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第三十八話

【ナオキ視点】

白亜の王城。

 案内されたのは、皇帝の私室に次ぐ広さと格式を誇る『迎賓のスイート』だった。壁には見事な金糸のタペストリーが飾られ、部屋の中央には先ほどのホテルすら霞むほどの天蓋付きの特大ベッドが鎮座している。


「本日は長旅、誠にお疲れ様でした。何かご入用の際は、この後向かわせますメイドにお申し付けください。……それでは、どうか『欲望のまま』に、素晴らしい夜を」


ユリウスは胸に手を当てて深く一礼すると、音もなく扉を閉めて退室していった。

 カチャリ、と重厚な鍵が閉まる音が響く。


(『……ご主人様。この部屋も、ダメですわ』)


即座に、【感覚共有】のラインを通して、ツカサの理知的な声が脳内に響いた。


(『城の防衛システムが、先ほどのホテルとは比べ物にならないほど強固です。部屋のあちこちにも監視カメラと盗聴器が仕掛けられていますが、これをハッキングして偽装しようとすれば、確実に特務機関に検知されます』)

(『うげー。じゃあ、私の【魅了】もダメ?』)

(『はい。城の要人たちは全員、最高レベルの「精神干渉無効」の魔道具を装備していると推測されます。部屋や廊下にもセンサーがありますし、アイリ様のスキルを、直撃させるのは難しいでしょう』)


なるほど。敵の知将ユリウスは、俺たちを「アホ」だと見下してはいるが、決して油断はしていない。チート能力者に対する対策は万全というわけだ。


(『……なら、好都合だ。偽装できないなら、ずっと本物のアホのままいればいいだけだろ?』)


俺は脳内でそう返すと、わざとらしく「うおぉーっ! お城のベッド最高ォー!」と大声を上げ、ベッドにダイブした。

 そのまま、アイリとツカサの腕を引いて、ふかふかのシーツの上に三人で転がり込む。


「きゃあっ! もう、ナオキったらぁっ!」

「あぁっ、あなた、そんな急に……っ」


俺たちは服を乱し、監視の目が最も集中しているであろうベッドのど真ん中で、激しくキスを始めた。

 アホになっている俺たちにとって、これは演技でも何でもない。ただの「欲望」だ。だからこそ、ユリウスたち監視班には『与えられた快楽に溺れる獣の姿』として、一片の疑いもなく映っているはずだ。


(『んっ……ちゅっ……で、ツカサ。この城の情勢はどうなってる?』)


俺はツカサのタイトスーツの胸元をはだけさせ、その肌に顔を埋めながら、脳内だけで冷徹な会議ミーティングを始めた。


(『はぁっ……んぅっ……! 城内で力を持っているのは大きく三つの派閥です。圧倒的な武力を持つが知能が低い【チート同盟の武闘派】。彼らを裏から操ろうとしているユリウスの【特務機関】。そして――彼らに国を奪われ、奴隷として首輪をつけられている【原住民(メイドや兵士)】【異世界人のハズレ枠】たちです』)

(『……なるほどな。まずは、それぞれの派閥に接触するところからか』)

(『ええっ……あっ、ナオキ、そこダメぇっ……じゃあ、私の出番だねっ!』)


俺の背中に腕を回し、甘い吐息を漏らしながら、アイリが脳内で悪魔のように冷たく微笑む。


(私は元トップアイドルだよ? 男の「独占欲」と「見栄」を煽って、ドロドロの人間関係を作って勝手に自滅させるなんて……魔法なんかなくても、息をするより簡単だよ』)

(『頼もしい嫁だが誰もそんなことしろとは言ってないんだが……おっと、さっそく「歓迎の挨拶」が来たみたいだぞ』)


コンコン、と。控えめなノックの音が響いた。


「――夜分遅くに失礼いたします。本日よりお部屋付きメイドとして派遣されました、セリアと申します。早速ですが、将軍バルガス様より、新たなる賓客への『歓迎の品』をお持ちいたしました」


扉の向こうから聞こえたのは、若いメイドの震える声だった。

 俺は「ああ? 入れや」と声を出し、アイリの腰を抱き寄せていちゃつきながら扉の方を向いた。


ギィッ、と扉が開き、銀の盆を手にしたメイドが入ってくる。その首には、隷属を示す魔法のチョーカーがはめられていた。


目元で切り揃えられた白銀の髪は、月明かりを吸い込んだように透き通っており、恐怖に揺れる大きな瞳と相まって、ひどく庇護欲をそそる可憐な造形をしていた。

 上等なメイド服に包まれた体躯は、ひたすらに小柄で華奢。開いた襟元からスッと伸びる鎖骨のラインは折れてしまいそうなほど細く、その未成熟な儚さが、逆に男の嗜虐心を強烈に煽るような生々しい色気を放っている。

 そして、きゅっと締まった胸元には、若さを残しながらも男の掌にすっぽりと収まりそうな『ちょうどいい』柔らかな膨らみが、彼女の荒い呼吸に合わせて小刻みに震えていた。


「こちら、バルガス将軍からの最高級ワインでございます。……どうか、お召し上がりください」


メイドは震える手で、深紅の液体の入ったグラスをテーブルに置いた。

 俺は彼女を値踏みするようにジロジロと眺めながら、ゆっくりとグラスに近づく。


(『ご主人様。そのワイン、おそらく毒でしょう。この節操のなさは、武闘派の将軍からのものかと』)


ツカサからの警告。なるほど、頭の悪い武闘派からの「新参者はさっさと死ね」という贈り物か。


「へぇ、美味そうなワインだな。わざわざありがとよ」


俺はニヤニヤと笑いながらグラスを手に取った。

 そして――、その毒入りワインを一気に飲み干してみせた。


『『『【警告】

 遅効性の毒(大)を検知。

 【毒耐性 Lv1】が発動。毒のダメージを『大』から『弱』へ軽減します。』』』


脳内アナウンスが響いた。完全に忘れていたが、俺には、【毒耐性 Lv1】があった。【精神耐性 Lv1】でもアイリの魅了をかなり軽減していたし、耐性スキルはレベル1でも有用なようだ。

そんな耐性を取ったことを忘れていた俺は極細の水糸でバレないようにワインは全てトイレに出すつもりだった。念には念を入れてそれも行っておく。


「ぷはぁっ! 安っぽい味だが、まあ悪くねぇな。……それよりお前、かわいい顔してんな。こっちこいよ、可愛がってやる」


俺はグラスを置き、怯えるメイドに近づいた。


「ひっ……! 嫌っ、おやめください……っ!」

「どうした、まさか、『バルガス将軍の』メイドが、俺様からのご厚意を断るんじゃねえよな?」

「しょ、将軍がこれを知れば、無礼なのはあなたのほうです!」

「関係ねえなあ、おい! アイリ! ツカサ! こいつの両腕を抑えろ! 興奮してきた!」

「はい、あなた♡」

「りょうかいだよー☆」


「いや、やめて、いやあああああああ、ん、うぐっ」


俺は彼女の口を手でふさぎ押し倒すと、そのタイミングで彼女の脳に直接【感覚共有】を繋いだ。

 精神汚染マインドコントロールや洗脳ではない。ただ五感と思考の回線を繋ぐ専用回線だ。今のところ、城の強力な防衛システムにも一切検知されていない。


(『――騒ぐな。頭の中に直接話しかけてる』)

(『えっ……!? な、なに、これ……!?』)


目を見開き、パニックになりかけるメイドの思考を強引に押さえ込み、俺は淡々と念話を送り続ける。監視カメラからは、俺がメイドを襲っているようにしか見えないはずだ。


(『いいか、俺に毒は効いてない。お前との交渉次第では、気付いてないフリをしてやる』)

(『ど、毒に、気づいて……? なぜ、私を殺さないのですか……っ!?』)

(『もし俺がこの毒に気づいたらその場で殺されるか、運よくバルガスのところに逃げ込んだとしても、どうせ「このメイドが勝手にやったことだ」って言われて、お前が処刑されて終わりだ。絵に描いたようなトカゲの尻尾切り。わかってて持ってきたんだろ?』)


図星を突かれたのか、メイドの身体がビクンと小さく跳ねた。


(『どうして命を懸けてまでそのバルガスってやつなんかに従う? その奴隷契約の首輪のせいか? それとも、誰かを人質に取られてるのか? 何か理由があるのか?』)


俺が逃げ場のない事実で問い詰めると、メイドの目からポロリと一筋の涙がこぼれ、悲痛な思考が流れ込んできた。


(『……妹、です。地下の牢獄に、まだ幼い妹が……私がバルガス様の命令に逆らえば、あの子が……っ!』)

(『なるほどな。なら、俺と取引しろ』)


俺は、暴れる彼女の身体を抑えつけるフリをしながら、悪魔の契約を持ちかけた。


(『お前を脅したバルガスも、この城のチート転生者も、俺が全員掌握する。妹も必ず助け出してやる。その代わり、お前は俺の『手足』になれ』)

(『あ……っ……!』)

(『どうする? 気づいたことにしてお前も殺してもいいんだぞ?』)


俺が突きつけた冷酷な二択。だが、メイド――セリアの思考から返ってきたのは、絶望と、それ以上に深い『恐怖』の拒絶だった。


(『む、無理です……っ。あの方は、バルガス様は……逆らう者を、あの子を……っ! ひっ、あ、あああぁぁっ!』)


思考のリンク越しに、彼女の精神がガタガタと震えるのが伝わる。バルガスへの恐怖は、俺が提示した「希望」を上回るほどに彼女の魂を縛り付けていた。隷属のチョーカーの影響か、それとも長年の虐待の賜物か。


(『なるほどな。理屈じゃ動けねぇほど、心が壊されてるわけだ。……ツカサ、アイリ』)

(『はい、あなた♡ 壊すのは得意ですよ?』)

(『準備万端だよー☆ この子の「逃げ場」、全部私たちが埋めてあげようね!』)


俺はニヤリと笑うと、手から唇を離した。

 カメラ映像には、俺がメイドをベッドに放り出し、さらに妻二人と共に「夜の歓待」を始めようとしていた様子が映っているはずだ。そこまで時間をかけていないが、これ以上は不自然になる。


「おい、メイド。気が変わった。確かにお前はバルガス将軍のものだし手は出せないな」


俺はわざとらしくアイリとツカサを引きずり込むと、二人を左右から強く抱き寄せた。

 そして――セリアとの【感覚共有リンク】の出力を、最大フルスロットルまで引き上げた。


(『な、に……これ……!? やだ、熱い、頭が、溶けるぅ……っ!?』)


セリアが悲鳴のような思考を上げる。

 彼女は今、何も知らない人が見ればベッドで震えているだけだ。だが、その脳内には、俺とアイリ、ツカサが交わし合う「圧倒的な多幸感」が、ダイレクトに叩き込まれている。


アイリが全身で放つ、とろけるような甘い愛情と絶対の信頼。

 ツカサの理知的な思考が、ナオキへの安心感と熱気で瓦解していく瞬間の高揚。

 そして、俺自身の、すべてを支配し包み込もうとする『絶対的な余裕』。


(『――バルガスの恐怖がなんだって? そんな三流の、暴力しか能がない男に怯える必要なんてねぇんだよ』)


俺はアイリやツカサと熱を帯びた口づけを交わしながら、セリアの脳を『幸福感と快楽』の濁流で蹂躙していく。

 精神汚染ではない。だが、彼女の脳は「自分が今、この世で最も安全で、最高に愛されている」と錯覚し、バルガスへの恐怖を司る回路を強引にショートさせていく。


(『見ろ、セリア。俺の隣には、何の恐怖もねぇ。俺の支配下は、どこよりも安全で心地いい……! 怖いものなんて、もう何もねぇだろ?』)

(『あ、あぁ……っ! はぁっ、はぁっ……すごい、なにこれ……恐怖が、全部、消えていく……っ!』)


リンク越しに伝わる彼女の「拒絶」が、急速に「依存」へと変質していく。

 そのすべての高揚感がセリアの脳内で増幅され、彼女の恐怖心も、妹への絶望すらも、真っ白な安心感に塗り潰されていった。


(「あ、あああああぁぁぁ……っ!!」)


セリアの喉から、押し殺したような、しかし隠しきれない甘い吐息が漏れる。

 彼女の瞳はもう、バルガスへの恐怖で濁ってはいない。俺を、この絶対的な庇護と幸福を授けてくれる魔王を見るような、熱烈な信奉の色に染まっていた。


(『……どうだ、セリア。バルガスの駒として怯えて死ぬか、俺の女になって、妹と一緒に『自由』を貪るか……選べ』)


脳内リンクを維持したまま、俺は彼女の頬を指先でそっとなぞった。それだけで、彼女はビクンと身体を跳ねさせ、涙を流しながら縋り付くような思考を送ってくる。


(『わ、私は……っ! 私は、あなた様のものになりたい……! バルガスなんて、あんな恐ろしい男……もう、嫌っ、いらないっ! 私を、私を救ってください、ナオキ様ぁっ!』)


(『――よし。いい子だ。今日からお前は、俺の最高のスパイだ』)


俺は、彼女の意識を完全に掌握したことを確信した。

 恐怖よりも深い「依存」と「圧倒的な幸福」。これこそが、絶対外れない最強の奴隷契約だ。

 チョーカーの奴隷契約など、後でどうとでもなる。


「……しかし美味いワインだった。バルガス将軍によろしく頼むぞ。さあ、今日はもういい。出てけ」


わざとらしくカメラに向けてそう言い放ち、感覚共有を維持したままのセリアを部屋から追い出した。

 こうして俺たちは、敵の監視網のド真ん中で、最高の内通者スパイを潜り込ませることに成功したのだった。

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