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第四十話

狂熱のゲリラライブから一夜明けた、翌日の昼下がり。

 VIPルームの分厚いマホガニーの扉が、静かにノックされた。


「――失礼いたします、ナオキ殿」


入ってきたのは、特務機関のトップであり、この国の実質的な支配者であるユリウスだった。

 彼の背後には屈強な護衛が数名控えているが、ユリウス自身は武器を持たず、代わりに羊皮紙の束を小脇に抱えていた。


「おう。ルームサービスなら頼んでねぇぞ。監視カメラ越しにも言っただろ、今日は嫁たちと昼まで寝るってな。ったく、こんなものつけやがって、そろそろ外せよ」

「カメラについては陛下のご指示でして、私にはどうしようもなく、申し訳ございません。本日はお寛ぎのところ、どうしても『ビジネス』のお話をさせていただきたく」


ユリウスは薄く微笑みながら、書類の束をテーブルの上に滑らせた。

 俺とツカサはバスローブ姿のままソファに腰を下ろし、その書類を一瞥する。

 ――【神聖グリニア帝国における『ナオキ・プロダクション』の専属契約および特権付与に関する協定書】。


「ほう?」

「端的に申し上げましょう。昨日の奥様のパフォーマンス……いえ、あなた方の『管理手法』は、実に見事だった。帝国特務機関として、高く評価いたします。私は、貴方様方を過小評価しておりました」


ユリウスは、前世で何度も見てきた「有能なエリート役員」の顔で淡々と語り始めた。


「バルガス将軍をはじめとする武闘派どもは、強大な武力を持つ反面、知能が低く野蛮です。我々もこれまで特権を与えて手懐けてきましたが……少々、燃費とリスクが悪すぎた」

「ふーん。で?」

「それに比べて、あなたの『アイドル』という手法は革新的だ。暴力を使わず、彼らの攻撃性を『熱狂』へと変換し、自発的に軍資金まで献上させる。……実に素晴らしいコストパフォーマンスです。そこで、あなた方に提案がある」


ユリウスは、俺の目を真っ直ぐに射抜いた。


「我々帝国と、公式な『業務提携』を結びませんか」

「……業務提携ねぇ」

「ええ。あなた方のプロダクションを帝国公認の特権階級として保護し、莫大な富と、この王城での永遠の贅沢を保証しましょう。その代わり、あなた方は引き続き『アイドル』を使って武闘派の手綱を握り、彼らを大人しくさせておくこと。そして、ファンクラブの収益の四割を帝国に上納していただきたい」


なるほど。

 前世の言葉で言えば、有能なベンチャー企業に対する、大企業からの実質的な【M&A(吸収合併)】の提案だ。

 ユリウスからすれば、俺は「危険なイレギュラー」ではなく、「武闘派を管理するための有能な下請け業者」に見えているわけだ。さすが国を動かしているだけはあって有能。だが――


(『……あなた。この男、見事に引っかかりましたね』)

(『ああ。トップダウンの管理しか頭にねぇエリート様にとって、俺たちの「アイドルビジネス」は、喉から手が出るほど欲しい統治システムだろうさ。……思いつきだったが、良い目くらましになった』)


感覚共有リンクでツカサと一瞬の意思疎通を図る。

 そして俺は、いかにも「目先の利益にがめつい俗物」という顔を作って、鼻で笑った。


「悪い話じゃねぇが……四割上納はぼったくりだろ。俺たちはただ、美味い飯食って、ふかふかのベッドで可愛い嫁たちと楽しく暮らして、金稼ぎたいだけなんだわ。政治の面倒ごとを引き受けてやるんだ。帝国への上納は二割。それに、グッズ販売の非課税特権もつけろ」


俺の図々しい要求に、ユリウスの背後の護衛たちが殺気を放つ。

 しかし、ユリウス本人は片手を上げて護衛を制し、逆にひどく安堵したような、満足げな笑みを浮かべた。


「……フッ。さすがは強欲なプロデューサー殿だ。よろしい、その条件で妥結しましょう。すぐに契約書を書き換えます」


ユリウスの目には、確かな「優越感」が浮かんでいた。

 彼は俺を完全に理解したつもりなのだ。

 ナオキという男は、小賢しい盤外戦術の才はあるが、高尚な理念(大義)を一切持っていない。ただ自分の欲と女と金を満たしたいだけの【俗物】である、と。

 だからこそ、権力と金さえ与えておけば絶対に反旗を翻さない、安全で有能な駒としてシステムに組み込める。


そう、ユリウスは疑いもしない。

 俺の視線の先が、この王城のシステムでも、武闘派の将軍でもなく――。


「じゃあ、これで商談成立だな。これからも御贔屓に頼むぜ、特務機関のトップ様よ」


俺はユリウスが差し出した羽ペンを受け取り、羊皮紙にサインを書き込んだ。

 ユリウスは恭しく一礼し、「今後とも、良きビジネスパートナーとして」と告げて、部屋を後にした。


バタン、と。分厚い扉が閉まる。

 監視カメラが生きているため、俺たちは「やったー! これで一生遊んで暮らせるぞー!」とわざとらしくベッドの上で歓声を上げ、アイリとツカサの頬にキスをした。


だが、俺の脳内バックグラウンドでは、全く別のログが恐ろしい勢いで流れていた。


(『――あなた。契約、ご苦労様でした。ユリウスは完全に「アイドル事業」に目を奪われましたね』)

(『ああ。あいつの口から、「地下の奴隷たち」の心配は一言も出なかった。あいつらにとって下の8割は、首輪さえつけておけば何もできない『ただの背景』でしかねぇからな』)


俺はツカサの頭を撫でながら、脳内で静かに笑う。

 セリアを起点とした【感覚共有】。

 地下牢という、ユリウスが最も見下し、絶対に監視の目を向けない「盲点の暗闇」の中で。


俺が放った『希望のウイルス』は、すでに地下にいる三千人以上の奴隷すべての脳内へ感染バズを完了しているようだった。

 彼らの心の中にはすでに、チート同盟への静かな怒りと、自分たちを救ってくれる【光の勇者ルカ】の鮮明なイメージが、爆発の時を待つ火薬のようにパンパンに詰まっている。


(『……ユリウス。お前は確かに有能なエリートだ。だけどな、組織を内側から食い破って倒産させるのは、いつだって……現場で一番虐げられてる「末端の奴隷」の反乱なんだよ』)


俺たちの「盤面ブラフ」は、これで完璧に仕上がった。

 もうユリウスがどれだけ足掻いても、法的に俺たちを縛ろうとしても、根底のシステムごと崩壊する準備は整っている。


あとは――。


『(思ってたより遅いなあ...1か月の時間調整じゃ早すぎたか?)』

『(いえ、あなた、こっちの準備が早く終わってしまっただけです)』

『(早く会いたいねー)』


 理不尽な扉を外から物理的に蹴り破る、俺たちの『最高に可愛い勇者トリガー』の到着を、のんびり待つだけだった。

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