第二十九話
【ルカ視点】
トウヤ君が来てから数週間。彼はすっかり私たちのパーティに馴染んでいた。
彼は本当に裏表のない、真っ直ぐな人だったからだ。
私が市場で買った新しい防具を縁側で手入れしていると、隣にちょこんと座り込んで、「ルカちゃん、それ似合ってるね。すごく可愛いよ。それに、いつも俺たちを守ってくれてありがとう」と、屈託なく笑いかけてくれる。そんなストレートな言葉を向けられるたびに、私の顔は火を吹くほど赤くなって、まともに手入れができなくなってしまった。
アイリさんのステップ練習には、「すげえ! アイドルみたいだ! もっと見たい!」と、その辺で拾った木の枝をペンライトみたいに振って素直に拍手を送り、アイリさんを上機嫌にさせていた。
いつもは冷徹なツカサさんが淹れる食後の紅茶にも、「こんな美味しいお茶、初めて飲みました。ツカサさんってすごいですね……!」と毎回本気で感動して涙ぐむものだから、ツカサさんも「……ふむ。茶葉の抽出時間が完璧だっただけです」と、少しだけ誇らしげに眼鏡を光らせていた。
だけど、少しだけ面白くなかったこともある。
師匠とトウヤ君が、日本にいた時の漫画やアニメの話で、まるで小学生の男子みたいに目を輝かせて盛り上がっていた時だ。
「やっぱ男なら、一度は「波ッ」ってやつ撃ちたいよな。それか、せめて俺もチートでツカサみたいなレーザー撃ちたかったわ」
「わかります! ナオキさんなら絶対似合いますよ! あとはこう、ピンチの時に覚醒して髪の色が変わるとか!」
なんて言いながら、二人で架空の必殺技のポーズをとって大笑いしている。
私はそういうジャンルに疎かったから、二人の会話に全然入れなかった。トウヤ君が私じゃない誰かと(たとえそれが大好きな師匠相手でも)あんなに楽しそうに笑っているのが、胸の奥がチクチクして、ちょっとだけ悔しかった。
「……むー。私だって、絶対防御のオーラとか出せるっすよ」と拗ねてみせると、トウヤ君はすぐに気づいて「ごめんごめん! でも、ルカちゃんのバリアが一番カッコいいよ!」と慌ててフォローしてくれる。その優しさが、また私の心をぐしゃぐしゃにかき乱した。
そんな彼は、自分の戦う力が皆無であることを少しも恥じず、私たちが戦う時は全力で荷物持ちや索敵のサポートをしてくれた。
特に、彼の【アイテムボックス】のスキルは凄かった。容量が大きくて重い荷物も無限に運べるから、私たちのギルド活動は劇的に快適になった。
ある日のお昼休憩のこと。
ツカサさんが「これも社内旅行(福利厚生)の一環です。チームの士気向上を図ります」とかもっともらしいことを言って、ユーグラドの街の商人から買い占めてきた立派なバーベキューグッズと、高級な魔物の霜降り肉をドンッと取り出したのだ。
「おおっ!? ツカサ、お前分かってるじゃねえか!」
「わぁ、お肉! すっごい美味しそう!」
味覚がないはずの師匠が一番ノリノリで準備を始め、絶妙な火加減で肉を焼き始めた。森の開けた安全地帯に、香ばしくて暴力的なほど美味しそうな匂いが立ち込める。
「ほらトウヤ、お前育ち盛りだろ。一番いいとこ食え」
「えっ、いいんですか!? うわぁぁ、とろける……! うめぇぇっ……!!」
師匠から焼きたての肉を渡されたトウヤ君は、またしてもボロボロと大粒の涙をこぼしながら肉を頬張っていた。そんなトウヤ君に、私は持っていた水筒をそっと差し出した。
「ほら、急いで食べたら喉詰まらせるっすよ」
「あ、ありがとうルカちゃん。……ルカちゃんも、はい、これ。すっごく美味しいよ」
トウヤ君が、自分が串に刺したお肉を私に向けて差し出してくる。
えっ。これって、いわゆる間接キス的な……いや、串は別だけど、彼がフーフーしてくれたお肉……っ!?
「い、いただくっす!」とテンパりながら囓りついたお肉は、どんな高級料理よりも美味しくて、胸がいっぱいになって味がよく分からなかった。
そんな彼と過ごす毎日は、私の冷え切っていた心を、春の陽だまりのようにポカポカと温めてくれた。
一人用の狭い箱に引きこもって、誰も信じられなかった私が、こんな風に誰かと笑い合って、お肉を食べて、隣にいる男の子の横顔を見て胸をドキドキさせている。
(……ずっと、このままがいいっす)
青空の下、師匠の焼くお肉を争奪戦するアイリさんとトウヤ君。それを熱心に記録しているツカサさん。
私は、自分が展開している透明な結界の中で、この優しくて完璧な日常がずっと続くと、微塵も疑っていなかった。
私の【絶対防御】があれば、この幸せな時間を、どんな理不尽からも守り抜けるのだと。本気で、信じ切っていた。
――その日、運命の足音は、唐突に私たちの拠点を包み込んだ。




