第十四話 ツッコミしたら負けよby槐
「今日はツッコミを行った者に制裁を加える!」
『…………はい?』
そんなわけで部長からツッコミ禁止令が出ました。
なんでこんなことをいきなりしだしたのかは……、部長のことだからどうせ面白そうだったとかしょうもない理由だろうなぁ。みんなも呆れてるし。
まあ、ツッコミ禁止って言われても誰もボケなければそれで安全……、でも、
「なつめ昨日、楓さんの国語の教科書にプ○ニーを三匹ほど落書きしました」
……やっぱりね。なつめちゃんなら仕掛けてくると思ったよ。
でも、まさか昨日から下準備があったとは……。なつめちゃん、恐ろしい子!
とりあえず国語の教科書を確認。…………うわー、本当にプリ○ー書いてあるよー。しかもにじゅうななひきー。三匹ほどとか嘘にもほどかあるしー。九倍だしー。しかもさりげなく上手いしー。
…………………………。
パタンと教科書を閉じる。上手だから残しといてあげよう。ちょっと読むの大変そうだけど。
「…………………………」
なんか極少々の期待を含んだ瞳でジーっと見つめられてるよ、なつめちゃんに……。
「こんな目に見える仕掛けにはツッコミなんてしないよ、僕は」
「…………チッ」
舌打ちされた!
ちょっと驚いたけど、きっとこの舌打ちも僕をツッコミに導くもののかもしれないから無視を決め込む。僕は先輩と違ってそう簡単に誘導されたりしないよ。
「だ○ご大家族が数学の教科書163ページに大量発生……」
なつめちゃんの呟きが半分くらいまで聞こえたところですぐさま数学の教科書を確認。
「……ちなみに梓さんのですけど」
「ええっ! 私!?」
まさかの自分だったことにビックリした梓が驚き、頓狂な声を出す。
「はい、梓ツッコミした。罰ゲーーム」
「ええっ! 今のツッコミなんですか!? それならさっきのお兄ちゃんのセリフはツッコミにならないんですかっ!?」
なっ! 僕を引き合いに出すことで、せめて道連れを作ろうとしている! なんて薄情な妹!
「ツッコミをしたか、してないか、……決めるのは私よ。そして! 梓は今、確実にツッコミを行ったわ! 私の誘導によって!」
「ハメられたっ!」
梓がひとり喚いて、「罰ゲーム、イヤだイヤだー!」と部長の机にしがみついてたけど、そんな強固な梓をいとも簡単に引きはがし、隣の部屋へと引きずっていく。
ちなみに隣の部屋とこの部屋は扉で繋がっているから、いちいち廊下を経由する必要はない。そして、そっちの部屋には、この部屋以上にいろいろな物が置いてある。…………というより向こうの部屋にもう物を置けないからこっちに置いてあるだけで、向こうが主な荷物置き場だ。
あっちに連れていかれるってことは、罰ゲームはコスプレかな……。
過去の経験からそんなことをぼんやりと考える。梓が「ヘルプミー!」と叫んでたけど、部長には逆らえないので「頑張って!」とガッツポーズを見せてあげた。
なんで英語? とか思ったけど、きっと道連れにするつもりだったんだろうなぁ。梓のこと助けてあげたいとも思うけど、コスプレは勘弁だよ。
* * *
「……というわけで、梓のコスプレはナース服にしてみました」
五分後に物置部屋から出てきた部長の言葉どおり、その後ろからナース服の梓が出てくる。
「うぅ~、は、恥ずかしいよぅ~」
顔を真っ赤にして、もじもじする梓、かわいい。さすが我が妹。しかし、深く追求せずにさらっと流す。
「さあ、次のコスプレイヤーは誰かしら? ちなみに次に予定している服はスクール水着よ」
それは服でいいのでしょうか……?
もちろん声に出したら確実に「ハイ、ツッコミしたー」とか言われるから、心の中で呟いとく。
「……どうやって楓さんに突っ込ませようかと、なつめは自問自答します」
御坂妹みたいな喋り方で何言ってんだか、この人は……。
「絶対に着せますっ!」
意気込まないでほしいなぁ。
「私も一緒に考えますよ」
……ミチルさん、やめてください。
「おい、楓。お前全然喋ってないな」
……だって下手してコスプレとか嫌だし。
「そうゆう先輩だって全然喋ってないですよ」
「だってなあ。このメンバーでツッコミと言ったら俺と楓だからな」
「ここは静かに嵐が過ぎるのを待つしかないですね」
「まあ、それが賢明、」
「ちなみに今からルール追加。櫺は三十秒喋らないときがあったら即座に罰ゲームね」
「なぬ!?」
「はいツッコミしたー。ていうことで罰ゲーム!」
「うわぁああああっ! ハメられたぁああああああああっ!!」
先輩、ご愁傷様。…………「なぬ!?」ってツッコミになるの?
部長の審査基準が適当な気がする。
「なつめ、先輩のスク水姿なんて見たくありませんよ」
「目が腐りそうですね」
なつめちゃんとミチルさん、容赦ないなぁ。
「てめぇら文句ばっかだけど俺も自分のスク水姿なんて見たかねぇよ!!」
……でしょうね。
これはもう……、ヒドイの一言しかない。
「大丈夫よ、櫺。予定というものは変わるものよ」
「えっ?」
まさかの部長からの救いの手が!
「櫺にスク水着せたところで別に需要がないから、やる必要がないし」
「そりゃあな」
「だからかわりに、櫺が小さい頃に大好きだった、隣の家に住んでたお姉さんにあげようとした手紙でも朗読してあげるわ!」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「ぼくはあおいおねえちゃんのことが、」
「うおりゃ――――――――――――っっ!!」
いままでに見せたことのない速さで先輩は部長から手紙を奪い取ると、それをビリビリに破いて、破いて、破いて、破いて……。文字なんて到底読めなくなるまで細かく、細かく紙屑にした。
「チッ、せっかくの手紙が。コピーしてないからオリジナルしかなかったのに」
「ふぅ……、危なかったぜ」
先輩は額の汗を腕で拭うような仕草をして、安堵のため息をつく。
「……先輩にもかわいいときがあったんですね」
「やめろ、楓。何も言うな、触れるな」
先輩はそれだけ言うと、部室の端に設置してある保健室用のベッドに倒れ込み、動かなくなった。……そんなに嫌な過去だったのだろうか?
「さて。残るは楓、ただひとり」
部長の視線が僕をロックする。標的は三人いるはずなんだけど……。
「楓さん。ツッコミをしましょう。さすれば楽になります」
何で“さすれば”とか、普通は使わない言葉をなつめちゃんが使ってるの? とか思ったりしたけど、とりあえずどう考えても楽にはならないでしょ。
「…………………………」
だんまりする。喋るだけ不利だ。
「楓さんが黙り込みました」
ミチルさんが僕の状況を部長に伝える。部長は自分を見てるから伝える必要なんてカケラほどもない。
「……櫺と同じ枷を付けるか」
それはピンチ!
「……というわけで、櫺と同じで三十秒喋らないときがあったら罰ゲームね」
「…………………………」
「これでもう後はないですよ、楓さん」
なつめちゃんが薄ら笑いを浮かべる。なんという性悪なんでしょう。
…………………………。
「あと五秒で三十秒を越えます」
ミチルさんが時間を数えはじめた。
「あー」
僕はそれだけ言ってまた黙る。喋ったことは喋ったから、これでまた三十秒はセーフ。
「…………せこい」
なつめちゃんが呆れたように呟いた。そしてそれを聞いて僕は挙手する。
「はい、楓。なに?」
「部長。今のなつめちゃんの呟きはツッコミにならないんですか?」
「!!」
なつめちゃんは、僕が今までに見たことがないくらいに驚いてた。
「確かに、そうするに値する呟きね」
「ちょっ、ぶちょーさん?」
なつめちゃん、いままでにないくらいあわてふためいてるよ。…………新鮮味があるね!
「まあ、罰ゲームね」
「みゃ――――――――っ!!」
猫みたいに叫びながら逃げようとしたなつめちゃんのポニーテールを掴む。
「ダメだよなつめちゃん。罰ゲームは絶対なんだから」
「いーやーだ――――っ!!」
なつめちゃんは半泣きで手足をパタパタさせている。これまでのなつめちゃんからは想像もできない変わりよう。
「……で、部長。なつめちゃんの罰ゲームは?」
「スク水着せる?」
「んにゃ――――――――――っ!!」
部長の一言を聞いて、なつめちゃんは一際暴れる。
「狙った獲物は逃したけど、いい獲物ね。たっぷりと可愛がってあげるわ!」
そう言って、僕からなつめちゃんを引き取った部長は隣の部屋へ。
涙をほろほろと流しながら部長にズルズル引きずられていくなつめちゃんを見ていて、一矢を報いたような気がした。
「ふぅ、助かった」
安堵のため息が口から出る。
「楓さんのスク水姿も見たかったですけど、なつめさんのスク水姿も楽しみです」
ナース服を着た梓を撫で撫でしながら、そう口にしたかわいいもの大好きミチルさんは、これから来る楽しみで顔が綻びている。
今回、一番幸せなのはミチルさんかもしれない。
* * *
「ちょっとやり過ぎたかも」
部長がそう言うくらい、なつめちゃんのコスプレはレベルが高かった。
さっきまで言っていたスク水はもちろん、何故かネコミミに尻尾に首輪と、完璧なフルセット。しかし、やはり深く触れずにさらっと流される運命である。
「こんな姿になつめがさせられるなんて……。一生の不覚です」
失意体前屈状態で落ち込むなつめちゃん。ちょっとだけ可哀相かな、と思った。
「……フフフ、いつか絶対復讐してやりますよ……」
なんか不敵な笑みを浮かべてる! なんか恐い!
「楓さんにどうやって突っ込ませるか……。部活が終わるまでに、なつめの思考回路をそれ一つに集中させて、そのあとに強烈な罰ゲームを食らわせてあげます」
うわ、本気だ。“本気”と書いて“マジ”って読むくらいに本気だ!
「この残り五分強で絶対楓さんにツッコミをさせます!」
そうはさせないよ! というわけで……、
寝ます。
「逃げるんですか、楓さん!」
人生逃げることも重要なんだよ。
心の中で悟りを開いた気分になりながら、先輩を足蹴にしてベッドからどかすと、布団に包まって夢の世界へ……。
「させません!」
その声が聞こえて、殺気を感じた自分はベッドの上を転がると、“ズシッ”というベッドに重いものが落ちたような音が、さっきまで自分がいたところから聞こえ、衝撃がベッドを伝わって感じられた。
なつめちゃんは何をやらかしてるんだろうか。というより何を使ったらあれだけの衝撃が……。
「なつめちゃん……下手したらお兄ちゃんが死んじゃう」
えっ!? 死ぬの!? 何やらかしてるの本当になつめちゃんは!?
梓の恐ろしい一言に、僕は体を起こして、なつめちゃんが何をしたのかを確認。
しかし、僕が見たとき、なつめちゃんはなにも持っていなかった。
「にこ~☆」
そんな「にぱ〜☆」みたいに笑って言ってもごまかされないよ!
身の危険をひしひしと感じる。下手したらあと五分で命を落としてしまいそう。
こうなったら、命を守るために戦うんだ!
※ここから数文は説明文のみでお送りします。
まず、僕は抱きまくら代わりに使ってた普通の枕を「えい!」と、なつめちゃんに投げつける。
それをなつめちゃんは「てや!」と手で弾く。
その弾いたときを見計らって次は布団を広げた状態で投げる。
なつめちゃんは覆いかぶさってきた布団を避けられず、「もがっ!」っと埋もれる。
そして僕が布団ごとなつめちゃんをがっしりと掴んで身動き出来ないようにする。
もがくなつめちゃんを必死に押さえて残りの三分を待つ。
三分が経過する。カップラーメンが完成する。…………じゃなくて魔の時間が終了する。
勝利の歓声をあげる。
「やりました! (表立った)ツッコミを一回もせずに部活をやり終えました! 僕は勝ち組です!」
喜びに拳を高く掲げ、ツッコミをしなかったことを盛大にアピールする。すごくいい気分。
「楓さん、歓喜にわいてますね。……死ねばいいのに」
「なんでやねん!」
ミチルさんのボソッとした呟きに勢いよく突っ込む。
今ならこんなありふれたツッコミもできてしまう。だがそれがいい。
今の僕に恐いものな、
「ツッコミしたから罰ゲームね、楓」
「…………はい?」
部長がいつもながらの淡々とした口調で放った一言に耳を疑った。
時計を見ると部活終了時間を三分程度回っている。魔の時間は終わりを迎えたはず!
「実はあの時計、五分早くしてあるから部活終了まであと二分よ」
「な、なんだってー!」
衝撃の事実発覚! まさか部長がそんなことをしていたなんて!
「ハッ! まさかミチルさん、それを知っていて!?」
ミチルさんのほうを見ると、清々しくガッツポーズをキメていた。
「おもちゃが増えるのは大歓迎です!」
やっぱり知っててやってたよ、この人!
床に崩れ落ちる。最後の最後にハメられた!
僕がそんなふうに落ち込んでいたとき、
「か・え・で・さん☆」
「ひゃぅ!」
後ろからの声に背筋がゾクッとなって、冷や汗が体中を伝う。
機械のごとく、ゆっくりと振り向くと……。
「ニコッ」
見たことないくらいに満面の笑みを浮かべたなつめちゃんが……。
「な、なつめちゃん! 落ち着いて! 話し合えばわかるから!」
「何を言ってるんですか、楓さん。なつめは至って落ち着いてますよ」
「嫌なオーラがひしひしと心身に伝わってくるんだけど……」
「きのせいですよ。そんなことよりこれからどうなるかを考えたほうがいいですよ」
「ヒィッッ!」
恐怖に身が竦む。
もう逃げられない、と確信した。
「覚悟してくださいね、楓さん」
「か、観念するから優しくしてね?」
「まあ、それもいいでしょう」
「本当? やった!」
「だが断る」
「にゃあーっ!?」
最後の望みも断たれたよ……。
「ふぉっふぉっふぉっ……」
なつめちゃんは老人の笑い方みたいに笑うと、指をわしゃわしゃさせて、僕の体にその手を這わせて……。
「にゃ――――――――――――――――――――ッッ!!」
それからの三十分間は、僕の黒歴史です。