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第三十話~ターニングポイント~

「……チッ。来やがったか」


居間でくつろいでいた師匠が、ふいに険しい顔で立ち上がる。

 師匠の張り巡らせていた索敵網に、チート同盟の襲撃が引っかかったのだ。すでに家が完全に包囲されようとしているらしい。

 アイリさんとツカサさんも表情を引き締め、急いで迎え撃つ準備を始める。


いつか来る襲撃に備えて、師匠から「【絶対防御】で家全体を包めるようにしておけ」と言われて心の準備はしてきたつもりだった。けれど、本当にその時が来るとなると、やっぱり足の先が少し震える。

 今の私では、まだ家全体を完璧に包み込むことはできない。けれど、私のすぐ側にいるトウヤ君をすっぽり守ることくらいは絶対にできる。それに、猛特訓した【部分展開】を使えば、前衛で戦う師匠やアイリさんをアシストすることだってできるはずだ。


「大丈夫っすよ、トウヤ君! 師匠!」


私はそれを誤魔化すように立ち上がり、ドンッと自信満々に胸を張った。


「私の【絶対防御】を最大出力で張るっす! これでどんなチート野郎が来ても、絶対に壊せないっすから。ここでやり過ごせば――」


ふと見ると、トウヤ君が震える右手を、私の張った結界へとゆっくり伸ばしていた。

怯えているのだろうか。そんなに心配しなくても大丈夫、私の結界は絶対に破られない。私がトウヤ君を守るんだ。そう思って、私は彼を真っ直ぐに見つめた。


だが、トウヤ君は結界に触れる寸前で右手を下ろし、そのまま泥のようにその場に崩れ落ちた。


「……ごめん。……ごめんなさい、ルカちゃん」

「え……トウヤくん……?」


彼が何を謝っているのか、私はまったく理解できなかった。


「俺……騙してたんだ……! 本当のスキルはアイテムボックスなんかじゃない。【防御貫通】スキルで、ルカちゃんの結界を内側から破る役として、ここに送られたんだ……!」


せきを切ったように溢れ出したトウヤ君の言葉に、私の頭は真っ白になった。


「双子の姉の、ミヤビを人質に取られてて……俺が結界を壊さなきゃ、あいつらに姉を殺される……っ! でも……ルカちゃんたちを裏切るなんて、俺にはできなかった……! ごめんなさい、使えなくてごめんなさい……ミヤビ、ごめん……俺、どうしたらいいか……ッ!」


床に頭を擦り付け、子供のように泣きじゃくるトウヤ君。

嘘だ。だって彼は、あんなに優しく笑って……。


(……ああ。やっぱり、外の世界は、他人は、恐ろしくて酷いものだったんだ)


冷たい氷水に全身を沈められたような、ひどい寒気がした。

前世でずっと一人用の狭くて暗い部屋の中に引きこもって、誰も信じられなかった私。そんな私が、師匠、ツカサさん、アイリさん以外で、初めて自分から勇気を出して手を伸ばした相手が彼だった。

同年代で、しかも男の子なんて、彼が初めてだった。

縁側で他愛のない話をして、一緒に笑って、同じご飯を食べて。彼が向けてくれる温かい言葉に、もしかしたら私でも、こんな風に誰かと普通に笑い合える明日が来るんじゃないかって、馬鹿みたいに浮かれていた。

私の初恋だった。私の、初めての青春だったのだ。


でも、違った。

彼が私に向けていたあの優しい笑顔も、不器用な優しさも、全部、私の張る『絶対防御』の結界を内側から壊すための、ただの「作業」だったのだ。

私の心を開かせて、懐に入り込むための罠。

私みたいな可愛げのない女に、真っ直ぐ無条件で優しくしてくれるわけなんてなかったのだ。勘違いして、勝手に舞い上がって、勝手に信じ込んで。


(私の、せいだ……)


絶望が、真っ黒なタールのように胃の腑からせり上がってくる。

私が、彼を助けずに見捨てていれば。この家に案内しなければ。

私が、他人の温もりなんて欲しがらなければ。

外の悪意からみんなを守るはずの私自身が、一番の危険分子バクダンを、自らこの安全な家の中に招き入れてしまった。


私のどうしようもない愚かさのせいで。

私が中途半端に「人と関わりたい」なんて、身の丈に合わない勇気を出してしまったせいで。

いつも私を過保護なまでに愛して守ってくれた師匠も、ツカサさんも、アイリさんも、全員が理不尽な暴力に晒されてしまう。


息ができない。目の前がぐらぐらと揺れる。

外からの攻撃をどれだけ弾き返せても、私が内側から扉を開けて悪意を招き入れてしまったら、何の意味もない。私の『絶対防御』は、私の心の弱さのせいで、大好きな人たちを死の淵に引きずり込んでしまったのだ。


(ごめんなさい、ごめんなさい……私が馬鹿だった。私が、調子に乗ってたから……!)


膝から崩れ落ちそうになる。

もう一度、あの誰とも関わらない、暗くて狭い絶対隔離の箱の中に逃げ帰って、一生耳を塞いで蹲っていたかった。


パニックになりかけた、その時だった。


「……ほら見ろ、ツカサ。俺の言った通りだろ?」

「……ええ。私も半信半疑でしたが、まさか、自分の肉親の命と天秤にかけてまで、こちらの情を優先するほどの『善人バカ』が存在するとは」


頭の上から降ってきたのは、呆れたような師匠の笑い声。

顔を上げると、ツカサさんも見たことのないような嬉しそうな顔で笑っていた。


「……え?」


師匠、ツカサさん、そしてアイリさんの三人が、どこかホッとしたような、柔らかい顔でトウヤ君を見下ろしていた。

私だけが、状況が飲み込めずにポカンと口を開けている。


「トウヤ、お前が森で魔獣と一緒に転移ワープしてきた時から、チート同盟の仕込みだってことは全員気づいてたよ。だから俺、お前の体にずっと『魔法のライン』を繋いで監視させてもらってたんだ」


……は? 気づいて、た?


「一番合理的なツカサですら、お前を切り捨てずに『様子を見るべきだ』って言ったよ。アイリと俺も、もちろんそれに賛同した。……だって、ルカがお前といる時、あんなに楽しそうに笑ってたからさ。俺たちだけのときは、あんな笑顔はみたことがなかった」


師匠が、ポンと私の頭を撫でた。


「でもな、俺たちの可愛いルカを誑かして騙してるだけなら、許すことはできない。だから、大人三人で会議したんだ。お前が危害を加える気なら、ルカにバレないように消す。でも、もしお前が俺たちを選んでくれるなら……その時は、姉ごと丸抱えして、本当の仲間に迎え入れてやろうってな」


その言葉を聞いて、私は息を呑んだ。

ツカサさんが自分の視力を使ってチート同盟の読唇術を行い、ミヤビさんの居場所や敵の情報などを手帳に書き記していたこと。

それを読んでアイリさんと師匠が、夜の営みのダミー音声を流し、こっそりテレポートでミヤビさんを救出に行っていたこと。

今はもう、ミヤビさんが師匠の魔法で守られた安全なホテルで保護されていること。


次々と明かされる真実に、トウヤ君は「なんでそこまで……」と声を上げて泣き崩れた。


私は、自分がひどく滑稽で、惨めな生き物に思えた。

大人たちは、ずっとわかっていたのか。

知らないのは、私だけ。

私は信用していた三人からも子ども扱いされ、真実を伏せられ、ただ守られているだけだったのか。

私は信用されて、いなかったのだ。


なんて滑稽だ。

なんて、バカにしているのだろう。

そんなこと、頼んだ覚えはない。


私は、前世のことを思い出す。

本当の私を誰も見てくれず、誰も触れてくれず、ただ部屋に放置されているだけだった自分。

そんな親と違って、無条件で自分を愛してくれていると信じていた師匠すら、結局私のことは、ただ庇護する対象であって。


見下していて。


子供として、扱っていただけなのだ。


でも、そんな絶望よりもずっと、頭にきていることがある。


「……ちょっと、待つっす」


震える声が、自分の口から漏れた。


「じゃあ……トウヤ君は一人で、ずっとあいつらに脅されて、苦しんでたんすか?それなのに、 師匠たちは裏で戦ってて……私は、何も知らずに、ヘラヘラ笑ってたんすか?」

「ルカ様、それは……」



『おいゴミ! いつまで時間かかってんだ! もういい、中のハズレ枠ごと全員消し炭にしてやる!!』


結界の外から、チート同盟の刺客たちの怒声が響き渡る。

数十人規模の敵が一斉に杖を振り上げ、大気を焼き焦がすほどの極大の炎魔法を構築し始めるのが見えた。


「……ルカ。トウヤは、お前を守るために裏切らないことを選んだ。チート同盟の連中のスキルについても調査済みだ。お前はこのままバリアを維持してくれ、俺たちはここから出て戦うから――」

「下がるっすよ、師匠」


前に出ようとした師匠を、私は手で制した。

胸の奥で、今まで感じたことのないほどドス黒くて、恐ろしく冷たい感情が渦巻いているのがわかった。


自分が無知だったことが悔しい。みんなに信用されてなかったことが悔しい。何もできなかった自分が許せない。

だけど、それ以上に。


「ルカちゃん……ごめん……ごめんなさい…………ごめんなさい……ごめんなさい……」


背後で震えながら何度も謝るトウヤ君の声を聞いて、私の中の『怒り』が限界点を突破した。


そうだ。彼は私を騙してなんてなかった。

純粋で、優しくて、今も何度も何度も、

何度も

何度も

何度も

何度も謝っている彼を。


こんな風に脅して、追い詰めて、泣かせたのは、あいつらじゃないか――。


師匠たちだってそうだ。


もっと早くトウヤ君に「気づいている」と教えてあげればよかったんだ。


 そうすれば、トウヤ君が一人で地獄のような重圧に苦しむ時間は減ったはずだ。

 私のためにトウヤ君を試すようなことをした? パーティの安全のため?

 ふざけるな。トウヤ君の心は、大人たちの盤面のおもちゃじゃない。


「……私の尊厳を踏みにじって、私の大切な人を泣かせたんすよ。大人たち。……絶対に、許さないっす」


ただみんなを守るためだけに張られていた【絶対防御】の壁が、私の強烈な『怒り』に呼応して、ひび割れるようにカタカタと鳴り始める。


『『『【条件達成】


対象者【ルカ】の、大切な人を守りたいという強烈な想いに呼応し、

 スキル【絶対防御】が進化します。

 進化先候補:【世界防衛】


ERROR

 ERROR

 ERROR


対象者の強烈な意志により、スキルの受領が拒否されました。

 【世界防衛】の付与をキャンセル。スキル【絶対防御】は完全に消滅します』』』


『『『【条件再設定】


対象者【ルカ】の、理不尽な強者に踏みにじられた失望と怒りに呼応し、

 新たなスキルの発現を確認。

 エクストラスキル【叛逆の愚者】を獲得しました。


【叛逆の愚者】

 理不尽な上位者に対する反逆の力。

 権威、暴力、威圧、加護、支配、その他あらゆる強制・抑圧効果に対する絶対的な抵抗を得る。

 理不尽な上位者への反撃時、自身に大幅な能力補正ブーストを付与。

 さらに、弱者を守るために戦う際、味方に劇的な強化効果を与える。』』』


耳障りなシステム音と共に、私を閉じ込めていた光の殻が粉々に砕け散った。


もう、私を過保護に守ってくれる大人たちの背中なんていらない。

 私が、私の意志で、この理不尽な世界を叩き潰す。

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