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第十話 図書室では静かにしましょうbyミチル

 僕は図書室の本棚の前で悩む。

「なに借りよう……」

 放課後。

 今日は部活がないから借りてた本を返し、新しく本を借りようと思ったけど、なかなか読みたくなるような本が見つからない。

「うーん……」

 今探してるのはミステリー小説。何となく読みたくなった。

 でもない。

 とりあえずもう一回探してみたけどやっぱりない。

「ふぅ~。……ん?」

 諦めてラノベを借りようかなぁと思い、そっちの本棚に移動しようとしたとき、ある人物が視界に映った。

「ミチルさん!」

 本を抱えながら本棚を眺めているミチルさんに自分は歩み寄る。

「楓さん、こんにちは」

 こちらに気づいたミチルさんが丁寧にお辞儀する。

 いつもどおりの無表情に、あまり感情のこもってない機械的に思える声だった。

「こんにちは」

 こちらもペこりとお辞儀して返す。

「ミチルさんも本を借りにきたんですか?」

「そうですよ」

「それ全部ですか?」

「いえ、あと数冊……」

「えっ、でも……」

 ミチルさんが抱えている本は全部で七冊。借りられる本の上限は七冊だからこれ以上は借りられないはず。

「それなら問題ないです」

「どうしてですか?」

「もう先生が諦めて認めてくれましたから」

「どれだけ繰り返したんですか……」

「この学校に入学してからです」

「初めからですか!?」

 この人マイペース過ぎる……!

「ところで楓さんは何冊本を借りる予定ですか?」

「僕は三冊ほどですよ」

「少ないですね」

「ミチルさんが多いんですよ……」

 呆れた表情でそう言ったけど、ミチルさんは「そうですか……」と感心なさげに言うと再び本選びを再開する。

「何の本を探してるんですか?」

「この前本を借りたときに見つけた、目をつけていた本なんですが……、見当たらないです」

「借りられたんじゃないんですか?」

「かもしれませんけど、あんな本を借りる人はそうそういないです」

「あんな本ってなんですか?」

「“世界の奇人・変人百選”」

「そりゃいないでしょうねっ!!」

 思わず大きな声で突っ込んでしまい、慌てて口を押さえる。図書室だから静かにしないと。

「残念です……」

 ミチルさんはシュンとうなだれる。

「そんな落ち込まないでくださいよ。また今度借りればいいじゃないですか」

 見てるこっちもなんだか悲しくなりそうだったので慰めてあげる。

「そうですね……。気を取り直して“ベタな死亡フラグと生存フラグベストテン”でも借りますか」

「そんなのあるんですか!?」

「あります」

「そ、そうですか……」

 この人は何処に向かってるのだろう……。

 とりあえずそれを借りるためにその本棚まで行くことにした。

 僕の右隣りにミチルさんが並んで歩く。

「そういえば楓さんにオススメの本があります」

 歩いてる途中、ふと思い出したかのようにそう言ってミチルさんが僕のほうを向く。

「へぇ、なんですか?」

「“完璧な女装の仕方マニュアル”」

「いらないです☆」

「笑顔でキッパリと断りましたね」

「当たり前です」

「そうですよね。楓さんの場合そんなの使う必要がないですよね」

「そういう意味じゃないですよ。オススメするならもっとまともなものにしてください」

「まとも……? “綺麗に見える化粧の仕方”とか?」

「そんなボケいらないです!」

「じゃあ例えばなんですか?」

「普通にミステリー小説とかですよ!」

「それならいいものがあります」

「なんですか?」

 いろんな本を入学時から借りてるわけだから期待できるかもしれないけど、これだけボケられると期待していいのかどうか……。

 まあ、少しだけ期待してみよう。

「金田○少年の事件簿とか楽しいですよ」

「小説じゃなくてマンガじゃないですか! 僅かな期待すら裏切られましたよ!」

「不満ですか……」

「当たり前です!」

「じゃあ名探偵コ○ン」

「もういいです!!」

 僕はぷいとそっぽを向く。この人めんどくさいぞ。

「ご機嫌ななめですね」

「誰のせいですか、誰の」

「ふて腐れてる楓さんもかわいいですね」

「…………」

 ミチルさんは関心したようにそう言ったけど僕の機嫌はそんなので直らない。……若干嬉しいけど。

「つまらないです。このままだとさらにつまらなくなりそうなのでリベンジしたいと思います」

 なんだか少し意気込んで燃えるミチルさん。

「なら真面目に何をオススメしてくれるんですか?」

「ズバリ…………」

 ミチルさんはそこで一旦区切り、少しの間を空けると自信満々に……、言った。

「“うみ○このなく頃に”です」

「……本気なのかボケなのか理解しがたいですね」

「いたって本気ですよ」

「そうですかー。……あっ、あれってさっきミチルさんが借りたいって言ってた本じゃないですか?」

 僕の右側にいるミチルさんと真逆の方向にある本棚を指差す。

「華麗にスルーですか?」

「あっ、あの本も楽しそうですね」

 なんか聞こえた気がしたけど気のせいだと思い、違う本棚の方も指差す。

「もう無視確定なんですね、……なら」

「なら?」

 なんか無視できない一言を聞いた気がしてミチルさんの方に振り向く。

するとそこには、ネコミミカチューシャを両手で持ちながら……いや、相手に無理やり装着させるように持ちながら、僕のことを見つめているミチルさんが……。

「………………」

「………………」

(何処から!?)

「コレを何処から取り出したかを気にしたら負けです」

 僕の心を読んだのか、ミチルさんはそう言うと自然な感じで僕の頭にそのネコミミカチューシャを装着しようと……、

「って、何してるんですか!?」

 自分は咄嗟に一歩退いて、そのネコミミカチューシャを付けられないように頭を両手で押さえる。

 危なかった……。危うくネコミミを付けられるところだった。

「何って楓さんの人気を上げようかと。コレを付けて“ニャン☆”とか言えばみんなからの人気アップ」

「イ、イヤですよ! そんな恥ずかしいことできないです!」

「本当にそれでいいんですか?」

 なんだかその言葉を待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべながらミチルさんは続ける。

 この人、会った当初からは表情豊かになってる気がする。

「別にいいですよ、楓さんが付けなくても……。けれど楓さんの代わりに梓さんにこのネコミミカチューシャを付けさせていただきます」

「……それって、まさか!」

 ミチルさんのその言葉を聞いて自分はまっ先にある恐ろしい考えが頭をよぎる。

「理解が早いですね」

 ミチルさんは少し嬉しそうにする。

「そうです。今楓さんが考えているとおり、梓さんにこのネコミミカチューシャを付けてあだ名を……“あずにゃん”にします」

 ミチルさんが言ったそれは自分の想像したこととまったく同じだった。

「な、なんて恐ろしいことを……!」

「それがイヤなら楓さんが付けるしかないですよ」

「あ、あくまだ……、ここに第二の悪魔がいる!」

「それで、付けるんですか、付けないんですか?」

 ミチルさんがこれで最後だと言わんばかりに二択を迫ってくる。

「…………わかりました。貸してください」

 しばし悩んだけど梓のためだと決意するとネコミミを受け取るためにミチルさんに手を差し出す。

「よい決意です」

 ミチルさんはとても嬉しそうにそう言うと僕の手の平にネコミミを乗せた。

「……よし!」

 しばらくネコミミを見つめたあと、振り向いてミチルさんに背を向ける。そして女の子座りをする。

(ミチルさんを納得させないとやり直しとか言われるかもしれない。だからそんなことがないように一回でキメないと)

 そんなことを考えながらネコミミカチューシャを装着する。

 そしてミチルさんのほうに振り向いて……、


「ニャ、ニャン☆」


 手を猫さんのようにして、顔を真っ赤に染めながら上目遣いでやってみた。自分でもとてつもなくさまになってると思ったけど、恥ずかしさが尋常じゃない。死にたい……死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい!!

「…………?」

 頭の中を“死にたい”の一言で満たしてショートしていた状態から思考回路が回復したとき、ミチルさんから何の反応もないことに気づく。

 気になって、恥ずかしさのあまり閉じていた瞳をゆっくりと開けてみると……、

「か、かわいい……」

 あの死んだような目をしていたのが嘘のようにその目を輝かせながらウットリとしているミチルさんが……。

「えっ、ミチルさん? ……って、うわっ!!」

 なんとミチルさんはいきなり抱き着いてきた!

「ちょ、ちょっとミチルさん、何を!?」

 慌ててジタバタと暴れ回るけどミチルさんは離れず、逆に抱き着く力が強くなっていく。

「かわいすぎます! かわいすぎますよ、楓さん! もうこのまま持ち帰りたいです!」

「何言ってるんですか!? 離れてください! 苦しいです!」

「イヤです! こんなかわいいぬこさんを誰が離すんですか!」

「……って、うわっ! さりげなくどこ触ってるんですか!? やめてください!!」

「喚くぬこさんもかわいいですね~、なんだかもっといじめたくなってきます!」

「だからなにを言って……!? ちょ、そこは絶対ダメっ、って、わぁあああああっ!!」


 そんなこんなで十数分後。


「はぅ~、幸せいっぱいです」

「そ、そうですか……」

 幸せいっぱいな表情をしているミチルさんと、そのミチルさんとは対称的に疲れきった表情をした僕は二人で家路についていた。

「この写真は永久保存ものですね」

 携帯電話を見ながらそんなことを呟くミチルさん。なんだか知らないけどいつの間にか写真を撮られていた。

「できれば今すぐ消去してもらいたいんですけど……」

「イヤです☆」

「笑顔でキッパリと断りましたね……。まあ、消せって言って消すわけないですもんね……」

「もちろんです!」

「意気込んではもらいたくないんですけど。……でも誰にも送らないでくださいね」

「わかってますよ。このネコミミ楓さんは私のものです」

「お願いしますよ」

 あんな恥ずかしい姿はもう誰にも見られたくない。この人が誰にも配らないという保障はないけど、なつめちゃんや部長に比べたらまだ安心でき、

「さて、早速梓さんあたりにでも送り付けますか……」

「ミチルさん!?」

「嘘ですよ、嘘。そんな涙目でこっちを見ないでください」

 ダメだ……。この人も信用ならない。

「大丈夫ですよ、絶対に送らないですから。だからそんな訝しげに見ないでください」

「ぜっっっったいにっ! 誰にも送らないでくださいね」

「わかってますよ」

 本当にわかっているのだろうか……。

「約束します。もし誰かに送ったら楓さんの奴隷になってもいいです」

「いや、奴隷って……」

 それはいくらなんでも言い過ぎじゃ……。

「それほどの決意があるということです」

「そうですか。じゃあ約束です」

「はい。私、和泉ミチルは楓さんのネコミミ写真を誰にも配らないと約束します。…………梓さん以外」

「ええっ!?」

「嘘です」

「…………」

 ミチルさんのことをジト目で睨む。

 なんだか今日はからかわれてばっかりだった気がする。

 疲れた……。帰ったら寝よう。

「あっ、間違えて梓さんに送信してしまいました」

「ええっ!?」

「嘘です」

「…………」

 さっきと同じようにミチルさんのことをジト目で睨む。

 ……この人、相当楽しんでるなぁ。早く別れたいよ。


 しかしそんな願いは叶わず、ミチルさんはいくどとなく立ち止まったりして、無駄に時間を長引かせながら別れるまで僕のことをからかいつづけた。


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