第八話 未確認生物……、それがユーマby梓
私がバスケ部の助っ人から天文部部室に帰ってくると、お兄ちゃんとなつめちゃんが部長専用デスクの隣でしゃがんで何かを見ていた。
「お兄ちゃん、なつめちゃん、何してるの?」
「あ、お帰り」
お兄ちゃんが振り返ってニッコリと微笑む。いつも思ってるけど可愛いな~。
ブラコンと言われても仕方ないくらいお兄ちゃんが大好きな私はそんなことを考えたけど、まあ、それは置いといて……。
「ただいま~。……で、何してるの?」
「今ね、部長が置いていったペットについてなつめちゃんと話してたんだよ」
「ペット?」
お兄ちゃんにそう言われて、なつめちゃんとお兄ちゃんのすぐそばに、小型犬が入れるくらいの大きさの、何だか金庫みたいに頑丈そうなケースが置いてあるのに気づく。
「そこに入ってるの?」
「そうだよ」
「どんな種類の動物?」
「さあ?」
「わからないの?」
「うん。部長教えてくれなかったから。それにこのケース、外から中が見れないようになってるし」
「それなら開ければいいんじゃない?」
「鍵が付いてて開けられないんだよ」
お兄ちゃんにそう言われて確認すると、暗証番号入力式の鍵と南京錠のような鍵で開かないように厳重に守られていた。
「なんでこんなに厳重にしてるんだろう?」
思った疑問を口にする。
「とても凶暴だから絶対に出しちゃいけないって部長さんが言っていましたよ」
なつめちゃんが私の疑問に答えてくれる。
「見えないとすごい気になるね~」
ケースをいろいろと触ったりしながら私はそう言う。
「そうですね。でもなつめが部長さんからこの中の動物の身体的特徴を少しだけ聞きましたよ」
「へえ、どんなの?」
「えーっとですね~、目が赤くて……」
「目が赤いの?」
凶暴で目が赤いってなんかすごく恐いんですけど……。なんか普通のペットじゃない気がする。というよりあの部長が普通のペットを飼って満足する気がしない……。
なんだかそう考えるとこのなかの生き物がとてつもなく気になりはじめた。
「で、他に特徴は?」
「あとは背中に硬い針が毛みたいに沢山生えているらしいです」
「針が沢山ねぇ……」
ハリネズミ? それなら知らないだけで目が赤い種類もいるかもしれない。でもハリネズミって凶暴なの? でもやっぱり種類によってはいるかもしれないし……。あーっ! すごく気になる!
考えれば考えるほど中の生き物が気になる。見たい。とてつもなく見たい。ここにある道具を使って無理やり開けようかな……。
「ダメだよ、梓。無理やり開けようかな、とか思っちゃ……」
お兄ちゃんが棚の道具を見ている私から私の考えを察して注意してくる。
「だって気になるんだもん! お兄ちゃんだって気になるでしょ!?」
「そうだけど、でもダメなものはダメ」
素直な気持ちをお兄ちゃんに伝えたけど、やっぱりダメだった。
「何か、何か他に情報を~」
飢えた人が死にそうな状態でせがむみたいにお兄ちゃんとなつめちゃんに催促する。
「う~ん……、僕が聞いたのは鋭い歯が沢山生えてるってことだよ」
二人ともしばらく困ったような顔をしていたけど諦めて教えてくれた。でも教えられた情報はさらに私の考えを混乱させる。
ハリネズミって鋭い歯が沢山生えてるの? いや、そんなわけないって。でも種類によっては有り得る? ……ダメだ! 全然わからない!
頭を掻きむしる。
「梓、大丈夫?」
それを見て心配になったお兄ちゃんが声をかけてくる。
「大丈夫だけど気になって、気になって仕方ないよ! もっと情報をちょうだい!」
もうこうなったらわかるまで徹底的に調べてやる。
「えと、なつめが聞いたのは懐くとおとなしいらしいです」
「ふむ。懐くとおとなしい、と……」
なつめちゃんが言った情報をポケットから取り出したメモ帳に書いていく。
懐くとおとなしいことから知性はある程度持っていることがわかる。
「他には?」
「暗いところが好きだって」
「なるほど」
多分、夜行性かな?
「まだある?」
「肉食だそうです」
「肉食ね」
ハリネズミって何食べるんだっけ?
「さあ他に!」
「大人になっても全長三十センチ程度の大きさまでにしかならないらしいよ」
「ふむふむ」
大人になっても三十センチ程度は家で飼いやすいかも。
「まあ、一通り情報は集まったけど……」
二人に教えてもらった情報を書き留めたメモ帳を凝視しながらその生き物が何か考える。けれど、
「全然わからないよ!」
まったく特徴が結び付く動物が思い付かない。本当にこんな動物がいるのだろうか? やっぱりもっと情報が欲しい。
「あっ!」
ひとりでそんなふうに考えていたら、お兄ちゃんが突然声をあげた。
「どうしたの?」
「そういえばとても重要な特徴を思い出したよ!」
「なに?」
重要という言葉を聞いて期待の眼差しでお兄ちゃんを見る。もしかしたらこの情報がケースの中の動物を明確にするものになるかもしれない!
「えとね、シロナガスクジラを二口で食べるんだって。すごいよね~」
ニッコリと満面の笑みを浮かべるお兄ちゃん。
「そういえばそんなことを言っていましたね。シロナガスクジラを二口で食べるのはすごいですよね~」
なつめちゃんも満面の笑みを浮かべる。
「そうなんだ。すごいね~、………………って、この生き物本当になに!? 地球上の生き物じゃないでしょ絶対!! そしてそんな危険な生き物がこんなすぐ側にいるのに何でそんな平然としていられるの!?」
早口でまくし立てる。
「さあ?」
「“さあ?”じゃなぁあああああい!!」
お兄ちゃんの両肩をがっしり掴んで前後に激しく揺らす。
「あぅ~、や~め~て~」
お兄ちゃんが目を回しながらお願いしてきたからやめてあげることにして、ケースに慎重に触れることにする。
さっき無理やり開けようとしたとき、お兄ちゃんがとめに入ってよかった。もしあのまま開けてたら大惨事だったよ……。
「そういえば、何で部長はこのユーマをここに置いてったの?」
気になる。まさか私たちを殺すためとか……。
まあ、それはないか。先輩が標的なら有り得るけど……。
「え~っとね、家で悪いことしたからちょっと家に置いとけなくて、落ち着くまでこっちに置いとくとか、なんとか」
「………………」
何やらかしたんだろう、このユーマ。
「で、肝心の部長は?」
「お葬式だって」
「………………」
このユーマが食べたでしょ、絶対。そうとしか考えられないよ。
「とりあえず部長が戻ってくるまでこれはそっとしておこう」
私はそう二人に提案する。
「そうだね」
「そうですね」
私の提案に賛成した二人と共に各々の席に着く。
「で、何しよっか?」
「そうだね~。特にやりたいことってないよね」
「そうですよね。いつも部長さんが決めてますから自分達でそんなこと考えないですもんね。しいて言えば、楓さんを着せ替え人形にして遊びたいです」
「満面の笑みで言われてもそれはちょっとムリかな……」
なつめちゃんが浮かべた笑顔とは対称的な引きつった笑みを浮かべるお兄ちゃん。
……仕方ない。ここは助け舟を出してあげよう!
「じゃあお兄ちゃん! これをグビッと!」
グレープジュースのような液体(自分が出しといて“ような”って言うのも変だけど……)を机の上にドンッと置いてみた。ちなみに棚に置いてあったもの。
「何が“じゃあ”なのか気になるけど……。それにこれを飲んだら前話の先輩と同じ目にあいそうだからやめとくよ」
「そう……。……ちぇっ、お兄ちゃんが酔えば面白くなったのに」
「……これお酒なの?」
「そ~だよ~。ワインだよ~。…………たぶん」
最後の言葉はお兄ちゃんに聞こえないくらいに小さく呟いた。
「……酔わしてどうする気だったの?」
「それは……、ねっ!」
「満面の笑みで“ねっ!”って本当に何する気だったの!?」
「それはもう聞いたら赤面しちゃうくらい恥ずかしいことだよ!」
「ニコッと笑いながらそんなこと言わないで!」
「具体的に言うと……」
「言わなくていいから!」
「ダメだよ! ちゃんと説明しないと!」
「いいから! そんなの望んでないから!」
「うるさいよ! なつめちゃん! お兄ちゃんを押さえ付けて!」
「いくら僕でもなつめちゃんには押さえ付けられないよ!」
自信満々にお兄ちゃんがそう言った。
「なつめもナメられたものですね」
なつめちゃんはお兄ちゃんのその自信満々の発言を聞いた直後、冷ややかにそう呟くと、
「なつめもやればできるんですよ」
そう続けて一瞬だけ乾いた笑みを浮かべたかと思ったら、お兄ちゃんの脇の下辺りを一突きした。
するとお兄ちゃんは倒れるようにして椅子にもたれ掛かり、動かなくなった。
…………。
………………。
……………………。
「な、なつめちゃん?」
「どうしたんですか? そんなに震えて?」
なつめちゃんはニッコリと微笑みながら私の方を見る。
「う、ううん。なんでもない」
「そうですか。それで楓さんは静かにしましたけどこれでいいですか?」
「う、うん。ありがとう」
なんだか永遠に静かにしたかもしれないんだけど……。
「これ大丈夫?」
思ったことが無意識に口を出る。
「大丈夫ですよ。体が動かないのと喋れないだけで意識はちゃんとありますから」
「そ、そう……」
なつめちゃんを敵にまわしたらとても大変なことになるだろうな、と今の一件でひしひしと感じたよ。
「さ、さて……」
ぐったりと動かないお兄ちゃんが本当に生きてるかどうかを確認する。
うん、息はしてるし、なつめちゃんの言ったとおり意識はちゃんとあるっぽいから大丈夫かな。
「とりあえず気を取り直してと……」
私はお兄ちゃんの耳元に口を近づけると、
「お兄ちゃんが酔ったら、そのあとお兄ちゃんのことを……」
*ここから先は過激なセリフが多数出てくるため文章にすることはできませんでした。
数分後
「恐ろしい……。酔った僕にそんなことをしようだなんて……」
もとに戻ったお兄ちゃんは体を抱きながらガタガタと震えている。よっぽど私のやろうとしたことに恐怖を抱いたんだろうなぁ。
「それにしても部長帰ってこないね」
「そうですね。でももうすぐ来るんじゃないですか?」
なつめちゃんがそう言った直後、ガラッとドアが開き、部長が入ってきた。
「言ったとおりです」
得意げになつめちゃんはそう言った。
なんだろう……、なつめちゃんってすごいミステリアスだなぁ~。以前から若干思ってたけど。
「? ……三人ともどうしたの? 特に楓」
ガタガタ震えているお兄ちゃんを心配するように見ながら部長がそう言う。
「別になんでもないですよ、部長。そんなことよりあのケースの中の生き物は何ですか!?」
「楓の様子がなんでもないってことはないでしょ」
呆れたような表情をする部長。
「いいんです! それよりあのユーマですよ! あれは何者何ですか!?」
「あ~、あれは……、……そう! ハリネズミよ、ハリネズミ。だからユーマなんかじゃないわよ」
「その様子だとあからさまに嘘じゃないですか! それにお葬式って、あのユーマが何かしたからですよね!?」
「そんなことは梓には関係ないでしょ。はい! この話は終了! 私は帰るわ。みんな解散してもいいから」
部長はユーマが入っているケースを掴むと部室から出ていこうとする。
「ちょっと部長! 教えてくださいよ!」
「ダメよ。これは極秘事項なの。もしこの子が世間にバレたら私は殺されるわ。その組織は私の力も及ばない最強の組織。だから私は逆らうことができない……」
「………………」
まさかそんなシリアスな展開があるなんて思わなかった。でもやっぱり部長は私たちには理解できない大変なことをしている、
「………そういう設定だったら面白いかも」
ボソッと部長が呟く。
「……………………私のひと時の真剣さを返してください」
真剣に考えた自分が馬鹿だった。
「まあ、そんな深い理由はないけどダメなものはダメだから、じゃあね」
部長はそう言って帰っていった。
結局あのユーマについて聞き出すことはできなかった。
いつか絶対暴いてやる!
私はそう決心するとお兄ちゃんとなつめちゃんと共に帰ることにした。