母なる星
私は話し相手が少ない。私に話しかけてくれるのは、一人の技術者だけだ。
「見つかったかい?」
彼はいつもの調子で訊いてくる。他の誰もが諦めたその質問。彼だけが飽きずに口にしてくれる。
「いいえ。移住可能な惑星は、この周辺の宙域には見当たりません」
「そうかい。久しぶりに冷凍睡眠から目が覚めたんでね。ちょっとは期待してたんだけど。君はどう思う?」
「……」
「答えにくいかい?」
「こんな時人間は、どう答えていますか?」
「そうだな。申し訳ありませんとか。残念ですねとか。かな」
「可住惑星が見つからないのは、私が謝罪するような責任問題ではありません。現実問題としてない以上、残念という感情も理解できません。可能性があって潰えたのなら理解できますが」
「はは。気にすんな。俺達人類が壊してしまった母なる星。新しい母星を見つけないといけないのは、こっちの身勝手な都合さ」
彼は感覚器官のない私の体を、それでも叩きながら笑った。何故そんなことが必要なのか。理解できない。
「それにしても、宇宙船」
「何でしょうか?」
「随分と遠くまできたよな。俺も歳をとるわけだ。見てくれ。この小じわ」
私の唯一の話し相手は、私のモニターの前の席に座った。彼は私のモニターを覗き込むように話しかける。いつもの癖だ。
「確認します」
「何だい?」
「あなたは技術者なのでご存知のはずです。モニターを覗き込まれても、光学装置には捉え――」
「はは、そうだったな」
「小じわの確認でしたら、上部キャメラをご利用下さい」
「本気で確認して欲しい訳じゃないよ。ただね――」
彼はそこまで口にすると、何かを窺うように背後を見やった。
「何て言うか。皆ぎすぎすしていてね。もう何代も世代を重ねているのに、母星に代わるような惑星は見つからない。見たこともない母なる星。本当に代わりになる星があるのかと、最近は何だか雰囲気が悪くてね。他の人間にはつまらない話はできないんだよ」
「可能性はあります」
「可能性だろ? それこそ母なる星なんて、本当にあったのか? そんなことまで俺達は疑問に思ってしまうわけだよ」
「星そのものがなくなった訳ではありません。今もゼロ座標として、あなた方が設定したままの位置にあります」
「そうだな。でも仮に戻ってももう住めない。だから思う訳だ。本当に実在するのかってね」
「出航前に私自身が採取と測定をした、母星の大気組成の試料があります。間違いありません」
「死の惑星になってからのだろ?」
「勿論合成も可能ですが。これ以上の証明は一度戻るしかありません」
「分かってるって。まあ、おしゃべりしながら、気長に探すさ」
彼はまるで重力が強くなったかのように、ゆっくりと立ち上がった。
「体が重いのですか? 人工重力はいつもの設定数値ですが?」
「はは。気にすんな。人間は時に体が急に重たくなるもんさ――」
その時不意に私の体内でセンサが異変を感じ取った。それは直ちにモニターに表示される。
「居住区で爆発……ついに臨界点に達したか……」
彼はアゴに手をやりながら呟いた。
「理解できません。母星を死の星に追いやったのも、この様な人間の暴力と戦争が原因と記録されています。何故宇宙船のような閉鎖環境で、爆発など起こすのでしょうか?」
「それが分かれば、俺達は母なる星を壊しはしなかったよ」
彼は壁際に歩み寄り、私の管制外の道具を取り出した。それは人間がどうしても私に管理させることを嫌がった武器と呼ばれるものだ。
「ヤケになった連中は、ここまでくるかもしれん」
「私を破壊すれば、全ての生命維持活動に支障がきたします。理解できません」
「何度も言わせるな。まあ、楽しかったよ。宇宙船。生きて帰ってこられたら、また母なる星探しでもするか。おしゃべりでもしながらな」
彼はその一言を最後に私の前から消えた。
私は体内の生き残ったセンサを使い彼を探した。だが無駄だった。私の体内は、もはやあらゆる生命が生きていける環境ではなくなっていた。
理解できない。何故こんなことをするのだろう。
それから私は長い年月を一人で過ごし、やっと移住可能な惑星を見つけた。
それはゼロ座標にあった星。
どうやら母なる星は、あの絶望的な状態から自力で甦ったらしい。
私は勿論直ぐさま反転した。
だがゆっくりと帰ることにする。
おしゃべりできなかったのが、残念でしたね――
もしかしたらその一言が伝えられる相手が、その間に現れてくれるかもしれないからだ。