゃなくて本当に良かった。しかしそう思いながらも最初と比べ徐々にその光景に慣れつつあるのを私も自覚し始めていた。


「おい、中見てみろよ。案外奴ら少ないぜ」


 コンビニの前を通りかかった時、須藤くんがひょいと身を屈め私の耳元で囁いた。少し警戒してしまったが、割りと友好的な態度に緊張がすっと解けた。


「あ、本当……。コンビニで食べ物とか色々手に入るかもしれないね」


 勿論お金を払うつもりなんて更々ない。なんて犯罪意識が低いのだろう――この場にお母さんがいたら泣かれるかもしれないが、今のこの異常な世界に秩序など存在するのかどうかも最早疑問だ。部室でお菓子を食べた時も同じように思ったが、もし仮にいつも通りの日常が戻ってきて窃盗の容疑にかけられても私は自分の行動を後悔しないだろう。


 短い話し合いの結果、私達は少しコンビニに寄ることにした。食べ物を漁っていたらゾンビに囲まれていた……なんてことを防ぐため須藤くんが外で見張りをし、私と佐伯くんが中へ入ることになった。


「まずは店内の奴らを一掃するぞ。見たところ……二体か」

「制服着てないね。どちらもお客だったみたい。店員さんは逃げたのかな?」

「そうだな……しかしゾンビになって店の奥から出てくるなんてことも考えられる。確認できる個体の数は少ないが油断せずに行こう」


 私達が正面に立つと自動ドアが開き――聞き慣れた軽やかな音楽が店内に流れた(須藤くんが「おいっ静かにしろバカ」と焦っていたが私たちにはどうしようもない)。音に反応して二体のゾンビがこちらを向く。うち一体は頬を噛まれたらしい、パックリと割れた肉の間から白い頬骨にピンク色の筋がこびりついているのが見えた。


「あまり店の物を汚したくないな……カウンターにおびき寄せるか」


 そう言うと佐伯くんはレジカウンターを竹刀で軽く叩いた。パシィッという小気味良い音が鳴り響き、それにつられて手前の一体がふらふらと近付いてくる。佐伯くんは私に離れるように手ぶりで伝えるとゾンビの後ろ側にさっと回り込み、カウンターのすぐ脇にやって来たあれの後頭部を――思い切り竹刀で打った。ゾンビが派手な音をたてカウンターの上に俯せで倒れこんだ。すかさずカウンターの店員側にはみ出た頭に一撃をお見舞いしようとしたその時。


「ぎゃああぁぁぁっ」

「……!?」

「え?」


 思わぬ叫び声が聞こえた。まさかゾンビが叫んだのだろうか? 結構人間らしいところもあるじゃないか。……いや、今のはカウンターの下から聞こえてきたような気がする。身を乗り出してカウンターの陰を覗き込むと、カウンターの端から頭を出したゾンビの視線の先に人がいた。それも二人。制服を着ていることからするとここの店員のようだ。


 ゾンビが至近距離にいる二人の存在に気付いて手を伸ばすが、途端ゴキンという鈍い音とともに全身を大きく震わせて動かなくなった。ゾンビの首には佐伯くんの腕が回されていた。佐伯くんの咄嗟の判断力と戦闘能力の高さを少し恐ろしくさえ思った。


「伊東さん、その人たちを頼んだ! 俺はもう一体を始末してくる」


 そう言い残し店の奥へ走っていく佐伯くんを見送り視線を戻す。真っ先に目に入ったのはカウンターの上、首が何かのホラー映画のように180度回転して恐ろしい形相で固まっているゾンビ。――怖い。


「あの、大丈夫……ですか? 怖かったですよね」


 歯をがちがちと鳴らしおびえた目で見る二人の生存者に声をかけた。このような状況でまだ他の人を気遣える余裕があったのかと自分で少し驚いてしまう。


 ひどく真っ青な顔でがくがくと震えていた二人は私が普通の人間だと知って少しばかり安心したようだ。店員の一人は長い黒髪を後ろで一つにまとめている大きな目が特徴的な真面目そうな女の子。うちの大学の学生かもしれない。もう一人は幼さを残した男の子――高校生くらいに見える――で、ダークブラウンに染めた某有名アイドル事務所のタレントのようなおしゃれな髪型をしている。


「こっちは終わったぞ」


 突然頭上から降ってきた男の声に二人は驚いて飛び上がる。男の子は後ろへ反り返りすぎて頭を壁に勢いよくぶつけてしまった。佐伯くんを二人に紹介し、自分の仲間であることを伝える。


「奥へ続くカウンター内には二人がいたわけだし……店内にはもうゾンビはいないみたいだね」

「そうだな。用件を手早く済ませるか」

「あ、あの……」


 血で薄ら汚れた床に座って四人でゆっくり談話――というわけにもいかず、安全と用件の確認をし始めた私と佐伯くんに女の子が声をかけてきた。


「今、何が起きているのでしょうか……? 私も寺崎くんもずっとここでレジを打っていて、そしたらあの人たちが入ってきたんです……! 店長は外へ様子を見に行ってそれっきり……」

「そ、そうだ。あいつら何者なんだよ! だっ、だってあいつら、人に思い切り食いついて……意味分かんねぇよ!」


 緊張の糸が切れ、溜まっていた恐怖感が一気に解放されたようだ。彼らのことを思うときちんと事態を説明したいところだが、話したところですぐ信じられるものでもないし、パニックを起こす危険もある。それに外で待ってくれている須藤くんのこともあるし、危険が迫る前に早くここを去りたい。これから何があるかわからないので出来る限り時間の消費は避けたかった。


「詳しい説明は後でいいか? 今言えることは、奴らは化け物……それだけだ。俺たちは避難所に向かう途中なんだが……君たちはこれからどうする? ここは幸い食料もあるし籠るのもありだとは思う……外に出ても安全は保証しかねるし、君たちの判断に任せる」


 二人は顔を見合わせ、それから佐伯くんの手にしている先端が血に染まった竹刀に目を移した。


「……一緒に付いて言ってもいいですか?」

「お、俺も頼みますっ」

「わかった。俺は佐伯義崇、こちらは伊東皐月さん。この近所にある立星大学の学生だ。君たちのことも後で色々聞きたいが、今は名前だけ教えてくれるか?」


 少し躊躇ったのち二人同時に声を発し、気まずそうに顔を見合わせて譲り合っていたが、結局女の子の方から話し出した。


「私は清見千香子です。よろしくお願いします」

「俺は寺崎海斗っす」


 危険を一緒に乗り越える仲間が二人増えた。皆知らない人たちばかりだが心強い。こんなに人のありがたみを感じることができるのは、日常から離れたからなのか。私達は日持ちする食品や水などを必要最低限の分だけ鞄に詰め込みコンビ二を出た。

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