第一話 僕たちが天文部に入るまでby楓
夕方のパソコン室。
その電気も点けていない教室に少女がひとり、教師用のパソコンの前に座っていた。
彼女は今、パソコンを使ってこの学校のシークレットファイルを閲覧している。
それはこの学校の生徒の個人情報や教師の個人情報など、シークレットと言うに相応しい物が収められたファイルだった。
少女はファイルの中身を確認するとそのファイルをコピーし始めた。
コピーが始まるとマウスのクリック音やキーボードを叩く音が止まり、世界の時までもが止まったかのように室内は静寂に包まれる。
画面に映るコピー状況を知らせるウィンドウだけが時が止まっていないことを知らせているようだった。
「……………………」
しかし、その静寂は数分ほどで破られた。なぜなら廊下から早歩きで歩いてくる数人の足音が聞こえてきたからだった。
さらに大人数人が話し合う声も聞こえてくる。
「柊はどこにいるんだ!?」
荒々しい声が廊下から教室内に入り込んでくる。相当に慌てている様子だ。
少女――柊はコピーの進行具合を満足そうに眺めていたが、その音と自身を呼ぶ声が聞こえた途端、少し不機嫌な表情になる。
そんななか、足音は徐々にパソコン室に近づいてきていた。
(多分ここら辺一帯の教室をすべて調べているんだろう。ここもあと少しで調べられるわね~……)
しかし少女は慌てる様子もなく、イスの背もたれに全体重をかけてさらには大きな伸びをする。
(音が聞こえてくるのは二つ隣の教室の前からかな……。ギリギリ、コピーは終わるか)
少女は特に慌てることなく席に鎮座している。むしろこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
すべての足音がパソコン室の隣の教室の前で止まる。
ガラッ、バタン。
勢いよくドアを開ける音が聞こえたかと思うと数秒後に、開くときと同じようなドアの閉まる音が聞こえる。部屋の中を隅々まで調べる気はないらしい。相当慌てているようだ。
再び足音が聞こえてきた瞬間、コピーが完了し、少女はUSBメモリーを乱暴に引き抜いた。
「ワタシの勝ちよ」
得意気に微笑みながら速歩きで窓に駆け寄ると窓に手をかけ、力の加減などせずに開け放つ。一瞬生じた強い風が柊の艶やかな黒髪を煽った。
「あと少し早ければそっちの勝ちだったのにね。ちょっとは期待してたんだけど、残念だったわ、光希」
聞いてる人物はもちろん誰もいなかったが柊はその言葉を言い残すと、二階だというのにわずかの躊躇も見せずに地面に飛び降りた。
* * *
教師たちがパソコン室に入り込む。教師用のパソコンが点いていることと窓が開いているのを確認すると、そのうちの一人が窓に近づいていき外を眺めた。
「…………取り逃したんですか?」
突如廊下側から声が聞こえてきて、三人いた教師は全員そちらに顔を向ける。
「……お前か。何の用だ……」
学生帽を被った凛々しい顔立ちをした少年が教室内に入ってきた。
「……フン、使えない教師共ですね」
『──なっ!!』
その少年は教室内を見渡すと、苛立たそうにただそれだけを呟き、教師など眼中になかったかのように出て行く。
教師たちは少年から発せられた言葉に絶句することしかできなかった。
「何度ボクを怒らせれば気が済むんだ、あの女は……」
少年は柊への怒りをぶつぶつと呟きながらその場をあとにした。