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第十五話「今日明かされる衝撃の事実!」by梓

「ん〜? どこだ〜?」

「だいの大人の女性がお尻を突き出しながら何してるんですか」

 授業終了後の放課後、僕と梓となつめちゃんの三人が部室に来てみると長机の真下に頭を突っ込んだ楸先生がお尻をふりふりしていた。

「その声は愛しマイスチューデント楓きゅんね!」

 僕の声に反応した楸先生は、真上に机があるのを忘れているであろう勢いで頭を上げようとしたらしく、激しく強打していた。やはりどこか抜けている人だ。

「いった~いっ!」

「おー、よしよし」

 なつめちゃんが優しく頭を撫でてあげているのを見ていると、どちらが年上かわからなくなってくる。そしてなつめちゃんの慈愛に満ちたあの表情……。恐らく、なつめちゃんは今、ペットを撫でる飼い主の気分なのだろう怖ろしい。

「楓さん、何か失礼なこと考えてますか?」

「いえなにも!」

 反射的に即答した。相変わらずのマインドスキャン能力。

「それより楸先生、長机の下に頭突っ込んで何してたんですか?」

 なつめちゃんの無言の威圧を受け流すため、楸先生の謎行動の真意を探る。

「実はすっごい大切なものをなくしちゃって……。探してるんだけど見つからないんだよね〜……」

「せんせー、すっごい大切なものならなくしちゃダメだよー」

 梓の意見はごもっとも。しかし、この楸先生である。しょうがないことである。

「で、何をなくしたんですか?」

 とりあえず僕たちも協力しよう、ということでなくし物が何かを教えてもらうことにした。

「え~とね、銀色の指輪。結婚指輪だからすっごい大切」

「あー、結婚指輪。それはそれはすっごいたいせ――」


『ええぇぇぇぇぇぇっ! けっこんゆびわぁああっ!?』


「えっ、なにそんなに驚いてるのよ?」

 僕たちの反応に楸先生が戸惑っているようだが、戸惑うのはこちらも同様、むしろ楸先生以上だ。

「楸先生が結婚してるなんて僕、知らなかったよ!」

「いやいや、私も知らなかったよ!」

「先生がついに妄想と現実の区別がつかなく……」

「楓くんと梓ちゃんが純粋に驚いている中、なつめちゃんだけワタシの扱いが酷い!」

「えっ、楸先生……、妄想なんですか……?」

「楓くんも感化されないで! そして若干引き気味に聞かないで! 先生悲しくなっちゃう!」

 というか結婚しているんだったら、櫺先輩が入部したときに、僕と結婚すると言っていたのはなんだったのだろう。単純に僕を助けようとしたのだろうか?

「あ〜、言ったね〜、そういえば。でも楓きゅんは旦那さんっていうより、愛犬って感じだよね!」

「まさかのペット扱いだった!?」

「なつめちゃんのペット(先生)のペット……。つまり二段ペット」

「梓、下らないこと言わない。そして僕はなつめちゃんのペットじゃないから」

「そうですよ梓さん。楓さんはなつめの直属の下僕なので二段ペットじゃないですよ」

「あっ、そっかー。間違えちゃったテヘッ」

 愛玩動物よりさらに下の扱いで酷すぎた。みんなからの扱いが酷すぎて僕に安息の時はないみたいだ。

「大丈夫よ、楓きゅん! 先生がいっぱい愛でてあげるわ!」

「遠慮しときます」

「フッ、そうか。やはり俺が結婚して、その心と身体を満たして――」

「唐突に湧いてきて頭わいてる発言してくるな変態がぁああああああああああああっ!!」

 楸先生からの返答ではなく、虫のように突然部室に湧いて現れて、頭の中に虫が湧いたような発言をしてきた櫺先輩に、僕はパイプ椅子を投げつけようと、

「お兄ちゃん! 流石にそれは大事件になっちゃうよ!」

 投げつけようと思ったのだけれどガッシリと梓に抱きつかれて、僕は正気に戻った!

「なんかこの気色悪い発言を久しぶりに聞いた気がして反射的に過剰反応しちゃったみたい。梓が止めてくれなかったら危なかった」

「いやいや、危なかったのは俺だよ! クレイジーすぎるだろ!」

「喋らないでくださいゴミ」

「今回から俺への風当たりスゲー強くない!?」

「……久しぶりに書くから恐らく櫺さんを甚振(いたぶ)りたいんですよ」

「唐突に現れてなにを言っているんですか、ミチルさん」

 ずっと前からそこにいたかのように、自分の定位置に座って本を広げているミチルさんが相変わらずの謎発言をしてきた。

「……フフフ、私は“神様”の意思を受信することができるので。キリッ」

 いつもどおりの無表情と無感情で“キリッ”っと言われても、どこがどう“キリッ”なのかさっぱりわからなかった。というか発言が電波過ぎるよ、この人。“神様”ってなんだ。

「……それより指輪探しはいいんですか?」

「そうだった! 衝撃の事実に驚いていて忘れてた!」

 ミチルさんが指輪と言うまで、おもいっきり忘れていた。それほど先生が既婚者であることの衝撃が強かった。

「指輪ってなんの話だ?」

 櫺先輩が頭に疑問符を浮かべながらそう呟いた。そういえば途中からゴミ虫のごとく湧いてきたから、楸先生の指輪と結婚の発言までは聞いていなかったようだ。

「楸先生が実は既婚者だったって話で、大切な結婚指輪を紛失しちゃったから探してるんですよ」

「ずっと指輪付けてるのにみんな気づかないって酷いよね」

 楸先生は頬を可愛らしく膨らませてご機嫌斜めな様子だけど、気づかなかったものは気づかなかったのでしょうがない。楸先生の存在感が薄いのが悪い。(責任転嫁)

「へぇ、楸先生結婚してたのかぁ……、って、ええぇっ! けっこんっ!?」

 櫺先輩も僕らと変わらない反応だった。やっぱり楸先生の存在感が薄いのが悪い。(責任転嫁二回目)

「こんなお子ちゃま先生が結婚なんてありえないだろ……」

「あぅぅ……。みんな酷すぎるよ……」

「で! 楸先生と結婚するような、もの好きな人ってどんな人なの!? 私きになるー!」

「梓ちゃん、それは意図的な発言?」

「んー? なんのことー?」

 無邪気な梓の発言に、楸先生はその場に崩れ落ちた。意識しない発言ということは、つまり先生の認識が梓の中でも無意識で“そんな”扱いなのである。

「ふふふっ……、はははっ! もういいわ!こうなったら存分に語ってあげるわ! ワタシの大好きな旦那様のことを!」

椅子に足を乗っけて盛大に開き直っていた。タイトスカートでそんなことやってたらパンツ見えますよ。

「そう。彼との出会いはワタシが高校生のときだったわ……」

 うわ、遠くを見ながらそのセリフって漫画や映像だったら明らかに回想シーンになるやつだ、これ。長くなるの確定だ。

 見渡すとみんなも『あ、これ、長くなるやつだ』と察して面倒臭そうな表情を見せていた。聞きたがっていた梓でさえこの表情である。なら聞くなと。

 しかし、楸先生をこんな状態にしたのは僕ら全員なので、ここは腹を括って楸先生の気がすむまで語らせてあげよう。

「高校三年生のとき、彼はワタシの前の席に座っていたの……」

 …………………………。


 一時間経過。


「……それで! 彼が初めて話しかけてくれたの!」

「嬉しそうなところ申し訳有りませんが、先生!」

「はい! なに楓きゅん!」

「旦那さんと初めて話すところまでのくだり、長くないですか!?」

「そんなことないわ! どれも大切よ!」

 後手にプリントを渡す姿がカッコいいとか、小さい頃に旦那さんに似たような人と会ったとか、惚気と無駄話が多すぎる。さすがに内容がなくて進みが遅いと興味は削がれるし、面白みもない。……なんだろう。人のことを言っているはずなのに違うところにダメージが蓄積している気が……。

「それで、ここからワタシと彼の距離が一気に近くなるのよ!」

 楸先生まだ続ける気だ、この話。

「ストーップ、ストーップ。せんせーの指輪探しましょー」

 最も聞きたがっていた本人が無理やりな話題転換である。なら聞くなと。

「え~。まだ三パーセントも話してない」

「一時間で三パーとか、33.33333333333333333333333333333333333333333333333……」

「割り切れないからって壊れた機械のように三を繰り返さないでくださいよ、先輩。鬱陶しいです」

「……時間も話すつもりかよ。そんだけ話せるって惚気すぎだろ。俺もそんぐらい楓とイチャイチャ――」

「死ねぃ」

 ブスッ。

「うぎゃぁぁぁぁあああああああああああああああああああああっ!! めがぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」

 ……地面でのたうち回って、うるっさいなぁ。

「楸先生、本当にこの部屋で失くしたんですか? 楸先生のことだから実は違うところで失くしてるんじゃないですか?」

 死に絶える虫のように床で身悶える先輩を無視して、おっちょこちょいな先生が実は違うところで失くしてたり、どこかにしまってたりする可能性を示唆してみる。

「楓きゅん酷い! そんなことないもんっ! ちゃんとここで指輪を外したことを覚えてるもんっ!」

「そもそも結婚指輪ってそうそう外すものじゃないとなつめは思っているんですけど、先生はどうして外したんですか?」

「え、それは~……」

 さっきまで全力で明るかった楸先生がなぜか歯切れが悪い。確かになつめちゃんの言うとおりだと思うけど、どうして楸先生は指輪を外したんだろう。

「そ、そういうのは気にしないの~! みんな指輪探して~!」

 怪しい。とてつもなく怪しい。さりげなく手を隠しているのも怪しい。僕が思うに最近ふっくら(配慮した表現)してきたから指輪をつけっぱにしてるのがつらくなったとか。

「楓くん。やめなさい。それ以上の思考は身を滅ぼすわよ」

 ……図星だ。

「楓くん。やめなさい。先生泣いちゃう」

「先生のことだから、夫に甘えて家事を全部任せてぐーたら過ごしてるんですよね。それじゃあ豚みたいにブクブク太るのもしょうがないですねー。これからはメス豚先生ですね~」

「って僕の後ろで、まるで僕が言ったみたいに言うのはやめてね、なつめちゃん」

「あら~、いったいなんのことか、なつめさっぱり~」

 視線が僕の顔じゃなくて全然違う場所を見てるんだよなぁ……。

 ちなみに楸先生はなつめちゃんの暴言で撃沈していた。動かない。まるで屍のようだ。

「……指輪探しますか」

 そんなわけで指輪捜索物語が幕を開けた。


 一時間経過。


「ないですねぇ」

「ないねー」

「ないですね」

「ないな」

「……ないです」

 僕らは揃いも揃ってそう口にしていた。

「ちょっとみんな諦めないで! 絶対にこの部屋にあるんだから!」

「いやでも、お昼ご飯食べるときにちょっと外しただけで、一時間探しても見つからないような場所まで移動しますか?」

 僕の一言にみんな納得している様子だった。さすがにみんなで隅々まで見て探しているのにないということは、恐らく誰かが持って行ったのが妥当な考え。この部室に来るのは基本的に僕らのみ。そしてこの中に指輪の行方を知る者はいない。つまり、指輪はたぶん……。

「部長が持ってますね」


三十分経過。


「……それで、私が楸ティーチャーの指輪を持っている、と」

 部活終了間際という時間に部室に現れた会長に、早速僕らは辿り着いた結論を、

「ちなみに、私が部活動に遅れたのは街の質屋に指輪を持って行ったりしたからだったりはしないわよ、けっして。ええ、けっして。大切なことだから二回言わせてもらうわ」

 まさかのもう手遅れ!

「拾った指輪をすぐに売りに行くなんて、えんじゅちゃんそれはないよ~」

 涙ぐみながらごもっともな意見を言う楸先生を、なつめちゃんとミチル先輩が頭を撫でながら慰めていた。

「嘘よ。ひさティー(今命名)の指輪と分かっていて売りに行くわけないでしょ。私はそこまで非情じゃないわ」

「槐のことだから本当にやっちまったかと思ったぜ」

「櫺、アンタは部活が終わったら残りなさい。地獄を魅せてあげるわ」

「墓穴を掘った」

「そのままその穴に埋葬してあげるわ」

「マジかよ」

「マジよ」

 ……僕は思ってなかったから、せ、せーふ。

「楓」

「は、はひっ!!」

「…………………………」

「な、なんでしょう……」

「まあ、いいわ」

 た、助かった……。

「はい、ひさティー。大切なものなら忘れないようにしないと、いつか本当になくすわよ」

 部長がポケットから取り出したシンプルな結婚指輪を楸先生に手渡す。

「えんじゅちゃん、ありがと~! はぐ~」

「そんなに抱きつかなくていいわ、ひさティー」

「ぶちょーさん。ひさてぃーって呼び方気に入ってますねー」

「そうよ、梓。ぱっと思い浮かんだけど、かなり気に入ったわ」

「私もひさてぃーって呼ぼー」

 この感じ、なんだかひさてぃーという呼び方が全体的に浸透していきそう。

「指輪も見つかったし、これで愛しのダーリンのところに……」

 楸先生が喜々として、短い間離ればなれになっていた指輪を左手の薬指にはめようとして、途中で動きが止まった。

「どうしたんですか、楸先生?」

「ひさてぃーどうしたのー?」

 僕と梓の声に反応せず、時が止まったかのように笑みを浮かべている先生の顔に数筋の汗が流れる。

「指がキツい……」

 楸先生のその一言にこの場にいた全員が察した。

「……指輪が外れていた間に指の太さが本来の太さに戻ったんですね」

「そうみたいね」

「マジかよ」

「やっぱりメス豚先生ですね」

「ひさてぃー、旦那さんに甘えすぎたねー」

「あーあ」

「う、うわぁあああああああああああああああああああああああああああぁん!!」

 こうして、楸先生はダイエットを決意したのであった。

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