第十二話 私のお兄ちゃんがめちゃくちゃかわいい件についてby梓
「今回は私のお兄ちゃんである桐谷楓の普段の生活を、この私、桐谷楓の義妹である桐谷梓がディープに追究しながらこのビデオカメラに保存していきたいと思います!」
私は自室で正座しながらビデオカメラのレンズを自分に向けながら元気よくそう言う。
えっ? 今更すぎないか、だって?
フッ、だからどうした……。やりたいことはやりたいときにやる、それが梓クオリティー!
「そんなわけで早速ゴー!!」
* * *
「まずは朝! お兄ちゃんが起きる時間より一時間早く起きたからお兄ちゃんはまだ夢の中。起こさないように部屋に入り込まないと……、う~、すごいドキドキする~」
説明のための独り言を言い終えると、私は手の平から滲み出ている汗をパジャマで拭い、ドアノブに手を掛け、ゆっくりと開ける。…………うん、大丈夫。起きる気配はないね。
ゆっくり、コソコソとベッドに近づいていく。
「(お兄ちゃんの寝顔初公開! ……多分)」
そんなことを小さく呟きながらお兄ちゃんの寝顔を撮影していく。かわいいな~。
「(とりあえずどう見てもこの寝顔は女の子だよね〜、頬っぺたふにふにしてみよーっと)」
「あぅぅ、ヤメてぇ……。むにゃむにゃ」
呻きながら寝返りをうつお兄ちゃん。
……ヤバい、超かわいい。このまま飾りたい。
「う……ん…………なに?」
つい興奮して指に力を入れすぎたせいで、お兄ちゃんの眠りを妨害してしまった。しょぼしょぼとお兄ちゃんが目を覚ます。
「なんでもないよ! まだ起きる時間じゃないからまだ寝てていいからね!」
私は慌てながらお兄ちゃんを寝かしつけた。
「わかった……すぅ…………」
微かな寝息を発てながら再び眠りに落ちる。
……ふぅ、危なかった。
さて、これ以上頬っぺたをふにふにするのは危ないから別のことに触れよう。
「(そんなわけでパジャマ! パジャマは私が選んでるんだぁ! だから女の子が着るようなパジャマだけどね! もちろん似合ってるんだけど!)」
掛け布団を少しだけ上に上げてパジャマを撮影する。ボタンがひとつだけ外れたところから見える胸元がえっちぃなぁ。……男の子だけどね!
「(今日の柄は黄緑色に星が散りばめられたパジャマなんだ! ちょっとぶかぶかめなのもポイント! とってもかわいいよ!)」
「(……そういえばお兄ちゃんの抱き着き癖ってまだ直ってないんだよね~。今も小さい枕ぐらいの大きさのぬいぐるみ抱いて寝てるし)」
お兄ちゃんのおなかあたりに、アザラシのふかふかしているであろうぬいぐるみが抱き寄せられている。
「(まあ、わからないだろうから説明すると、お兄ちゃんには抱き着き癖があって、寝てるときは常に何かに抱き着いて眠るんだよね~。かわいい癖だよ。……見た目は)」
そう、見た目はかわいいけど、とある理由によりいろいろと問題がある。
理由は……、見せたほうが早い。
私はアザラシのぬいぐるみを両手でがっしり掴むとおもいっきり引っ張る。
「…………やっぱムリ」
いくらおもいっきり引っ張っても固定されたかのごとく動かない。
これがやめたほうがいい理由。見た感じそんなに強く抱きしめているように見えないけど、よくわからないロックがされてて寝ている間は絶対に外すことができないのだ。
……幼い頃は大変だった。二人でお昼寝してたときにトイレに行きたくなったら地獄だった。……外れないし。
まあ、そんな過去は捨て置き、次に行って、
そのとき、枕元にあった時計が鳴り出す。
「え、ウソ!? もう一時間経った?」
驚きながら時計を見ると六時半。確かにさっきから一時間経っている。
「時間を忘れるほどここまで夢中になるとは……。お兄ちゃん恐るべし!」
「う……うぅん…………」
私が出した大きな声のせいか、お兄ちゃんがいまにも起きそうに呻きだす。
「やば、撤退しよ!」
お兄ちゃんが起きる前にとりあえず部屋から出ることを決め、そそくさと部屋を後にした。
* *
「ねぇ梓……」
朝ごはんを食べているとき、お兄ちゃんが痺れを切らしたように訝しげな表情で私のことを呼んだ。
「ん~、なに~?」
「そのビデオカメラなに?」
私が左手で持っているビデオカメラを指差す。
「あ~、これ? 別に気にしなくていいよ」
「気にしなくていいって言われても、自分のことをずっと撮られてれば嫌でも気になるよ」
「気にしな~い、気にしな~い」
「だからムリなんだって!」
必死に訴えてくる。
「仕方ないな~、しまえばいいんでしょ?」
「そうそう」
「わかったよ」
私は黒い小さな袋にビデオカメラを入れる。
そう、入れただけ。つまり電源は入っていて今も録画中。袋に空いている穴から録っているのだぁ! 私って頭イイ!
「さて、回収、回収と……」
「ちょおっと待ったー」
お兄ちゃんがさりげない感じで私のビデオカメラを手にとり、どっかにしまおうとするのを制止する。
「なにか?」
「なぜ回収する?」
「梓のことだから、しまってって言ったらしまうだけで、電源は切らずに隠し撮りするだろうと思ったから」
驚異的洞察力!!
「…………………………」
平然と言うお兄ちゃんに対して、ぐうの音も出ない。
私は仕方なくビデオカメラの電源を切った。
* * *
「そんなわけで学校の教室~」
「えっと、……なにが“そんなわけで”です?」
なつめちゃんが小首を傾げながらビデオカメラの電源を入れて撮影しだした私に聞いてくる。
とりあえず私がやっていることを伝えてあげよう。
「つまり、かくがくしかじかで……」
「ああ、なるほど~、…………とか言うと思いました? かくがくしかじかで伝わるのは、漫画や小説、アニメの中だけですよ」
「これって小説でしょ?」
「作者が優しくないんで使えません」
「作者=神様、のルールじゃ仕方ない、ってこと?」
「そういうことです」
「にゃるほど~」
「まあ、大体のことはわかりました。そのビデオカメラで楓さんの私生活を記録にするって話ですね?」
「あれ? 神様のルールのせいで、いちいち説明しないといけないんじゃなかったっけ?」
「なつめは“幻想殺し”を持ってるので、神様のルールなんて簡単にぶち壊すことができるから大丈夫なんですよ」
「……作者は何回禁書ネタ出せば気が済むんだろうね」
「それはなつめにもわかりません」
「二人で悩んでいるところ申し訳ないけど……」
私となつめちゃんのやり取りに、お兄ちゃんが後ろの席から割り込んでくる。
「なに?」
「そんなことしてたの?」
ビデオカメラを指差しながら聞いてくる。
「そう!」
私は元気よく答えてあげた。
「ヤメてくれない?」
「イヤ~」
「……録ったのどうするの?」
「部長に言ってどこかの動画投稿サイト、主にニコ○コとかに投稿してもらう」
「よし! 壊す!」
お兄ちゃんの質問にキチンと答えてあげたのに、私からビデオカメラを取り上げようと必死になって手を伸ばしてくる。
しかし、座席に座った状態で前の席に座っている私に手を伸ばしているわけだから、私が前に腕を出せば取られることはない。
「私思ったんだけどさ~」
遠くを見ながら、呟く。
「お兄ちゃんが女装しているところってまだ一つもないよね~」
「……唐突になに言ってるの? この数ヶ月で何回女装させられたか……。思い出しただけで涙が出てきそうだよ……」
ひとり落ち込むお兄ちゃんに哀れみの視線を一瞬送り、なつめちゃんのほうを向く。
「確かに話中では全然してないですよね~」
「だよね~」
なつめちゃんの言ったことに相槌を打ちながら、お兄ちゃんのことを頭のてっぺんから足の先まで見ていく。
「な、なんで僕の身体を上から下に見ていってるの?」
怯えた表情に瞳をうるうるさせて震えている様子は、なんだか捕食者を前にした小動物のよう。
「やっぱり女の子だよね~」
こんな小動物みたいな仕草をしているのは、可愛い女の子か可愛い男の娘しかいない。
「しみじみと言わないでよ!」
「さて、今日の部活はお兄ちゃんを女装させて記録に残すか……」
「やめてぇーーーーっ!!」
お兄ちゃんの絶叫が教室内に響き渡った。
* * *
「そんなわけで、今日の部活はお兄ちゃんを着せ替え人形にして遊びたいです!」
「え〜っと、……なにが“そんなわけで”なの?」
私の提案を聞いて、いつもどおり冷徹な表情を浮かべた部長が、少し呆れたような顔をしながら私に聞いてくる。
「つまり、かくがくしかじかで……」
「あぁ、よくわかったわ、…………とでも言うと思った? そんなので説明が省けるほど現実は甘くないわ」
「完璧超人の部長でも神には逆らえないんですね」
「そういうことよ。……で、そのビデオカメラに楓の私生活を記録するんでしょ?」
「ちゃっかりわかってますね、部長」
「私はどんな異能の力も通用しない“幻想殺し”を、右腕に宿した“邪気眼”にスキル装着してるから、神のルールだろうと一瞬にしてぶち壊すことができるわ。だから、かくがくしかじかでも伝えたいことはすべて伝わるの」
「……作者、禁書大好きですね」
「二期が決定したから浮かれてるのよ、きっと」
「……そんな時事ネタ、話していいんですかね?」
「いいんじゃない? それより楓を女装させるんでしょ?」
脱線した話題が本題に戻る。
「そうですそうです! まだ話中には一回も女装姿がでてないから、今回思い切ってやっちゃいましょうと! …………逃げちゃイヤだよ、お兄ちゃん」
最後まで言ったとこで、お兄ちゃんが部室から逃げようとしたのを注意する。
「だ、だって……」
さっき教室で見たときのように小動物の如く怯えるお兄ちゃん。……かわいいぞコンチクショー。
「観念してね、お兄ちゃん。……ということでなつめちゃん、ミチルさん、部長手伝って! 先輩は出て逝け」
「漢字表記おかしくね?」
「問答無用! 今回の話に先輩はいらん!」
「酷えぇ!」
棚にあった鉈(もちろんあの形をしたやつ)を振り回しながら、先輩を外に追いやる。
「これで邪魔者は消えた。そんなわけでお兄ちゃん……」
私はニッコリと満面の笑みを浮かべたが、お兄ちゃんはさらに怯えた様子で部屋の隅っこで縮こまっている。なんかどっかで見たことある光景。
「じゃあ、観念してね」
私と他三名が各々、着せたい衣装を手に持ちながらゆっくりと近づいていく。
「あうぅぅ……」
その呻きがお兄ちゃんの最後の抵抗だった。
一時間後。
「はぁはぁ……みんなヒドイ……」
取りを務めたコスプレの定番、メイド服を身に纏いながら肩で息をしているお兄ちゃん。
「はぅ~、かぁいいよ~」
そしてそんなお兄ちゃんにガッシリと抱き着いている私、なつめちゃん、ミチルさん、部長。……みんな幸せ。
結局すべての女装姿を伝えることはできなかったけど、このメイド服姿だけでも文章にできたからよしとする。
想像してみ。
メイド服姿で女の子座りして、振り向きながら怯えて瞳に涙を溜めている白髪の女の子にしか見えない男の娘を! ……もう最高! 絵がないのが惜しい!
「今度は自宅での生活を録画しようかな……」
「ええっ!?」
お兄ちゃんが驚いた表情を浮かべていたが、そんなの気にならないくらいに幸福で、お兄ちゃんの胸に顔を埋める。
「間違えて入浴中にお風呂のドア開けちゃったり……」
「絶対に確信犯だよね!?」
お兄ちゃんが喚いていたが、私たちは気にすることなく、この幸せな時間を堪能した。