第七話 嫌な事件だったねby富……じゃなくて楓
「あぁあああああっ!! どうすればいいんだぁああああああっ!?」
先輩がよくあるように頭を掻きむしりながらそう叫ぶ。
「どうしたんですか? いきなり叫んで」
先輩に叫んだ原因を聞いてみる。まあ、先輩の前に置いてあるものを見れば大体は予想がつくけど……。
「数学がわからねぇぇぇぇぇっ!!」
「でしょうね」
先輩の前に置いてある数学のテキストとノートを見ながらそう答える。
「なんだその澄ました反応は!? もう期末だぞ!? そんな澄ましてていいのか!?」
僕の対応に苛ついたのか、だいぶ怒った様子で僕につっかかってきた。
「僕はちゃんと勉強してるから特に問題はないです。それに比べて先輩はただ遊ぶだけだからダメなんですよ。日頃から勉強していれば試験前にそんなに慌てる必要もないのに」
僕はそれだけ言って口を閉じる。なんだか説教みたいになってしまった。しかし、先輩には効果てきめんだったらしく、“うっ……”と言ったあと僕から目を逸らして勉強をしはじめた。
明後日からは期末試験。でも焦っているのは先輩だけで、僕や梓、なつめちゃんや部長はいつもどおりのんびりしている。
ちなみに試験一週間前になったら普通は部活動は禁止で、この部も活動してはいけないのだけれど、部長が“部活禁止? そんなもの我が天文部にはないわ!”と胸を張って言ったので集まることになっている。何で活動しているのに先生が注意しに来ないのかは、多分部長が先生たちに圧力をかけてるんだと思う。
先輩以外はホントにのんびりしていて、梓はゲームやってるし、なつめちゃんは禁○目録読んでるし、部長はパソコンを使って法律に触れるギリギリ一歩手前くらいの危険極まりないことをしている。ホントにいつもどおり、普通の日だ。
はぁ〜、普通って幸せだなぁ。
「何浸ってんだよっ!!」
先輩が再び叫んだけど無視、無視。
「無視すんなぁああああああっ!!」
「うるさいですねぇ……。突き刺しますよ」
「何を!?」
「ロンギヌス」
「いや、ムリがあるだろ……」
「何を言ってるんですか? ロンギヌスならそこに……。……あ、すいません、なんでもないです。今のは忘れてください。そんなのあるわけないですよね~、あはははは……」
「何その言い方!? この部屋ロンギヌスあるの!?」
「あるわけないじゃないですか~、何言ってるんですか? 先輩はバカだなぁ~」
「いや、あるだろ! 探し出してやる!」
先輩がそう言って棚を漁りはじめる。ウソに決まってるのに。本当に先輩はおもしろいなぁ。
冷ややかな目で先輩を見たあと、なんだか先輩に付き合うのも飽きてきたなぁと思い、僕は鞄から文庫本を取り出し、読むことにする。
「おい、槍っぽいものが何一つない」
「…………………………」
「また無視ですか……」
先輩は疲れたように呟くと自分の席に座って数学の問題を解きはじめた。
その直後、梓がゲームのボリュームを最大まで上げる。さっきまで聞こえていた何かを切り刻む音が大きくなる。この静かな部室にこの大きさのゲームの音は結構うるさい。
「梓は俺の勉強の妨害がしたいのか?」
先輩がジトッとした目で梓の方を見る。
「そんなことはないですよ~」
画面から目を離さずに梓が言う。
「やめろよ! 勉強に集中できねぇよ!」
「本気で集中してれば音なんて気にならなくなりますよ~、ほらこのとおり!」
梓はなつめちゃんの方を指差す。なつめちゃんは音なんか気にせず、禁書○録を読み続けている。すごい集中力。
「これが真の集中ですよ、先輩! これでも音を下げろと!?」
梓が偉そうに椅子にふんぞりかえって見下すような目で先輩のことを見る。
僕はそれを見て、態度の悪い妹に育ったなぁと思った。
「くそっ、反論できねぇ」
「ですよねー、それじゃあ音を最大に」
「お前確実に妨害目的だろ?」
先輩は呆れたように額に手をつけてため息をつくと、諦めたらしく、再び勉強を始めた。
「梓、何やってるの?」
僕は少し気になったから聞いてみる。
「レ○ア・希少種の討伐」
「…………そう」
これは、……余計な追求は避けた方がいい気がする。この話はやめよっと。
僕は閉じていた本を開いて続きを読むことにする。
「ふぅ~、やっと終わったわ」
しばらくしたあと部長が大きく伸びをし、肩をトントンと叩く。何か仕事の終わったあとの疲労困ぱいしたOLさんみたい。
「ん? 誰か今失礼なこと考えなかった?」
!! 読まれた!?
「うーん、気のせいか」
部長は深く詮索することなく、席を立ち上がると棚においてあるCDのうち一枚を取り出し、パソコンに入れると再びパソコンをいじりはじめた。
……よかった。ばれなかった。
そうホッとしたあと、僕は、部長が取り出したCDについて聞いてみる。
「そのCD何が入ってるんですか?」
「私が作ったコンピュータウィルス」
「へー、そーなんですかー」
「何で棒読み?」
「別にそんなことはどうでもいいと思います。それよりそのウィルスどうするんですか?」
とても気になる。とりあえずいい気はしない。
「いや~、なんかとあるサイトにこのウィルスのこと書いてたら“譲ってください”って書き込みがあったから高値で売り付けようかなぁと思って」
「誰ですか、その明らかに何かやらかしそうな人……」
「さあ」
「さあって……」
呆れる。何をしでかすかもわからない人物に、何も考えずにお金のためだけにコンピュータウィルスを売り付けるなんて……。
「ちなみにそのウィルスってどんな危険があるんですか?」
「入り込んだ瞬間にハードディスクの中身を世界中にばらまき、その後コンピュータの電源をつけることができなくなるまで内部を破壊するわ!」
自信満々に、偉そうに言う部長。
そんな危険なものを見ず知らずの人物に売り付けるなんて……。もし自分にそのウィルスが帰ってきたらどうするんだろう?
「大丈夫、大丈夫。私のパソコンは私手製のウィルス対策ソフトがあるから、たとえ新種のウィルスだろうと壊されたりしないわよ」
平然と言う部長。もう何を言っても大丈夫、大丈夫で済まされそう。
「で、とてつもなく本題からズレていたんですけど、先輩、勉強の方はどうですか?」
「音はうるさいし、ウィルスの話は気になって全然勉強できん!」
憤慨した様子でそう言う先輩。
「ですよねー」
苦笑いしながらそう答える。
「やっぱりここで勉強しようとしたのが間違いだったんだよ。俺がここにいて何かされないわけないし。なんかもう疲れた……」
「疲れたの? なら疲れをとらないといけないわよね?」
部長が“待ってました”といわんばかりにニコッと笑顔を浮かべながら先輩の方を見た。
「いや、俺疲れてないから!! 俺ちょー元気!!」
危険を察知した先輩が慌てたように疲れていることを否定する。
「まあまあ、遠慮しなくていいから、いいから」
そう言って先輩の前に何か液体の入ったビンを置く。ビンが青いため、中の液体の色を理解することはできない。
「この、なんかちょっとファンタジーな作品に出てきそうな形のビンは何だ?」
先輩が疑問を口にする。
「私手製のポ○ションよ。飲めばたちまちHPが回復するわ」
「なんか得意げに言ってるところ申し訳ないが、“バッドステータス・毒”でもくらいそうな気がする」
「大丈夫、大丈夫! そんなことないから! さあ! グビッと!」
「…………………………」
先輩がビンを口に近づける。
…………。
………………。
……………………。
「やっぱムリッ!!」
唇に付けた瞬間、先輩はそう言ってビンを机にドンと置いた。
「ヘタレが……」
部長がポツリと呟く。
「ヘタレですね……」
「ヘタレ先輩……」
なつめちゃんと梓も同じように呟く。
「うるせぇ!! ヘタレ、ヘタレ言うならお前ら飲んでみろっ!!」
憤慨した様子でそう言う先輩。
「わかったわ!」
突如部長が何かを理解したようで、握ったこぶしで手の平を打つ。
「ポーシ○ンじゃ回復量が少ないからもっと上の回復薬を調合してくれってことね!」
「どこからその発想に至った!?」
「わかったから何も言わなくていいわ。今調合するから。なつめちゃん、梓、楓! 櫺を逃げないように押さえ付けて!」
『はいっ!!』
その命令を聞いた直後、脱兎の如く逃げだそうとした先輩を捕まえ、椅子に押さえ付ける。
「くそっ、放せ!!」
そんなこと言われても放すわけもなく、ただひたすら押さえ付ける。
「部長早く~」
「あと少しだから耐えて!」
部長はポーションに何だかよくわからない緑色のゼリー状のものや白い粉などを入れて、手際よく掻き混ぜる。
「よし! できたわ! 私特製エ○クサーよ!」
部長の手に握られているさっきまでポー○ョンだった液体は、今は半固体のドロドロっとした恐ろしいものに変化していた。
アレを飲んだら……。
僕と梓となつめちゃんと先輩は、アレを飲んだら大変な惨事になるだろうと安易に想像でき、身震いが起きる。
「お前たち三人は本当にアレを俺に飲ませる気か?」
先輩はそれだけはヤメてくれといった助けを請うような顔で僕たち三人を見つめてくる。そうしてあげたいのはやまやまなんだけど……。
「先輩、ごめんなさい。僕たちもアレを飲まされたくないです」
僕の一言に梓となつめちゃんが首を力強く縦に振る。
「俺は生贄かよ!」
「そうです! アレをエリ○サーにレベルアップさせたのは先輩のせいですからその責任は先輩がきちんと取ってください!」
なつめちゃん、責任全てを先輩に押し付けた。なんと恐ろしい……。でもまあ、仕方ない。
「確かにそうだけれど、アレだけは勘弁してくれ!」
「さあ、楓さん! 梓さん! 先輩を動かないように押さえ込みましょう! そうすればなつめたちは助かります!」
「俺の言葉無視か!? そしてお前ら兄妹も必死に俺を押さえ付けるなっ!!」
「本当にごめんなさい、先輩。所詮、人間誰しも自分自身が一番可愛いんです」
「お兄ちゃん、いいこと言った」
「親指立ててウンウン頷いてるんじゃねぇよ!」
先輩が拘束から逃れようと暴れ回る。
「部長! もう耐えられません! 早く先輩の口に注ぎ込んでください!」
「了解よ!」
部長がエリク○ー片手にゆっくりと、ゆっくりと一歩ずつ「フッフッフッ」と不気味な笑い声を発しながら先輩に近づいていく。
「やめろっ! 近づくなっ! 近づけるなっ!」
先輩がそう言うが、部長の進みは止まらず、ビンの口がどんどん先輩の口に近づいていく。
「ヤメッ! ……っ!!」
ビンが先輩の口に押し当てられ、部長がビンを傾ける。
否応なしに先輩の口の中に○リクサーという名の半固体状の毒物が注ぎ込まれていく。
先輩は、注ぎ込まれた直後は目に涙を溜め暴れたけど、数秒後にはパッタリと静かになって僕たちが押さえ付けなくても動かなくなった。
全て飲まされた先輩は燃え尽きたみたいに白くなって俯いている。
「いやー、いい飲みっぷりだったじゃない」
部長は嬉々とした表情でパシパシと先輩の背中を叩く。
「…………っ!」
そのとき、唐突に先輩は立ち上がると全速力で部室を出ていった。
『…………………………』
僕たちはそれを見てただ呆然としていた。
* * *
それから先輩は学校を一週間休みました。
テストはもちろん受けられなかったです。