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死の都市  作者: LION
第二章 
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第十一話 覚悟

 私はそっと剣道部の部室の扉を開けた。廊下から漏れでた淡い光が薄暗い室内を照らし出す。佐伯くんはそれに気付いたのか、辛そうに額に手を当てながら上半身を起こした。


「……朝、か」

「うん……。おはよう」

「おはよう」


 挨拶を交わしあい、佐伯くんは大きく伸びをすると立ち上がった。佐伯くんから少し離れたところにいた須藤くんも目が覚めたようだ。寝起きが悪いらしい――ただでさえ悪い目つきが不機嫌に伏せられ、さらに凶悪なことになっている。


「皆起きたな」

「……お菓子、ちょっとしか残ってないけど、食べていこっか」


 私達は昨日の残りのチョコレートやクッキーを朝食にした。元々大した量ではなかったので全て食べきってしまい、外に持って行く分はない。途中で調達しながら進む必要がある。寄り道の危険は増すが、移動する際荷物にならないのでそれはそれでいいのかもしれない。


 持っていく荷物は中身を最小限にして昨日もう既に用意しておいている。私が持つことになっている須藤くんのスポーツバッグには重く感じない程度に空き缶が詰め込まれており、佐伯くんは自分の鞄に情報収集用のパソコンを入れて持ち運ぶことになった。武器は佐伯くんの竹刀と須藤くんの鉄パイプ。出来れば空き缶であれを欺きながら戦うことなく移動したいものだが。


 荷物を手にし立ち上がったその時、須藤くんが口を開いた。


「で、俺はこの鉄パイプでそのゾンビとやらと戦うと?」

「そうだ。いくらボクシングの腕前が優れていたって、向こうの攻撃が一撃でも当たったら――噛まれたら終わりなんだ。プロのボクサーだって一発もパンチを食らわない試合なんてないだろう?」

「ま、昨日の話を聞きゃそうだろうけどよ。俺が言いたいのは……そのゾンビをこれで撲殺するのかってことだ。化け物っつっても人の形してんだろ?」


 佐伯くんの瞳の奥が揺らいだ。少し黙り込んでしまったが、やがてはっきりとした口調で答えた。


「そうだ。やつらは化け物……躊躇ったら終わりだ。俺達が殺られる」


 何人も病院送りにしてそうなオーラを放つ須藤くんとはいえやはり殺しの覚悟は決まっていないようだ。まぁ当然だろう。異なるところはあれど、人間の姿をしているのだから。私はもう既に一体殺してはいるが、次に何の戸惑いもなくあれの息の根を止められるかと聞かれたら自信はない。佐伯くんだって色々悩んだ上の決断だ。武器を持つ二人にあれの直接の対応を任せるのは心苦しいが、この先あの化け物を相手に戦うことは避けられないだろう。迷いが悪いことを引き起こさなければいいのだが。


「なら遠慮なく殺ってやろうじゃねぇか。こっちがアホみてぇに殺られるのは御免だからな。……どうとでもなれってんだ」


「ああ、よろしく頼む」


 鉄パイプを片手に荒々しく扉を開けた須藤くんを追い、私と佐伯くんも剣道部室をあとにした。



 静まり返った廊下に三人の足跡が響く。誰も一言も喋らない。出入り口のあるロビーに出ると、佐伯くんが先頭を歩いていた須藤くんを引き留めた。


「ここから先は俺が先頭を歩く。くれぐれも慎重に進もう」

「うん……」

「…………」


 体育館の硝子の扉が佐伯くんの手で開かれた。どうやら周囲にゾンビはいないようだ。目を凝らして通りの向こう、校舎が集まっている辺りを見渡しても、姿はない。


「もう人がいないと知って街へ出ていったのかな」

「そうかもしれない。だが油断は禁物だ」


 私達は足音をたてないよう慎重に門を目指した。地上で起きている惨状を何も知らない鳥たちが可愛らしい鳴き声で囀ずっている。動物たちに影響はないのだろうか。


 中央通りが見えてきた。やはり何もいない。平日休日問わずいつも人で賑わうキャンパスが……。もうこの大学は、日常は死んでしまったのだと否応なしに実感させられる光景だ。


 中央通りに出て周囲を確認すると、門と逆の方向、連立した校舎の陰で動くものを見つけた。怪我人のようにおぼつかない足取り。死人のような真っ白な肌。ゾンビだ。


「あれがゾンビ野郎か……」


 須藤くんが呟いた。平然としたふうを装っているが、初めて実物を目の当たりにしてやはり驚きが隠せないようだ。唾を飲む音がゴクンと鳴り、喉仏が上下に動く。


「なるほど、ありゃ普通じゃねぇかもな……」

「わかっただろう。手加減なんてする必要ない。……行くぞ」


 佐伯くんに促され、私達は再び門に向けて歩き出した。開け放たれた門から通りの様子がよく伺える。何体かのゾンビが通りをうろついているのがわかった。


「物音をたてずに静かに近付こう。通りに出て視界内にいるやつらの数が多かったら、缶の音で道をつくる。少ないようなら、殺す」


 私はスポーツバッグのジッパーを下ろし、空き缶を一つ手にした。……門が近付いてきた。


 通りに足を踏み出す。ゾンビとの距離、およそ五メートル。あれの虚ろな濁った瞳は私の肩のあたりを捉えているはずだが、全く気付く様子はない。素早く左右の通りの状況を確認する。遠くの方であれがゆらゆらと揺れていたが、門の近くには先程から見えていた――三体しかいないようだ。竹刀を構えた佐伯くんを見て、私は缶をスポーツバッグに戻した。


「……殺るぞ」


 そう言うと同時に佐伯くんは鞄を地面に下ろし、あれに向かって走り出した。足音に気付きゆっくりと首をこちらに向ける一体の顔面に竹刀を降り下ろし、続けざまに首に突きを放つ。


 自らの歯で舌を噛んだのか、口から血を流したあれがスローモーションのように地面に倒れる。呼吸が出来なくなり苦しそうに身をよじらせ、やがて動かなくなった。


 呆然と一部始終を眺めていた須藤くんがはっと顔を上げる。一体が倒れた音に気付いた二体がよろよろと近付いてきていた。


ゥウ……ァアアアァァ……


 獲物を見つけて嬉しいのだろうか、だらだらと涎を垂らし、手を前に突き出すようにして歩み寄ってくる。



「す、須藤くん、来たよ」

「……うるせぇな、わかってる」


 至近距離で見るあれの異様さに歯を食い縛って固まってしまった須藤くんに、佐伯くんが殺れと目で訴えかけている。今、戦いに慣れてもらわなければいけないと考えているようだ。


 須藤くんが鉄パイプを握り直し、両手に力を入れるのがわかった。目を大きく見開き、あれを見据える。


「……くそ、殺ってやろうじゃねぇか!」


 須藤くんはそう叫ぶと、手前の一体の腹部に鉄パイプの先端を勢いよく突き刺した。肋骨の間、みぞおちの部分にズブリとパイプの先端が突き刺さった。妙に深く肉に埋もれている。いとも簡単に皮膚を貫通してしまったらしい。なんにせよ普通の人間ならば尋常でない痛みに悶絶するはずだ。しかしあれは平然と呻き声を上げながらこちらに手を伸ばしてくる。


「……なんだこいつ!」


 突き刺さった鉄パイプの存在を無視して何事もなかったかのように前進し、自ら鉄パイプを腹に深く飲み込ませていく。


ゥァアアァァ……


「くそっ!」

「首を、頭を狙え!」


 佐伯くんの声を聞いた須藤くんは鉄パイプを勢いよく引き、ぐんと近付いてきたあれを思い切り前に蹴り飛ばした。グプッという音をたて鉄パイプが引き抜かれる。血が道路に大量に零れ落ち須藤くんのズボンにも飛び散るが、彼は間髪入れずに大きくよろめいて体勢を立て直したあれの頭部に鉄パイプを力一杯降り下ろした。


ズガッ……


 頭がボコッとへこんで鉄パイプが食い込み、衝撃に耐えきれなかった首の骨が変な方向に曲がっていた。あれはふらふらとその場でぐらつき、そのまま倒れた。頭蓋骨は割れ、白いドロドロとした脳髄が流れ出てきていた。


「……殺ったぞ」


 須藤くんはゾンビの死骸の前、ぼんやりと立ち尽くしていた。よろよろと接近してきているもう一体が視界に入っていないようだ。佐伯くんの叫び声にも気付かない。


 その間にも私と須藤くんとゾンビとの距離が着々と狭まってきている! 傾いた首に緩んだ表情――だらしなく開けられた口から見えるのは赤黒い歯ぐきと黄ばんだ歯……!


「須藤くん!」


 彼のシャツの袖を掴み揺さぶっても反応はない。私には武器がない――焦って辺りを見渡すと、コンクリートの地面に転がった、誰かが逃げる最中落としたであろう鞄が目に留まった。すぐさまそれに駆け寄り掴み上げると、ゾンビに向かって思い切り投げつける。鈍い音をたてて顔面にぶつかったが、あれが歩みを止めることはなかった。


 佐伯くんが様子が変なのに気付いてこちらに走り出したが、ゾンビは私達のもうすぐそこまで来ていた。

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