第五話 今回は本当にどうでもいい話by楓
「今日はどうでもいい無駄なことについて話続けるわ!」
椅子から勢いよく立ち上がった部長が僕たちを見ながらそう言った。ちなみに部長が椅子から勢いよく立ち上がって今日やることを言うのが部活の始まりを告げる合図のようなものになっている……、ということはない。
「どうでもいい無駄なことですか……」
部長の言った“どうでもいい無駄なこと”と聞いてまっ先に思い付くことがひとつ。
「この部活……とか」
自分からこの話の存在を無駄と認めることになった。
「なぁに楓、私に喧嘩売ってるの?」
僕が発言した直後、部長が微笑みながらそう質問してくる。
「そ、そんなことないです!」
全力で首を横に振って否定する。
「まあ、いいわ。とりあえずどうでもいい無駄なことについて話しましょう」
「はい! 部長!」
梓が勢いよく手を挙げる。
「何? 梓」
「具体的に何するんですか? 例えて言ってください」
「そうねぇ……、例えば、目玉焼きは醤油かソースか、とか」
「しょうもねぇ……」
先輩が部長の例えを聞いて呟く。みんなもその一言と同じことを考えていると思う。梓やなつめちゃんも呆れた表情してるし。
「何その表情。……いい? 何でもないようなことが幸せだったりすることもあるのよ、世の中には!」
部長がみんなのことを見回しながら言い聞かせるように言ったが、その言葉を聞いても特にやる気が起きる、というわけでもない。
「その言葉と、目玉焼きに醤油をかけるかソースをかけるかは関係ないと思います」
「そう? 何でもないようなことじゃない」
「いや、何でもないようなことのレベルにも至らないほど、どうでもいいことですよ」
「何を言っているの? 人によってはとても重要なことだったりするのよ!」
「それじゃあ、どうでもいい話じゃなくなりますよ。目玉焼きに醤油とソース、どっちをかけるかって話」
「そんなことはどうでもいいわ!」
「もう何が“どうでもいい”のかわからなくなってきました……」
「じゃあ、とりあえず聞くわ! 楓は醤油派かソース派か!」
「ウチは醤油ですよ。ね、梓」
「うん! そうだよ〜」
「やっぱり目玉焼きには醤油です。ですよね、先輩。……?」
先輩に同意を求めてそっちを向くと、とても驚いた表情をしていた。まさか……。
「目玉焼きには、ソース……だろ……?」
まさかのソース派だった!
いや、でも……。
「“目玉焼きに何かける?”っていろいろな人に聞いたら醤油が圧倒的ですよね?」
これなら賛同してくれると思って聞いてみた。
「そうかもしれないな……」
「ですよねー」
よかった、認めてく、
「けど……」
……え? けど?
「それって先入観だと思うんだ。ソース派ってさりげなく、かなりいると思うんだ。みんな醤油をかけるのが普通だと思って、自分は普通じゃないと勘違いして、恥ずかしくて隠してるだけなんだ! そうだ! この世は“本当は俺、ソース派です!”って堂々と言えない恥ずかしがり屋でいっぱいなんだよ!」
なんか熱く語りだした!!
「そうさ、俺もかつてはそっち側の人間だった。……でも、中二のときのアイツとの出会いがそんな俺を変えたんだ……。そう、アイツの名は……、田中」
なんかよくわからない人物が登場した!?
「アイツとの出会いは衝撃的だった。俺がソース派ということでいじめられてたとき、アイツは俺の前に現れたんだ」
「目玉焼きにソースかけるだけでいじめられるってどんな派閥戦争ですか……」
「中田が俺に向かって最初に言った言葉は“醤油もいいもんだぜ”だったな……」
「醤油派!? その人醤油派なの!? しかも名前が田中から中田になってますよ!! 単なる言い間違いですか!?」
「そして俺と中村はその一言で親友になったんだ」
「“醤油もいいもんだぜ”で親友までに!? それに親友なのに名前覚えてないじゃないですか!?」
「それからは毎日がエブリデイだった……」
「何が言いたいのか、ちょっとよくわからないです……」
「だけどそんな楽しい毎日は長くは続かなかった……」
「シリアス展開?」
「その日は突然訪れた。長年守られていた均衡が……、崩れたんだ」
「何が起きたんでしょう?」
なつめちゃんが緊張した表情で唾をゴクリと飲み込む。先輩の語りにすっかり飲み込まれてる。
「醤油派の過激グループが、ソース派を潰しに掛かったんだ」
「ちょっとした戦争みたいになってきましたよ……」
「ドキドキワクワクの展開です!! 先輩、はやく続きを!」
なつめちゃんが目をキラキラと輝かせながら、身を机に乗り出して先輩の話の続きをせかしている。これはもう助けられる気がしない……。
「そうせかさなくても、ちゃんと最後まで話すよ」
先輩はそう言って少し間を置き、深呼吸をする。
「で、どこまで話したっけ? 第一次派閥戦争だったか?」
「たいそれた名前ですね。名前負けにもほどがあるでしょ。しかも一次ってことはそれ以降もあったんですか?」
「第一次派閥戦争開戦の原因は、醤油派リーダーだった人物がソース派の者と仲良くしていたことだったんだ……」
「そ、それってもしかして……!?」
梓がわざとらしいくらい真剣な様子で驚く。梓も先輩の語りの世界に取り込まれたみたいだ。
「ああそうだ。それは俺と中野のことだったんだ。リーダーだった中島が裏切ったと思った醤油派メンバーは、裏切り者への罰と裏切りに促せたソース派をまとめて叩き潰そうとした。それが第一次派閥戦争だったんだ」
「醤油かソースか、って話じゃなければなつめちゃんや梓みたいにハラハラドキドキできたのかな?」
そのひとりごとは空気中に雲散した。
「その第一次派閥戦争で俺が一人で避難していたとき、俺の前に醤油派のメンバーが一人現れた。ソイツは俺を見つけるなり発砲してきたんだ。俺は“もうダメだ!”と思った。でも、またしてもアイツが唐突に現れたんだ。……中西」
もう名前に突っ込むのが面倒になった。それに発砲って……。派閥争いでも校内でエアガン使うって危なすぎでしょ……。
「中川は突然俺の前に現れて弾を受けたんだ。……ペイントボールを」
「“弾”は“たま”でも“玉”だった!?」
「命をかけてまで親友だった先輩を助けたかったんですね……」
なつめちゃんはその親友(笑)が取った行動にとても感動してるようだった。ペイントボールじゃ普通死なないと思うんだけど……。
「そして俺は中里を保健室に運んだんだ。アイツは一命を取り留めた」
「ペイントボールで死にかけた!?」
「だけど、醤油派からバッシングを受け、アイツは学校にいることができなくなった。だから三年生になる前に転校していった。アイツが俺に向かって最後に言った言葉は“やっぱり……、醤油が一番だったな……”だったかな」
「最後までずっと醤油派ですよね、中のつく人!! 本当に親友だったんですか!?」
「そしてその言葉に感化されて俺は、ソースの道を貫くことを決めたんだ」
「どこに感化されてソースの道を貫くことを決めたのかがわからないですよ!!」
「あれから結構経ったな、……なぁ、槐」
「そうね……。あのときの二人はとても輝いてたわ。私が羨ましいと思うくらいに……」
部長が儚げな表情で窓から遠くを見つめている。部長まで先輩の世界に取り込まれてる……。
「ごめんな……。ちょっと屋上に行ってくるわ」
先輩は鼻を一度啜ったあと、そう言って顔を見せずに部室から立ち去っていった。
…………………………。
扉が閉まると静寂が部室内を支配する。誰も一言も発しない。部長はさっきから外の夕焼けを見ているし、梓となつめちゃんは俯いている。なんかすごい嫌な空気……。とてつもなく居にくい。これはみんながおかしいの? それとも僕がおかしいの?
数分間、ひとりで苦悶していたら扉が開いて先輩が戻ってきた。
先輩は何も言わずに自分の席に着く。そして席に着いてから少し経って口を開いた。
「今……、中目黒に電話してきた」
『!!』
僕以外の三人が驚いた顔で先輩の方を見る。
「アイツ……、元気だってさ」
「よかった……ですね」
その一言になつめちゃんが自分のことのように喜んだ。
「さあ、この話はここで終わりだ」
先輩のその一言でこのよくわからない話は終わりを告げた。僕以外のみんなの心に感動を残して。
結局、最後まで先輩の親友の名前ははっきりとはわからなかった。そして僕の疑問は全部スルーされてた。第二次派閥戦争とか気になってしまっている自分がいて少し悔しい。
「こんなどうでもいい話でここまで時間を使うなんて……、本当に無駄だよ」
僕はそう呟くとぐったりと机に突っ伏す。
……まさかこんな話がまだ続くの?
そう思うと激しく鬱だった……。