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第二十八話

【ルカ視点】


その日から、トウヤ君との騒がしい日常が始まった。


「うわぁ……! すっごい立派な家! これ、本当にルカちゃんたちの拠点なの!?」


ボロボロの服を着たトウヤ君は、私たちがユーグラドの街で買った中古物件(師匠の魔法で新築同然にリフォーム済み)の門をくぐるなり、目を丸くして歓声を上げた。

 まるで遊園地に初めて来た子供みたいに、キラキラと目を輝かせて庭や縁側を見回している。


「ふふん、そうっすよ! 師匠が魔法でピカピカにして、私たちが畳を張り替えた、世界で一番安全な最強の拠点っす!」

「ルカちゃんたち、本当にすごいね……! 俺なんて、転生してからずっとスラムの裏路地か、森の洞穴で震えて寝てたからさ。こんな温かそうな家、夢みたいだ……」


トウヤ君の言葉に、私の胸の奥がギュッと締め付けられた。

 この世界に放り出されてからの恐怖と絶望は、私にも痛いほど分かる。もし師匠に拾われていなかったら、私も彼と同じように、誰にも見つけられずに野垂れ死んでいたかもしれないのだ。


「……おかえり、三人とも。怪我はないな」


縁側で茶をすすっていた師匠が、ゆっくりと立ち上がってこちらへ歩いてきた。

 相変わらず、表情からは感情が読み取りにくいけれど、その目には確かな安堵が滲んでいる。


「師匠、ただいま帰ったっす! あのね、今日森で――」

「ああ、見てたぞ。お前、ちゃんと細かくアイリをカバーできてたな。よくやった」


ポン、と。

 師匠の大きな手が、私の頭を乱暴に、でもすごく優しく撫でてくれた。

 触覚がないから力加減が不器用だけど、その重みがたまらなく嬉しくて、私は「えへへ」とだらしない顔で笑ってしまう。


「アイリ、風呂は沸かしておいたぞ。入ってこい。お疲れ様」

 アイリさんが、「さすがナオキ。たすかるぅ~」と心底疲れた声を出し、ツカサさんも「お供します!」とついていった。


「あ、あの……! もしかして、あなたがルカちゃんたちのリーダーの……」

「ん? ああ、俺はナオキだ。お前がトウヤだな。話は大体聞いてた。災難だったな」

「は、はいっ! ルカちゃんには命を救われました! 本当に、信じられないくらい綺麗で、すっごく頑丈なバリアで……俺、あんなすごい魔法、初めて見ました!」


トウヤ君は直立不動になり、顔を真っ赤にしながら師匠に向かってペコリと深く頭を下げた。そして、また私のバリアを真っ直ぐな目でベタ褒めしてくる。


「ちょっ、トウヤ君! 師匠の前でそんな大声で褒めないでほしいっす! 恥ずかしいっす!」

「え? だって本当のことだし。ルカちゃん、めちゃくちゃカッコよかったから」


……ダメだ。この真っ直ぐさはズルい。

 師匠みたいな「大人の包容力」とは全く違う、同年代の男の子からの純度100%の尊敬と好意。引きこもりで男子とまともに話したことすらなかった私の免疫力では、とても太刀打ちできない。


「あー。ルカちゃん、顔真っ赤だね。ふふっ、可愛い~」

アイリさんが大浴場へ向かう歩みを止め、廊下を振り返って言ってくる。


「アイリさんからかわないで欲しいっす!くさいっす!!早くお風呂行ってください!!」


「……新規参画の外部リソース(トウヤ)に対するルカさんのエンゲージメントが急上昇していますね。警戒心の低下はリスクですが、心理的成長のプロセスとしては非常に興味深いデータです」


アイリさんが口元を押さえてクスクスと笑い、ツカサさんが手帳にスラスラと何かを書き込んでいる。師匠は「ああ、若いっていいなあ」と一人で勝手に納得して頷いていた。


* * *


その日の夕食は、トウヤ君を交えての賑やかな食卓になった。

 アイリさんが腕を振るった、異世界の食材で作ったシチューと、ふかふかの白パン。

 トウヤ君は一口食べた瞬間、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。


「うっ、ぐすっ……うめぇ……。温かいご飯なんて、いつぶりだろう……めちゃくちゃ、美味しい……っ」

「トウヤ君……おかわり、いっぱいあるからね。ゆっくり食べて」


アイリさんが優しく微笑みかけ、トウヤ君は「はいっ、ありがとうございます!」と何度も頷きながら、一心不乱にシチューをかき込んだ。


その姿を見ながら、ツカサさんが静かに紅茶のカップを置く。


「……トウヤさん。貴方はデフォルト設定をよく回避されておりますし、ご自身のスキルを【アイテムボックス】と申告しましたが、使いようによっては優秀なスキルです。チート同盟からの勧誘はなかったのですか? 彼らは転生者を徹底的にスクリーニングしているはずですが」


ツカサさんの鋭い質問に、食卓の空気が少しだけピリッとする。

 だが、トウヤ君はスプーンを置き、真っ直ぐにツカサさんの目を見返した。


「ありました。……でも、あいつら、同じ日本人を奴隷みたいに扱って、笑ってたから。……あんなふうに、誰かを見下して生きるのは絶対いやだって思ったんです」

「……」


嘘偽りのない、強くて真っ直ぐな言葉だった。

 ツカサさんはしばらくトウヤ君の瞳の奥をジッと見つめていたが、やがて「……なるほど。独立独歩の精神ベンチャーマインドは評価に値しますね」と小さく呟き、それ以上は何も追及しなかった。


師匠も、何も言わずにただ茶をすすっている。

 この二人が何も言わないということは、トウヤ君は本当に「信用できる仲間」と判断されたのだ。


「トウヤ君! あんた、めっさバカだけど、最高にカッコいいっすよ!」


私は嬉しくなって、身を乗り出した。


「弱いとか、関係ないっす! 師匠だって【生活魔法】だけで私たちをここまで引っ張ってくれたんすから! これからは、クエスト行く時、私たちがトウヤ君も一緒に手伝ってやるっす!」

「えっ、いいの!? 俺、荷物持ちくらいしかできないけど……」

「任せるっす! 私の【絶対防御】があれば、どんな魔物が来てもトウヤ君に指一本触れさせないっすから!」


私がドンッと胸を叩くと、トウヤ君は今日一番の、本当に嬉しそうな、ひだまりみたいな笑顔を見せた。


「ありがとう、ルカちゃん。……ルカちゃんって、本当に強くて、優しいんだね」


ドクン、と。

 また、心臓が大きく跳ねた。


元の世界で、部屋の隅で膝を抱えていた私。誰にも干渉されたくなくて、誰の命の責任も負いたくなくて、ずっと自分だけの殻に引きこもっていた。

 でも今は違う。

 大好きな師匠たちがいて。私を信じて、私に背中を預けてくれる男の子がいる。


(……私、この世界に来てよかったかもしれないっす)


縁側の外では、穏やかな春の夜風が吹いていた。

 温かいご飯の匂いと、みんなの笑い声。

 私は、この優しくて完璧な日常がずっと続くと、微塵も疑っていなかった。

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