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スカッと短編

「毒舌令嬢」と呼ばれていますが、私は事実しか口にしておりません

掲載日:2026/05/11


「――うわ、怖い!」


 開口一番、婚約者であるアルフレッド殿下はそう言った。

 私は手にしていた書類へ視線を落としたまま、首を傾げる。


「どの部分がでしょうか?」

「どの部分って……全部だよ!」


 アルフレッド殿下は、怯えたように顔を青ざめる。更には肩を震わせながら、自分の体を抱きしめた。


 対する私は、表情一つ動かさない。

 常に冷静に――それが公爵令嬢としてのたしなみだからだ。


 第三者が私たちの姿を見れば、「怯える王子を、冷徹に見つめる女」のように見えただろう。


「ヴェロニカ! 君って、どうしてそんなに言葉が冷たいんだい?」

「冷たい……ですか?」

「そうだよ! もっとこう……柔らかく言えないのかい?」


 私は少し考えた。


 柔らかくということは、何か緩衝材でも挟めという意味なのだろうか。


 貴族同士では、遠回しな言い方をすることも確かにある。早く帰ってほしい時に、「香葉の浅漬けはいかがでしょうか」みたいに。

 でも、アルフレッド殿下にそう言っても、「僕は、浅漬けは好きじゃないんだ。スコーンが欲しい。ついでにお茶のお代わりも」って返ってくる。

 殿下に遠回しの言い方は、まったく伝わらないのだ。


 だから、私は直球で言うようにしていた。

 それなのに、今度は『怖い』だなんて。


「殿下。私はただ、『この予算案では、来月には生徒会費が底を突きます 』と申し上げただけです」

「ほら! そういうところ!」


 アルフレッド殿下は、びしりと私を指差した。


「普通の令嬢なら、もっと優しく言うんだよ!」

「優しく、とは?」

「いいかい? 君の言葉は冷たすぎる。優しさ……つまり、人間味が足りないんだ。こういう時は、『きっと何とかなります!』と言うものだ」

「それは、嘘になります。このままでは実際に破綻しますので」

「ほら、そういうとこ! だから、怖いって言ってるんだ」


 意味がわからない。

 破綻するものを「順調ですね」と言えば、それは虚偽ではないだろうか。

 緩衝材ではなく、煙幕だ。


 これまでだってそうだった。


『生徒会費で、殿下専用のティーセットを新調することはできません 』

『交流費と書けば、何でも経費になるわけではありません 』

『その友人を会計係にするのはおやめください。計算ができていません』


 すると決まって、彼はこう言うのだ。


『うわ、怖い! 君は毒舌なんだね』


 私はずっと不思議だった。

 なぜ事実を述べただけで、こんなに怖がられてしまうのだろう、と。




 そんなことが続いた――ある日のこと。


「ヴェロニカ・エヴァレット! 君との婚約を破棄する!」


 昼休みの学園食堂。

 ざわめいていた空気が、一瞬で静まり返る。

 周囲の生徒たちは、食事の手を止めて、こちらを見ていた。


 アルフレッド殿下はまるで悲劇のヒロインのように、眉を垂らし、頼りない雰囲気を作り出していた。


「君はいつもそうだ。冷たくて、きつくて、人を傷つけることばかり言う。その言葉に、これまで僕がどれほど傷付けられたことか……」


 食堂のあちこちで、ひそひそ声が上がった。


「殿下、あんなに怯えて……可哀想に」

「見て、ヴェロニカ様の氷のような表情……本当に怖いわ」

「殿下も大変だったのね……」


 殿下は以前から、周囲へ色々と話していたらしい。


『婚約者が怖い』

『いつも責められている』

『冷酷すぎる』


 その結果、私はいつの間にか『氷の毒舌令嬢』と呼ばれていた。


「ヴェロニカ……何か言うことはないのかい?」


 私は少し考え、答えた。


「特には」

「……は?」

「婚約破棄、承知いたしました」


 むしろ、安心した。

 価値観のちがう相手との会話は、正直かなり疲れる。


 すると殿下は、信じられないものを見る顔をした。


「君は悲しくないのか?」

「婚約は、双方の合意で成り立つものです。片方が継続困難と判断したなら、解消は合理的かと」

「ほ、ほら! そういうところだよ!」


 ばん、と殿下はテーブルを叩いた。


「君はいつだって正論ばかりだ! もっと、人間らしい感情ってものがないのかい!?」

「感情で赤字は埋まりませんので」

「そういう話じゃないんだよ!」


 殿下は顔を真っ赤にしながら叫んだ。

 その時。


「ぶはっ……!」


 誰かが大きく吹き出す声。


 視線の先には、一人の男子生徒が座っていた。

 銀灰色の髪。鋭い碧眼の整った顔立ち。

 隣国からの留学生――フェリクス・アークライト殿下だった。


 周囲からの視線が集まると、彼は笑いながら手を振った。


「あー……いや、悪いな。『そういう話だろうが』と思ったもんで」


 低く落ち着いた声が、食堂へ響いた。彼は呆れたように肩をすくめながら、アルフレッド殿下を見る。


「生徒会費を私物化しようとして止められたら、『怖い』か?」

「私物化じゃない! 交流のためだ!」

「殿下専用のティーセットが?」

「うっ……使うのは僕だけじゃないぞ! もちろん、皆で使うつもりだった」

「なるほど。『皆で使う予定』なら、何でも経費で通るわけか。なら、服も馬車も別荘も、すべて経費だな」


 周囲が耐え切れない様子で、「ふふっ」と笑った。

 フェリクス殿下はにやりと笑って、畳みかける。


「それに、殿下が会計係に据えようとした友人は、指で足し算をしていたそうだが?」


 更に笑い声が大きくなった。

 アルフレッド殿下の顔が引きつる。


「そ、それとこれとは、関係ないだろう! 君が言っているのは、すべて屁理屈だ!」

「屁理屈を述べてるのは、君の方だよ。ヴェロニカ嬢は、ただ事故を止めていただけだ」


 フェリクス殿下はそう言って、私を見る。


「こんなに話が通じない奴と会話するなんて……今まで大変だったな」


 心底同情したような声だった。


 私は少しだけ驚いて、目を瞬かせる。

 初めてだった。

 殿下の流した噂のせいで、皆から私は怖がられている。私が何か口を開こうとするだけで、『出るぞ、毒舌が!』と身構えられてしまうのだ。


 だから、『怖い』ではなく、こんな風に同情的な視線を向けてもらうのは、初めてのことだった。

 私はフェリクス殿下にお礼を言おうとした。

 しかし、それよりも早く、フェリクス殿下は片手を振って、その場から去ってしまった。




 ◇




 婚約破棄から、一か月後。


 生徒会は、見事なまでに破綻していた。

 予算は底を突き、文化祭準備は遅れ、会計帳簿は行方不明。

 アルフレッド殿下は、「どうしてこんなことに……」と頭を抱えていた。


 私は全部、事前に指摘していた。

 だけど、当時の殿下は、


『なんて疑い深いんだ』

『あー、怖い!』

『君は、人を信じられないのか!?』


 と言って、取り合わなかった。

 結果、被害は拡大した。


 そして――。


「君の力を貸してほしい」


 ある日、アルフレッド殿下は私の下を訪れた。

 以前よりやつれた顔で、必死さを滲ませている。


「断ります」

「なっ……!」

「私は冷酷な女なのでしょう? 殿下のお役には立てません」

「そ、それは……」


 殿下は顔を引きつらせた。


「確かに言い過ぎたとは思う! だが、今は非常事態なんだ!」

「そうですね。非常事態です」


 私は淡々と頷いた。


「だからこそ、以前から申し上げていたのです」


 殿下は言葉に詰まる。


「君は、またそうやって……!」

「事実を述べています」

「っ……! なんて冷たい女なんだ! こんな時まで、心ない言葉ばかり……!」


 彼は悔しそうに唇を噛んだ。

 私は内心で呆れ果てる。


 これが、心のない毒舌……?


 ただ事実を述べてるだけなのに。


 その瞬間。私はふと思った。

 これだけで毒舌になるのなら、本当の毒舌を浴びせたら、殿下はどうするのだろうと。


 だって、私は『氷の毒舌令嬢』。

 これ以上、下がる評判もない。


「わかりました。殿下がそこまで『毒舌』を恐れるのでしたら、そうしましょう」

「え……?」


 殿下の顔が引きつる。

 私はほほ笑んで、言った。


「殿下の思考会議には、『現実』が招待されていないようですね 」

「ふぇ……? えっ!?」

「書類も読まず、忠告にも耳を貸さず、都合の良い言葉だけを信じる。失敗すれば周囲のせい。殿下の自己評価は、ずいぶん景気が良いのですね」

「えっ、ケーキ? 僕は苺のケーキが好きだ」

「どこまでもご自分に甘いのですね。柔らかい言葉が聞きたいと主張される割には、殿下は婉曲表現を、だいたい食べ物の話だと思っておられます」


 食堂が静まり返る。

 殿下は硬直していた。たぶん、私が何を言っているのか、まったく理解できないのだろう。


 その時、


「くっ……あっはははは!」


 笑い声が響いた。

 フェリクス殿下が腹を抱えて笑っていた。


「キレッキレじゃねえか! さすがは毒舌令嬢だな」


 私も思わず、笑ってしまった。

 彼があまりに面白そうに笑うから。久しぶりに声を上げて笑うことができた。


「フェリクス殿下の言葉の鋭さには負けます」

「いや、君の毒舌の方が最高だよ」


 フェリクス殿下は笑いすぎて、滲んだ目尻を指で拭った。


「俺のは殴っただけだ。君は切れ味のいいナイフで、何度も突き刺した」


 それは、褒め言葉なのだろうか。


 ただ物騒なだけでは?


 判断に困っていると、フェリクス殿下は楽しそうに続けた。


「しかも面白い。最高だろ」

「面白い、ですか」

「自覚なしかよ」


 彼はまた吹き出した。

 アルフレッド殿下は顔を真っ赤にして震えている。


「ぼ、僕を馬鹿にしているのか!?」

「逆だよ、逆。ヴェロニカ嬢は今まで、ずっと優しかったぞ」


 フェリクス殿下は、にやりと笑った。


「本当に容赦なかったら、『生徒会費でティーセットを買うのはおやめください』なんて、生ぬるい止め方はしない。……で? 毒舌のヴェロニカ嬢なら、そんな時は何て言う?」

「そうですね。まず、『横領の練習ですか?』と尋ねて」

「ひぃ……!」

「『殿下は錬金術でも学ばれているのですか? お金が自然に増える前提で話しておられるので』と言います」

「ひ、ひどすぎる! 君は人ではなく、悪魔だ!」


 アルフレッド殿下は蒼白になって震えるが、フェリクス殿下は大笑いした。


 彼だけでない。

 食堂のあちこちから、笑い声が響いていた。


「ふ、ふふ……っ、殿下が、錬金術……!」

「もうだめ、おかしい……!」

「錬金殿下……ぶふっ」


 その笑い声がすべて、自分を馬鹿にしているものと受けとったらしい。アルフレッド殿下は顔を真っ赤にして、足を踏み鳴らした。


「なんだ!? 笑うな! 何がおかしい……!?」

「ほらな。君の毒舌は最高だよ。ヴェロニカ嬢」


 フェリクス殿下はそう言って、私の肩をねぎらうように叩いた。

 アルフレッド殿下は助けを求めるように周囲を見渡す。しかし、皆、笑ってばかりいる。アルフレッド殿下は、私を指さして喚いた。


「悪いのは、ヴェロニカだ! ヴェロニカはいつも僕を否定するんだ!」

「ちがうな」


 フェリクス殿下の声が、すっと低くなる。


「君が勝手に、『現実』を否定だと受け取ってただけだ」

「…………っ」

「今後はヴェロニカ嬢に頼るなよ。お得意の錬金術で、生徒会の方はどうにかしてくれ」


 周囲の生徒たちは、もう隠そうともせず笑っていた。


 以前なら、私が何か言えば空気は凍っていたのに。

 不思議だった。

 隣にフェリクス殿下がいるだけで、こんなにも空気がちがう。


 するとフェリクス殿下が、ふと私を見た。


「ヴェロニカ嬢」

「はい?」

「今、暇か?」

「生徒会は崩壊寸前ですので、お忙しいのでは?」

「ちがう。君の予定だ」


 彼は笑いながら続ける。


「君の言葉は面白い。俺はもっと君と話したい。一緒に食事でもどうだ?」


 私は少し考える。

 そして、答えた。


「はい。……フェリクス殿下には、“香葉の浅漬け”も通じそうですから」

「はは! 期待されてるな、それは」

「ふふっ、それはもちろん」


 私は思わず笑ってしまった。

 自分の言葉が通じることが、こんなに楽しいなんて。


 私ももっと、この人と話したいと思った。


「待て!」


 アルフレッド殿下が、慌てて声を上げる。


「ヴェロニカ! 君は僕の婚約者だったんだぞ!」

「元、です」

「そういうところだ!」

「……もっと厳しい言い方の方がよかったですか?」

「うっ……!」


 殿下は言葉に詰まる。

 彼に構わず、フェリクス殿下は言った。


「では、ヴェロニカ嬢。行こうか」


 芝居がかった仕草で私へ手を差し出す。

 私はその手をとり、


「では、ご一緒します」

「お、即答だな」

「フェリクス殿下とは、言葉が迷子になりませんので」


 一瞬きょとんとして、

 フェリクス殿下は吹き出した。


「ははっ。じゃあ今後も、ちゃんと受け取る努力をするよ」


 並んで歩きながら、私は心から思った。


 ――ああ。


 誰かと話すことは、本当はこんなにも楽しいものだったんだ。


 これからは『言いたいこと』を我慢しなくてもいいのかもしれない。

 そんな未来を想像して、私の口角は自然と上がっていた。


最後まで見てくださって、ありがとうございました!


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