第三話 最悪だった一日by楓2
放課後、天文部部室
「よし! 部活、始めるよ!」
僕たち三人が部室に入るなり、部長がやる気満々で部活開始宣言をした。
「部長。せめて座ってからにしてもらいたいんですけど……」
「じゃあ、早く座りなさい」
僕たちはそれぞれの席に着く。
「で、部長さん。どうしてそんなにやる気満々なんですか?」
なつめちゃんが聞く。
「それはね……、これからとーっても楽しいことが起きるんだよ」
部長はとても楽しそうに、ニヤニヤと嫌な笑顔を浮かべて、なつめちゃんにそう言った。
僕は部長のその笑顔を見て背中がゾクッとする。なんだかその楽しいことが僕にとっては、とても嫌なことにしか思えない。
梓もなつめちゃんも多分僕にとって嫌なことなんだろうと感じたらしい。
「楓さんにとって嫌なこと……、ですね」
「だね」
二人はそう言って目を合わせる。そして二人で、
『楽しみだね!(ですね!)』
と本当にワクワクした様子でニコリと笑った。
ダメだ!! 何があっても二人は楽しんで、絶対助けてくれない! ひさぎ先生なら助けてくれるかもしれないけど、今日は仕事が忙しいから来てないし……。
「はぁ、楽しみです。ワクワクが止まらねぇ、……です」
「できれば、ワクワクしないでほしいなぁ」
「無理です」
なつめちゃんに満面の笑みで返される。やっぱりダメですか。
「お兄ちゃん……、“他人の不幸は蜜の味”って言葉、知ってる?」
梓も満面の笑みで最悪な言葉を返してきた。
うわぁ、本格的にダメだよ! みんな敵だよ! どうしよう……。正直悩んだところでどうしようもないけど……。
…………………………。
よし! 諦めよう!
ということで、そう開き直る。もうなんでもこい!
「さあ、楓が諦めたところで早速始めよう!」
『おーっ!!』
二人ともやる気満々……。
「それでは出てきてもらいましょう! 橘櫺さんです!」
部長がドアに向かって手を向ける。
誰だかわからないけど、とりあえず僕にとって嫌な人物なんだろうなぁ。
ドアがガラリと開く。
そこに立っていたのは、今日、廊下でぶつかったあの人だった。
その人と目が合う。
「…………………………」
「…………………………」
…………………………。
部室全体が静寂に包まれる。
梓となつめちゃんと部長は、この先話が楽しい方にいかないかなと、凄くワクワクした表情で期待している様子。
…………………………。
「…………け、……」
「け?」
「……け、結婚してください!!」
「……ハイ?」
唐突に僕の両手を掴んで何を言ってるのでしょうか、この人は……。
「だから、俺と結婚してください!!」
「おーっと、なんといきなり結婚宣言だーっ!! これはどう思いますか? なつめさん」
「いきなり結婚宣言とは……。とりあえず楓さんの反応からして成功はしないと思います」
なんか梓となつめちゃん、二人で実況してるし……。
「それより助けてよ!」
「そんなことより、返事、返事」
梓に促され、先輩を見ると、期待の眼差しで僕の返事を待っている。
「嫌です。結婚なんてしません」
僕はキッパリとそう言った。僕にそっちの趣味なんてない。
「なん……だと……?」
先輩はまるで、この世の終わりみたいな表情で床に崩れ落ちる。
「……つまんな」
「そこ! つまんない言わない!」
僕は、梓を指さしてそう叫ぶ。
「もっと引き付けてから突き放せば楽しかったのに……」
「そこ! エグいこと言って残念がらない!」
なつめちゃんを指さして注意する。
そのとき、崩れ落ちていた先輩がフラリと立ち上がった。そして、
「俺は……、諦めないぞーーーーーーッッ!!」
叫んだ。うっ、ダメだこいつ……、早く何とかしないと。
「不屈の心で立ち上がったーーーーっっ!! この勝負、まだまだわかりませんよ! なつめさん!」
「これで楓さんが折れてくれたら、もうなつめは死んでもいいです」
「そんなに僕をそっちの趣味扱いにしたいんですか!?」
「モチのロンです」
「なつめちゃんヒドイ!!」
なんとかしないといけないのは、なつめちゃんの方かもしれない。
とまあ、それはさておき、どうしよう? どうにかしてこの人を諦めさせないと……。
「その結婚宣言、待ったーーーっ!!」
突然、ひさぎ先生の声が聞こえ、ドアがバンッと勢いよく開く。
ひさぎ先生があからさまに不機嫌な顔で部室に入ってきた。
「ダメよ。その結婚は認めないわ!」
「せ、先生……」
やっぱり先生は僕の味方だ。いつも迷惑かけられてばっかりだけどうれしいよ。この部室、部活棟にあって、職員室は本校舎にあるから、なんで聞こえたのか凄い疑問だけど、別に今は気にしないや。
「だって……、私と結婚するんだもん!」
……うん、ちょっとした問題発言だけど、でも、まだ同性よりかはマシかな。
「な、なんだってー!?」
先輩がその一言になんだか凄いビックリしてた。ビックリし過ぎな気もするけど……。
「まさか……、そっちの趣味が? そうか、だから男子の制服で、一人称が僕なのか」
なんかひとりで勝手に理解してるんですけど……。盛大に勘違いしてるらしい。
「あの……、もしかしたら先輩、僕のこと……、女の子と勘違いしてます?」
恐る恐る聞いてみる。
「……え?」
凄く唖然としているのですが……。
「部長。教えてないんですか?」
「ちゃっかり、忘れてたわ」
「うっかりじゃなくて、ちゃっかりですか~」
楽しむために絶対わざと教えてないな、この人。
「まあ、そんなわけで僕との結婚はできませんよ。残念でしたね、先輩」
「男だったなんて……。そんな……」
再び崩れ落ちて、ぶつぶつ言っている先輩の肩をポンポンと叩いてあげる。騙されてただけで、この人に非はないのだ。そう、悪いのは全部部長……。
「クックックッ……」
なんか先輩が不敵に笑いはじめた!!
「俺は一度愛したものは、一生愛しつづける!!」
「な、なんだってー!?」
今度はこっちが驚く番でした。
「というわけで、同性婚が認められているオランダに行って、俺と結婚してくれ!!」
「嫌ですよ!」
「なぜだ!? 俺がここまで頑張っているのに……」
「頑張るとか頑張らないとかの問題じゃないですよ! いい加減諦めてください!」
「無理だぁああああああああっ!!」
これじゃあ、埒が明かない。
「仕方ない……。こんなことはやりたくはなかったけど……」
僕は先輩の後ろにまわると、なぜか壁に立てかけてあったバットを掴んで先輩の頭を……、
ガツン、バタリ。
……………………………………………………。
「ノックアウトーー!! いや~、渾身の一撃でしたね! なつめさん!」
「これは凄まじい威力でしたね。梓さん」
「はい、部活終了。さあ、帰りましょう、部長」
「いや~、楽しかったよ~、楓。うん、最後の一撃はよかった、なんかスッとした」
「部長がやらせたんじゃないですか」
バットで殴る少し前に、部長が目配せでそのバットで殴れと指示がでたのだ。本当はそこまでやりたくなかったけど、自分も少しウザくなってきてたから普通に殴ってしまった。後悔はしていない。
「よし、帰るか」
部長が満足げに部室から出ていく。
気の毒だけど、死んだかのように動かない先輩は、そのまま放置して帰ることにした。
翌日……。
「部長……。なんで先輩がここにいるんですか?」
「ん~? 入部したからに決まってるじゃん」
素っ気なく応える部長から、先輩の方に向き直る。
爽やかなの笑みと、ガッツポーズが返ってくる。うぅ、体中に鳥肌が……。
なんでこんな人入部させたんだろう。いや、まあ、察しはつくんですけど。
「もちろん、楓とのやり取りが楽しくなりそうだから……」
ですよねー!
「はた迷惑です!!」
「まあ、そう言うなって、楓」
先輩がポンと僕の肩に手を置く。
「ちょっと、肩に手を置かないでくださいよ! ていうか触らないでください!」
「触るくらいならいいだろ、別に」
「嫌ですよ!」
「いや~、楽しいね~、二人のやり取り」
「ですね~」
「ちょっと梓、なつめちゃん! お茶なんか啜りながらほのぼのと見てないで助けてっ!!」
「や ら な い か」
羽交い締めされるように後ろから抱きつかれ、耳元で囁かれる。
「いやぁああああああっ!!」
鳥肌ブワッ。
こんなわけで、新たなメンバーがひとり追加されました。正直嫌ですが……。