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第七話

翌朝。

 ふかふかのベッドの上で、アイリが「んあーっ、よく寝たぁ!」とこれまた大胆な大あくびをして伸びをした。


俺はすでに起きて、木製の椅子に座って部屋の中を観察していた。

 痛覚や触覚がないせいか、睡眠による『体の疲労が抜ける感覚』すら薄い。ただ、視界のクリアさや思考の明瞭さから、脳が休まったことだけは論理的に理解できた。


「はい、ナオキもおはよう! 朝ごはん代わりにこいつを飲もう!」


アイリはベッドから降りると、部屋の隅に置かれた木と金属でできた小さな箱――『冷蔵庫』のようなもの――を開け、中から円柱形の容器を二つ取り出した。


『プシュッ』


アイリがその容器の上のタブを引くと、地球のアルミ缶を開けた時と全く同じ、小気味良い炭酸の抜ける音が部屋に響いた。


「ぷっはーっ! 朝の謎エナジードリンク最高! 異世界って中世ヨーロッパみたいな不便な生活を想像してたけど、意外と文明レベル高いよね。昨日の夕食の串焼きも美味しかったし、ベッドはバネが効いててふかふかだしさ」

「ああ。俺の味覚と触覚じゃ確認できないが、お前がそう言うならそうなんだろうな」


俺はアイリから手渡された『缶』を眺めた。

 アルミ缶に酷似した軽くて薄い金属製。表面には異世界語のラベルが刻印されている。中身を口に流し込んでみたが、やはり俺にはシュワシュワとした微かな情報(痛覚ではなく、気泡が弾ける視覚情報と音)しか感じ取れず、味はほとんど無だった。


「この缶の構造や、部屋のバストイレの作り……。おそらく、俺たちより前にも、この世界に来た転生者がいるんだろうな」

「えっ、マジで?」

「ああ。缶のプルタブなんて、自然発生するような技術じゃない。過去の転生者が現代地球の知識を持ち込んで、この世界の技術と融合させたんだと考えるのが自然だ」


俺が推測を口にすると、アイリは「なるほどー!」と目を輝かせて何度も頷いた。


「でもさ、電化製品みたいな形してるのに、コンセントがないのが不思議だよね」

「そこが、この世界独自の技術だな。電気やガスの代わりに『魔力』を動力源にしてるんだ」


俺は超視覚で、部屋の天井に備え付けられた照明器具や、冷蔵庫の裏側を透視しながら説明した。


「ただ、この世界の魔導具を起動させるには、【生活魔法】が『スイッチ』のような役割を果たしている」

「あー、それそれ! 昨日の夜、ホントびっくりした!」


アイリは缶をテーブルに置き、呆れたように肩をすくめた。


「シャワー浴びようとしたら、お湯の出し方が全然わかんなくて! 蛇口ひねっても冷たい水しか出ないし! ナオキに脱衣所の外から『そこに【生活魔法】を流し込め』って言われてもできなくて、ナオキに遠隔で魔法使ってもらってやっと温かいお湯が出たんだから!」

「お前が【生活魔法】なんていう10ポイントの地味なスキルを取っていなかったからだろ」


そう。この世界の魔導具は、非常に合理的かつ不便な作りをしていた。

 照明に明かりを灯すにも、備え付けのドライヤーのような温風器を使うにも、シャワーの水を瞬間的にお湯に変えるのにも、すべて【生活魔法】という微弱な魔素変換魔法をインターフェースとして通電させる必要があるのだ。


俺の場合は、超視覚で魔導具のコアを視認し、離れた場所からでも【生活魔法】のピントを合わせて着火や通電スイッチオンができる。だが、スキルを持たないアイリには、ただの鉄くずに等しい。


「あーあ、私も生活魔法とっておけばよかったー! ドライヤーもナオキにつけてもらったし、同室じゃなかったら髪濡れたまま寝るとこだったよ。……あ、でもトイレだけは自分で流せたのは本当によかった!」

「ほとんどが水圧や物理的なカラクリだけで動くものには、生活魔法はいらないみたいだな。トイレは水洗のレバー式だったから助かった」

「ウンチ流すのまでナオキにお願いするとか、アイドルの尊厳が完全に死ぬとこだったわ……」


アイリは本気で安堵したように胸を撫で下ろしている。


「日本でいうガスや電気といったインフラが、【生活魔法】に相当するんだろうな。外部からの供給じゃなく、人間一人一人が自家発電のバッテリー兼スイッチになる仕組みだ。理にかなってるし、恐れ入ったよ」

「だねー。まあ、私はナオキっていう超優秀な全自動バッテリーがいるから、別に生活魔法なくても生きていけるけどね! へへっ」


アイリは悪びれる様子もなく、俺にウィンクをして残りの謎エナジードリンクを飲み干した。

 ポンコツだが、適応能力だけは無駄に高い。


「さて、朝の身支度が終わったら外出するぞ」

「えっ、もう? 今日は何するの?」

「昨日も言っただろ。お前のその【超絶美少女アイドル】という垂れ流し魅了スキルを隠すための、安全装備の調達だ」

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