起
あらすじが雑だと思った人。その通りです。プロットも作ってません。話の大筋を作っただけで書いてしまったこの話。私にもどうなる事やら分かりません。はっきり言ってノープランです。
更新日不定なこの話ですが、長い目で見守ってくれるとありがたいです。
戦闘に優れた人員を養成する為、二一二五年に創立された中央戦技高校。今年で創立一一〇周年になる。その日は例年と同じように、入学試験に合格した新入生が入学式に出るため、数々の演習場が存在する演習場エリアにに長い列を作っている。普段は戦闘訓練等を行うエリアであるが、その広大なスペースは式典にも利用される。
中央戦技は一応高校というカテゴリに分類される施設であるからして、演習場だけでなく複数の学科塔が建ち並ぶ学科エリアも当然ながら存在する。さらにそれらの生徒を住まわせる為の生活エリアなどもあり、用途ごとにエリアが分割されているのが特徴といえば特徴だ。
本日は入学式ということもあるので、どの生徒も白い軍礼服を着ている。男子はズボン、女子はスカートを穿いている。肩には園臙脂色の飾紐がついた校章が付いていて頭には制帽を被っている。式典の時ぐらいしか着られる事のない中央戦技の制服だった。
新入生の作る列から少し離れた場所に置かれたベンチに横向きに寝そべる峰岸龍介は片腕を枕代わりにし、空いた片方の手で制帽を指に引っ掛けクルクルと回している。彼も一応制服は着ていたが、眠たげに開かれた眼と癖が強過ぎて四方八方無遠慮、無法則に飛び出すウニの様な頭は、純白の軍礼服のイメージからは程遠い。眠そうな目はぼんやりと新入生の列に向けらている。
峰岸は制帽を回していた方の手でボリボリと尻を掻くと大きな欠伸をした。
「暇だ」
本人はは独り言のつもりで言ったのだが、隣で憮然とした表情で立つ白井琢磨には聞こえていたらしい。
「暇じゃない。サボってないで仕事をしろ」
不機嫌な声で峰岸に言った白井の容姿は見るからに優等生といった感じの眼鏡を掛けた少年だった。彼もまた白い制服を着ている。彼はベンチは使わず、寝そべる龍介にの隣に立ちながら後ろで手を組んでいる。背筋は伸ばされ、まるで棒でも入っているかのようだ。
「拓真、お前は真面目だよなあ。白井家の人間は皆お前みたいに真面目なのか?」
峰岸は寝そべった姿勢が辛くなったので、体勢を変えてベンチに座り直す。
「お前が特別不真面目なんだ。ちゃんと与えられた仕事をこなせ」
彼等が与えられた仕事は会場内の警備だ。名前の通り、中央戦技は色々と物騒な学校だ。運動神経が化け物じみた人間がそこら中を徘徊している。中には家が代々軍人の家系で幼少期より戦闘の英才教育を施された人間もいるわけだ。本日は入学式ということもあり、行儀の良い軍礼服等を着ているが、普段は防弾と防刃効果のある戦闘服に身を包み、両手で突撃銃を大事そうに抱え、にこやかに談笑する女子学生がちらほらいるような学校だ。血の気の多い人間も多く、わりと頻繁に問題の起こる学校でもある。
「大丈夫だって。入学式から問題起す馬鹿なんかいないだろ」
峰岸の言葉を聞いた白井が何か言いたそうな顔になる。
「俺の目の前に、入学式当日に問題を起した馬鹿がいるんだが」
白井が話ているのは今から一年前に峰岸がエリート意識の強い戦略科の新入生と乱闘を起した事件のことだった。その時は当時、警備に当たっていた上級生の制裁という名の仲裁で事なきをえた。
「あの時、上級生が止めに入らなかったら懲罰房送りじゃすまなかったぞ」
「あれは、あいつ等が他科の人間を馬鹿にしてたからだ。それに俺が特別馬鹿だっただけで、他の生徒もそうとは限らん」
「自分が馬鹿なのは否定しないのか」
「ああ、しないね。入学早々問題を起して上級生や教官に目を付けられるなんて、俺は完壁な馬鹿だ。願わくばあの頃に時間を戻して入学式をやり直したい」
峰岸は頭をバリバリと掻きながら入学式での自分の愚考を悔やんだ。
「懲罰房送りがそんなに答えたのか?」
峰岸がそんなデリケートな人間だとは露ほどにも思わなかった白井の口調は意外そうだった。
「違う。その後だ」
「後?」
「鎮圧部隊に入れられた」
鎮圧部隊、つまり今この入学式警備の任を受け持つ生徒で構成された部隊を鎮圧部隊という。普通の学校でいう委員会が部隊という名前にスリ替わった思えばいい。
「なんでだ?名誉な事じゃないか。高い戦闘能力があると判断されないと鎮圧部隊には入れないんだぞ。俺も去年の後期にやっと入る事が出来たんだ」
場合によっては実力で問題を起した生徒を制圧しなければならない為、鎮圧部隊の面々にはそれを出来るだけの戦闘能力が求められる。入学式の乱闘騒ぎで峰岸をぶん殴って気絶させたのが鎮圧部隊の人間だったのだ。その後、峰岸は三日間懲罰房送りになったのだが出てきた時には、既に勝手に鎮圧部隊への配属が決まっていた。
この外にも整備や補給等の様々な業務をこなす部隊が存在するのだが部隊配属の生徒は全学年通しても三十%を切っている。その分野で特に優秀な生徒が部隊入りを果たす事になるのだ。部隊に配属された生徒はその事を誇りに思い、部隊の目的遂行の為に全力を注ぐというのが中央戦技生の一般的な考え方だ。簡単に言ってしまえば、一般の生徒より仕事量が増える。格段にだ。
そして峰岸の思考回路は部隊入りの名誉を誇るよりも、自分のプライベートな時間が減る事を嘆くように出来ていた。
「一般の生徒がオフのときですら鎮圧部隊は引っ張り出されるんだぜ。しかも起こるかどうか分からない問題に備えてだ。もう嫌だ。帰りたい。帰って昨日買ったゲームがやりたい」
峰岸がベンチに座りながらぼやいた直後、彼の脳天に鈍器で殴られたような衝撃が走った。
「おぐえっ!」
峰岸は奇妙なうめき声を上げながら頭を抑えた。最初は白井の仕業かと思い横に立つ白井を睨み付けるが、その白井の顔が奇妙に引きつっている事に気付く。
直後に、背後から猫撫で声が聞こえる。
「みーねーぎーしぃー」
白井の声ではない。というより男の声でもない。しかし峰岸は自分を呼ぶ猫なで声に嫌というほど聞き覚えがある。誰の声か判別した瞬間に全身が総毛立つ。
「あ、あれ?南野さん。なぜここに?」
恐る恐る振り返る峰岸は視界の端に南野静香の姿を確認した。彼女が峰岸の頭を殴った張本人なのだが、彼女の容姿だけを判断材料にしたのならば、そんなことをするとはにわかには信じがたい可憐な少女だ。艶の良い長い黒髪は行儀良く後ろで束ねられている。日本人的な切れ長の目は、不気味に微笑み、それと連動するかのように血色の良い唇の両端を吊り上げている。
彼女との付き合いがそれなりに長い峰岸から見れば怒っているのがまる分かりなのだが、彼女を何も知らない人間が今の光景を見たのなら、さえない男子が、和風美人ににこやかに話しかけられているものだと思うことだろう。しかしながら彼女の外見に何らかの魅力を感じて近付いた人間(主に中央戦技の男子生徒)はその見た目とのギャップに枕を濡らす事となる。
誰が言い始めたかはさだかではないが彼女にまつわる噂の一端はこんな物だ。曰くしつこく、しかもかなり強引に言い寄ってきた戦略科の男子生徒を半殺しにした挙句、『私は卑しいストーカー野郎です。ごめんなさい』と書かれた看板を首から下げさせ、総合戦技科の学科塔の端から端までを四つんばいで這わせた。曰く自分の写真が高値で取引されていることを知り、写真を買った生徒を締め上げ、主犯の生徒を割りだすとその生徒を半殺しにした挙句。肖像権を訴え売り上げの七十%を要求した。
真偽の程はさだかかではないが、彼女に狙われた生徒は例外なく半殺しの目に遭っている。そして、彼女を一年近く見てきた峰岸は、これらの噂に対してこのように思っていた。火の無いところに煙は立たない。
とにかく関わるとろくな事の無い危険人物である事は事実なので峰岸としても関わりたくない部類の人物に入る南野だが、そういうわけにもいかない事情がある。
「どうしてってあなた達が会場の警備をサボってないか警備部隊の隊長として見に来たのよ。案の定だったわねこの怠け者供」
なぜなら彼女は峰岸達の所属する鎮圧部隊の隊長を務めているからだ。そして一年前の乱闘の折、峰岸を拳骨で気絶させたのも彼女だった。さらに、峰岸を勝手に鎮圧部隊に推薦したのも彼女であり。彼女と関わった思い出を辿るだけでも泣きそうになるくらい峰岸は南野が苦手だった。
「た、隊長、自分はサボっていません。サボっていたのは峰岸だけであります」
必死に自分の潔白を訴える白井を峰岸は恨めしそうに見つめる。
「白井、お前は自分さえ良ければそれでいいのか?白井なあ白井、お前の人生それでいいのか?」
「うるさい、そもそも俺は注意したんだ。お前がいつまでたってもそんな所に座ってぼやいてるからこんな事に……」
「いい加減にしなさい」
醜く言い争う二人を止めたのはやはり南野だった。よく通る声なので怒鳴る必要もない。静かに発せられた声だけで言い争う二人を黙らせる。
「あなた達は同罪。怠けていた峰岸も、それを正せなかった白井もね。どっちの責任が重いかなんてこっちはどうでもいいの。とにかくいつ、どこで、何が起こるか分からないんだから、警戒を緩めないようにと始めに言ったはずなんだけど。去年も乱闘騒ぎを起したお馬鹿な生徒がいたことだし。名前は確か……」
南野に視線を向けられた峰岸はその視線を上手に受け流す大人の対応をしたつもりなのだが、全く上手くいっていない。白々しく口笛を吹きながら、目を泳がせ、額からは冷たい汗が噴出している。
「それは、あれです……俺も悪いと思っているのですよ。だからこそ本日は、いや本日だからこそ自分の持てる力を全てを出し尽くす覚悟で警備に望む所存であります」
言い終わると同時に敬礼。因みにその時の峰岸は殴りたくなるようなドヤ顔をしていた。
案の定、南野のベアナックルが峰岸の右頬にメリ込んだ。その場で三回転、きりもんだ後、もんどりうって地面を転げまわる。
「い、痛い」
右頬を抑えながら涙目になる峰岸は何で自分が殴られたのか分からないといった顔。
その光景を傍から見ていた優等生、白井が呆れたように言う。
「お前、今までサボってたのによくそんな恐ろしいことを言えたもんだ 」
「サボってねえ。ベンチに座りながら見てたんだ。立って見るのも座って見るのも一緒だろ。だったらエネルギーを使わないで見たほうがいざというときちゃんと動けるだろ」
峰岸は中学生が教師に反抗する時のような屁理屈を言う。もちろんアドリブで考えたものだ。
「それには一理あるけど、見せる警備って言葉もあるんだからちゃんと立ってやりなさい」
屁理屈に腹を立てる様子も見せず、全てを受け流す南野。
「お、大人の対応だ……」
その様子を見た白井が戦慄しながら言う。その言葉を聞いた峰岸が即座に意を唱える。
「大人の対応って、俺さっきぶっ飛ばされたんだけど。勢いで三回回ったから。トリプルアクセルだよ。ダブルじゃないんだよ。大人の対応って大人と子供くらいの筋力差でぶん殴られる事なの?」
「あら、なんなら四回転でも五回転でも足腰立たなくなるまで殴ってあげましょうか。そうすれば暫くの間寝てられるわよ。専門支援科のベッドの上でね」
南野は顔中にサディスティックな笑みを浮かべる。
「あ、なんか急に立ちたくなった!普通に立つだけじゃなくてなんか全身の体毛とかも立っちゃいましたー!」
予備動作もなく電光石火でその場に立ち上がる。
「あらそう、残念」
自らの申し出を断られた南野は心から残念そうな声だ。
「では南野さん俺達はこれで、任務の続きがあるので」
言った直後に白井の後ろ襟をひっつかみ、入学生達の列に逃げ込もうとした峰岸だったが、さらに自分の後ろ襟が南野に捕まる。思わず泣きそうになる。
「待ちなさい」
南野はショベルカーじみた力で峰岸を自分の所に引き寄せた。正確には引き摺り寄せたといっても過言ではない。
「峰岸はまたサボらないか私が見張っておくから。白井君は実井達の班と合流して。入学式が行われる予定の第三演習場にいる筈だから」
南野は一番近くに見えるドーム状の建物を顎でしゃくりながら言う。第三演習場は室内演習場とも呼ばれ、一応名前には演習場と付いているが、簡単にいってしまえば巨大な体育館だ。
「了解しました」
白井は敬礼を一度すると、そのまま第三演習場の方へと走り去っていった。
「俺って信用無いんですね」
走り去る白井を羨ましそうに見送りながら峰岸は言う。
「自分にそんなものがあると思っていたの?」
驚いた顔で南野が言う。
「……思ってませんけど。でもそんなに信用できないなら俺なんか鎮圧部隊に推薦しなくて良かったじゃないですか」
峰岸は不貞腐れたように言う。
「あなたの人間性はともかくとして、能力の方は信用してるわ。一年前の乱闘騒ぎからね。あの時、新入生とはいえ士官候補の戦略科三人を相手に、数秒で全員片付けたんだから」
自分の人生を狂わせた一年前の過ちを楽しい思い出でも語るかのように顔を綻ばす南野を見た峰岸は苦い顔になる。
「なんか今、物凄く複雑な気分なんですけど。本当に後悔してるんですよ。あれから数ヶ月の間は本当に大変だったんです。教官には呪文みたいに特殊戦技科へ転科するように勧められるし。周りは、なんか俺のことを腫れ物みたいに扱うし。教官の転科の話はどうでも良かったけど、初めての演習のグループ決めで一人余って教官に、『なんだ、峰岸はあまりか。おい誰か、峰岸を入れてやる所は無いのか?』なんて言われた時は、あのまま教室飛び出して寮で不貞寝しようかと思いましたよ」
その後、クラスに溶け込むのにかなり苦労したのだ。そのために一生分のエネルギーを使ったと峰岸は考えている。
何よりこんな危険で忙しく目茶苦茶な部隊に配属されてしまったんだから……とはいかに峰岸であろうと口には出せない。
「あらそう。意外に周りを気にするのね」
むしろその事が意外だという口調で南野が言った。
「それはそうと、どうするんです」
「どうするって?」
「あの生徒、内ポケットに拳銃持ってますよ。多分」
峰岸が指射す方向を南野が目で追っていくと眼のパッチリした、西洋的な顔立ちの少女に行き当たる。髪は黒いが、眼の色が日本人とは少し違う赤と茶色の中間ぐらいの色だ。肌は絹糸を編み合わせたようにきめ細かく白い。白いカンバスの上に一箇所、赤い絵の具を細い筆でスッと伸ばしたような唇は肌が白いだけに目立つ。総合的に、また客観的に見て美人ではある。
新入生達の列に紛れ込んでいるが明らかに様子が違う。初めての式典に浮き足立つ周りの新入生とは違い、落ち着いた様子で佇むその姿は、出来の良い美術品のようでもある。
「あら本当。左肩少し下がってるわね。重心も少し偏ってる。完全に丸腰ならああいう立ち方はしないわ。良く気付いたじゃない。可愛い子だから注意深く見てたの?」
峰岸は腹の立つニヤニヤ笑いをする南野を一瞬、本当に一瞬ぶん殴りたくなったが、自分の思考がいかに刹那的で向こう見ずでなものかを自覚しすぐに思いとどまる。変わりに口調を憮然とさせる事で僅かに反抗の意を表すことにする。
「それで、どうします?職質かけます?」
職質は警察などでよく使われる言葉だが、学内に限り、鎮圧部隊にもその権限が認められている。
「そうね。警察に書類申請する前の帯銃帯刀は校則どころか思いっきり法律に触れてるわけだし、放っておくわけにも行かないわ。いきましょう」
二人は、なるべく相手を刺激しないようにゆっくりと少女の方へと歩いていった。
少女のに近付くたびに、彼女は本当に人間なのかと峰岸は不安になってくる。白い肌は近付くと本当に作り物めいている。その場に立ち尽くす姿は一時もぶれる事をしない僅かに上下する肩だけが、彼女が人間なのだという事を峰岸に知らせる。
自分達が近付く事に気付いたのか初めて少女が動きを見せた。といっても大きなアクションではなく、首から上をこちらに向けただけだ。
「あの、ちょっと良いですか」
話しかけたのは南野だった。
「はい、なんですしょう」
意外にも少女は関西訛りのある話し方だった。口調も人形のような外見とは裏腹にひょうきんそうだった。
「内ポケットに隠してるものを見せてもらいたいんだけど。良いかしら?」
南野は相手を刺激しないよう。優しい口調で言う。
「ああ……」
少女は両手を打ち鳴らすと相好を崩した。
「あれですか?えーと、そうそう憲兵隊!違いますか?」
少女は大げさな身振り手振りで話す。言葉こそは関東圏のものだが、イントネーションが若干違う。
「憲兵隊……あなた関西戦技の人間?」
憲兵隊をキーにし南野は少女の身元をたずねる。
「あの、どういうことっすか?」
いまいち事態を把握できていない峰岸は南野に詳しい説明を求める。
「関西戦技……関西地方の戦技校のことだけど、そこでは私達のような鎮圧部隊をさらに細分化して、学校の規律を正すことを専門に執り行う隊が存在するの。それが憲兵隊。私達を憲兵隊って言ったし、おまけに関西訛りもあるからそうじゃないかと思ったの」
「ああなるほど」
峰岸は南野を苦手としていたが、聞けば自分の知る限りの事は分かりやすく丁寧に説明してくれるというところは嫌いではなかった。
「はい、確かに私は関西戦技から来ました。といっても正確にはもう関西戦技の生徒じゃないんです。」
訛りはあるが、明快で快活そうな口調だった。峰岸の第一印象とは大きくかけ離れた彼女の様子ではあるが、今はそんな事はどうでもいい。
「じゃあ、あんたは今完全な部外者ってことか。だったら余計に調べなきゃならんのだが……」
遠くを見るような目で、金魚の糞のように切れの悪い口調だった。
戦技校では一般公開が行われる説明会や体育祭などの特殊な行事を除き、部外者が立ち入る事は堅く禁じられている。それはごく当然の事なのだが、戦技校ではそれが徹底している。というよりも、徹底させられている。実際に軍や警察で働く予定の者達が、自分の拠点においそれと部外者の不正な侵入を許すのはまずい。
だからこそ、学生の内に警備の技術の習得実習という名目で、学生達(といっても能力の高い学生にだが)に学校への出入管理や巡回などの作業をさせている。当然そこで何らかの不手際があれば、山のような始末書を書かされる。
といっても学生に任せるのは危険度の少ないエリアの警備なので、仮に何者かの進入を許したとしても、一応どうにかなるようになっている。
だからこそ面倒くさい。目の前の少女が部外者ならば怠惰な警備を行っていた自分の方へもお咎めが来るのではないか。峰岸の頭の中には既に、山のような始末書に埋もれ、眼の下に隈を作った自分の姿が映像として思い描かれている。
「……嫌だ。勘弁してくれ……これ以上俺から時間を取り上げないでくれ。俺は昨日買ったゲームがやりたいんだ。ただでさえ少ない時間を上手くやりくりして、どうにかゲームをやる時間を捻出しているんだ。何故こんな事態に……俺が一体何をした。だれか、教えてくれ」
悪霊にでも取り付かれた様な口調でブツブツと何かを呟く峰岸に向かって南野が静かに言った。
「もし、彼女が本物の部外者だった場合。あなたが何もしなかったのがこの事態を招いたと思うんだけど……」
半ば呆れた口調だった。それを聞いた峰岸は眼を見開き、全身を硬直させ絶叫した。
「なんやてえ!?」
何の為か口調はイントネーションの怪しい似非関西弁だった。
「アンタ関西人の前で俄の関西弁使うの止めとき。なんか今めっちゃイラッときたわ」
件の少女は峰岸の似非関西弁に腹を立てている。形の良い眉は顔の中心線へと寄せられていおり、血色の良い唇は両端が下がっている。よほど癪に障ったのか、口調も関東より関西の色が強くなっている。
「そんな事どうだって良いんだ。全く面倒な事になった……もし南野さんの言うようにお前が本物の部外者だったら俺はなあ……って、あれ?本物?って事は彼女は偽者……え?部外者の偽者なんだから本物って事に。いや、まて。あれ?本物の偽者?やべえ、頭痛くなってきた」
始末書の山と言う空前の自体にパニック寸前だった峰岸の頭は猛烈な空回りを続け、彼女が部外者ではないという結論に達するまで実に十数秒を要した。
「あなた、私の言葉の細部を無意識に記憶してるくせに何でそんなにアレなのかしら」
南野が項垂れながら言う。
「こいつ、アホや」
少女が理解しがたいものを見たかのように言う。
「アレで悪かったですね。アホで悪かったですね」
ようやく落ち着いた頭で半ばやけくそになりながら峰岸は言う。それからごまかすように目の前の少女を指差す。
「それで、これは部外者じゃなければなんなんですか?」
「転校生よ。あなたがさっきブツブツ言っているうちに彼女から聞いたの。」
やんわり告げる南野。
「なんだ、転校生ですか。南野さん、知ってたなら早く教えてくださいよ」
「警備をサボってた罰よ。実際に起したくなければ、これからはちゃんと働きなさい」
そんなやり取りをしていた峰岸に自分のことをこれ呼ばわりされた少女が食って掛かる。
「待たんかい!これってなんや、うちは器物とちゃうで。ちゃんと親からもろうた立派な名前があんねん。ええか?一度しか言わんから良く聞いとき」
少女は峰岸達に背を向けると、離れたベンチの背を向けたまま上り大げさに咳払いをした。それから少し間を開けると、くるりとターンし、峰岸の方をビシッと指差しながら言った。
「うちの名前は佐世保紗瀬穂や……って聞かんかい!」
南野となにやら話し込み、彼女が何かを言っているのにも気が付いていない様子の峰岸に本場のツッコミを入れた。どうやらこの少女、普段は勤めて使わないようにしているが、興奮すると自分の地方の言葉が出てしまうようだ。
一方、何に憤ってるのかわからないという風に振り返った峰岸は、たった今、南野から聞いた情報を踏まえ彼女に話しかける。
「ええと名前は、佐世保紗瀬穂さんか。なんか舌噛みそうな名前だな。自分の名前十回続けて言えるか?」
佐世保が部外者ではない事が分かり口調だけは若干丁寧なものになっていた。
「ホンマ、腹の立つやっちゃな。自分の名前くらい言えるわ。十回でも二十回でも言ったろうやないか。よく聞いとき!佐世保紗瀬穂佐世保紗瀬穂佐世保紗瀬穂佐世保しゃしぇほ」
「……」
「……」
峰岸と佐世保。向かい合う二人に気まずい沈黙が流れる。南野は、笑を必死に堪えて下を向いてしまっている。
「あ、あかん。今日はうち舌の調子が悪いねん」
歯切れの悪い良いわけをする佐世保はポケットから喉飴を出し舐め始めた。
「舌の調子が喉飴で治るのか?」
別に聞いたつもりはなかったのだが、何気ない峰岸の呟きは佐世保に聞こえていたらしい。
「違うねん。これはあれや……ただ舐めたかっただけや。嘘やないで」
必死に弁解するが、その必死さが胡散臭さを倍増させていることに佐世保は気付いていない。
「まあ、気にするな。四回までは噛まずに言えたんだ。日常生活に支障は無い」
気遣うように峰岸は言う。
「ホンマに?本当にそう思いますか?」
標準語と関西弁の混ざった口調で佐世保は言う
「ああ、俺が保障する」
峰岸が力強く頷く。
「なんかやっすい保障やなぁ。まあええわ。おまえ、アホやけど悪い奴じゃないみたいやな。飴ちゃんやるさかい手ぇ出し」
言いながらゴソゴソと自分のポケットをゴソゴソ探り出す佐世保。
「お、おま……まあ良いや」
自分の気遣いに思わぬ駄目出しを受けた峰岸は何かを言いそうになったが、直ぐに思い直し。代わりにこう切り出した。
「ところで、お前……佐世保さんは何でここに居るわけ?」
「ああ、それやねんけどな。まあ、よくある話や。寮に入った直後、転校生の実力検査がある言われて担当教官のとこに行くつもりやったんや。せやけど、この学校アホみたいに広いわ。検査会場へ向かうはずが自分が何処にいるのかすら分からなくなってしもうた。そいで途方に暮れとったらあんたらに話しかけられたってわけや」
「要するに迷ったのね。佐世保さん」
長々とした佐世保の話を迷ったという三文字に凝縮させたのは南野だ。
「味も素っ気もない言い方をするとそういうことや。……あとうちを呼ぶときは紗瀬穂でええわ。うち他人行儀なのは嫌いやねん。だから下の名前で頼むわ。呼び捨てに抵抗のある初心なハートの持ち主やったら紗瀬穂さん。あと紗瀬穂ちゃんとか紗瀬穂たんなんてのもありや」
本人は親しみやすいキャラを演出するためなのか言い終わるとと小さくウインクした。
峰岸にしてみても(うわ、実際にウインクするやつって初めてて見た)などと考えている事は口には出さない。実際整った顔の持ち主なので問題ないといえばそうなのだが、これは漫画やアニメではない……峰岸が軽く引いているのも仕方ない事だ。ウインク云々に対する印象は自分の胸にしまいこみ、代わりに峰岸は彼女に言う。
「ちゃん付けはともかくたん付けは初心なハートの持ち主には絶対無理だ。まあ、呼び捨てでいいって言うなら今後はそうするとして、これからどうするつもりだったんだ?なんならその担当教官の所まで送ってや……」
その台詞が最後まで言われる前に、佐世保の声が被せられる。
「ホンマに?待っとったで、その言葉」
佐世保は胸の前で両手を組み、赤茶色の瞳をきらきらさせながら。図々しい己の心情を吐露する。
「待ってたのかよ」
苦笑いのまま言う峰岸。
「心待ちにしとったでぇー!」
「わあったよ。南野さん、そういうことなんでちょっくら行ってきます」
やけに行動的な峰岸を南野は胡散臭そうな眼で見つめる。
「峰岸君。あなた、随分彼女に親切ね。もしかして彼女を送ったらどこかに消えようとしてない?仕事ほったらかして……」
図星だった。南野の言葉に視線を泳がせる峰岸。
「まさか、そんな事あるわけ無いじゃないですか」
大根役者の演技中のような口調+早口。峰岸には嘘をつく素質が欠落している。そんな様子を見た南野が溜息を吐く。
「大方そんな事だろうと思っていたわ。いいわ行って来なさい」
「え!?いいんですか?イヤッホー!」
一瞬にして有頂天になる峰岸に南野が釘を射す。
「勘違いしないでね。彼女を送ったらちゃんと帰ってきなさい。帰ってこなかったら……分かってるわね」
南野の言葉の最後の一文は一切の感情が消え失せたような声だった。
その時の峰岸は、超高速で膨れ上がった風船が、また超高速で萎んでゆくような様子だった。
そんな峰岸の見て、佐世保がボソっと呟く。
「こいつ本物のアホや」
二人には聞こえないような声だった。
数分後、テンションが著しく低下した峰岸とコイツに付いて行って本当に平気なのだろうかという表情の佐世保は、入学式会場を後にした。
関西人の少女が出て来ます。ですが私は関東の人間です。作中の佐世保さんは似非関西弁を話しているのですがそれに対して気を悪くした方が居たらこの場を借りて謝罪いたします。
また表現が間違っている。誤字や脱字などありましたら知らせていただけると幸いです。まだ1話目ですが感想等ございましたらよろしくお願いします。