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第二十七話

開け放たれた縁側から差し込む春のような明るい陽射しが差し込み、真新しい畳の青々とした光が輝く。

 それが、ユーグラドの街で購入した俺たちの新居の朝だった。


「師匠、師匠! 見てほしいっす! ジャーン!!」


バンッ、と勢いよくふすまが開いて、ルカが居間へと飛び込んできた。

 彼女が自慢げにその場でクルリと回ってみせたのは、昨日この街の市場で買ってきたばかりの、真新しい軽装の冒険者風の服だった。

 ダボッとした少し大きめのジャケットに、動きやすそうなショートパンツ。ボロボロの学生服一枚だった奴隷の頃とは見違えるような、年相応の元気な女の子の姿がそこにあった。


「おお。よく似合ってるじゃねえか。サイズもピッタリだな」

「へへーん! アイリさんと一緒に選んだんすよ! これで防御力も可愛さもアップ間違いなしっす! 私の【絶対防御】と合わせれば、まさに難攻不落の要塞っすね!」


えっへん、と胸を張るルカの後ろから、「ルカ様は神です」と変態的な声が続いた。

 ツカサだ。彼女はなぜか異世界だというのに、前世の秘書やエージェントが着るような、タイトでボディラインがくっきりと出る黒のスーツ(のような魔物素材の戦闘服)を見事に着こなしていた。


「ツカサさん、その服……どこで売ってたんすか……」

特注オーダーメイドです。前衛のお二人が自由に動けるよう、私は後方支援とデータ収集に特化する必要がありますからね。機能性はもちろんのこと、ご主人様の視覚的モチベーションを向上させるためのタイトなシルエットライン。完璧な自己投資ブランディングですわ」

「……相変わらずブレねえな、お前」


俺が苦笑いしていると、ふすまの陰から、モジモジと遠慮がちな足音が聞こえてきた。


「あの……ナ、ナオキ……。私のも、見てくれる?」


おずおずと顔を出したのは、アイリだった。

 彼女が選んだのは、これからの魔物狩りでの激しい動き――彼女のスキル【舞闘技アイドル・ステップ】の性能を最大限に活かすための、軽やかで装飾の少ない踊り子のような衣装だった。

 透き通るような薄いブルーの髪によく似合う、白と淡い水色を基調としたフリル。動くたびにふわりと揺れる裾から、白い太ももがチラリと覗く。


「……あ、あんまり布が多くない方が、ステップの邪魔にならないかなって思って、防御魔法は生足の部分もかかるから性能はいいらしいし。ルカちゃんに選んでもらったんだけど……変、かな……?」


アイリは恥ずかしそうに両手でスカートの裾を握りしめ、上目遣いで俺の顔を窺ってくる。

 視覚と聴覚だけは研ぎ澄まされている俺には、彼女がどれだけ魅力的で、そして俺の言葉を期待して頬を染めているかが痛いほど伝わってきた。


「……いや。すげえ綺麗だ。よく似合ってるよ、アイリ。この世で一番かわいい」

「っ……! ほ、ほんと……!?」


俺が素直に褒めると、アイリは顔を真っ赤にして、パァッと花が咲いたように笑った。

 あの理不尽な神に落とされ、奴隷にされかけていた。そんな地獄の連続だったのに、こうして新しい服を見せ合いながら、朝の光の中で笑い合っている。

 こんな世界でも、彼女たちの明るい声と笑顔だけは、確かに心を温かく満たしてくれていた。信じられないくらい、平穏で幸せな時間だった。


「さて。着替えも済んだし、予定通りお前たち三人はギルドのクエスト兼、特訓に出てもらうぞ」

「はいっす! 私の【絶対防御】、街の外の魔物相手にどこまで耐えられるか試してくるっす!」

「私も、この新しい衣装とステップの動き、しっかり実戦で確認してくるね。……ツカサさん、よろしくお願いします」

「お任せください。私が引率として、お二人の実戦データ(KPI)を完璧に計測・分析し、夕方には最適な改善案フィードバックをご提出いたしますわ」


頼もしい三人の言葉に、俺は頷く。

 装備と荷物を整えた三人を、玄関先で見送る。


「じゃあ、行ってくるね、ナオキ」


アイリが、俺の前に少しだけ背伸びをして近づいてきた。

 あの「約束の夜」を経てからというもの、彼女との距離感は明らかにバグっている。アイリは躊躇うことなく俺の胸元にギュッと飛びつくように抱き着き、嬉しそうに見上げてきた。


「お留守番、お願いね。……あんまり無理して魔法使っちゃダメだよ?」

「ああ。分かってる。アイリこそ、絶対に無理はするな。ラインは強めに繋いである。少しでも危なくなったらすぐ連絡しろよ」

「うんっ!」


感覚共有をしなくても、俺の胸に押し付けられた彼女の顔の角度や、服のシワを見れば、どれだけ強く抱き着いてくれているかは分かる。俺が不器用にその頭を撫でてやると、アイリは猫のように目を細めた。


ルカが「あーあー、朝からごちそうさまっす! 早く行くっすよ!」とからかい、ツカサが眼鏡を光らせながら「ふむ、出発前のスキンシップによる士気向上エンゲージメント。記録しておきましょう」と手帳にメモを取っている。


「……じゃあな。行ってらっしゃい」


朝の活気に満ちた大通りへと歩いていく三人。

 何度も振り返って手を振るアイリに手を振り返しながら、俺は小さく息を吐いた。


「……まるで、女に稼がせて留守番してるヒモだな、これ」


自嘲気味に呟きながら、俺は縁側へと腰を下ろした。

 だが、俺には俺のやるべきことがある。

 超視覚で周囲を警戒しながら、ひたすら街の地下や大気中に【生活魔法】の水脈を編み込み、この街全体を網羅する広大な情報・防衛網を構築するという、地味だが集中力が必要な作業だ。


そしてそのまま作業に没頭し数時間が過ぎ、もうすぐ昼になる。

 俺は意識を、街中に張り巡らせた見えない水脈ネットワークから現実へ引き戻す。少し休憩したい。

 縁側に座る俺の膝には、ぽかぽかとした春のような陽射しが落ちていた。庭の木々が風に揺れる音と、遠くで鳴く鳥の声だけが響く、退屈で平和な時間。


「ちょっとあいつらの様子でも見てみるか」


俺は淹れ直した茶をすすりながら、3人と繋いでいるラインと、街の外縁まで伸ばしていた水脈のネットワークを通じ、【超視覚】と【超聴覚】のピントを郊外の森へと合わせた。

 そこではちょうど、俺の自慢のパーティメンバーたちが、順調に特訓の成果を上げているところだった。



【ルカ視点】


「はあっ……! やっ……!」


森の開けた場所で、アイリさんが軽やかなステップを踏むたびに、巨大な猪の魔物フォレスト・ボアの突進が空を切る。

 アイリさんはいつも可愛いアイドルだけど、新しい衣装のフリルがふわりと舞う今日の姿は、本当に本物のステージで踊るみたいで、思わず見惚れてしまう。ちょっと憧れる。


「ルカ様!ぼーっとしない! 右下、来ます!」

「わ、分かってるっす! 【部分展開】ッ!」


私はボアの振り上げた牙の軌道上にのみ、ピンポイントで小さな光の盾を割り込ませた。

 ガィィィンッ! と甲高い音が鳴り、ボアの体勢が崩れる。

 自分ごと閉じこもる『ドーム型の結界』しか張れなかった頃と違い、今の私なら、味方の攻撃を邪魔せず、敵の攻撃だけをピンポイントで弾き飛ばせるようになっていた。


……でも。


「あっ、次が早っ――」


体勢を崩したはずのボアが、強引に頭を振り回し、別の角度からアイリさんを薙ぎ払おうとした。私の盾の展開がコンマ数秒遅れる。


「くっ……!」


アイリさんがステップで威力を殺したものの、防ぎきれなかった衝撃で軽く弾き飛ばされる。

でも購入した防具の力で、傷は負っていないようだった。


「アイリさん! ごめんっす!」

「平気、浅いよ! 全然踊れる!」


すかさずツカサさんが魔力弾を連射してボアの視界を奪う。その一瞬の隙に体勢を立て直したアイリさんが、ボアの急所へと渾身の蹴りを叩き込み、魔物は光の粒子となって消滅した。


「ふぅ……っ! ツカサさん、今の動きどうだったかな?」

「ステップの精度は前回比で120%向上。素晴らしいです。ただしルカ様、部分展開の精度がまだ70%止まりです。一歩間違えれば、アイリ様の急所に被弾していましたよ」

「うぅ……反省っす。敵の手数が多いと、まだ目が追いつかなくて……」

「落ち込む暇はありません。実践トライあるのみです」


ツカサさんが次の指示を出そうとした、その時だった。


「――っ! くそっ、こっちに来るな!!」


森の奥から、男の子の切羽詰まった叫び声と、地鳴りのような魔物の咆哮が聞こえてきた。


「えっ!?」

「ルカちゃん、あっちからだ!」


アイリさんが即座に声のした方へ駆け出す。私も慌てて結界を展開する準備をしながら後を追った。ツカサさんも舌打ちしながらついてくる。


茂みを抜けた先にいたのは、全身が刃のような黒い甲殻に覆われた、ギルドの資料でさえ見たことがない巨大な多脚魔獣だった。まるで無機質な機械で造られた蜘蛛のような、おぞましい姿。それが周囲の木々を薙ぎ倒しながら、凶悪な刃を振り上げている。

 そしてその足元で、ボロボロになりながら木の枝(ただの棒切れ)を振り回している、私と同じくらいの年齢の男の子がいた。


「下がれって言ってんだろ! このっ!」


黒髪に、黒い瞳。ボロボロの衣服。

 ……間違いない。私たちと同じ、日本からの転生者だ。

 だが、彼の動きは素人同然で、強力な魔法を使う気配もない。おそらく彼は、チートスキルを選択できなかった人なのだろう。


黒く巨大な鎌のような脚が、少年に向かって大きく振り上げられた。無数の刃が剥き出しになり、容赦なく彼へ襲いかかる。


「今の位置からじゃ、私のステップでも間に合わな――ッ!」

「お待ちください! 未知の変異種です! ここは見捨てて撤退エスケープを推奨――!」


ツカサさんの冷徹な制止の声が響く。

 だけど、私の体は、頭で考えるより早く勝手に動いていた。


「やらせるかあっす!!」


その強靭な刃が少年の脳天に振り下ろされる直前、私は彼を中心に【絶対防御】をドーム状に広げた。

 さっきまでの細かな部分展開なんてまどろっこしいことはしない。彼を丸ごと包み込む、最大出力のバリアだ。


ガギィィィィィィィンッ!!!


凄まじい衝撃音と共に、魔獣の刃が光の結界に直撃し、不毛な火花を散らして弾き飛ばされる。

 結界越しでも伝わってくる、さっきのボアとは比べ物にならないほどの圧倒的な殺意と質量。


「えっ……?」


薄く発光する結界の中で尻餅をついた少年が、呆然と私を見上げた。

 一瞬目が合ったので、私は彼にもう大丈夫という意味で、グッジョブを突き立てた。


「ルカ様! 馬鹿な真似を……ッ! アイリ様、やむを得ません。全リソースを投入して殲滅します!」

「うんっ! 私のステップ、全力で行くよ!」


ツカサさんが、この前買い物に行ったときに「チート同盟に探知されないために有効かもしれません」と、自身の魔力を抑え込むために買っていた腕輪のような魔道具を引きちぎり、ポイッと投げ捨てた。

 その瞬間、ツカサさんの全身から立ち昇る魔力のオーラが劇的に変貌し、周囲の空気がビリビリと肌を焼くようにヒリついた。


私がそのあまりの空気にあっけに取られているうちに、ツカサさんがリミッターを解除した高圧縮の極太レーザーを放つ。分厚い甲殻が悲鳴を上げて吹っ飛ばされ、体がひっくり返る。

 そのわずかな隙を縫うように、アイリさんが舞闘技で飛び回りながら、魔獣が反転して剥き出しになった柔らかい急所に何度も何度もナイフを突き立てた。そのたびに緑色の血が噴き出し、アイリさんが緑に染まっていく。わたしは慌てて部分展開を使い、血が飛んでくる瞬間にだけピンポイントで盾を張り、アイリさんの視界を守った。


ひっくり返ったまま足が動いていた未知の強敵は、そのまま断末魔を上げることもなく、アイリさんの連続攻撃にピクリとも動かなくなった。


「……ふぅ、はぁ……っ! ステップ、うまくいった!! ルカちゃんありがとーー!!ツカサさんの魔法も凄かったね! ……ってか、うわぁ、緑色の返り血めっさ気持ち悪い……くっさああ。このナオキに褒めてもらった装備、今日初出しなのにもう使えないじゃん!!最悪!!アイドルが浴びていい液体じゃない!!早くお風呂入りたいー」

「全く……不用意に予定外のリスクを負うのは私の主義に反するのですが。魔力も少し本気で解放してしまいましたし、チート同盟に探知されなければ良いのですが」


「まぁ、細かいフォローはナオキに任せればいいよ。どうせお家から『視てる』んだろうしね」

 アイリさんが荒い息を吐きながら親指を立て、ツカサさんが疲労交じりに眼鏡を押し上げてふっと笑った。


私が結界を解除して胸を張ると、背後にいた少年が、フラフラと立ち上がった。

 服は泥だらけで、腕からは血が流れている。なのに彼は、痛そうな素振りも見せず、こちらに向けてパァッと顔を輝かせた。


「すげえ……!! 今の結界、めちゃくちゃ綺麗で、カッコよかった! 君の力だよね!? 助けてくれて、本当にありがとう!!」


屈託のない、太陽みたいな真っ直ぐな笑顔。

 打算も、嫌悪も、見下すような色も一切ない、純度100%の「ありがとう」。

 元の世界でもこっちの世界でも、他人からそんな無条件の感謝を向けられたことなんてなくて、私はどう反応していいか分からず完全に困惑してしまった。


「あ……えっと、その、これくらい普通っすよ! 盾役タンクの基本っすから!」


なぜか急に顔が熱くなって、私は慌てて視線を逸らす。

 師匠の底知れない大人の優しさとも違う、同年代の男の子の真っ直ぐすぎる瞳に、心臓がドクンと跳ねる。


「俺、トウヤって言うんだ! もしかして君たちも、日本から来たの……!?」

「私、私はルカっす。こっちはアイリさんと、ツカサさん。私たちも同じ、日本からの転生者っすよ」

「やっぱり! うわぁ、よかった……! ずっと一人で、もうダメかと思ってたんだ」


トウヤ君は、心底ホッとしたようにへなへなとその場に座り込んだ。


「……警戒心の欠片もありませんね。私たちが貴方を奴隷として売り飛ばす悪党かもしれないのに」


まだ息を整えながら、ツカサさんが冷たい声で探りを入れる。

 だが、トウヤ君は全く悪びれることなく、えへへと笑って頭を掻いた。


「だって、ルカちゃんの結界、すごくカッコよかったから。あんな綺麗で温かい光で俺を守ってくれた人が、悪い人なわけないよ」

「っ〜〜〜〜!!」


ルカちゃん。カッコよかった。温かい光。

 ストレートすぎる褒め言葉の連打に、私の顔は今度こそ茹でダコみたいに真っ赤になってしまった。アイリさんが隣で「ふふっ」と生温かい笑みを浮かべて私の脇腹を突いてくる。


――でも、この時の私は、自分の力に浮かれているだけだったのだ。

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