第四十一話
【ルカ視点】
師匠たちと別れ、王都へと向かう一ヶ月の旅路。
それは決して、楽な道のりではなかった。
「……ルカちゃん、ごめんね。スキル、やっぱり戦闘じゃ全然役に立たなくて……」
ある夜の野宿。パチパチと爆ぜる焚き火の前で、トウヤ君が膝を抱えて呟いた。
隣でミヤビさんも、申し訳なさそうに俯いている。
道中、強力な魔獣に襲われた時。前衛で戦う私をカバーしようと、トウヤ君は【アイテムボックス】から石や木の実を投げ【防御貫通】も試していたけど、効果は弱かった。ミヤビさんは【気配察知】で敵の襲来や動きを叫んでくれた。
「……何言ってんすか!そんなことないっすよ!」
私は焚き火に木の枝を放り込み、二人の顔を真っ直ぐに見た。
「トウヤ君が石を投げてくれなかったら、私、あの魔獣の爪を避けきれなかったっす。ミヤビさんが『上!』って叫んでくれなかったら、奇襲で死んでたっす」
「ルカちゃん……」
「私たちはまだ未熟っす。……でも、だからこそ、工夫して、泥水すすって、三人で補い合って生き抜いてきたんじゃないっすか」
私は拳を握りしめ、ニカッと笑った。
「気づいたんすよ。最後に勝つのは、自分たちの頭と足で地べたを這いずり回った人だって。……私は、二人と一緒に戦えて、本当に誇りに思ってるっすよ」
私の言葉に、トウヤ君とミヤビさんの瞳が滲んでいる。
二人は私に抱きつき、私も二人を力強く抱きしめ返した。
ただ守られるだけの足手まといじゃない。
私たちはこの一ヶ月で、互いの弱さを補い合い、背中を預け合える、本当の『パーティ』になったのだ。
***
そして、現在。
私たちはついに、チート同盟の巣窟である『白亜の王城』の正門前にたどり着いていた。
「……おかしいっすね」
私は、城門の周囲を警戒しながら首を傾げた。
「ミヤビさん。城の周囲の気配(敵の数)はどうなってるっすか?」
「えっとね……門の前に五人。中庭の奥に少し固まってるけど……城全体で見ても、戦えそうな人の気配が、思ってたより全然少ないの」
「少ない? 帝国が誇る最大戦力【武闘派】は、バルガス将軍って人をリーダーに、数百人規模のチート同盟じゃなかったんすか……」
「そのはずなんだけど……バルガス将軍は私たちを毎日いじめにきてたし、絶対いるとは思う……」
もっと城の外郭から激しい迎撃に遭うと覚悟していたのに、拍子抜けするほど静かだった。
だが、油断はできない。
「止まれ! 貴様ら、どこから入り込んだ!?」
「あ? なんだ、ただのガキじゃねぇか。首輪のついてないハズレ枠の迷子か?」
正門から、傲慢に歪んだ笑みを浮かべる数人の男たちが現れた。
数は少ない。だが、彼らから放たれる大人の匂いは、道中で遭遇したどんな魔獣よりも濃密で、吐き気がするほど不快だった。
「おいおい、その後ろにいる双子……地下牢から逃げ出したっていう、バルガス将軍のオモチャじゃねぇか。こいつは良い手柄になるぞ」
「ちょうど退屈してたところだ。俺の【絶対零度】の的にしてやるよ」
男の一人がニヤリと笑い、周囲の空気が一瞬にして凍りついた。
触れれば細胞ごと即死する、不可避の神代魔法。彼らは数が少ない代わりに、この城の防衛を任された本物の『エリート(特級チート持ち)』だった。
「……トウヤ君、ミヤビさん!!」
「「うんッ!!」」
だが、私たちの足はもうすくまない。
「ルカちゃん! 発動までカウント5!4!」
「トウヤ君!!」
「任せて!!」
ミヤビさんの完璧な予測レーダーに合わせ、トウヤ君が【アイテムボックス】から大量の『魔力妨害粉』を男の頭上めがけてバラ撒いた。
「な、なんだこの粉は!? 目が……ッ!!」
「魔法の発動がブレたっすね。……遅いっす!!」
絶対凍結の魔法が完成するコンマ数秒の隙。私はその吹雪のド真ん中を、純粋な身体能力だけで真っ直ぐに駆け抜けた。
冷気で肌が切れる。でも、止まらない。
「チッ、すばしっこいガキが! なら俺が【空間切断】で空間ごと切り刻んで――」
別の男が横から私を狙う。
発動すれば回避不能の、空間そのものを断ち切るチート。
「……空間ごと切る? そんなもん、ただの『暴力』っす」
『権威、威圧、支配、その他あらゆる強制・抑圧効果に対する絶対的な抵抗』。
私の固有スキル【叛逆の愚者】が発動し、青白いオーラとなって右拳に収束する。
「お前らみたいな、借り物の力で偉ぶってるクズどもに――」
私は、私を両断しようと迫る『空間の断層』に向かって、真っ直ぐに右の拳を叩き込んだ。
パリンッ!!!
「は……? え……?」
「空間切断を……殴り壊した……?」
ガラスが砕けるような音と共に、男のチートが粉々に霧散する。
男たちが、理解不能な光景に呆然と立ち尽くした。
「私たちは、絶対負けないっすぅぅぅッ!!」
そのまま踏み込み、私は空間チート持ちの顔面に、一切の容赦なく渾身の右回し蹴りを叩き込んだ。
ドゴォォォンッ!!
「が、はッ……!?」
ステータスに頼りきり、基礎訓練もしていない彼らの体は、私の打撃にあっけなく沈み、白目を剥いて城壁まで吹き飛んだ。
「ば、馬鹿な……特級チート持ちの俺たちが……ッ!?」
「……さあ、次は誰がぶっ飛ばされたいっすか?」
私は青白いオーラを纏ったまま、残るチート野郎たちを冷酷に見下ろした。
数分後。
かつて私たちを震え上がらせていた『理不尽』たちは、全員が地面に這いつくばり、完全に沈黙していた。
「……すごい。俺たちだけで、本当に勝てた」
「うん。ルカちゃん、怪我はない?」
トウヤ君とミヤビさんが駆け寄ってくる。
私は二人に笑いかけ、倒れ伏す門番たちを踏み越えて、いよいよ王城の巨大な扉を見上げた。
「……なんで敵の数がこんなに少ないのかは謎っすけど。ここを抜ければ、いよいよ『皇帝』がいる玉座……そして、そこに、みんなをいじめた『バルガス』ってクズ将軍もいるはずっす」
私は気合いを入れ直し、トウヤ君とミヤビさんと力強く頷き合った。
「さあ、行くっすよ! どんな極悪人だろうと、三人で全部ぶっ飛ばすっす!!」
***
王城最上階、玉座の間。
「――きたか。まず私が直々に裁定を下す。下がっていろ、バルガス」
黄金の玉座に深々と腰掛け、退屈そうに私たちを見下ろしていた男――【皇帝】が、くすんだ瞳で冷酷に笑った。
私はその瞬間から迷わず地面を蹴り、【叛逆の愚者】のステータスブーストを全開にして、音速を超えて皇帝の眉間へと右拳を突き出した。
だが、私の拳が皇帝の顔面に触れる数センチ手前。
『【世界法則の改竄】発動。……対象【皇帝】【バルガス将軍】のシステム上の『称号タグ』を、【最下級の非戦闘員(被害者・弱者)】へと書き換えます』
「……え?」
システムアナウンスが響いた瞬間。
私の全身に漲っていた青白い叛逆の炎が、フッ……と、まるで電源を落とされたように消え去った。
「なっ……力が、抜けて……っ!?」
ブーストが切れ、ただの「女の子」に戻ってしまった私は、自分の突進の勢いを殺せず、玉座の前の絨毯に無様に転がった。
「無様だな。以前の戦闘データは、【鑑定】スキルで見せてもらったよ」
皇帝は玉座から動くこともなく、私を嘲笑った。
「貴様のスキル【叛逆の愚者】は、確かに強力なカウンターだ。だが、その発動条件は『理不尽な上位者への反撃』。……ならば話は簡単だ。システム上、私が貴様より『弱く、理不尽ではない存在』になればいい」
「……ッ!!」
「今の私は、システムにおいてただの被害者(弱者)だ。対して貴様は、何の理由もなく私に暴力を振るう『加害者(理不尽な強者)』としてタグ付けされている。……弱い者いじめは良くないな、愚者殿?」
皇帝が指を鳴らすと、玉座の間の壁が開き、無数の『自動防衛ゴーレム』が現れた。
それらは皇帝のチートによる攻撃ではない。城に備え付けられた「弱い主人を守るための、正当な防衛システム」だ。
だから、【叛逆】の対象にはならない。
「さあ、理不尽ではない『正当防衛』の暴力で、ミンチになるがいい」
無数のレーザーと魔弾が、ブーストを失った私に降り注ぐ。
ダメだ、避けきれない……ッ!
「ルカちゃんッ!!」
その時、背後から飛び出してきたトウヤ君が、私を突き飛ばした。
「ぐ、あああああッ!!」
「トウヤ君ッ!!」
私の代わりにレーザーを肩に受け、トウヤ君が血を流して倒れ込む。その後ろで、ミヤビさんが悲鳴を上げた。
私は絶望で頭が真っ白になった。私のせいで。私が、スキルの力を信じ切って、バカみたいに突っ込んだせいで!
「……ふん。ゴミがゴミを庇ったところで、何も変わらん」
皇帝が鼻で笑い、自動防衛ゴーレムの全砲門が、倒れ込んだトウヤ君とミヤビさんに向けられる。
「やめろ……やめるっす……!!」
「これで発動できるよ、ルカちゃん……」
肩を押さえたトウヤ君が、荒い息を吐きながら、私を見て笑った。
「……ルカちゃん。傷を負った俺は弱い、そうでしょ?」
「トウヤ、君……?」
「【アイテムボックス】は物を出すだけ。……ね? そうでしょ?ルカちゃん?出会った頃を思い出して?」
そう、今でこそ頼れる仲間になったトウヤ君は。
元々は、絶対的な、弱者。
――そして今。その怪我で、絶対的な、守るべき弱者の危機となる。
『システム条件クリア。【叛逆の愚者】弱者守護の極大強化を、味方対象【ミヤビ】へと付与します』
「ミヤビ!! 行け!!!」
「はいッ!!!」
トウヤ君の叫びと同時に、ミヤビさんの小さな身体が、王城全体を揺るがすほどの凄まじい青白いオーラに包まれた。
ドゴォォォォォンッ!!
床を蹴る音すら置き去りにし、極大バフを受けたミヤビさんが弾丸のように皇帝へと突っ込む。
「な、なんだと!? ハズレ枠のガキが、私の防衛障壁を……ッ!?」
「トウヤを……ルカちゃんを、いじめるなァァァッ!!」
ミヤビさんの小さな拳が、皇帝の展開する理不尽なチート障壁に次々とヒビを入れていく。すさまじい魔力の衝突。
でも、あと一歩。
皇帝の持つ多重のチートの底が厚すぎて、ミヤビさんの力だけでは決定打にはならない。
(私がいけたら……ッ! でも、システム上『最弱』になってる皇帝には、私の【叛逆】のブーストが発動しない……!! どうすれば……ッ!)
私が歯噛みした、その時だった。
「――陛下ァ!やっぱり 私も出ましょうか!!」
一人の巨漢が飛び込んできた。
そこにいたのは、ミヤビさんを地下で傷つけた張本人――バルガス将軍だった。
しかも、皇帝と同じくシステムを書き換えられており、彼からも「上位者(理不尽)」の判定が出ない。
「あ……ぁ……」
「ミヤビさんッ!?」
かつてのトラウマを刺激され、前衛で戦っていたミヤビさんが恐怖で硬直してしまう。
「ふん、やれバルガス。……その生意気なガキどもをミンチにしてしまえ」
皇帝が残酷に笑う。
最悪だ。バルガスまで加わったら、ミヤビさんたちが殺される。
私が絶望で息を呑んだ、次の瞬間。
「――いや、バルガス、俺がやる。」
「これは、プロデューサー様!!失礼いたしました!このバルガス!!後ろでその手腕を拝見させていただきます!!」
バルガスの背後から。
こんな絶望の最中に。
かつて私が、こんなピンチの時は一番信頼していた大人が、ゆっくりと歩み出てきた。
「……し、師匠……!?」
「おお、ルカ。お前にしちゃ、随分と頑張ったじゃねぇか。だが、そこまでだ」
ナオキ師匠が、氷のように冷たい視線で私を見下ろした。
「師匠!? なんでそっちに……ッ!」
「わからねぇのか?」
師匠は、ニィッと口角を釣り上げ、残酷に言い放った。
「俺は、帝国の味方になったからだよ。お前みたいなガキより、金と権力の方が大事に決まってんだろ」
ドクン、と。
私の心臓が、嫌な音を立てた。
……嘘だ。師匠が、そんなこと。
でも、目の前にいる師匠は、バルガスを従え、完全に私を見下す『理不尽な強者(敵)』の目をしていた。ずっとあこがれだった、私の師匠。
「さっさと死ね、ルカ。俺の邪魔だ」
「し、ししょ……」
そんな。
私を、送り出してくれたのに。また、裏切られたのか。
やっぱり、師匠は……私を踏みにじる、ただの『理不尽な大人』だったんだ!!
「ししょおおおおおおおおおおおおおッ!!!」
ブチィッ、と。私の中で、何かが完全にキレた。
【叛逆の愚者】が、かつてないほどの、次元が違うほどの爆発的なオーラ(殺意)を放ちながら起動する。私の目の前にいる絶対的強者の象徴【ナオキ】という、最大の理不尽をぶっ飛ばすためのオーバーブースト。
「許さない……絶対に許さないっすぅぅぅッ!!」
私は床を粉砕し、音速すら超える速度で師匠の顔面へと右ストレートを叩き込んだ。
師匠の首が飛ぶ。そう確信した、拳が触れる数ミリ手前。
師匠は――私の放った絶望の拳を見ながら、ニヤリと、『世界で一番悪い顔』で笑った。
(――単純すぎるんだよ、バカ弟子)
ボソリと、師匠の口が動いた瞬間。
視界が、ぐにゃりと歪んだ。
「……え?」
私の目の前にいたはずの師匠とバルガスの姿が消え。
黄金の玉座に座っていたはずの【皇帝】が、私の目の前に引きずり出されていた。
「な、なにィィィィッ!? 空間が、入れ替わっ――」
皇帝が驚愕に見開いた目の前には。
師匠(絶対的理不尽)への怒りで限界までチャージされた、私の【フルパワーの反逆の右ストレート】が、すでに直撃する寸前だった。
「うおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
もう、止まらない。
システムすら間に合わない。弱者への改竄も意味がない。
私が師匠をぶっ飛ばすために放った、この世界で最も重い想いが詰まった『物理法則(拳)』が――入れ替わった皇帝の顔面を、真正面から打ち砕いた。
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
皇帝の顔面が拉げ、その体は玉座の間の壁をぶち抜き、音速を超えて彼方へと消し飛んでいった。
「……あ、れ……?」
私が完全にポカンとしていると。
玉座(皇帝と入れ替わった場所)から、ツカサさんを伴った師匠が、「あー、死ぬかと思った」と首を鳴らしている。
「ツカサの空間転移、タイミングが0.01秒遅れてたら俺の首が飛んでたぞ。お前、ガチで俺をあのままにして殺しにきただろ」
「……嘘とはいえ、ルカ様を傷つけるのは許しませんから。死ねは言いすぎです。少しばかりお仕置きが必要ですね」
「し、師匠……? 裏切ったんじゃ……」
私が涙目で震えていると、師匠は呆れたように笑い、いつものように私の頭をポンと撫でた。
「ルカが皇帝の小賢しいチートで足止めされてるのが見えたからな。……お前のスキルを発動させるための『ヘイト稼ぎ(的)』になってやっただけだ。感謝しろよ、不器用な勇者様」
「……っ、この、最低の詐欺師ぃぃぃっ!!また私を騙して!!! 大人なんて、大嫌いっすぅぅぅッ!!」
私は大泣きしながら、もうバフの切れたポカポカの拳で、師匠の胸を何度も何度も叩いた。
師匠は「痛ぇよバカ」と笑いながら、されるがままになっていた。
その後ろで、バルガスが「プロデューサー様の作戦、マジパネェっす……!」と感嘆しながら、アイリさんがトウヤ君に全力でヒールをかけるのをサイリウムを振って応援していた。




